人として 〜side.フレデリック〜
フレデリックのサイドストーリー(2/3)
「お前ら、何をしている」
あからさまに敵意をむき出しにするヒューバートの護衛たち。牽制するならまだしも、すでに剣を抜いている時点で普通じゃない。ウォルトが冷静に彼らの対応をする。
「俺たちは客人です。そのような言葉遣いと態度を取るのですか?」
「此処から先はヒューバート様の部屋だ。お前たちには関係ないだろ」
「ジュベルラート公爵家の令嬢であるドロレス様がそちらに連れて行かれました。呼び戻すので通してください」
一瞬、動揺する護衛の二人。こいつら、わかっててこんなことしてるのか。権力も剣の腕もなにもない俺は、胸の中で怒りが生まれるだけで何も口を挟むことができなかった。
俺は、何もないのか。ドリーを助けるために必要なものが、何もない。悔しい気持ちを押し殺す。
「そっちに行かせてください」
その隙を狙ってウォルトは先へ進もうとする。その行動に慌てた護衛の一人は剣を振りかざした。
カキン!
何が起こったか。一瞬すぎてわからなかった。
確かに数秒前までこの護衛は剣をウォルトに振ろうとしていた。しかし、今は手に何も持たず、本人も訳がわからないのか呆然としている。
「お、お前何してるんだ?!剣は?!」
「弾かれ、た……?」
「クソっ!」
もう一人も剣を向けてきたが、再び音を立て、弾かれる。それもそのはず。二人は気付いていないが、剣を弾いたのは国王陛下なのだから。
護衛の二人はもう丸腰だ。ガクガクと震え、動けない。陛下が二人に静かな怒りの声を向ける。
「お前ら、私と剣を交えたことを一生の思い出として牢の中で楽しんでろ」
俺とウォルトは先にヒューバートの部屋に向かう。後ろから悲鳴と謝罪の言葉が聞こえた。おそらく陛下が顔の鎧を外したのだろう。そのまま二人は陛下の護衛に拘束された。
ヒューバートの部屋の鍵は特殊で、本人しか持っていない。しかし例の執事が以前、万が一命の危険がある場合にとこっそり盗んで複製をしていたらしく、それを受け取っていた。
彼もきっとメイドを助けたかったのだろう。しかし年配なことに加えて奥さんが監禁されている。暗殺された人だっている。自ら勇気を出して助けることは権力のない彼にとって不可能に近い。鍵を渡されたとき、よろしくお願いしますと言いながら震える声で深々とお辞儀をしていた。
きっと彼にも処罰は下る。
だけどそれをわかっていて、あのときドリーに勇気を出して助けを求めたことは彼にとって大きな一歩だったはずだ。
無事に終わればいい。そう思いながらヒューバートの部屋へ足を進めた。
「シッ。声が聞こえる」
俺とウォルトはドアに耳を当てる。
『だって今日の朝、教会に婚約証書を持って行かせたから』
はあ!?
叫びそうになって慌てて口を手で抑える。だけどすぐに陛下の声で安心した。
「今、ドロレスの婚約証書は受け付けないように手配している」
当たり前かのようにその手配をしたことを話す陛下。その先を読んだ行動にただただ感心した。
国王陛下って、やっぱりすごい人なんだ。
ウォルトがドアを開ける直前、ドリーの叫び声が聞こえた。ドアを開けたウォルトの後ろから覗くと、うめき声を上げたヒューバートがベッドで動いている。
その横に、普段出さない部分の肌を見せたドリーが仰向けになっている。
無我夢中で彼女の元へ行った。殴られた跡も、はだけた服もわけがわからなくなった。他の男に見られたことも、とても嫌だった。とにかくここから彼女を連れて出たかった。
そんな俺の混乱などわからないかのように目の前の彼女のほうが冷静で、自分の肌が見えている照れ以外は落ち着いている。肝が据わっているとはまさにドリーのことを言うのかと心の中でため息をついた。どこまでも俺に心配をかける、でも決して嫌いにならない。そういうところが俺にとって弱点で、手放せないのだから。
彼女を抱き上げて部屋に連れて行くときに、護衛数人に連れられた女性とすれ違った。
「ジュディ!」
「あなた!」
すぐ後ろで、執事とその奥さんが泣きながら抱き合っている。良かった。離れ離れなんて、考えられない。
「良かった」
腕の中で、ドリーは微笑みながらそう呟いた。あれだけ嫌な思いをしたのに……。なんで他の人を気遣えるんだろう。
今回のドリーの行動を見て、そして今までの彼女を見てきた俺は気づく。
ドリーだから、王子の婚約者になったんだ。相応しいというのは、まさにこれだ。
もちろん今までもそう思ってた。でも改めて、そう実感した。
ドリーが王妃になりたいと思っていたなら、今、俺の腕の中にはいない。
今頃はきっと俺のことなんか忘れて王宮で暮らしていたはず。そう考えたら、今というこの瞬間を愛おしく感じ、ゆっくりと噛みしめる。
用意された別の部屋にドリーを送る。下ろしたもののまだ上半身の毒が抜けていないらしく、そのままベッドまで運んだ。
「ごめんね、ここまで運んでもらって。重かったでしょ」
「ううん大丈夫だよ。これからだって運ぶことあるかもしれないしね。今度はあんな危険な場面じゃないときに運びたいけど」
「もう!……っフレッド?!」
俺は無意識に手を伸ばし、首と胸の間あたりに手を置く。俺が着せた服の上からでも、手のひらからつたう彼女の心臓の音が大きく早く動いているのがわかった。
「あんな男に触られたの、悔しいよ」
「……ごめん」
「いつも無茶ばっかりするんだから」
「そういう性格なのよ……」
苦笑いする彼女の額に口付けをする。顔を上げれば、目の前に照れた可愛い顔がある。心配ばっかりしてしまうが、その反面、そんな彼女だからこそ愛おしいと思ってしまうのも事実。普通のどこにでもいる貴族だったら、きっと好きになっていない。
ドリーに絆されるのも、悪くないと思う。
彼女の部屋を出てさっきの場所に戻ると、ジェイコブ様やオリバー様もいる。どうやら鎧の護衛に混じっていたらしく、それぞれが裏帳簿の件と、執事の奥さん監禁の件で動いていたらしい。
「こっ、国王陛下!」
「なんだ?」
泣きながら奥さんとの再会を果たしていた執事が、そこにいるのが国王陛下だということを知って声をかけていた。恐れ多いのはわかった上で、それでも震えながら声を出している。
「無礼をお許しください!この度は我が妻、そしてこの屋敷のメイドたちを助けてくださりありがとうございましたっ!この御恩は一生忘れません!私めも帳簿の件、罪は償います。本当に……、ありがとうございました!」
奥さんと共に土下座をし、陛下に頭を下げている。普通なら陛下が会話をすることなどない立場の人達。下手すれば捕らえられる可能性だってある。
だけど陛下は体を執事達のほうに向けた。そして言葉を発する。
「私は何もしていない。全ての危険を請け負ってくれたのはジュベルラート公爵令嬢のドロレスだ。お前たちがもし感謝をするなら私ではなく彼女にしろ」
「はい!ありがとうございます!」
まだ頭を下げ続ける二人を置いて、陛下はその場を立ち去る。俺も慌てて彼を追いかけた。頭を下げて話しかける。
「陛下。本当に、ありがとうございました。俺では剣の腕も権力もなにもなく、陛下がいてくださったおかげで彼女も無事に助けられました」
「……」
返事がない。怒ったかな。
「お前に剣の腕も権力もないことくらい知っている」
「はい……」
「ドロレスと結婚の約束をしているらしいな」
「あ、その……」
低い声に、どきりと心臓が跳ねた。
何と答えていいのかわからない。かつて婚約者であり、ドリーが婚約解消を申し出た相手であり、現国王陛下。ドリーが、俺みたいな身分の人と結婚をすることを許さないのだろうか……。急激に不安が襲う。それでも、ドリーとの結婚だけは誰にも譲りたくはない。
「なんだ?答えられないのか?ドロレスに対する気持ちはその程度なのか?」
「いえ!彼女のことを誰よりも愛していますし、絶対に幸せにします」
俺の言葉に、返事がなかった。数秒後、頭を上げろと言われ、目と目が合う。陛下は軽く口角を上げた。
「幸せにしてやれよ」
「はい!」
再び、陛下は真面目な顔になる。
「さっきも言ったが、今回の功労者はドロレスだ。彼女なしには計画は実行されなかった。こんな役回りを受けてくれる令嬢など、彼女しかいない。だが安心しろ。もうあんな危険なことはさせない。悪かったな」
「い、いえ……ありがとうございます」
「剣の腕も権力もなにもないって言ってたな。それなら、剣の得意な者、権力のある者の力を借りればいい。今回ジェイクは頭、僕は権力と剣、ドロレスは行動で解決した。一人では何もできないからといって全てを否定する考えにはなるな。助け合って生きる、それが人だ。僕だって出来ないこともある」
「陛下にできないことなどないですよね……」
今の話を聞いて、国王陛下としての存在を充分に見せつけられた。彼に欠点なんてないだろう。
そう思って素直に質問をしたが、陛下は俺の目を見て悲しそうに笑った。
「……僕は初恋の相手を振り向かせられなかったからな。どうだ、完璧じゃないだろ?」
「……あ……」
言葉に詰まってしまい、何も返事が出来ない。
「父上とドロレスとの約束は2年で切れる。契約書類も何も作っていないから、来年の4月になれば仕事が終わってなかったとしても何も問題はない」
「は、はい……」
「それともう一つ。お前の力になれる友人はたくさんいるからな。ジェイクだって未だにお前のことを友人だと思っている。僕の友人であるドロレスが納得して結婚するなら、その夫も友人だ。覚えておけ」
「……」
陛下からの驚くような言葉で思わず頭を下げる。その間に陛下は立ち去った。何も、言葉が出なかった。
その後もしばらく頭が上げられない。いや、偉大さに頭が上がらなかった。
同じ歳の国王陛下。背負うものが大きい存在。高いところにいる人。
学園で同じクラスに3年間いたのに、ほとんど会話しなかった。
そんな彼は、ただの人間だった。
俺がずっと心の奥底で一人で悩んでいた、自分には貴族としての力が何もない歯痒さ。それを、友人に頼れとアドバイスをくれた。ドリーと結婚するなら、俺のことも友人だと暗に言ってくれた……。
あの頃、ドリーの婚約者で羨ましいとずっと思っていた。王子なんて……と妬み、ずっと悔しがっていた。
なんて馬鹿なんだろう、俺。人としてめっちゃ尊敬できるじゃん!正真正銘の王子様、いや、素晴らしい国王陛下じゃん!あの頃の俺はただのガキだった!!思わず頭を抱えて叫びたくなった。
来年の4月。
俺はドリーを迎え入れるために、できる限りの努力をするだけだ。そのためにはまだやらなくてはいけないことが、ある。もう一つ解決しなければいけない問題が。
「絶対に、幸せにしますから」
そう口にして、ようやく顔を上げることができた。




