161.今後の話
1月になり、冬休みの雪の降る中。
国王に呼ばれて私とお父様は王宮ヘ馬車を走らせている。
何の話だろう。
雪が降る中わざわざ呼ぶということは、あまり他の人に知られてはいけない話の内容だと予想する。
そんなことを思いながら王宮内の待機室に行けば、そこにはウォルターがいた。
「あれ?ウォルトも呼ばれてるの?」
「ああ。大事な話があるからって。商会長も別件で後から来るらしい」
ってことは王族関係の話なのかな?全く何の話がわからないうちに護衛の人に呼ばれて謁見室に案内された。
「今日はかしこまった場ではない。気を楽にしろ」
国王に言われ、私達は頭を上げた。彼の前にはいくつもの書類がある。そのうちの一束を手に取り、ウォルターに渡した。
「まずウォルターよ。そなたは子爵になってもらう」
「し、子爵……」
隣でウォルターは小さく呟くと、書類を見ながら固まってしまう。
学園を卒業したばかりだし、最初だから男爵かと思っていたけど、まさかそこを超えて子爵になるとは……。
「まあ、ちゃんと聞け。理由がある。今回この子爵は最初数年は領民を持たない特例とする。その代わりやってほしいことがあるのだ」
「やってほしいこと、ですか?」
「ウォルター、そなたは孤児院のことや平民のことを気にしているだろ」
「そう、ですね……」
「そこでだ。いま教会の隣にある孤児院を増設し、各地にいる孤児たちを集めてそこで暮らしてもらおうと思っている。カトリーナとリューディナが発案した」
「王女様たちがですか?!」
ウォルターも私達親子も驚いている。まだ10歳の王女二人が主導で、平民たちの貧困や飢餓での死亡を減らすために動き出したと話してくれた。
あの二人の行動の速さは想像以上だ。
「その孤児院運営と現地総指揮をウォルターに任せたい。そのためには男爵だと小さすぎる。だが伯爵以上では他にも並行する業務が多くなる。そこで子爵の位だ。わたしが言うのもどうかと思うが、そなたにはきっと出来るはずだ。貴族という身分を手に入れることで、私への声が届きやすくなる。どうだ?悪い話ではないはずだ」
ウォルターは考え込む。
彼が小さいうちからずっと願っていた孤児院の安全が、自らの出生のおかげで、今まさに変わろうとしていた。
「やります。やらせてください」
「そうか。それならよかった」
国王とウォルターが孤児院運営の議論を始める。
話が一段落すると、国王は私の方を向いた。
そして、私にも書類を渡される。二種類あった。
「ドロレスにやってもらいたいことはこれだ。まず1つは、【治癒師】としてできるだけ毎日教会にいてもらうこと。そして、平民向けの学校の開設だ」
「学校、ですか?」
想像をしていなかった展開に私は目を見開き、その資料を凝視した。
子供も大人も通える場所で、簡単な字の読み書きと計算を習える場所を作る計画書だ。学園のように3年も通うというわけではなく、半年ほどで入れ替える案が書かれていた。
「フェルタールは一番の大国だ。その大国の平民の識字率と計算能力だけでも向上すればより良い国になるだろう。一人一人の能力も上がる」
なるほど。さすが国王だわ。平民にまで学ぶ機会を与えるのは、きっとウォルターの存在が大きいのかもしれない。王族の血を引く中で唯一ウォルターが平民として全てを経験しているのだから。
「そしてそれをウォルターとともに共同運営してもらうことだ」
「え?」
「二人で?」
ウォルターと声が重なる。
だから、私達同時に呼ばれたってわけね。
「そうだ。学校の件もカトリーナとリューディナを窓口にしてくれ。国管轄になるからな。そなたたちには学園を卒業してから2年間、この事業を最優先にすること。それ以外のことは優先順位を下げてもらう。ああ大丈夫だ。もちろん君たち二人だけではない。王宮から経験豊富な者を出すから、その者と共に事業を進めてくれ」
国王の言葉で私はすぐに全てを理解した。
きっとこれが婚約解消の条件だろう。
私は婚約解消を願い出たときに自ら宣言した。
アレクサンダーが結婚するまで私も婚姻はしない、と。
それを確実にさせるため、2年間の国の大掛かりな事業計画の主導位置を与え、私の婚姻の可能性を先延ばしさせるのだ。そしてウォルターの元で働かせることによって、王宮からの監視員の目が届くところに置かせるのだろう。
ウォルターが私の婚約解消を願い出たことにより、私と彼が親しい関係ではないかの調査も少なからず兼ねてるはず。
さらにウォルターが王族の血を引くことが公表されることで、王族に取り入ろうとする家の令嬢との関係を作らないように、私をそばに置くのかもしれない。
「2年……ですか」
お父様は眉をひそめる。そりゃそうだ、卒業した娘が2年間婚姻を結ぶチャンスを消されているのだから。
だけど、私にとっては嬉しい事だらけ。
アレクサンダーとの婚約解消も出来るし、学校も作れる。教会に行けば子どもたちと触れ合う機会も増えるだろうし、全く苦ではない!むしろ好待遇!
結婚は、まぁ……出来ればいいとは思うけど、王子との婚約解消を願うなんて只事ではないことくらい充分わかっている。自分の結婚など後回しにしてもいい。この世界の結婚適齢期など気にしないし。
そもそも私が結婚したいと思うのは一人しかいないし……、叶えるのは難しいと思う。
「お父様、大丈夫ですわ。私、与えられた仕事はちゃんとこなしますから」
「いやそういう意味ではないんだが……まあ、ドロレスがそう言うなら……」
頭を抱えるお父様を宥め、私は国王を見る。
「喜んでお受けいたします」
「そうか。さすがだなドロレス嬢。しばらくはパーティーなどもウォルターと二人で動くことを望む。何を考えているかわからない虫が寄ってこられても困るのでな。ただこのことはまだ周りに言うでないぞ」
ふっと笑った国王と共に今後の話をする。
話をしばらくしたあと、時間が来たので私達は帰る準備をした。
部屋を出るとき、思い出したかのように国王から声をかけられる。
「ドロレス嬢、なにか忘れてると思わないか?」
え?何かあったっけ?何忘れた?なに???
「いや、問題ない。それはそれで面白くなりそうだからな」
笑顔でそう言葉を返した国王に疑問を持ちながら、部屋を後にした。
そういえばなにかすごく大事なことを忘れてる気がする。
なんだっけ?
王宮の出口に向かって歩いていると、商会長と出くわす。このあとに謁見があるとウォルターが言っていたからちょうど来たのだろう。
「おや。ジュベルラート公爵様にドロレス様。ウォルターと一緒だったのですね」
「ああ。商会長はどうした?」
お父様が尋ねると、商会長は苦笑いをした。
「いやいや、また叙爵の打診があったので断りに来ました」
「えっ?爵位を?」
そんなことがあったんだ。というか『また』って言ってたけど、過去にも打診があったの?そして断ったってことよね?
「うちと同じ規模のもう1つある大商会は子爵位なのですよ。設立のときに叙爵したそうで。うちも設立時に打診はあったみたいです。数年前も1回通知が来たのですが、断りました」
「俺、知らなかった……」
「私もよ。でも断るのですよね?」
ウォルターも驚いている。数年前ってことは私が転生してからなのかしら。
たしかにもう1つの大商会は貴族の人が経営してるわ。爵位があったほうが貴族向けの物を販売するときに何かと都合が良いものね。
「はい。今回魔石で氷庫を開発しましたからね。魔力を生かした商品は史上初ですから、その功績で商会へ打診があったのです。だけどうちは平民向けなのでわざわざ貴族になる必要ありませんから。貴族になったら色々面倒でしょう?嫌なんですよ。貴族の争いごとに巻き込まれるのは」
ハハハと笑う商会長。昔に嫌なことでもされたのか……。
「うちはいつも通りのルトバーン商会としてやっていきますよで。また新しいものが思いついたら必ず私のところに来てくださいね?絶対ですよ?いいですか?」
「は、はい」
絶対に他の店で協力するなよ?と遠回しに言われたような気がして、私は苦笑いをながらその場を後にした。
馬車の中で、私は窓の外をぼーっと眺める。
そっか。ルトバーン商会が貴族になったら嬉しいななんて少し考えてしまったけど、受けるかどうかを判断するのは商会長だもんね。
期待はしないわ。
私の今一番の目標は婚約解消だもの。それに、今後の未来に大きく関わる孤児院の増設や学校の設立もある。
やることが山積みだけど、頑張る!
冬休みが明けて、私の耳に衝撃的なニュースが入ってきた。
「ボドワン男爵家が……爵位剥奪?!」
アレクサンダーとジェイコブから話があると呼ばれ、サロンでお茶を飲んでいると、アレクサンダーからそう告げられた。
「どうしてですか?なぜそのようなことに?」
なぜこんなにも気になるかといえば、そこにはユリエが養女として入っているからだ。
「男爵領で取れる宝石の件でな。やっと証拠を持ってきてくれる人がいたんだ」
「それは誰ですか?」
「クラリッサ嬢だ」
「えっ」
クラリッサが?自分の父親の不正を見つけたの?
「採掘の報告虚偽だけならまだしも、奴隷のような生活を強いられた作業員が多数いたり、この国より高く売れる他国へ違法流出させていた。それを夫婦共々闇ギャンブルに使っていたそうだ」
「僕がクラリッサ様にお願いしました」
横でジェイコブが手を挙げる。
「ボドワン家の疑いの証拠が長年見つからなくて。そんなときにドロレス様の閉じ込め事件があったじゃないですか。その罪を問わない代わりに、家の不正を見つけて来てほしいとお願いしたんです。彼女は否定していましたが、1週間後には青ざめながら不正の書類などを持ってきてくれました。優秀ですね」
私が本当は閉じ込められそうになったのはアレクサンダーに話してあるのか。
「ユリエ様は、どうなるんですか?」
おそるおそる聞けば、アレクサンダーは無表情のまま淡々と告げた。
「男爵夫婦は爵位剥奪の末投獄。娘二人は平民に降格だ。閉じ込めの主犯はユリエになっている。クラリッサ嬢は事前に了解を得た上で平民降格だが、不正を見つけ出したのでしばらくの生活費は出す予定だ。二人の令嬢が知らぬところでの犯罪だったので、このまま学園に在籍させておく。問題なければ平民として卒業資格は与える」
想像もしていない展開に驚きの連続だ。そもそもゲームにボドワン男爵なんて出てこなかったから、すでにもう私の知ってる世界ではないけど。
ユリエは大丈夫なのだろうか。
「ユリエは今までのツケがある。こちらから手を貸してやる必要はない」
キッパリとアレクサンダーは断言した。
だけど……勝手に召喚されて色々罰を受けるのは、同じ世界から来た人間として心配になってしまう。学園だってあと少しで卒業だけど、費用だってまだかかるのだ。
「彼女が今年の三月に卒業出来るなら、匿名で費用を出してもいいですか?」
アレクサンダーもジェイコブも、驚いた顔をする。だけど意外とすぐに受け入れた。
「そんな予感はしていた」
「僕もです」
やれやれと目の前の苦笑いした二人につられ、私も苦笑いする。
「無事に卒業出来れば、の話ですけどね」
最後にジェイコブが一言だけそう言ったのが印象的だった。




