167.初めてのダンス
「ドリー」
周りから様々な感情を込めた目で見られている。
見下したような目。
憐れみの目。
邪魔者がいなくなったと喜ぶ目。
心配の目。
その突き刺さるような視線の中、ゆっくりと近づいてきたのはフレデリックだった。
彼は私の名前を呼んだものの、その後の言葉を選んでいる。なかなか次の言葉が見つからないのだろうか。
「フレッド。明日、暇?ゆっくり話さない?」
「……うん。大丈夫だよ」
今、話し始めたら私はきっと全ての感情を爆発させてしまう。
このあとには卒業パーティーもある。とにかく今はすべて終わらせてから、彼とはちゃんと話したい。
その次の言葉を発そうとすると、レベッカたちがやってくる。
「……すべて、終わりましたね」
「ドロレス様、お疲れさまでした」
「ビックリしちゃいましたよ。【治癒の力】があるなんて」
いつもふざけて言ってはいたものの、私が王妃になりたくないと本気で思っていることは、この三人はちゃんと話していた。
だけど彼女たちも大人だ。周りに沢山の人がいるこの場では言葉を選んで私に声をかけてくれた。
「みんなありがとうございます」
「うふ、さすが女神」
「やっぱり女神って言われるにはドロレス様くらい美人じゃないと駄目ですよね」
「私は残念ですわ。せっかく義姉妹になれるかもしれなかったのに」
いつもの明るい会話に、張り詰めていた心の緊張が解ける。
彼女たちにも、いつも助けられていた。この三人がいたおかげで私は学園生活も楽しく過ごすことができたし、愚痴もこぼすことができた。
フレデリックを見ると、私達の様子を笑顔で見守ってくれている。
「あ、そういえば。アレクサンダー様がみんなのこと友人だって宣言していましたよ」
「え?私、義妹になるのに友人なんですか?」
「王子と友人だと言われても、実感ないですわよね」
普通の令嬢なら問答無用で喜びそうなものの、レベッカもエミーも、全っ然喜ばない。ほんとこの人たち、私に染まりすぎてるんじゃない?私、悪影響与えてない??それとも、類は友を呼ぶのか?
「どうしてもって言うなら、しょうがないですわね。友人になって差し上げますわよ」
「フフッ!本当に言った!」
さっきアレクサンダーが、ニコルならこう言うだろうという台詞をまさにいま本人が発したことに思わず吹き出した。みんなに説明すると、ニコルは羞恥で真っ赤な顔をし、レベッカとエミーも笑った。
「ドロレス様!」
後ろから大きな声が聞こえる。
いつもの彼女なら絶対にそんなことしない。だけど振り返ると、走ってこちらに向かってくるヴィオランテがいた。息を切らしながら私を問いただす。
「どっ……どういうことなのですか?!【治癒の力】を持ってる?!婚約解消?!なんで納得されたのですか?!あんな解消の仕方、王族からの一方的な命令ではないですか!おかしいですわ!あなたを次期王妃から外すなんて王族の方々は何を考えていらっしゃるのですか?!」
うう、胸が痛い……。
ヴィオランテは、私が王妃になりたくないのは知らない。まだ王宮内なのに、そんなことも気にせずに王族のことを悪く言い始めたので慌てて私は彼女を止める。
「何も不満はないですわ。私は治癒師として人々の役に立てるんですから。それに、アレクサンダー様の隣に空席ができましたよ?」
「ですが……あなたがふさわしいのはわたくしですら認めていたのに……」
「私の代わりが務まる人ってなかなかいないですからねえ。ヴィオランテ様は、私のことライバルだと仰っていたのに、次にそこへ立つ自信がないのですか?私も唯一のライバルだと思っていたのに残念ですわ。他のご令嬢の争奪戦が始まりますわね」
彼女はハッとした顔になる。そして口をぐっと噤んだあと、決意を込めたような目で私を見た。
「わ、わたくし……ドロレス様のライバルとして絶対に他のご令嬢に負けませんわ!ドロレス様の叶わなかった気持ちの分まで、絶対に素晴らしい王妃になれるよう頑張りますわ!そのためにはまず選ばれるように努力いたしますので、失礼しますわ!」
王妃になりたい気持ちなど一ミリもないので、私の分を足しても増えないんだけどね。
ヴィオランテは意欲に満ちた顔で消えていった。
彼女の感情の起伏が激しいのは相変わらずだけど、最近はそれすら可愛く見えてしまう。むしろあれくらいのほうが、アレクサンダーとの相性は絶対にいいと思う。
午前中から色々とあったものの、ようやく卒業パーティーだ。
まだ半日しかたってないのにどっと疲れが押し寄せる……。
パーティーが始まると、早速アレクサンダーが私の元へやってきた。
さっき婚約解消したのはここにいる全員が知っている。だから、ぜひ自分を誘ってほしいと言わんばかりに他の令嬢が彼の周りに押し寄せたが、その山をかき分けて一直線に私のところに来た。
そしてダンスを踊る。
「ここで踊らなければ、【治癒の力】以外の理由で婚約解消したと思われるだろ。だから、重大な欠点や不仲で解消したわけではないことを見せつける。ジュベルラートの家のためだと思え。これから国の事業にも関わるんだからな」
「そういう意味で踊ってくれたのですね。ありがとうございます」
彼は彼の立場がある。変な勘繰りをされて、国の不信になっても困るもんね。それに我が家の心配もしてくれて嬉しかった。
「これからほぼウォルターと仕事だろ?」
「ええ。この間予定表を見たらとんでもない量の仕事が組み込まれていましたわ」
国王から届いた1年目のスケジュールは、売れっ子芸能人かよ!ってくらいにビッチリと仕事を入れられていた。
そ、そんなにも婚約解消を願ったことは重かったのか……。しょうがない、私が言い出したことなんだから。
「たまにはウォルターを連れて王宮に遊びに来い。彼がいれば謁見の許可無くても王宮に入れるようにしているからな」
「国王になったらお忙しいのでは?」
「誰かのせいで結婚はまだ先だし、父上も亡くならないで済むんだ。まだ当分王子のままだぞ」
「……そうですねー」
返事に困るっての。前者は私のせいだけど後者は私のおかげ。
ってことでプラマイゼロよね?そうよね??いいよね??
「この次、ウォルターと踊れ」
「え?」
「父上からの命令だ。ウォルターにも言ってある」
ああ、他の令嬢たちへの牽制ね……。私は随分と便利な道具らしい。
アレクサンダーとのダンスが終わると、そのままウォルターのもとへとエスコートする。
ち、ちょっと待って。
あの群がる令嬢の中を突っ切るの?!
昨日叙爵したばかりのウォルター、そしてフレデリックの前には、過去2回など比にならないほどに令嬢が溢れていた。
今までは平民だったので近くにいるだけで声をかけられなかった令嬢は、我先にと彼らに声をかける。ダンスを誘ってはいないが、誘われるように遠回しな会話を促している。
う、嘘でしょ……。ホントに入るの……?
アレクサンダーが来ると、その令嬢軍団が真ん中に道を作るように動いた。
叙爵したイケメン二人に、次期国王の美しいアレクサンダーが集まるこの場所に皆の注目が集まる。
こんな場所で……???
「ドロレス様。一曲踊ってくださいますか?」
ザワッとする周囲の声をなんとか無視し、私は一瞬フレデリックの方を向いた。彼は笑顔で軽く頷く。きっとウォルターから事情を聞いているのだろう。
「婚約解消出来て良かったな」
微笑むウォルターに、私はお礼を言う。
「ありがとう。あなたがあの時に言ってくれたからきっと上手くいったんだと思う。実はあの一週間前に、私も国王に婚約解消を願っていたのよ」
「えっ?そうなの?あー、だから俺が言ったときに国王陛下が俺らのことを恋仲だなんだって言ってたのか」
私だってウォルターがあんなこと言い出すとは思わなかったんだから。でも本当に彼のおかげなのは間違いない。私の言葉だけではきっとここまで進まなかった。
「しかし、あのネックレスがこんなことに使われるなんて思わなかったぞ。それならそうともう少し綺麗に作ったのに」
「渡しといて良かったわね」
「ああ。作った甲斐があったよ」
ウォルターはその後、少しだけ目を彷徨わせ、おそるおそる私に尋ねた。
「俺、……役に立ったか?俺がやったことはドロレス様に迷惑じゃなかったか?」
「もちろん!全部ウォルターのおかげよ。本当にありがとう」
笑顔で心から感謝をすると、彼は一瞬驚いたような顔をして、目をそらす。
「あー……うん、いや……」
頬がほんのり染まった彼は何かを小さく呟いている。
ダンスを踊りながら、どこかよそよそしい態度になり始めるウォルター。
「なに?照れたの?私にお礼言われると思わなかった?」
「こっち見んな……。そろそろ終わるから」
なんで急にそんなそっけなくなるのよ。
そんなことを思いながらダンスを終える。そしてそのままウォルターは、私がずっと踊りたかった人の元へとエスコートしてくれた。
「あいつも爵位を持ったし、これで堂々と踊れるだろ。あいつが踊りたくても踊れなかった欲求不満を発散させてやってくれ」
そう言ってウォルターはフレデリックの肩をポンと叩き、この場を離れた。
目の前には、ずっと踊りたかった相手がいる。今から何の障害もなく、何の文句も言われず、踊ることができるんだ。
一年生の時に、聞きたくても最後まで聞けなかった言葉。
二年では、その機会すらなかった。
「ドロレス様。一曲踊っていただけますか?」
「喜んで」
フレデリックの手を借り、ダンスホールのたくさんのペアの中に混じる。
「ずっと、踊りたかった」
彼の性格を表すような優しい微笑みに、胸の中でじんわりと温かい気持ちが広がる。
「私もよ。ふふ、ドロレス様って言われるの恥ずかしい」
「ドレス着てると、そう呼んじゃう。今、嬉しくてめちゃくちゃ緊張してる」
緊張感は、彼が私に触れているところからとても伝わってくる。でもそれすら、私は嬉しい。
「これから忙しくなるんでしょ?ウォルトの仕事手伝うってさっき国王陛下に言われてたもんね。行けるときは必ずドリーに会いに行くから」
「ありがとう。だけど来月から移動ばっかりであまり家に帰らないかもしれないわ。なかなか会えないの……」
「今までの我慢に比べたら、これからの会えないことくらい我慢できるよ」
その我慢は、この先の何を前提とした上で彼が言っているのかはわからない。私はこれから本当に、それこそ学園の頃よりも彼に会う時間はなくなる。
私だってきっと……フレデリックと会えないのは寂しくなってしまうだろうな。
ほんの少し、彼が私に顔を近づけた。目が合うと、お互いが照れる。
「俺も、話したいことがいっぱいあるんだ。今話し始めたら、止まらなくなるからグッとこらえてる。お願い、明日全部聞いてくれる?」
「もちろん。私もよ」
「楽しみにしてるね」
明日また改めてゆっくり話すと約束し、その後はジェイコブやクリストファーとも踊った。クリストファーからは『残念です』と何度も言われながらも、レベッカとの惚気話を聞かされる羽目になった。どれだけレベッカのこと好きなのよ……。
アレクサンダーはというと、ヴィオランテと踊っているのが見えた。
彼からダンスを誘われたときにあまりにも照れてしまう彼女のために以前アドバイスをしたことがある。そのおかげか今日は落ち着いているように見えるけど、それでも嬉しさは隠しきれていなかった。
これから改めて婚約者選定が始まるのか。
彼女をゴリ押ししとこ。
「私と、婚約していただけますか?」
「喜んで」
何人か婚約の申込みをするペアがいたが、圧倒的に目立ったのはオリバーとニコルだ。
イケメンで高身長、公爵家で近衛騎士に入隊確実、なのに奢らず一途で真面目で紳士的なオリバーと、殆どの男性が彼女に一目惚れするほどの可愛らしい見た目を持ちながら言いたいことをハッキリと言う芯の強いニコル。
ビッグカップルの誕生に自然と周りの人たちが拍手していた。
見に来ていたお互いの家族は感動してるし、ダンスが終わってレイヨン公爵の元へ行けばオルトはニコルに駆け寄ってくっついてるし、それにオリバーが嫉妬してるし。
なんという幸せな美男美女カップルなのだろう。やっぱりここも少女漫画を見ているみたいだった。
ニコルのこと泣かせたら、絶対許さないからな!モレーナと説教してやる!
おめでとう、ニコル。オリバー。幸せに!
明日は7時と17時にサイドストーリーを更新です




