練習相手 〜side.ヴィオランテ〜
ヴィオランテのサイドストーリー(1/2)
暑さが続く学園の夏休み。
なぜわたくしはここにいるのでしょうか?
「『あなたは、一体何者なの?私の心をこんなにも奪っておいて、何も言ってくださらないのですか?』」
「ストップ。もっと愛おしそうに、もう二度と会えないんじゃないかってくらいな気持ちでもう一回!」
「あの……」
ジュベルラート公爵邸。
休みの間、週1でここに来ているのですが……。
「なんですかヴィオランテ様」
「練習に付き合うのは全然問題がないのですが、……なぜわたくしが王女役なのですか?」
そう。
衣装の話があると申し出たところ、ついでに練習の相手をしてほしいと頼まれましたの。だけどなぜかその練習の半分はわたくしが王女役をしている不思議な状況なのです。
「何度も言っていますわ。私は客観的に見たいんですの。どういう表情や仕草がいいのか、ヴィオランテ様が演じてくださるとわかりやすいのですよ。さすがヴィオランテ様です。あなたが演じてくださると私は素晴らしい舞台にできると確信していますので」
彼女はおだてるのが上手なのですよ。
わたくしは毎回尋ねるこの質問に、彼女から毎回同じ答えをされ、まんまとやる気を掻き立てられてしまうのですわ。
演劇が披露されるのは、王子が在籍し、なおかつ最高学年にいる年だけ。来年はクリストファー様が演じたあと、しばらくはないんですの。
だからとても貴重で、絶対に成功させなくてはならないのですわ。
「というわけで、15ページの後半からやりますよ」
「は、はい!」
結局この日も、後半はわたくしが王女役を務めておりました。
練習が終わると、実はわたくし達だけの秘密がありますの。
ドロレス様はメイドにそれを持ってこさせると、テーブルの上に置いて紹介してくれましたわ。
「今日は柑橘ウォーターといちごアイスですわ」
ジュベルラート公爵邸でしかまだ食べられないという氷入りの飲み物と、アイスという冷たくて甘い食べ物。絶対に外で言わないとの約束で、こんなにも真夏の暑い時期にピッタリの食べ物を提供してくださる。それが毎回楽しみでしょうがないことは心の奥にしまっていますが、どうやら顔に出ているらしく、ドロレス様に笑いながら指摘されてしまいましたわ。
は、恥ずかしい……。
とんでもない家だわ、ジュベルラート公爵家。
公爵も懐柔の手腕が凄いと聞いていたけど、娘のドロレス様もなかなかの腕前ですわよ。あれだけわたくしがライバル視していたのに、まさか今、自分が懐柔させられているなど3年前には夢にも思わなかったですわ。
学園祭の二週間ほど前。
衣装を完成させたわたくしはドロレス様と最終調整しておりました。
「これって、私以外でも着られる?」
「え?ええ、背丈が変わらなければ」
「ヴィオランテ様は着られるの?」
「わ、わたくしですか?そうですね、縫い直さなくても可能かとは思いますが……」
「ふーん」
それ以上ドロレス様は何も言わなかったので、私も掘り下げることなく会話は終了しましたわ。
一体何を聞きたかったのでしょうか……。
学園祭2日目、演劇30分前。
「ドロレス様、どちらに行かれたのでしょうか」
「もう衣装を着ないと間に合わないのに……」
台本を取りに行くと言ってわたくし達と別れたあと、未だに舞台控室にいらっしゃいませんの。
どうされたのかしら。主役がいなければ演劇が始められない。国王陛下も王妃様もいらっしゃっているのに、開演前から関係者は混乱してしまいますわ。
「ドロレス様、疲労で倒れて、演劇には出られません」
先程誰かに呼ばれて控室を出ていたジェイコブ様が戻ってきて、そう仰っいました。
「なんだって?ドロレスが?」
「大丈夫なんですか?」
アレクサンダー様をはじめ、皆が心配の声を上げております。わたくしもライバルとはいえ彼女の容態が気になっていましたの。だって、取り巻き達が離れてしまったこんなわたくしに、とても良くしてくださったんですもの。
「ドロレスのところへ行く。演劇は中止する」
アレクサンダー様は衣装の上着を脱ぎ、控室を出ようとされていましたけど、ジェイコブ様かそれを止めておりましたわ。
「アレク様、大丈夫です。意識はありますし元気ですが、ついさっきのことなので大事をとって休ませます。それに演劇は伝統なんです。潰すわけにはいきません。陛下も来ているのですよ。なんとか代役を立てましょう」
「だが主演だぞ?他の脇役とは比ではないほどに台詞がある」
「そうですが……」
大変なことになってしまいましたわ。わたくしはドロレス様が心配ですわ。
わたくしのドレスの調整にもたくさん付き合わせてしまったし、夏休みもずっと練習をしていたのですから、疲労が溜まるのも無理はないのですよ。
「わたくしは少ししか出ませんので、見てきますわ」
声を上げ、外に出ようとするわたくしをジェイコブ様は制止してきましたわ。
「ヴィオランテ様。心配なのはわかりますが、倒れたばかりの方へのお見舞いは余計に気を使わせてしまいます。せめて演劇が終わってからにしませんか?もうすぐま迫る開演時間のほうが今は深刻な問題です」
「そ、そうですわね。失念しておりました……」
わたくしとしたことが。
そんなことも気が付かないなんて、レディーとして失格だわ。さすがジェイコブ様。同じ公爵家なのにこうも違うなんて、わたくしもまだまだですわ。
バタン!
控室のドアが大きな音を立て、皆様がそちらを振り向きましたわ。そこには、一応生徒会メンバーであるボドワン男爵令嬢のユリエ様が仁王立ちしておりましたの。
アレクサンダー様は一瞬で表情を変えて、部屋の空気を変えましたわ。そして冷たい声で一言。
「何の用だ」
そんな彼のことなど全く無視するかのように、とても明るい声でユリエ様がとんでもないことを言い出し、わたくしは言葉を失いましたわ。
「ドロレス様、いないですよね?大切な演劇をサボろうとするなんて、なんて責任のない人なんでしょう!でも大丈夫ですよアレクサンダー様。私がドロレス様の代わりにあなたの相手役をします!」
その場にいた全員が凍りつきましたの。
この子、何を言っているの?と。
「お前はそもそもこの演劇の関係者ではない。出ていけ」
アレクサンダー様が突き放すように仰っているのに、ユリエ様はめげませんのよ。
「私、台詞を覚えたんです!時間はかかってしまいましたが、もう問題ありません。演劇を中止しないための唯一の方法です!私がドロレス様の代わりをします!」
わたくしたち、確かに切羽詰まっておりますわ。だけどここにいる誰もが、ユリエ様の案に乗り気ではないんですの。
わたくしはふと疑問に思ったことを聞いてみましたわ。
「台本はユリエ様にお渡ししていないのに、どこで覚えたのですか?」
「えっ……それは、みんなが練習してるのを覚えて……」
「お前が練習を見ていたことなど一度もないだろ。……勝手に持っていったな?」
はっきりとしたアレクサンダー様の言葉で、明らかにユリエ様は動揺しはじめましたわ。これは正解と見て間違いなさそうね。
「い、今そんなことを言ってる場合ではないじゃないですか!早く衣装を着せてください!」
彼の言葉を無視するようにユリエ様は叫んでいらっしゃいますけど……ドロレス様の衣装は微調整できますが、ユリエ様だと体格が合わないのですよ。……特にウエストと胸が……。
皆様も頭を抱えていらっしゃいますわ。確かに演劇をこんなにギリギリで中止するわけにはいかないんですもの。たくさんの貴族がもう着席しているのだから、中止にでもしたら大ブーイングを浴びますわ。
一体どうすれば。このままユリエ様を出すしかないのでしょうか?
自分を出してほしいと訴えるユリエ様と、出来れば出てほしくないわたくし達。
そんなとき、アレクサンダー様がユリエ様に質問をしたわ。
「第二幕、暗転後のパーティーシーンでの一番最初のお前の台詞はなんだ?」
「えっ?」
「覚えたんだろ?答えろ」
そうよ、試していらっしゃるんだわ。彼女が出られるか。それで中止にするかどうかの判断をされるのですわ。
「ち、ちょっとお待ち下さい。誰か台本見せて!」
慌てふためき、みんなに聞いているユリエ様ですけど、主演の二人以外は台詞がとても短いのでもう覚えてるのです。ここにはアレクサンダー様の手元にある一冊しかないのですわ。その彼は、ユリエ様に台本を渡すつもりはないようですのよ。
第二幕の暗転後は確か……。
「『こんな日が来るとは思わなかったわ。まさか敵対国のあなたとダンスホールを歩けるなんて』ですわよね?」
「えっ?!」
ユリエ様の大きな声に、伏せていた目を皆様の視線の位置に戻すと、全員と目が合いましたわ。驚いて一歩後ろに下がってしまいましたの。
「……第一幕の戦争シーンで、王女の国で再会したときの台詞は?」
アレクサンダー様が目を見開いて、わたくしのことをじっと見ていたことに気が付き、顔が熱くなりましたの。お慕いする御方が自分を見ているなんて、なんて光栄なことでしょう。でも今はそんなことをしてる場合ではありませんわ。ちゃんと質問されたことに答えなければなりませんもの。
「『これは、運命なの?こんな状況であなたとお会いして、恐怖よりも嬉しさがこみ上げてくるのよ』ですわ。合ってますわよね?」
わたくし、どれだけドロレス様の練習に付き合ってきたと思っていますの?一言一句違わず覚えておりますのよ。完璧にドロレス様の練習のお相手が務まりましたわ。
ちょうど横にいたジェイコブ様が、私にしか聞こえないくらいの声で「そういうことか」と呟きましたけど、それは何がそういうことなのかしら?
「台詞は完璧に入っているのか?転換や暗転もわかるか?」
アレクサンダー様がわたくしの近くに来て、わたくしに目を合わせてくださってる……。こ、こんな近くで目を合わせて会話をしているなんて夢のようですわ!!
ハッ!質問に答えなければ。




