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178.二文字の言葉

 翌日、ファロン子爵家にて。

 仕事の合間の時間に、ウォルターは本当にフレデリックと私の二人だけにしてくれた。


 メイドたちが部屋を出ていく。


 早速話をしようと口を開いたが、それより先にフレデリックが話し始めた。



「昨日付けてたネックレスって、ウォルトから貰ったの?」


 予想していた内容と少しズレて驚いたけど、私は冷静に嘘なく答える。


「そうなの。誕生日プレゼントにもらったんだけど、ウォルトの前で一度も付けていなかったのよ。付けてきてほしいって言われて、あの日初めて付けたわ」


「俺のは気に入らなかった?」


「違う。フレッドからもらったのはよく付けているわ。あれが一番お気に入りなんだから」


 彼の少しだけ安堵する表情が見えた。


「抱き合ってた理由は?」


「……彼の深い悩みを聞いていたの。内容は言えない。だけどね、あまりの深さに彼自身だけじゃ耐えきれなそうに見えたのよ。だから背中をさすったわ。そうしたらウォルトが抱きしめてきたの」


 怖そうで、崩れそうで。学園時代には見えなかったウォルターの闇の部分がようやく昨日無くなりかけていた。だからあと最後の一押しをしたかった。

 友人として、心の中のトラウマを解消させてあげたい、そんな自分勝手な気持ちは、みんなに優しくしようとしてみんなを傷つけてしまう。

 ウォルターの気持ちに応えられないのに優しくし、フレデリックなら許してくれるだろうと勝手な思い込みで昨日ああなったのだ。

 自業自得。我ながら最低だと思う。


 口を開いて、一瞬止まる。そして再び開いて彼はまた質問した。


「本当に……それだけ?ウォルトのこと、好きになったりしてない?」


「もちろん。私が好きなのはフレッドだけ。他の人を好きになんてならないわ」


 照れながらも気持ちを込めて真剣に伝えれば、小さな子供のように拗ねているフレデリックはようやく強張った顔を緩めた。



「1つだけ。ウォルトを責めないでほしいの」


「わかってるけど……でも俺がドリーに会えないときにウォルトはいつも一緒にいてさ、もどかしいよ……」


 今フレデリックとこうしていられるのは、間違いなくウォルターのおかげ。それを伝えなければ、きっと二人の間に見えない壁が出来てしまう。

 目を伏せる彼に、昨日ウォルターに遮られた言葉を伝える。ウォルターは言ってほしくなかったみたいだけど、ごめん、言っちゃう。


「私がね、婚約解消出来たのはおそらくウォルトのおかげなの」


「えっ?!なんでウォルトが?」


 事の経緯をすべて話す。

 私がそう望んだこと、だけどほぼ不可能な返答だったこと。ウォルターが進言したあとに流れが変わった可能性があること。当時のウォルターは本当に私達のために解消を願っていたことなど。

 そして今の事業はあらかじめ先王との話がついていて、ほぼ命令のような形で2年は一緒にいないといけないことも。


「彼がいなかったら、今はなかった。きっと私はヴィオランテ様の代わりに昨日あの場に立っていたわ。だからお願い。ウォルトのことは責めないで」


「うん……。俺の知らないところでそんなことがあったんだね。だけど正直半々だよ。今のを知ってウォルトに感謝したい気持ちと、やっぱり二人で一緒にいるのが羨ましい気持ち。頭では理解できていても心がモヤモヤしてる」


 ウォルターと私の、なんとも説明がつかない難しい関係性。私だっておかしな立ち位置だと思っているんだから、フレデリックが理解なんてできるわけがない。

 するとフレデリックが立ち上がった。


「それはそれとして」


 彼は私の近くまで来る。


「ウォルトと抱き合ってたのは許さない」


「それは、ごめん……」


 現在進行系で反省中である……。自分が悪いことをわかっているので、目を合わせられない。


「もし、俺のことを好きな女の子がいて、その子を抱きしめてるのをドリーが見たら、何も思わない?俺が説明して完全に納得できる?」


 もし、リンがフレデリックに抱きついていたら……。それを今だけと言って彼がリンの背に腕を回していたら。いくら信じていても、いくら説得されてもその日の出来事はどうしても頭の中に残ってしまう。嫌だ、すっごく嫌!


「俺、今ドリーが頭に浮かべてる気持ちと同じこと思ったよ」


「ごめんなさい……もうしません」


 本当に私、バカ!我慢してくれている彼が私を信じられなくなるようなことをしてしまうなんて。最悪。


「じゃあ、ドリーから抱きついてきて」


「え!?」


 顔を上げ、目を合わせると、少しムッとした顔のフレデリックが両腕を大きく広げている。


「悪いと思ってたら、こっち来て」


「わ、わかった」


 私は立ち上がる。そういえば自分から抱きついたことがなく、段々と緊張してきた。大きく動く心臓を抑えるように胸に手を当てて近づき、そして両手を彼の背中に回した。それと同時に、彼の腕も私の背中に回り、きつく抱きしめる。私の耳元で、彼の呼吸が聞こえ、温かい体温が全身から伝わってきた。


「俺言ったじゃん。嫉妬するって」


「うん」


「まだ駄目。許さない」


 フレデリックが顔を前に持ってくる。


「ドリーからキスして」


「……っ」


 言われた瞬間、急激に顔が熱を帯びるのがわかった。思いがけないお願いに動揺するけど、……これはやらないと許してくれないのよね……。

 恥ずかしいし照れる。でも彼に許してもらうのはこれしか方法がない。

 私は勇気を出してフレデリックの首の後ろに手を回す。彼は少しだけ目を大きく見開いた。

 つま先だけで立ち、背伸びして彼の顔に近づく。

 顔を傾け、フレデリックの唇に自分の唇を重ねた。


 数秒、止まったまま。

 そっと離す。


 目を開けてフレデリックを見る。真面目な顔をしているけど……彼が頬を染めて、少し口元が緩むのを堪えていた。わざと真剣なフリしてたのね!もう!


「もう一回してくれないと許さない」


 私にバレたことに気づいたのか、そっぽを向いて再びおねだりをしてくる。


「顔がニヤけてるわよ!」


「んーーー!駄目だ!嬉しくて顔が作れない」


 そう叫んで彼はこっちを向き、一気に顔を崩した。額同士がコツンとぶつかる。


「実はドリーが抱きついてくれた時点で可愛かったから全て許した」


「はっ?じ、じゃあ……キ、スは……」


「俺の自己満足」


 してやったりな顔で笑うフレデリック。なにそれ!もう!許してもらおうと必死で……勇気を出したのに!その瞬間を思い出して真っ赤になる。恥ずかしくて下を向いてしまった。


「でももう今度からああいうのは嫌だからね?いくらウォルトでも駄目。俺が一番ドリーのこと好きなんだから」


「本当に、ごめんね」


「よし!許す!」


 フレデリックは下を向いた私の唇を(すく)うようにキスをする。強く押し当てられたまま顔を上げられて、首にあった彼の手が髪の毛に差し込まれ、私の後頭部を支える。強く抱きしめられたあとにようやく唇を離した。



「今はその先王の約束があるから出来ないのはわかった。だけど昨日ウォルトに言われてわかったこともある」


 大きな瞳が私を見つめる。今は本当に真面目な顔で、落ち着いた声で話し始めた。


「ドリーのことを考えて、あえて口にしてなかった。困らせるんじゃないかとか、悩んだりさせたら悪いと思って。でもそれは自分が卑怯だったんだ。ドリーを理由にして、不安になりたくない自分のワガママだった」


 彼の片手が私の頬をなぞる。そのまま首から肩へ指を這わせ、私はゾクリとする感触に身じろぎする。


「そんなかわいい顔、他の男に見せたくない。もう絶対に、他の人のところに行かせないから」


 強い視線の意味は次の言葉で理解する。



「何年先でもいい。でも、絶対にこれだけは譲らない。ドリー、結婚しよう」



 その瞬間。

 ブワッと心の中の何かが大きく解放されたのを体中で感じる。

 そうなったらいいなと淡い期待を抱いたこともあった。

 だけど不可能だと理解して諦めようとしたこともあった。

 身分の差を悔しんで、悲しんだときもあった。


 でもフレデリックから明確な言葉をもらってなかった。そういう未来を想像した言葉を何度も言ってくれたけど、肝心の二文字は出ていなかった。

 ウォルターの言葉に、私も動揺した。彼は結婚という言葉をハッキリと言っていたからだ。 

 無意識に、心の中にモヤモヤとしたものが生まれていたのかもしれない。


 それが今、全部無くなった。



「私、王子と婚約していた外聞の悪い貴族令嬢よ?」


「全く気にしてないよ」


「仕事を中途半端で終わらせるのは嫌だから、婚約ができるまでにもしかしたら1年以上かかるかもしれない……いつ終わるって断言できない」


「うん」


「それでも……待ってくれるの?」


「ドリーと結婚したいんだからいつまでも待つよ。返事は、もらえますか?」


 真っ直ぐな視線は、不安など見当たらない。まるで私が何を言うかわかっているかのように、微笑みながら見つめてきた。



「よろしく、お願いします」


「ありがとう!絶対に幸せにするから!」


 私達は照れながら、お互いを見つめて微笑み合った。

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