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 過保護は度を越すと迷惑でしかない 〜side.フレデリック〜

フレデリックのサイドストーリー(3/3)。

 

前のサイドストーリー2話分よりも少し前、フレデリックがドロレスに結婚を申し込んだあたりから始まる話です。途中で前2話分が間に入ります。



(3/3)ーー《(1/3)(2/3)》ーー(3/3)

って感じです。


 

*長文ですみません。でも切るとわかりづらくなりそうなのであえて1話にまとめています。浮ついてます、すみません。

 学園を卒業して1年が過ぎ、ついにドリーに結婚の申込みをした。公爵様の許可も取った。まだ商会全体に知らせることはできないけど、嬉しい気持ちが仕事を(はかど)らせる。商会長の仕事も順調だ。

 ドリーと、結婚……。想像するだけで脈が早くなるのがわかる。

 信じられない。ドリーが俺の、奥さん!妻!嫁!


「あーー!嬉しい!」


 机に突っ伏し、誰もいない仕事部屋で叫んでしまう。叫ばずにいられない。夢が、現実になるんだから。

 新婚生活……。色々準備しなきゃ!家具もだし、部屋もだし、あっ、ベッドは……一緒で良いのかな?別って言われたらどうしよう。ショックが大きいなそれ。

 いやその前に、俺はもっと力をつけなきゃいけない。身分が貴族の中でもほぼ平民だ。それでもドリーを迎えるんだから、彼女が不満の出るような生活なんて送らせてはいけない。ドリーを好きな気持ちは誰にも負けないのに、身分だけが彼女には追いつかない。悔しいけど、今の自分にできることは全部やろう。


 以前からここによく来ていたドリーが王子との婚約を解消したという事実は、商会内にすでに広がっている。

 だけど否定的な人はいなかった。むしろ、好意的な人ばかりで安心する。それは彼女がこの商会を何度も潤したという事実があるからだ。

 さらに教会で治癒師として働き、身分を関係なく親切に対応してくれている貴族の令嬢。この商会にも、ドリーに治してもらった人がたくさんいる。好感度が上がるしかない。



「うちで働くんだってね。聞いたよ、よろしくね」


「はい!よろしくお願いします。一緒に働けて嬉しいです」


 身長の小さなリンは、俺を見上げるように明るく挨拶をしてくれた。学園を卒業して一度家に戻ったが、ここで働くことを決めたそうだ。

 彼女はとても優秀だし、在学中も休みの日には商会で働いてくれていた。だから顔なじみも多く、卒業してから働くのもすんなりと受け入れられている。


「あの……今度うちの母に会ってもらえますか?」


「いいけどなんで?」


「あっ……私一人娘で父もいないので、安心してもらうために会ってほしいのですが……。もちろん、母を商会に連れてきますので!」


 何故か彼女は、頬を染めて言葉を詰まらせながらそう話す。どうしたんだろう。会わせたくないのに母親のほうが無理矢理会いたいって言ってるとか?それとも、会わせたいけど母親が会いたくないのか?


「リン、別に無理して会わなくてもいいけど……」


「いっいえ!大丈夫です。母も会いたいと言ってましたので!」


「わかった。じゃあまた後で予定を合わせよう」



 俺よりも若い人を雇うことはたくさんある。理由は様々だけど、親に会うのはよくあることだ。リンの場合は元々学園時代も手伝いに来てくれていたから、改めて挨拶をしておこう。

 嬉しそうに部屋を出ていく彼女に気付かず、俺は再び机の書類に目を落とした。




 数日後。


「まあ、リンの言うとおりとても素敵な方じゃないの!お母さんも嬉しいわ」


「ちょっとお母さん!変なこと言わないで……」


 とても笑顔の母親と、恥ずかしそうにするリンを笑顔で見ながら席につく。お茶を飲みながら話をする。他愛のない会話だけど、さっきから噛み合わないような気はしていた。


「どうですか?うちのリンは」


「以前から働いていますので皆とも仲良くやっていますし、とても助かりますよ」


「そうですかそうですか!私も夫に先立たれて、娘には寂しい思いをさせてしまいましてね、良い人が見つかればいいなと思っていたんですよ」


「そうですか」


「お、お母さん……」


「何言ってるの、あなただってそうなりたいんでしょう?」


「だからって本人の前で……」


「お母さんがなんとかするから」


 向かい合わせの席で母子が小声で何かを言って揉めている。特に口を挟む必要はないと思い、話が終わるまでお茶を飲んで待った。



「あの、うちの娘もそろそろ結婚相手を見つけないといけなくて……」


「うちの商会にも独身男性がいますから、いいご縁があればいいですね」


「商会長さんは貴族になられたのですよね?やっぱり結婚したら奥さんはパーティーにドレスを着て参加するのですか?」


「まあ、はい」


 ドリーは俺とパーティーに行ってくれるかな。あと一年弱はウォルトと参加しないといけないみたいだから我慢するけど、一度くらい参加したいなー。ドリーってもしかしてパーティーが好きなのかな?一応確認しておかなきゃ。ドレスだって充分に買ってあげたい!

 夫婦で参加……夫婦!夫婦って!!

 あーもう想像するだけでニヤける!ドリーと夫婦ってことは、ドロレス・ルトバーンになるってことだ。ああ!響きが最高!

 ウォルト、ゴメンよ。先走った行動をしたのは卑怯かもしれないけど、俺はもう絶対にドリーを離したくないんだよ。



「あのー、商会長さん?」


「あ、すみません」


 いけない、リンの母親と会話してる最中だった。危うく、ドリーと同じように考えすぎてどっかに意識が飛んでた。


「これからもどうぞうちのリンを末長くよろしくお願いしますね。楽しみにしています」


「……?はい。商会長として彼女に安心して働いてもらえるよう努力しますね」


「すみませんフレデリックさん……」


 楽しそうな母親と、頭を下げるリン。部屋を出ていく二人を見て、何を話したかったんだろうと疑問を浮かべた。




 ドリーとウォルトの一週間視察について行ったあと、ヒューバートの領地剥奪計画をした。ドリーのことが心配でたまらないけど、国王陛下たちだって付いている。俺みたいな無力な人間じゃないんだからきっと大丈夫。そう言い聞かせながら仕事に打ち込んでいた。


 とはいってもドリーと次に会えるのは1ヶ月後。


「寂しいな」


 ポケットに入っている懐中時計を取り出す。彼女と交換したその蓋には、まるで本人のように明るいヒマワリが咲いていた。

 ハア……。本人の前じゃ言えないよなー。そんなこと言ったら困らせるだけだし。彼女だって俺と同じように仕事してるんだから、本当は早く仕事を終わらせてほしい、早く結婚したいなんて……口が裂けても言えない。幻滅されそう。そういうの、きっとドリーは望んでない。

 会いたい気持ちを誤魔化すように仕事をするのはとても捗る。だってそうすれば時間に余裕ができて会いに行ける。だから俺は目の前のことを終わらせる。


 ーーコンコン。


「フレデリックさん、お茶飲みます?」


「ああ、ありがとう」


 リンがここで働き始めてから、お茶を部屋に持ってきてくれるようになった。だけど、なんとなく感じた違和感が最近判明する。


 俺が一人でいるときだけだ。


 他の商会員がいるときには入ってこない。

 俺が学園で一緒にいたから、他の大人たちより気を遣わなくて済むってことなのかな。


「休憩中なの?」


「……はい」


「じゃあわざわざ俺のところに来なくても大丈夫だよ」


「いえ!私がそうしたいだけなので……」


 どこか恥ずかしげに顔をそらす彼女。これは……知ってる。

 ドリーが俺の前で見せる顔と、同じじゃないのか?まさか、そんなことないよね?いやきっと勘違いだろう。

 入れてもらったお茶を飲んだ。


「フレデリックさんは……結婚は、しないんですか?」


 突然の質問に驚き、慌ててカップをおろす。


「急にどうしたの?」


「い、いえ!フレデリックさんのような素敵な方が結婚をしていないのは、なんでだろうと思って……」


 リンも、母親も、なんで俺に結婚の話を振るのか。俺だって早くドリーと結婚したいっての。


「待ってる人がいるから」


「……え?」


 リンは動きを止め、目を大きく見開いた。


「相手の仕事が上手くいって、俺もその人を迎え入れられるように今は準備期間なんだよ。それまで、お互いの気持ちを確認するためにこれを交換したんだ。その時になったら返そうって」


 机の上に置いた、ドリーの懐中時計を見せる。そういや自分の時計は在学中も持ってたけど、大事にしすぎてほとんど使ってなかったな……。


 ガチャッ。


 カップを雑に戻すリンは今にも泣きそうな顔で俺を見ていた。


「それ……なんでフレデリックさんが?」


「え?だから、その人と交換したんだよ」


「だってそれ、って……」


 段々と真っ赤になる彼女の頬に、大粒の涙が筋を描く。俺は慌てて駆け寄っていくも、来ないで!と叫ばれる。


「なんでっ……その人なの……」


「どういうこと?」


「っ!失礼します」


 立ち上がった彼女は、駆け足で部屋を出ていった。その日以来、部屋にお茶を持ってこなくなった。





「ウォルト、質問していい?」


 領地剥奪計画の数日前、ファロン子爵家に行った。ドリーが居なくて残念だったけど、今回の目的はウォルトだ。


「もしかしてだけど……リンって俺の事好き?」


「……」


 彼は無言だった。だけど顔を見れば、ようやく気づいたかと言わんばかりの呆れ顔だった。俺は頭を抱えた。卒業パーティーの次の日、ドリーが言っていた人はリンのことだったのか!


「むしろよく今まで気づかなかったな」


「俺、鈍感なの?」


「お前はドロレス様以外女だと思ってないだろ」


「うん」


「じゃあ気づくわけ無い」


「なんでドリーの懐中時計を見せたら泣いたんだろう……」


「んー……もしかしたら、元々リンがドロレス様から見せられてたんじゃないの?」


「え?」


 その言葉で俺は冷静になり、頭の中で考える。

 元々ドリーが持ってて、それを今俺が持ってて、リンに『待ってる人』の懐中時計だと説明して……。

 あ。ドリーだとわかったってこと?

 そもそもドリーは学園でも普通に使ってたしな。誰もが見られる状況だったか。


「リンの気持ちがわかった以上、関係をハッキリさせないとどっちも嫌な思いをするだけだぞ」


「わかった……。ウォルト、リンの気持ちを知ってて、俺と無理矢理くっつけようとは思わなかったの?」


 ウォルトがドリーを好きで結婚したいのなら、そういう手だってあったと思う。それをなぜ、やらなかったのか気になった。


「俺、本当に学園卒業まではお前らのこと応援してたしな。それにそういうのは卑怯で嫌なんだよ。誰かみたいに両家挨拶をするような根回しとかさ」


「……すみません。そしてありがとうございます」


 正論すぎて言い返せない。それを見た彼はフッと笑った。


「もういいよ。俺もそろそろ諦めがついた、と思うから。……多分、きっと」


「多分は困る」


「……ドロレス様にもハッキリ断られたし。あれはもう無理だ」


 ウォルターは眉をひそめ、指で頭を押さえる。


「えっ、ドリーが?」


 あれだけアピールしていたウォルトにちゃんと言ってくれたんだ。良かった。ウォルトもカッコいいからほんの僅かでも気持ちが揺らいだらどうしようなんて思ったときもあったけど……そうか、ドリーも俺のことそんなに好きなんだ……。ドリーが俺のこと……。


「ニヤけるな」


「いいこと聞けたから今日はもう帰るね!」


「はいはい」


 その日はすぐに帰った。




 領地剥奪計画のすぐ後。俺のほうの解決しなければならない問題は向こうからやってきた。



「娘とは、いい関係ではなかったのですか?」


 リンの母親がいきなり訪ねてきた。親父や、俺がドリーと結婚の話をしている事を知っている商会員も同席してもらっている。リンは仕事中だ。

 しかし、どうしてそういう考えになったのかわからない。


「いい関係、というのは何を示しているのでしょうか?彼女は私の友人です」


「だって、学園でも娘に優しくしてくれたんですよね?一緒に出掛けたりしてたって!」


「彼女の学年には平民が一人しかいませんでしたから、よく他の平民の人たちと一緒にいました。出かけたのも、その友達を含めてです」


 リンから何を聞いているんだ?どこをどう曲げて解釈してるんだ??


「……高位貴族との結婚の約束があると聞きました。どなたかまではリンが教えてくれませんでしたが、それは騙されているんじゃないんですか?」


 その言葉を聞いて、一気に怒りが沸き立つ。ドリーのことを何も知らないくせに、何を言い出すんだ?後ろに立つ商会員もドリーの味方なので、怒りを込めた声が漏れたのが聞こえた。


「騙されてなどいません。お互い気持ちも確かめ合っています。向こうの両親にも許可をもらっていますから」


「でも名誉男爵に嫁ぐ貴族令嬢なんて、何か理由があるはずだわ。身分が違いすぎるじゃないですか。権力を使われたら終わりですよ!それよりも同じ商会で切磋琢磨し合えるうちの娘のほうがお似合いじゃないですか。なんでうちの娘じゃないんですか?」


 この人と初めて会ったときからの違和感がハッキリした。

 リンと俺を結婚させようとしていたんだ。だからといって、貴族令嬢はみんな悪い人、みたいな言い方が癪に障る。

 身分のことを言われて悔しい。あなたより、俺のほうが何倍も身分の差に苦しんだっていうのに。



「……確かにそうかもしれません。ですが私はその人との結婚を望んでいます。それに私の力で手に負えなければ、友人たちに力を借りるまでです。私は運良く、とても力のある方々と友人ですので」


「そんなことーー」


「ちょっといいかな」


 リンの母親が感情的になりかけたところで、冷静な声の親父が会話に入ってきた。


「フレデリックの結婚相手が相応しくない、と?」


「え、ええそうですよ。うちの娘のほうがーー」


「じゃああなたの娘のほうがもっと相応しくないですね」


「……なんですって?」


 リンの母親はキッと親父を睨んでいる。

 この人は本当にリンの母親なのか。そう思うほどに血が繋がってることを疑ってしまう。性格が違いすぎるが顔は似ている。


「あなた、身分が違うとか言ってますけど。それならフレデリックとあなたの娘だって明確に違う。彼は貴族で彼女は平民だ。どう考えてもそっちのほうが身分の差がありますよ」


「っでも……。名誉男爵ってほぼ平民なんですよね?それなら」


「ほぼ平民だろうが前は平民だろうが、貴族は貴族です。本来ならあなたとの会話だって事前に申請していただかないと出来ないんですよ。だけどフレデリックはあなたとの面会をした……いや、してあげたんです」


「……」


 彼女は黙り込んだ。さんざん身分がどうだと文句を言ってきたのに、いざ自分のことを言われると口を噤む。


「本来なら失礼極まりないんですよ。フレデリックが暴君なら捕らえられてますよ、あなた。でも何故、何も言わずにあなたがここまで来れたかわかります?上の者が下に歩み寄って、身分を関係なく対等に話そうとしてくれたからです。フレデリックの結婚する相手は、そういう素晴らしい人です」


「でも……」


 バタン!


「お母さん!何してるの?!」


「あ、リン……。私はあなたのためを思って」


 息を切らしながらドアを開けたリンは勢いよく頭を下げた。


「皆さん、申し訳ありません!すぐに家に連れ帰ります!スミマセン今日は早退させてください!」


 彼女は母親の腕を引っ張り、部屋を出ようとする。だけど母親が引き下がらない。


「うちの娘だってとっても良い子なんですっ!どうか考えてはくれませんか?」


「最悪!恥ずかしいからやめてよ!相手の人にも失礼すぎる!」


「どうせ偉そうな、商会長が逆らえない令嬢なんでしょ?!」


 思いっきり言い返してやりたかった。だけど親父がそれを制する。リンは大きく深呼吸をして、落ち着いた声で話し始めた。


「お母さん、私達、死にかけたことあるよね?」


「私が怪我したときでしょ?」


「あの時、私が作った誕生月の花を彫った懐中時計、売れたのは2個だけだったよね?」


「そうね。あなたの(つたな)い作品が一日で2つも売れて、しかもそのうちの一人が寄付までしてくれたおかげで私達は生活が出来たんだもの。あの2つ以外売れなくて、この間店長から送り返されてきたわよ。貴族はあまり好きじゃないけど、あの貴族の女性にだけは本当に感謝と尊敬しかないわ。名前、何だったかしら」


 懐中時計。

 誕生月の花。

 寄付。

 一日で、2つ売れた……。


 思わず、懐中時計が入ったポケットを触る。

 まさかこれって、リンが彫ったの?!


「その人なの……」


「え?」


「私達に寄付をしてくれた人が、フレデリックさんの結婚相手なの!」


「えっ?!」


 絞り出すように叫んだリンと、それを聞いて愕然とした表情で固まったままの母親。


「私じゃ敵わない……。これ以上、フレデリックさんと相手の人に迷惑かけないで。私達の命の恩人をお母さんは侮辱するの?」


「あ……そんなつもりじゃ……」


「じゃあフレデリックさんに謝ってよ!あの人のおかげで私達は今も生きているし、学園に入れたんだから!」


「ごめ、んなさい……」


 リンは力の入らない母親を部屋から連れ出す。最後に深く頭を下げ、静かにドアを閉めた。



「嵐を呼ぶ女性でしたね……」


「娘さんのことが大事すぎて、過保護な部分が裏目に出てしまったようだね」 


「彼女と一緒に働く子から聞いてたんですよ。母親が自分の話したことを大げさに捉えるから困る、って。リンさんが商会長にされた嬉しいことを母親に話したことで、自分の娘を特別だと思っていると勘違いしたのでしょう」


 それ、俺がどうにかできる問題じゃないと思うんだけど……。


「フレッドも、何度も言うが、女性に優しくするときは過度にならないよう気をつけるんだぞ。お前の素直さは勘違いされやすそうだからな」


「俺、そんなに勘違いされやすいの?」


 親父と商会員たちが大きなため息をついた。なんで?ねえ、なんで???



 その後にリンは商会を辞めた。別に辞めなくても良いよとは言ったんだけど、本人がケジメをつけたいとのことで1週間後には来なくなった。


 これは、解決した……のかな?こういうことを望んでいたわけではなかったのに。もし彼女がまた働きたいと願うならそれは歓迎しようと思った。






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