立場~side.フレデリック~
サイドストーリー・フレデリック編。
「フレデリックくん。申し訳ないがこちらの部屋で声をかけるまでしばらく待っててくれ」
ドリーの父親、ジュベルラート公爵様が青い顔をして俺の肩を掴み、誰もいない部屋へと足早に連れていく。
「あの……何かあったんですか?」
俺はみんなの前で迷惑をかけるような粗相をしてしまったのだろうか。挨拶や礼儀、一通り覚えたことは間違っていなかったはず。あの態度の悪い公爵家の長男にも反論しようとしてしまったが辛うじてドリーが止めてくれた。そのことだろうか。確かにそれは俺が悪い。平民の俺が公爵家に反論するなど、うちの商会にも迷惑がかかってしまう。
「さっき、公爵家の次期当主の方に失礼な態度を取ってしまい───」
「あ、それは大丈夫。何も問題ないし、フレデリックくんは1ミリも気にすることはない。ぜーんぶあっちが悪いから」
そっか、良かった。じゃあ一体何なのか。
待機してほしいと言われた部屋でジュベルラート公爵様から事情を聞かされた。
「私も急ぐから手短に話す。実はね今、フェルタールの第一王子アレクサンダー殿下がきているんだ」
まじか。王子様ってそんな簡単にフラフラ人ん家に来るのか?
「今回は本当にたまたまらしく、しかもお忍びだ。本当は12月の殿下の誕生祭兼お披露目パーティーで貴族たちの前に顔を出して挨拶する。これが代々王家の習わしだ」
誕生日にものすごくお金をかけて祝うってことか。やっぱり王様たちのやることは違うなぁ。
「そんな王子が、一公爵家の誕生日会に来た。まだほとんどの人が殿下の顔を知らないんだ。そんな中、お披露目パーティーで初めて顔を見ることが出来る貴族の大人たちの誰よりも前に、平民のしかも子供である君が同じ場所で顔を合わせる。それがどういう状況だかわかるかな?」
………そうか。
貴族の身分ならまだしも、なんの立場もないただの平民が同じ場所で飲食を共にするなんてあり得ないのだろう。
しかも他の貴族すらまだ会えてない次期国王に、お世話になってる公爵家の誕生日会だから特別にいた俺なんかが普通に話せる身分ではない。たとえ公爵様やドリーが取り繕ったとして済む話ではないのだ。本来なら会話すら出来ないしそもそも頭を上げることすら出来ない。これは俺の礼儀ができているかどうかの問題ではなく、根本的な身分の違いだ。
ここで俺が反論など出来ない。お世話になった公爵家に迷惑をかけたくない。
「フレデリックくん、すまない。私が呼ぶまでここで待機していてくれ」
「はい。ご迷惑にならないようここで待っています」
「……ありがとう」
納得してくれたことにほっとした顔をした公爵様は、踵を返して部屋から出ていく。
考えていなかった。いや、考えないようにしていた。
俺とドリーにはこんなにも大きな壁があるのかと。
初めて会ったときに砕いてくれたのは、子供同士のただの薄い壁だった。そんなものはお互いだけで壊せる。
だけど、家や身分なんて、当人同士だけで壊せるものではない。壊そうとすれば、様々な障害が次から次へと降りかかる。友達の誕生日を祝いたい。ただそれだけなのに、状況によって俺はその場を下がらなくてはいけない身分なんだ。
友達なんて初めてだから浮かれてしまったのだろうか。貴族なのに貴族らしくない彼女の笑顔がとても眩しかった。最初はビックリしたけど、すぐに仲良くなりたいと思った。
同じ歳なのに、新しいものを開発した。遊んだらみんなが楽しいと言った。そんな彼女はとても嬉しそうで、その彼女を見てる俺も嬉しい気持ちになった。
その後、第一王子が帰ったということで俺も戻してもらった。だけど、気が晴れない。自分の立場、身分を知ってしまった以上、ドリーと仲良くしていいのかわからなくなってしまった。
彼女と会話をしても楽しい気持ちになれず素っ気なくなる。なんて嫌な奴だろう、俺。誕生日プレゼントを渡してとっとと帰ろう。
そう思って、ポケットに入れていた小さな包みを取り出そうとしたとき、ドリーは他の令嬢たちに囲まれる。
「そうそう、ドロレス様。お誕生日プレゼントをもって参りましたの。うちの領地で取れた特級品のフルーツ盛り合わせですわ」
「私は隣国から取り寄せた珍しい生地ですの。よろしければお使いになって」
貴族令嬢の華やかな声と共に、豪華に飾り付けられた箱が手渡される。どれもこれもが高級品なのだろう。
そっか。そうだよな。
こんなところでも貴族と平民の差をつけられてしまった。向こうだって俺に見せびらかすために説明してる訳じゃないのに、どんどん自分の身分がこの場にふさわしくないんだと実感させられる。
貴族の人にプレゼントか……。俺はこんな庶民のようなものを貴族の前で渡そうとしていたんだな。
悔しい。
恥ずかしい。
……よかった、この場で渡さなくて。
捨ててしまおうか。
でも、渡したい。彼女のために、彼女が喜ぶ顔を見たくて、家庭教師の時間の合間をぬって必死で作った。何度指に切り傷をつけただろう。何度やり直しただろう。すべて、ドリーの喜ぶ顔が見たかった。何でこんなにも心が騒がしいのだろう。
他の貴族のプレゼントに比べればお金なんて全然かかってない。高級でもない。でもせめて、世界にひとつだけのものをプレゼントしたかったんだ。
今度会うときにさりげなく渡そう。少しでも喜んでくれればいいな。
誕生日会が終わって簡単な挨拶をすませすぐに家路についた。彼女は心配そうな目で見ていたが、頑張って笑顔を作り、何事もなかったような顔をしてその場から去った。
彼女と対等になりたい。出来れば横に並びたい。いや対等は無理だとしても、せめて今日のように自分だけ分けられてしまうことのないようにしたい。
彼女は今日、あの貴族から俺を守ってくれた。でもあれは友達としてではなかった。【貴族が平民を守る】という助け方だった。
俺はどうすればいい?何をすれば近づけるのだろう。
俺が走って追いつこうとしても、きっと彼女は倍の早さで先を歩いて行く。何もかもが完璧な彼女はきっと誰も近づけない。
でももし少しでも早さを緩めてくれるのなら、俺は必死でそこに追いつくだけだ。
出来ることからやろう。全ては無理でも、1歩ずつ。
少しでも。
近いところに、一緒にいたい。




