170.耐性がなさすぎる
子どもたちは定期的にロレンツの店に行き、掃除をしてお小遣いを稼いでいる。大した額ではないがみんな溜め込んでいて、今日のお祭りは楽しめそうだ。
「フレッド、リンも来てくれてありがとう」
「昨日仕事にして今日休みにしたよ。よく考えればこっちのほうがゆっくり楽しめるし」
フレデリックとリンが手伝いに来てくれた。ウォルターもいる。
まだ歩けない子達もいるため、1日で前半後半に分けて連れて行く。流石に小さな子たちだけで混雑した街の中に連れていけない。子どもたちもちゃんと理由をわかってくれた。本当にいい子たち。精神年齢が大人!
今後他の領地にも見に行くのよね……そう思いたくはないけど、きっと増えるわ。これから孤児院の部屋のことも考えなきゃ。
食べ物の露店を巡り、子どもたちはとても楽しそう。そうなのよ、前世でこの笑顔に私は何度社会の荒波に打ち勝ってきたことか。転生からもう10年近く経つんだ。信じられないわ。
「お姉ちゃん!あっち行きたい」
「俺こっちがいい!」
子供が多ければ多いほどこうなる。時間が限られた中、これをおとなしくさせるのは不可能に近い。
「やだっ!行きたいー……」
女の子の震える声で察したがもう遅かった。すでに泣き始めてしまい、しょうがないので抱きかかえる。この体で抱き上げるの大変だな……。
「わかった。じゃあお姉ちゃんと行こ?みんな時間になったら時計塔のところに集合でいい?」
「それなら俺ーー」
「俺一緒に行くよ。フレッドとリンはそっちに行きたい子たちを連れてってくれ」
「わかりました!フレデリックさん行きましょう?」
「えっ、でも」
リンの明るい声が聞こえる。ウォルターがどうやらこっちに行きたい子を連れて一緒に来てくれるらしい。フレデリックとは別行動になってしまうけど、目の前の女の子を泣き止ませるのに必死でろくに会話も出来ずに二手に分かれた。
泣き叫んだ子は何事もなかったように他の子たちと噴水で遊んでいる。あれだけ泣いて、今あんなに動いていたら確実に孤児院に帰ってからはお昼寝タイムだわ。
少し離れたところで私とウォルターは座りながら眺めていた。
「みんな勉強をやってるから、就職も問題なさそうだと思う」
「本当に真面目でいい子たちよね」
「ああ」
将来的には学校で学んでもらうことになる。大人たちと混じって、孤児とか関係なく一平民としてこの国で暮らしてほしい。それが私の願いだ。
「ドロレス様は、その……いつまでこの事業を手伝うんだ?」
「うーん、私の中の区切りとしては2年ね。国王陛下からもそう言われてるし。これって一応あなたの仕事だし、いつまでも二人でやるわけにはいかないわ。あなただって結婚しなきゃだし」
結婚の言葉に、ウォルターが反応する。彼の場合は特殊だ。こんなこと言うのもどうかと思うんだけど、子孫を残さなければいけない血統なのである。今後魔石を洞窟から運ぶ場合はウォルターを含めファロン子爵家が関わっていくのだろう。
「このまま一緒に……」
「おねえちゃん!見て!」
「あら、かわいいお花ね」
彼がなにか言葉を発していたようだったが子どもたちの声でかき消された。私の胸に突進してきた女の子を抱きしめながら聞き返す。
「さっき何か言いかけてなかった?」
「いや。俺がどうかしてただけだ、なんでもない」
反対側を向いてしまったウォルターを不思議に思いながらも、そろそろ時間だということで集合場所に戻って孤児院へと帰る。
後半組、人数少なくしておいてよかった……。流石に二回目は体力が持たない……。子どもたちは待たされていたぶんの元気を惜しみなく発散している。
「さっき、ウォルトの様子おかしくなかった?」
ウォルターとリンが子どもたちと食べ物を買いに行ってる間、休む場所を確保するために残ったフレデリックが小さな声で質問をしてきた。
「ううん、普通よ」
1回目の帰り、いつもフレデリックたちと楽しく会話をする彼が少し静かだった。子どもたちを見る様子は変わらなかったから疲れただけだと思うんだよね。
「そう……。今日ドリーと会えるの楽しみにしてたのに。全然話せてない」
フレデリックはふてくされたように言って、そっと私の手を掴んで握る。温かい彼の手に触れるのは久しぶりで少し緊張する。
「私も会いたかったわ」
パッと私の顔を見た彼は嬉しそうに微笑んで、私の手を強く握る。
「次の休みっていつ?俺、合わせるから。二人だけで出かけたい」
「一ヶ月以上先よ?」
「それでもいい。ウォルトの家じゃなくて、外で会いたい」
曖昧な返事などいらない、確実な答えがほしいという彼の視線。休みがまだ確定していないのでなんとも言えないけど、それでもできるだけ彼の期待に応えられる返事をする。
「確定した休みがわかったら手紙を送る形でもいい?」
「もちろん!ギリギリでもいいよ。半日だけでも、1時間だけでも、会えるなら必ず俺も休む」
「うん、ありがとう」
戻ってきたウォルターたちと食事を楽しみ、しばらく回ったあとに孤児院へ戻った。
「じゃあまたね」
「ああ」
みんなと別れ、公爵家の馬車に乗り込む。すると馬車をノックする音が聞こえた。
「一緒に乗っていい?」
「フレッド?ええ、いいわよ」
久しぶりにこの馬車に乗り込む彼を見る。隣に座ったあとしばらく黙っていたが、少ししてから彼が話し始めた。
「ごめん俺、我慢するとか言って全然出来てない」
私の肩に彼の頭が寄りかかる。柔らかく、少しウエーブのかかる髪が私の頬に触れた。
「ウォルトに嫉妬してる。昨日もだし、今日も。我慢するって言ってから一ヶ月もたってないのに、自分が子供すぎて嫌だ」
低い声で、拗ねたように小さく呟いた。そんな彼がちょっとだけ可愛く感じて、思わず私は彼の髪を撫でる。
「彼とは仕事での付き合いよ。今までだってずっと一緒にいたじゃない」
「ハァ……俺どうしたんだろ本当に。知らない自分がどんどん出てきてさ、ドリーと会えないのがこんなにもつらくなるなんて想像すらしてなかったよ」
彼の片手がスッと私の腰の後ろに回る。あまりの自然な触れ方にビクッと肩を跳ねてしまった。それに気づいたフレデリックは顔を上げ、私の体を自身のほうへ向くように抱きしめる。
さっきからずっと緊張しっぱなしだ。だけど彼の腕の中は心地よい。私を包み込めるように大きくなった彼の体に安心感と温もりを感じる。私も彼の背中に手を伸ばした。
「私が好きなのはフレッドだけ」
「……うん」
耳元で彼が囁く。再び私は彼の髪を撫でる。昔はそのふわふわな髪をワシャワシャと犬のように撫でたいと思っていたけど、今は違う。心から愛しいと思いながら、触れたいと思っているから撫でた。
くすぐったそうに頭を動かす彼に愛しい気持ちがどんどん芽生える。
抱きしめていた力が少し弱まると、彼は私の前に顔を持ってくる。お互いが自然とまぶたを閉じると、唇が重なった。
数秒後に離れると、もう一度、もう一度と軽いキスをされる。何度も角度を変えて続くその二人だけの甘い空気。こんな雰囲気に耐性が殆どない私は急激に心臓の音がドッドッドッと飛び出しそうに鳴った。私は彼の胸を押す。
「フレッドっ……待って!もう充分だから!」
フレデリックって……こ、こんな人だったっけ?!
私がアレクサンダーと婚約解消してからのフレデリックの行動が大胆すぎて、私の頭と心がついていけない!!彼の気持ちが行動として現れることに、嬉しさもあるけど戸惑いが大きい。だって……卒業してから人が変わったように積極的になっているんだもん!!
これどうする?婚約もしてないのにこんな……こといいの?!私、一応公爵令嬢なのに……!フレデリックと二人でいると、ただの16歳の女の子になってしまう。
「お願いだからその可愛い顔、絶対他の人に見せないで」
照れて顔が上げられない。俯く私の髪を彼が撫でる。それと同時に馬車が止まった。
「じゃあ、手紙待ってる」
「ええ……ちゃんと送るから」
馬車から降りた彼を小さな窓から覗く。手を振る彼に私も振り返す。
ふう。
まだ落ち着かない。さっきのことを思い出すと再び顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。あんなにも甘え上手な彼に好きって言われるの、めちゃくちゃ照れるんだから!!こんなことされて、他の人を好きになるわけないっての!私の中の母性本能が彼に会うたびに増幅している気がする……。
アレクサンダーとは貴族らしい付き合いだったので、フレデリックの距離の近さがどうにも慣れないし、耐えきれない。
自惚れかもしれないけど、めちゃくちゃ愛されてるなと感じてしまった。
しばらく忙しくなりそうなのに、当面はフレデリックのことで頭がいっぱいになることが確実だ。
そしてその日、あれだけ歩きまわって疲れたはずなのに、馬車の中のことを考えていたらほとんど眠れなかった。
次の日、頭がポーッとしたまま、数日はお祭りが続くこの街を通り過ぎながら仕事のためにウォルターの家へ馬車を走らせた。
第四章について、活動報告に書きました。ネタバレではないですが今後の話も入るので、見たい方だけどうぞご覧ください◎




