164.卒業直前も私の周りは騒がしい
私もついに卒業か。
色々あったなー。
ヒロインはゲーム絶対主義で、最終的にはこうなるっていう固定観念が強い子が来ちゃったし、アレクサンダーとは婚約解消できそうだし、フレデリックには告白しちゃったし……。
良い友人も出来て、大好きな子供と触れ合う機会もたくさんあった。
ゲームもここまでしか作られていない。イベントは学園生活の出来事だし、アレクサンダールートは卒業パーティーでドロレスを断罪した後に諸々スルーとか語るだけで、結婚まで一気に飛んじゃうしね。
そんなことを思いながら、王宮へ向かっている。
いつもの卒業パーティーとは違って、学園に在籍する子供がいない貴族も集められた。
そう、例のユリエの件で、緊急で卒業パーティーの前に貴族の皆が集められているのだ。
何をするのかわからないけど、彼女の今後についてが決まる。私も興味はあった。
全員が昨日も来た王宮のホールへと入る。家格順に並んでいるため、遠くにフレデリックがいるのが見えたが、今日は歓談の時間がないため声はかけられなかった。ウォルターは……人が多いせいか、なかなか見つからない。そして王族が壇上に登場すると話が始まった。
「二日間もここに来てもらって感謝する。今日は、【治癒の力を持つ女神】として召喚されたユリエにやってもらわなければならないことがある」
最近はパーティー参加禁止令が出ていたため、久々に聞くその名前に貴族の大人たちはヒソヒソと会話をし始めた。
「あの男爵家に養女に入ったんだろ?結局潰れて平民に落ちたけどな」
「そもそも貴族としてふさわしくないと思っていたわ」
「まだ力の発動すら見たことないわよ?本当にあの娘がそうなのかすらわからないわ」
コソコソなのに、私のところまで結構聞こえる。
そんな中、ついにユリエが登場した。
彼女はとても豪華なドレスを着ている。あの子なんであんなドレス持ってるの?買った?そんなわけない。アレクサンダー曰く、王宮からの生活資金は止めたから自由に使えるお金はほとんどないって言ってた。
じゃあなんで??相当お金がかかっている。
同じことを思ったのか、周りの人たちも似たような会話をし始めた。
国王が口を開く。
「ユリエ。【治癒の力を持つ女神】としてふさわしく、私の呪いを解き放て」
「かしこまりました」
堂々とした歩みで、数段上の国王の元へと進み、目の前で止まった。国王の周りにいる護衛がピリッとした空気を出す。鯉口を切っていた。
「触ります」
そう言って国王の手に触れた。
会場が静かになる。誰もが息を呑んでその瞬間を待った。王族以外が魔力のない人間である以上、不思議なことが起こるのではと期待や不安が交じる視線を誰もが壇上に向けている。
だが。
何も起きない。
「どうしたユリエ」
「ち、ちょっと待って下さいよ!まだなんだから!」
彼女の言葉遣いに、王族や護衛たちがより一層空気を張り詰めさせる。
普通なら不敬とも捉えかねないほど、ユリエは国王をベタベタと触る。貴族たちからは非難の声が上がるも、壇上の彼女は気にも止めずに色んな所を触っている。
うわー……よく国王も耐えられるわ。私なら絶対に無理……。
「陛下」
「ああ」
いつも国王のそばにいる護衛が声をかけた。国王は短い言葉で返事をすると、それを合図のように護衛がユリエを拘束する。
「えっ?何すんの?!私は女神だって言ってるじゃない!離してよ!」
もがくユリエを見て、貴族たちも何事かと騒ぎ出す。その様子を見た国王が大きな声で叫んだ。
「この者は、【治癒の力を持つ女神】ではない!」
ホールから音が一切無くなったかのように静まり返る。ユリエですら、唖然として叫ぶ声が止まった。だけどすぐに我に返る。
「んなわけ無いでしょ!馬鹿じゃないの!私が女神なの!私が力を持ってなかったら誰かあんたの呪いを解くわけ?!」
目の前にいる男がこの国の王だということを忘れたのか、それともゲームのモブキャラクターだとしか思ってないのか。
誰が見ても許されないような言葉遣いで国王を罵っている。
ユリエ、あなたは国王に対する言葉遣いがあり得ない。1年以上ここにいて何もわからないの?
「私はお前と誓約書を交わしている。『大勢の人の前で必ず力が発動する、嘘はない』と書いたな?今日が最後の機会だ。発動がなかったということは、お前は王族に対して嘘をついたことになる」
「それは!場所が悪かったんです!私のせいじゃないんだから!」
「その他にも、貴族誓約書で『学園卒業の16歳の年の卒業パーティーまでに発動しない場合、永久に【治癒の力を持つ女神】としての立場を抹消し、それまでに起こした不祥事があれば全て責任を負う』と書いた書面にサインしただろ」
「……っ!なにそれ?!あんな小さい文字で書かれてる大量の文章、ちゃんと読むわけ無いでしょ……」
え、そんなことしてたの?貴族誓約書??そんなの聞いたことない。
……ユリエのためだけに、わざと作った?
文章の多さがどの程度かはわからない。だけど彼女はゲーム通りに物事が進むと思っているし、教科書すら開けようとしない人がわざわざその文章を全部読もうとするわけがない。
家電製品を買ったときに取扱説明書を隅から隅まで読む人は少ないと思うし私も読まない。だけどさすがにこんな世界に飛ばされて、誓約書出されたら私だって不安で絶対読むわ……。何されるかわからないんだもん。
「マナーに関しては咎めない。だが、ジュベルラート公爵令嬢を階段から落とした罪、濡れ衣を着せた罪、学園祭での生徒会に対する迷惑行為、停学中に反省もせず外に出歩き、王族に対する数々の侮辱的な言葉。そして虚偽発言に、そのドレス。先日誓約書で約束したな?どうなるか、書面を見てないとは言わせない」
明らかにユリエは動揺しているが、内容を思い出したような顔をしていない。もしかして、またちゃんと確認せずにサインをしたのではないだろうか……。
「牢へ入ることになる、と」
「嫌だ!!」
シンと静まるホールで、ユリエの声だけが響き渡った。
「何で?!おかしいでしょ!私が牢屋に入るなんて絶対にありえない!そんなルートない!」
取り乱す彼女はハッと思い出したように笑顔になり、落ち着いて話し始めた。
「国王陛下。もう1つ約束がありますよ?忘れたんですか?」
「……」
国王は何も返事しない。それがユリエにとって自分が都合のいい状態になったと解釈したのか、顔をホールの貴族の方に向け、叫んだ。
「この国にはね、王子がもう1人いるの!真の第一王子!みんなに教えてあげる!ルトバーン商会に養子に入った黒髪のウォルター!」
会場がザワザワと騒ぎ出す。ユリエは誇らしげに国王に顔を向き直した。
「国王陛下!約束したでしょ?私を王妃にするって言ったよね?!」
「あの娘、何をバカなことを言ってるんだ?」
「アレで王妃になれるわけ無いでしょ」
「ああ、かなり頭が狂ってしまっているんだわ」
近くの大人たちからはユリエを蔑み、そして憐れむ声が聞こえる。いやまさかここで宣言するとは私も予想しなかったわ……。
「約束は覚えているぞ」
「なら!」
国王は1枚の紙を護衛から受け取る。
「『ドロレスが国庫に手を付け、王子を最初に見つけて、ここに連れて来たら私をアレクサンダーの妻にすること』だったな。どれも約束を果たしていない」
「あっ!そうだ、ジェイコブ様!ドロレスが国庫に手を付けましたよね?!絶対にそうなるはずなんですから!」
貴族たち数人から私への視線が少し気になるが、多くはジェイコブへと向いていた。
ユリエが彼を指名したからだ。
ホールにいたジェイコブは笑顔で答える。
「ユリエ様の仰ったことは事実無根です。そんな事実ございません。我が国の公爵令嬢であり次期王妃に対する侮辱です」
「私からも責任を持って言おう。ドロレス嬢はそのような悪事を働いていない」
ジェイコブの隣にいるマクラート公爵も、ハッキリとユリエの言葉を否定した。だけどそれに驚いたのはユリエだ。目を見開き、愕然とした顔で声を震えながら叫んでいる。
「ジェイコブ様?何を言ってるんですか?私に隠さなくてもいいんですよ?だって必ずそうなるんだから!ジェイコブ様は私のこと好きですよね?だから私に協力してくれたんでしょ?」
「何を言っているのですか?私はあなたに好意など一欠片もありませんよ。こんなところで冗談はおやめください」
「信じられない……。私がジェイコブ様を好きになるように優しくしてたんじゃないの?!あなたはそういう人ですよ?!私が好きにならなかったからって嘘をつくのはやめてください!」
「優しくすることと好意を向けることを一緒にされては困ります」
彼女はおそらくジェイコブを信じ、そして彼が優しくしてくれたことで確実に自分への好意が……いや好感度が高いと思っていたんだろう。
ゲームのプレイヤーならそういう感覚になってもおかしくはないが、人対人ならば、相手に優しくすることなど普通だ。ま、勘違いすることもなくはないけど……。
だが、ここまで来ても彼女の頭の中はゲームという存在が埋め尽くしている。ジェイコブを始めとする攻略対象者はあくまで【攻略対象者というゲームのキャラクター】でしか見ていない。
あくまで、自分が思い通りに動かせるゲームの登場人物だという考えしかなかった。
少し前までは私も同じだったと思う。だけど、それでも私はまだみんなのことを人間として見ているつもりだ。
彼女は未だにそれが抜けきれていなかった。
「ファロン子爵」
国王はその名前を大きな声で呼ぶ。
昨日新しく爵位を授かった、ユリエもよく知る顔の男性が壇上の横から姿を表した。それを見て驚くユリエ。
「なんで?!ウォルター?!ファロン子爵って何?!」
「お前は平民だ!言葉遣いに気をつけろ!」
ユリエを拘束している護衛が力を強める。
「彼が一番目の王子だということは、ここにいる全員が知っている。故にお前の約束など叶わない」
「は、嵌めたの?!最低!それでも国王なの?!」
「一応言っておこう。この約束をしたときはまだウォルターと会ったことはなかったぞ」
ニヤリと笑う国王に、とうとうユリエがブチ切れた。
「あんたたちは知らないでしょ?!ウォルターが貴族になれば、彼はアレク様に殺されるんだからね!」




