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186.十円ならぬ、魔石

「悪い!遅くなっ……あれ?」


 ウォルターが勢いよくドアを開ける。その後ろからフレデリックと護衛騎士もやってきた。しかし、ベッドの上でのたうち回るヒューバートを見てポカンとする。

 だって、股間を押さえながらうめき声を上げてるんだもの。


「遅い!とりあえず誰か起こして……疲れてたせいか嗅がされた効果が強く出たみたい……」


「ああ、っと!ドロレス様、それはさすがに手助け出来ない……」


「え?あっ!誰か何か服を……」


 ウォルターの後ろから顔をのぞかせたフレデリックが目をまん丸にして駆け寄ってくる。ウォルター達のほうから見えないように彼は立つ。


「大丈夫?ってどうしたの顔!殴られたの?!」


「ええ……だけどそれよりこっちを隠させて……顔は力で治るから」


「あっ、えっ、ごめん……ちょっとまってて」


 フレデリックは来ていた服を脱ぎ、私に被せてくれた。ずっと昔から知っている彼の、何も着ていない引き締まった上半身が目に入る。筋肉質ではないのに、男らしい体つきをしている彼に釘付けになる。彼の香りがまとう服にも場違いなほどの胸の高鳴りを覚えてしまい、必死に我に返る。


 腕と足は動くが胴体と腰が重く、フレデリックにお姫様抱っこをされる。待って!直肌はマズイから!恥ずかしくて顔を彼の胸に(うず)めたいのに、そうすると彼の胸板に触れなくてはいけない。無意識に彼から体を離そうとしていたらしく、フレデリックはグッと自分のほうに引き寄せた。

 


「お、おい!お前らよくも……!下位貴族の、しかもこの間まで平民だったくせに!生意気なことをしてくれたな!お前らなんぞ侯爵家の力で潰してやる」


「それは無理だと思いますよ。ほら」


 ウォルターは1つの手紙を取り出す。まだ片手で股間を押さえながら無作法に受け取ったヒューバートは、読んでいるうちにみるみる怒りで顔が赤くなっていく。


「ふざけんな!父上が俺を……廃嫡だと?!こんなもの無効だ!」


 受け取った手紙をビリビリに破く。


「あ、念の為キャバルリース侯爵に3通書いてもらったので、あと2通ありますからそれは破いてもらって結構です。犯行が明確なら、すぐにでも廃嫡して構わないそうです」


「なっ……?!」


「兄3人はとても優秀なのに、あなただけ素行が悪いですものね。そりゃあ侯爵に放っておかれるわけだ」


 怒りの沸点をとうに超えているヒューバートへ、ウォルターが更に追い打ちをかける。上の3人はパーティーでもよく見かけたけど、みんなとてもいい人だった。なぜ最後のこの男だけがこうなったのか全くわからない。それよりも、ウォルターの物怖じしない様子に感心する。


「……ハハッ。だがもう遅い。婚約証書を既に教会へ向かわせているからな。今から行っても間に合わないぞ。この女は一生俺と添い遂げるんだ!そして俺が侯爵家当主だ!」


「それは無理だな」


「なに?」


 ウォルターでもフレデリックでもない、誰かの声が聞こえる。だけど、よく聞いていた声だった。


「先月から今月にかけて、ドロレス嬢の婚約証書の提出は全て無効にするよう教会全てに通達してある。念の為の保険にすぎなかったが、愚か者は考えることが非常識だ。手配しておいてよかった」


「お、お前は誰だ?護衛の分際で侯爵家の人間に楯突くな!」


「だってさ」


 ウォルターはその護衛に親しげに声をかける。見知ったような、仲が良いような、……まるで兄弟のような話し方で。

 頭にかぶっていた鎧を外す。久しぶりに間近で見る、この国で一番権力を持った美しい男がいた。頭を振って、張り付いた髪をバサッとなびかせる。


「えっ?」


「陛下?!」


 ヒューバートもだけど、私も驚く。だってアレクサンダーが来るなんて一言も言ってないじゃない!!

 なにこれ。じゃあ私、アレクサンダーにも下着見られたの?!やだ最悪!



「お前、国に申告している税率の2倍を領民に払わせてたな?帳簿も見つかったぞ。理由がないとお前の屋敷には用すら無いからいい機会だったよ。学校が作られることはお前にとって残念なお知らせだったってわけだ」


「くっ、くそっ!」


 地面に手を付き、拳で叩きつける。絶望感を表すように大きな声で叫ぶヒューバート。しかしさらに痛そうな声を出し始めた。


「ぐあっ!うぁぁぁ!痛ぇ!やめてくれ!」


 何をしているのかと顔を向けると、ウォルターが何かを持って彼の頭に押し付けている。ヒューバートに向かって話しかけていた。


「お前のせいで、メイドの人たちは一生瘉えない傷を負った。それならお前も一生瘉えない傷を追うべきじゃないのか?」


 パッとウォルターはヒューバートの頭から手を離す。その瞬間ヒューバートは頭を振り、床に何かがたくさん転がり落ちた。それを拾おうとしたヒューバートは手にも怪我をし、再び叫ぶ。


 魔石だ。


 彼の頭を見ると、魔石を当てていた数カ所の部分だけ髪の毛がなくなり、皮膚がただれているのが見えている。

 もしかしてだけど……このまま一生、十円ハゲならぬ魔石ハゲが残るんじゃないかしら……。髪の毛が生えてこなかったら、男の人には致命的。


 というか、魔石の使い方間違ってない??



 その後ヒューバートは捕らえられ、廃嫡に加えて虚偽申告に強姦などの罪で投獄、財産没収。彼側についていた護衛二人とメイド長もヒューバートとともに投獄が決まる。

 執事の奥さんも見つかり、ちょうど連れてきたところだったので感動の再会を見ることが出来てホッとした。

 私は一応被害者ということで、一人先に部屋へ戻され休まされた。あとの処理を男性陣に任せることになり、翌日朝イチで急遽フレデリックと一緒に先に帰ることになった。


 オリバーとジェイコブも鎧を着てここに来ていたことをさっき知る。出発する前に顔にかぶせた鎧を脱いで挨拶してくれるまで全然気づかなかった。

 だがよくよく考えれば、飛び抜けて身長の高い護衛と、動かないで書類ばかり見ている護衛がいた。その時点でおかしいことになぜ私は気づかなかったのか……。


 今回の件に関しては、私が襲われたことは内密に処理される。それは、私のためを思って、変な噂が立たぬようアレクサンダーからの配慮だった。お父様たちにも言わない。言ったら多分キャバルリース侯爵家そのものが危ない。


「顔、治したんだね」


 馬車の中、一緒に帰宅することになったフレデリックは、ヒューバートに殴られた私の頬を撫でる。くすぐったくて、その手の上に自分の手を重ねた。


「この計画、失敗するとは思ってなかったの?」


「んー、そうね。あのメンバーなら大丈夫だろうっていう自信があったわ。それぞれに優秀な人たちが揃っているじゃない?だからなぜか成功するという気持ちしかなかったの」


 この計画で私が指名されたとき、一瞬どうしようかとは思った。

 でも私がやらなければ、未来は変わらない。これからも被害者が生まれる。

 私でこの悪夢を終わらせたい。ただただ助けたいという根拠のない正義感が芽生えたのは事実だった。

 それに、アレクサンダーやジェイコブたちがいれば上手くいく気がしたので不安はなかったというのも本音だ。自分でもおかしいと思うわ。

 危うく上半身が裸になりかけたのに……。


「うん、そうだね。俺、国王陛下ってすごいなと思ったよ。同い歳だなんて信じられない」


「そうね、私もそう思うわ」


「でも、心配したのは事実だよ」


 横から抱き寄せられ、彼の胸の中に収まった。速い鼓動の音は、どちらのものかわからない。ただただ、心配した気持ちと心配させた気持ちが交わっていく。 

 しばらく経つと体が離れる。肩を抱き寄せられ、フレデリックの体にもたれかかる。


「昨日、あんまり寝る時間なかったでしょ?帰りはゆっくり寝て帰ろうね」


「うん」


 手を握られながら、家に着くまで深い眠りについた。





 数日後。


「さて、みなさん。もう安心してください。あなた達の悪の根源はもう牢屋の中です。私が仕事を紹介しようと思うのだけれど、どうする?」


 ヒューバートに手を付けられ、家族にも言えないし家にも帰れない。結婚も絶望的。そんな女の子たちが小さな家でまとまって過ごしていることを執事から聞いていたため、そこに来ている。

 男性恐怖症になってしまった子もいる。あの男の罪は重い。私も魔石が触れれば、山盛りの魔石をあの男の頭の上からこぼしてやりたいくらいに怒っている。

 私は彼女たちに、自分も襲われかけたことを伝える。とても驚いていたが、そこから少し話を聞いてくれるようになった。


「私達みたいなのを雇ってくれるところなんてあるんですか?」


「そうね。みんながほんの少しだけ前に進もうとしてくれるなら、商会と料理店と孤児院のどれかなら案内できるわ。あんなクズのことを毎日考えるの、嫌じゃない?それなら、あんなクズ忘れて、自分の人生新しく歩いてみない?」


「クズって!ふふふ」


「ほんとよ!あのクソ男!舐め回すような目で見てきて気持ち悪かったのよ!」


「1年間、あんな気持ち悪い男のことばかり考えて後悔していた自分が馬鹿だったわ!時間がもったいないじゃん!」


 次々とヒューバートを罵る言葉が発せられる。そうそう、女の子は思いっきり言葉にしてストレスを発散させなきゃ。心の傷が癒えるのは何年かかるかわからない。でも、手助けはできるだけしてあげたい。


「私、働きます」


「私も」


「よろしくお願いします」



 これで、すでに終えている屋敷のメイドたちと彼女たちの件は終わった。


 ヒューバートの管理していた領地は王宮管轄になり、後にウォルターの子爵家の領地として与えられることに内々に決まった。

 これで学校経営も安心だわ。




 それからすぐ、うちに新鮮な野菜やハーブが大量に届くようになった。

 名前を見たら誰だかわからなかったけど、後日、事件解決の内容の手紙をジェイコブからもらったときに、それがあの執事だということがわかった。お父様たちに、なぜ送られてくるのか聞かれてうまく誤魔化したけど、大丈夫かな……。



 

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