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間違って転生したら悪役令嬢?困るんですけど!  作者: 山春ゆう
第三章 〜ゲームスタート〜
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 好きな人の幸せ 〜side.アレクサンダー〜

アレクサンダーのサイドストーリー。ドロレスが婚約解消を願い出た頃から。

「父上!僕はドロレスと婚約解消などしたくありません」



 何日も長引く家族会議。それが全て僕のせいだというのはわかっている。

 あの日、彼女からの言葉は大きなショックだった。



 婚約解消。


 そんなことしたくない。

 絶対に。


 時間が足りないのなら、ゆっくりでもいいから歩み寄ればいい。歩み寄ってくれればいい。

 結婚すれば、きっと納得してくれるだろう。

 彼女は聡明だ、きっとわかってくれるはずだ。



 すべてが独りよがり。そんなこと、初めから分かっていた。婚約をするときから。



「本人がしたくないと私に言ってきたのだぞ。それでもお前は留めておくのか?幸いお前の代は高位貴族令嬢が多い。他にも優秀な者は何人かいるだろ」


「ですが……僕は彼女でなければ……」


 言い訳の言葉はもう出尽くした。それでも、もがいた。



「ならば。国王になるのをやめるか?」


 衝撃的な一言が僕の心に突き刺さる。

 国王になるのを、やめる?

 そんなこと、するわけがない。そのために僕は小さな頃からひたすら努力してきたのだから。


「それとこれとは話が違います」


「『ドロレスがいなければ』国王になりたくない、なれないという意味にも聞こえたが?」


「僕は、どちらも諦めたくはないのです!彼女のことも幸せにします!」



 どちらかなど選べない。どちらも捨てられない。僕にとっては、両方必要なのだ。



 ずっと黙っていた母上が口を開いた。


「陛下。アレクと二人にしてもらえませんか?」


「だが……。まあいいだろう」


 父上は席を立ち、部屋を出ていった。この部屋には、僕と母上しかいない。



「アレク。ドロレスの幸せを考えたことある?」


「それは僕がこれからーー」


「それは、あの子の幸せじゃなくてアレクの思う幸せ。あの子は確かに王妃に申し分ない。それは私も陛下もわかっているのよ」


「でしたらなぜ……」


 父上も母上も、彼女のことを相当気に入っていたはずなのに。それなのに解消の方向へ話が進むことに納得できなかった。


「あなたは今まであの子を近くで見てきて、王妃という席に留めておくことがあの子の幸せだと思う?」


「僕は……」


「王妃ってね、権力はあるけど自由はないわ。あの子は自由だったからこそ、今まで私達を幸せにしてくれたんじゃない?型にはまらない彼女はとても魅力的だわ」



 自由。

 僕にはないものだ。生まれたときから生きる道が決まっていて、それ以外の選択肢などない。

 羨ましいと思ったこともあったけど、今はもう僕は国王になるために前向きになっている。自由なんて忘れていた。

 その前向きになったきっかけの彼女。

 いつも楽しそうに友人たちと笑顔で過ごしていた。その笑顔を……僕だけのものにしたくて。誰にも見せたくなくて、閉じ込めたくて。

 自分の中に生まれた欲望を抑えることに日々必死だった。



 もっと早く。

 彼女を好きだと伝えていれば、何か変わったかもしれない。


 だけどドロレスにも幸せになってほしい気持ちだってもちろんある。

 僕の選んだ道は、彼女のためになったのか、少しずつ不安が襲う。幸せにしたいと思う気持ちだけは自信があるのに。


 型にはまらない彼女。

 それが彼女の魅力であることは僕が一番よくわかっているのだ。



「そんなに悩むほど、ドロレスのことを本当に愛してるのね」


「はい」


 これだけは迷わなかった。迷うはずがない。僕は、彼女の全てを受け入れる覚悟で愛している。



「あの子はこの国の最高権力者である陛下に、物怖じせず婚約解消を伝えたのよ。それって、相当勇気があることだと思うわ。愛しているなら、彼女が望む幸せを応援してあげない?」


「ドロレスの、幸せ……」



 思ってもいなかった。

 彼女を幸せにするのではなく、彼女()幸せを応援。



 そうか。


 そこに僕はいない。



 胸が苦しくなる。こんな感情、今までに持ったことがない。ドロレスと一緒にいたいと思っていたのに、彼女の幸せを願うなら、僕は離れなければいけないのか。

 僕には出来ないのか?僕の妻になることで、彼女は幸せにならないのだろうか。


 きっと僕の思っていることをしても、彼女の喜ぶ顔は見られないだろう。

 彼女が幸せそうに笑うのは、沢山の人と話しているときだ。美味しいものを作って食べて、ふざけたことを言い合っている時間。

 僕もその笑顔は何度も見たが、僕の二人だけのときにはそんなものはなかった。


 彼女を振り向かせたかった。


 でも、出来なかったんだ。




「ドロレスの幸せ……。ドロレスには笑って過ごしてほしい」


「そうね。好きな人には笑顔でいてほしいわよね。その人が笑顔でいてくれることが、自分の幸せにもなるのよ。今日はもうたくさん話したから、一人で考えてみなさい」


「はい」


「それと1ついいことを教えてあげる。初恋は、実らないものよ」


 母上は、ニッコリと笑っていた。


「え、っと……。母上も、ですか?」


 言って後悔する。母上は笑顔だが無言だった。『これ以上深堀りするな』と。母上の鋭い目つきが僕に圧をかけて、それ以上何も言い返せないままに母上は部屋を出ていった。

 全身に鳥肌が立った。



 その日から毎晩考えるようになった。

 彼女にとって、何が幸せなのか。


 僕の権力で彼女を引き止めておくことだってできる。今まではそれしか考えなかった。なんとか僕に振り向いてほしかったから。

 だけど母上の言葉に、少しずつ……彼女の笑顔を守りたいと思うようになった。




 夏になると、父上とウォルターと洞窟に行った。召喚の儀は終わっても魔石は普通に生成されていたので、これからも毎年取りに行くことになる。ウォルターの存在はまだ公表していないため、魔石を運ぶ作業員は少しだけ遅れて来ることになっている。


 父上に怒鳴られながらウォルターが魔石に触れていた。二人で【魔力制御】をかけたからなのか、父上は倒れなかったことに驚いている。


 ウォルターもドロレスが恩人だと言っていた。彼女がいなければ、今僕は憎悪や嫉妬の気持ちで彼を殺したくなるくらい恨んでいたかもしれない。


「ウォルター」


「なんでしょうか?」


 僕の兄なのに、他人行儀なことが少しだけ悲しかったものの、気持ちを抑える。こうやって出会わなければ、僕らは兄弟で、仲良くなれたのだろうか。


「ドロレスは、そんなに街の者から慕われているのか?」


「そうですね。彼女のおかげで救われた人たちがいますからね。孤児院にも色々寄付してくれて、ドロレス様がいなかったら俺は文字を書くことも計算をすることも出来なかったです。家族ができることも想像していませんでした。あの人以上の恩人はいないです」


 ウォルターの発した言葉はおそらく本音だ。小さく微笑んだ彼の顔を見て、あのときに婚約解消を願ったのは本当に彼からの願いだと理解した。

 ウォルターはドロレスのことをどう思っているのだろう。彼女のことを話す彼の顔は、とても優しく見えるが……。


「ドロレスに王妃になってほしくないか?」


 ウォルターが一瞬驚いた顔をしていたが、少し目をさまよわせて、小さく頷く。


「出来れば……僕たちのような平民に直接関わる仕事の機会を彼女に与えてほしいです。きっと彼女は喜んで受けると思います」


「喜ぶ……か」





 洞窟から帰ると、父上の部屋に行った。


「ドロレスと……婚約を解消した場合、彼女はやはり社交界から見放されるのでしょうか?」


「そうだな。しばらくは白い目で見られるだろう。王族との解消だし、次の婚姻が出来るかもわからん」


 そもそも解消しなければいい話だ。

 けれど、少しずつ彼女のために考えようと思った。


「そうならない方法は……何かないですか?」


 父上は一瞬目を見張るが、すぐに元の表情に戻る。


「そうだな……例えば、カトリーナとリューディナがやろうとしている事業の現地指揮官でもやってもらうとか。彼女を手放すのは、国王という立場からしても惜しい」


 今後ウォルターにやらせようと思っていた内容を説明してもらい、その膨大な計画に驚くが、きっと彼女なら……進んでやってくれるのではないだろうか。そんな予感がして、思わず笑ってしまった。


「お前は本当にドロレス嬢のおかげで感情が豊かになったな」


 そんな言葉を父上に言われて恥ずかしく、俯いてしまう。だけど正しいのだ。

 全部彼女が僕を変えてくれたのだから。


 彼女を愛している。

 それ故に、僕はあまりにも周りが見えなさすぎたんだ。

 彼女が幸せになる道を、僕が守ってあげたい。


 顔を上げ、父上に宣言する。


「ドロレスに匹敵する令嬢を見つけようと思います。父上、ご協力お願いします」


「ああ、もちろんだ」



 ドロレスを愛しているのは事実。

 だけど、彼女のこととなると自分の感情が抑えられなかったのも事実。


 もし僕がただのアレクサンダーだとしたら、感情のままに動いても問題なかったんだと思う。


 だけど僕は次期国王。人生をかけて、国王を全うする。


 そのためにはきっと、彼女を妻に置くことは違うのかもしれないと少しずつ思うようになった。愛しいがゆえに、全てが彼女を中心に考えてしまっていたかもしれない。

 そんな国王など、誰が認めてくれるのだろうか。



 初めての、燃えるような恋心だった。





 ーーーーーーーー












 叙爵式の後。父上に呼ばれる。その部屋にはナバス侯爵がいた。

 この男は貴族派だ。なぜ父上と二人でいるのだ?



「ナバス侯爵。明日の集会の話だが、先に言っておこう。召喚されたあの女は【治癒の力を持つ女神】ではない」


「な……っ!」


 愕然とした表情の彼は、半年前に事故で動かなくなった半身をソファーの背に寄りかからせて天を仰ぐ。彼にとって、この力が最後の砦だったはず。


「その体、治したいか?」


「もちろんです!まだ侯爵になったばかりで子供もいないのです。他に治す方法がもうないのですよ!」


 悔しそうに声を絞り出すナバス侯爵を見て父上が悩む素振りをする。


「治したら、国に忠誠を誓えるか?」


「っ……それは、我々の派閥を潰すという意味ですか?」


 貴族派は、王族第一主義のこの国をあまり良く思っていない。決定権、権力などを王族以外にも持たせることを望んでいる。

 過激派ではないため、大きい衝突は今のところはない。それはこのナバス侯爵の腕がいいからこそ、下につく家が暴れない。

 だが、話をまともに聞いてくれないという苛立ちは、塵も積もれば山となる。いずれ溜まった鬱憤を爆発させる前にここで懐柔しておくのかもしれない。


「そういうのは望まぬ。私はただ、国をより良いものにしたいだけだ。それはどこの誰が意見を出そうと、国のためなら大いに参考にしたい。先王はそなたたちのことを無下にしていたからな。これをきっかけにお互いゆっくり話そうではないか」


 ナバス侯爵は驚きのあまり顔が固まっている。

 貴族派の意見などほとんど取り入れられない過去からしてみれば、言質が取れただけで彼にとってはとんでもない収穫だ。しかも国王陛下のほうからの歩み寄り。これ以上、何を求める必要があるのか。


「その言葉……信じますよ」


「ああ」


 二人には、今までずっと見えない壁があった。だけど今、徐々に崩されていくのがわかった。


「明日、別の者が【治癒の力を持つ女神】と名乗り出る。普通の人間だが、その者に頼め」


「陛下、何を仰るのですか?普通の人間が?そんなことありえません!【治癒の力】など、過去の文献ですら持つ者はいないと記録されているのですよ?知識不足なのでは?あの召喚された娘しかありえないでしょう!私のことを動けないからって馬鹿にしているのですか?!」


 さっきの歩み寄りなどなかったかのように大声を出し、父上を侮辱するような言葉を投げる。横にいる僕は腹が立ったが、ナバス侯爵のその態度を待っていたかのように父上は切り出す。


「絶対に大丈夫だ。そなた一人を騙すためにわざわざこんな場を作るわけ無いだろう。嘘ではない。だがやってほしいことがあるのだ」


「にわかに信じられん。……やってほしいこととは何でしょう?」


 疑う心が丸出しの彼が父上に尋ねる。


「【治癒の力を持つ女神】と名乗る者がそなたの体を治したら、その後に私がその者の人生に関わる発言をする。一度全否定しろ。なんとしてでも言葉を見つけて否定しろ。だが最終的には納得する様子をその場にいる全員に見せるんだ」


「否定?内容は……」


「ここでは言えぬ。やってもらいたいのはそのことだけだ。そなたは体を治せるし、私も順調に話を進めることができる。その者がこの国で認められ、安心して過ごすための茶番だ。頼むぞ」


「はあ……そうなんですか」


「忠誠も誓ってもらう」


「……私の体が治れば、ですけどね」



 杖を使いながら、疑いは残しつつ彼は部屋を出ていった。


 【治癒の力を持つ女神】は確実に存在する。いずれ国中に知らされることは決まっているが、あえて今、それを知らない彼に話を持ちかけたのか。今一番【治癒の力】を欲している彼は、この体が治るなら自分の家や派閥の意見は二の次だ。だからこそ、呼んだのだと思う。


 これで貴族派もうまく取り込むことができるだろう。そのための交渉材料になったのか。

 父上の手腕は見習わなくてはならないな。






 そして。翌日の卒業パーティー前。

 ついに、父上が婚約解消を皆に伝える。ナバス侯爵も上手く協力してくれた。


 ほんの少しだけまだ心残りはあったが、大きく深呼吸して、父上からの提案を受け入れる。


 これで本当に最後。


 結局、彼女を振り向かせる力は僕にはなかったようだ。




 終わったあとに急いで彼女のもとへ駆けつける。周りの注目を集めながらも、変わらずその美しさを放ちながら歩く姿を名残惜しむ。

 だが、以前のように感情が抑えきれないことはなかった。

 知らぬ間に、僕の中で気持ちの区切りがついたんだ。




 彼女と、友人になった。

 家のことを抜きにしても、僕が気楽でいられる数少ない友人。



 彼女は友人として、僕に自然な笑顔を見せてくれた。婚約していた時には見せてくれなかった笑顔を。


 思い出せば、婚約する前にもそんな顔を見た。



 僕が無理矢理婚約をしたから……いや、そんなことはもう考えるのはやめよう。




 もしかしたら、こういう気兼ねなくずっと付き合えることのほうが、僕と彼女には合っているのかもしれない。


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