19.たかがトランプされどトランプ
おいぃーージェイコブぅぅぅうぅーー!絶妙なタイミングで思い付いたようにアレクサンダーを誘わないで!!!
顔では笑顔を作りつつも、心の中で叫んでしまった。普通、王子とトランプやろうなんて発想にならない!仲良しのジェイコブだけだよっ!
そんなジェイコブはキラキラした笑顔を周りに振り撒きながら令嬢に囲まれるアレクサンダーに「アレク様ー!トランプやりましょー!」と声をかけながら駆け足でこの場を離れた。…こんなときでもかわいい。
「トランプ?」
「そうです!新しい遊びなんです。僕はさっきやり方見たので1回目は僕が教えます!そのあとは僕も参加するので一緒にやりましょう!」
さりげなく2回もやることになってるよ?ジェイコブ、あなたどういうことかしら?
「じゃあやってみよう」
さきほど参加していた令息と令嬢数人を呼び、私と王子を含め5人で1回戦目が始まった。私は王子以外の3人に目配せする。みんなが目線に気づき、私はテレパシーを送る。実際送れないけど。みんなわかってるはず。大きく頷く。
「「「「王子に勝ってもらう」」」」
そして数分後。
「アレク様、あとはドロレス様から1枚引いてください。【魔物】じゃなければあがりですよ!!」
「アレクサンダー殿下。ドロレス様は顔に出ます。じっくり観察してください」
「フェイントかけてください!」
ジェイコブがアレクサンダーの後ろでサポートをしている。参加していない令嬢たちの応援も聞こえる。
そう、私とアレクサンダーが残ってしまった。そして私の味方が誰もいない。
あーー、私も勝ちたいのよ。勝ちたいのによりによってなんで残ったのが王子だけなのよ。もう!勝たせてあげた方がいいけど私も勝ちたい。こんなところで私の負けず嫌いが発動してしまう。
眉間にシワを寄せながらカードを持つ私をアレクサンダーはじっと見る。わぁ、綺麗な顔。ザ・王子様。ゲームをやっているときは本当に素敵だなとか、こんな旦那様最高だなとか思った。
でもいざ目の前、まぁまだ子供だけど、そのご尊顔を見ていたら、親密になりたいというよりもただ見ているだけで満足だという気持ちになった。あれだね、好きな歌手のファンをやってる感じ。近づきたい訳ではなくただその人を応援したい、みたいな。だからこそ私との婚約を結ばないでほしい。
そんなことを考えていたらスッとアレクサンダーの手が片方のカードを掴んだ。【魔物】だ。やった!
……しまった。顔に出してしまった。
その一瞬の変化をアレクサンダーが見逃すわけもなく【魔物】をやめ、もう片方のカードを引いた。
「あぁ……」
悔しい。なんでも完璧な王子にせめてトランプくらいは勝ちたかった。がっくりと項垂れる。
「上がりですアレク様。さすが、人の表情を見極めましたね」
「さすがですわ!」
「ドロレス様はすぐ顔に出るもんな~」
私以外が楽しそうに会話してる。いいもん。次は勝つもん。開き直ってアレクサンダーに声をかける。
「どうでしたか殿下。やり方覚えたならもう一度やってみます?」
「あぁ。これは面白い!人の顔を観察するのに勉強になる。次は最初に上がるぞ」
アレクサンダーも楽しそうだ。それを見てホッとする。最初の緊張と焦りは昔のことのように思える。
「ではカードを集めて再度配りますので、よろしければプリンをどうぞ」
ここに来てからすぐに囲まれてしまったために何も食べていないアレクサンダーへプリンを持ってくるようメイドにお願いをした。
「プリン?」
「おそらく、今まで食べたことのない食感ですわ。周りは生クリームとフルーツです。うちの料理長がカットしましたの。素敵でしょう」
「すごいな。切っただけでこんなにいろんな形の物が作れるのか。プリンは……揺れている?………!お、美味しい。生まれて初めてこんな美味しい食べ物を食べた……」
アレクサンダーは頬を赤くして、その整った顔でプリンをじっと見つめる。碧い瞳を潤ませ、感動に浸っている。そうだよね、こういう料理ってこの世界には存在しないもん。
「まだありますわ。ではカードを配りましたので、食べながらやりましょう」
「食べながら……は、マナー違反にはならないのか?王宮では禁止されている」
「あら。今日は【同じ歳の子達が集まるパーティーに来た男の子】ですわよね?それに、カードを引くとき以外はカードを置けば、【食べながら】にはなりませんのよ?それに皆様、今日は私の楽しい誕生日会で楽しくゲームしただけのお話ですわよね?オホホホ」
無理矢理こじつけてしまった。いいよね?だって今日は咎めないって言ってたし。それに今回の参加者はその後どうこういうようなメンバーじゃないしね。
「…はっ、アハハッ!わかった。今日はそういうことだ。みんな、今日のことは見て見ぬふりをしてほしい」
ずっと真顔だったアレクサンダーが堪えきれなくなったのか笑いだした。うん、歳相応の可愛い笑顔だ。子供は元気に笑って過ごさなきゃ。
「もちろんです殿下、ドロレス様。今日はただの誕生日会。何も起こっておりませんわ」
「そうです、僕たちはただトランプという遊びをしただけです」
周りの人たちも理解が早い。日本ならみんなまだ小学生低学年なのに、なんて出来た人間なんだろう。
「では、2回戦!参りますわよ!」
こうして第2回戦は、1位がジェイコブ、2位がアレクサンダー、辛うじて私は下から2番目で抜けることが出来た。
その後アレクサンダーは時間だ、と近衛騎士に呼ばれてしまい、会場を後にすることになった。
「みんな、本当に楽しかった。プリンはまた食べたいし、歳の近い者とこうやって仕事以外で笑って遊べたことを感謝します。また一緒にトランプをやろう。ドロレス嬢、急に邪魔をしてしまったがとても気持ちのいい会だった。ありがとう」
来たときの無機質な顔なんて忘れてしまうくらい、アレクサンダーはとても満足顔だった。普段からあまり笑わないようにしつけられているのだろう、笑顔になりたいけど笑顔になれなくて、口角だけがちょっと上がって微笑むような顔になっている。
「こちらこそ、また機会がありましたらトランプをやりましょう」
こうしてアレクサンダーは近衛騎士に囲まれて馬車に乗り、王宮へ帰っていった。
「はぁ。色々ありましたが、アレクサンダー殿下とこんなにも近くでお会いできてとても光栄でした」
「えぇ。あのギルバート様のことなんてもう頭の端にもないですわ」
他のみんなもほっとした顔で会話を始めた。緊張が抜けたのだろう、ガクッと椅子に座り込む令息もいる。
「……もう王子さまは帰ったの?」
ドアからフレデリックが顔を覗かせた。
「フレッド。ごめんなさい、事情が事情なだけにあなたがこの場にいられなかったのよ。でももうお帰りになったので大丈夫よ。残り時間は少ないけどまだ食べ物もあるから楽しみましょう」
「うん…、あっ。はい」
どうしたのだろう、フレデリックの元気がない。来たときは緊張していながらもいつもの明るい様子だったのに、体調でも悪くしたのだろうか。心配なので声をかけようとすると、他の令嬢が私に声をかけた。
「そうそう、ドロレス様。お誕生日プレゼントをもって参りましたの。うちの領地で取れた特級品のフルーツ盛り合わせですわ」
「私は隣国から取り寄せた珍しい生地ですの。よろしければお使いになって」
次々に令嬢たちからの誕生日プレゼントが渡される。8際の誕生日プレゼントって鉛筆とか安いハンカチとかじゃないの?一つ一つがとんでもなく高そうなんだけど。。
最後に並んでいたエミーが小さな箱を差し出す。大人しそうな顔をしているエミーはさらに眉尻を下げて申し訳なさそうに話し出す。
「あの……私の土地は紙生産が主な収入源となっております。ですが、仕事などで使えるようなしっかりとした紙ではないため、文字を書くのは不向きなんです。なので貴族とは言ってもどちらかと言えば平民のお金持ち程度です。今回のために私が色々案を出し、色紙を作ってみました。もしよければお使いください」
そっと出された箱を開けてみると、淡い色をつけた長方形の和紙のような紙が20枚ほど入っている。確かにざらざらしていて書類などには使えそうにないけど、紙としての役割は充分だ。
「綺麗。素敵だわ」
「あっ……ありがとうございます!こんなもので申し訳ありません!」
「そんなことないわ。素晴らしい色紙よ。ありがとう」
これはもしや、アレができるのではないか?
「エミー様、今度この色の付け方教えてもらえる?」
「っはい!いつでもお伝えいたします!」
これは大きなビジネスチャンスになるんじゃないかしら。ふふふ、お父様とルトバーン商会と話をしなくては!
その後は短い時間だったが、終始楽しい誕生日会となった。
みんなが笑顔で帰ってくれるのは嬉しい。今度また新しいスイーツを作らなきゃ!
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