159.思い残すことはない
ウォルターのピアノは、孤児院出身だとは思えないほどプロ並みの腕前だった。ルトバーンに就職してから習ったのよね?短期間にあれだけ余裕持って弾けるってどういうことよ?さすが王族の血を引いてるだけあるわ。
ってゆーかなんで発表に参加したの?あれって立候補とか推薦よね?全員参加じゃないもの。彼が自ら立候補するとは思えない!
………まさか。
「ウォルターにピアノで出ろって言いませんでした?」
「……」
アレクサンダーがゆっくり私から目をそらし、反対側を向く。オマエか!
「ピアノの才能があるのに、披露しないのはもったいないだろ。だから僕が推薦した。ちゃんと本人にも承諾を得たからな!」
そりゃあんたから言われたら、ウォルターが断れないに決まってるんでしょうが!!
美しいピアノの音色と美しい黒髪の少年の美貌が、客席の令嬢を魅了する。演奏が終われば、女性たちの高い声と拍手が会場を埋め尽くした。
これは貴族になったら大変なことになるな……。
レベッカとクリストファーは明日演奏とのことで、私はしばらくアレクサンダーと二人で時間を潰し、演劇の準備に入る。
フレデリックと回りたかった……。
どうせ叶わない願いなのでその気持ちを殺し、衣装に着替える。
今回、衣装をやりたいとヴィオランテが自ら希望し、他の生徒と協力しながら制作した。手作り感はあるけどとても綺麗な、そして作品にとても良く合うデザインに私は彼女をべた褒めする。
「ドレスや服を作るの、夢だったんです。だけど公爵令嬢である限り、制作をやらせてくれなかったので……」
そう言って彼女は照れていた。
爵位が上がれば上がるほど、高貴なイメージを崩せない。出来るのは刺繍くらいであり、悪い言い方をすれば、わざわざ高位貴族令嬢がドレス制作作業のほうに触れる必要がないのだ。彼女も公爵令嬢として、やりたくても言えなかったんだろう。
……料理とかしちゃう私は例外だからね?
今回の衣装を作っているときの彼女はとても楽しそうだった。
演劇が始まる。大勢の観客の中、生徒会メンバーが演技をする。ユリエ以外。
ほぼ私とアレクサンダーだけが舞台に立ち続けるので、他の役はちょい役程度しかない。
ここでもまた気持ち悪いくらいに息がピッタリの私とアレクサンダー。……もう、何も言うまい。
ごめん、私の気持ちがあなたに向かなくて。
だけどそのおかげか、演劇での甘くてクサい台詞はスラスラと言えた。
演劇の内容は、悲恋。
戦争をし合う互いの国の王女と王子が偶然出会って恋に落ちる。戦争に勝った王子の国は王女を人質にする。だけどそのおかげで結婚することになった二人は大喜びするが、結婚式当日、王女の元いた国の婚約者に『裏切り者!』と言われ殺されてしまう。
悲しみに打ちひしがれた王子はその後誰とも婚姻をせず、弟に王座を譲って静かに暮らした。
というものだ。前世ではここまで詳しい内容は書かれていなかったからほぼ初めて知る内容だった。
物語は終盤になり、私はジェイコブ演じる元婚約者に殺される。
敗北した国の人間の葬式は国王から許可が下りず、王子とその側近で静かに執り行うことになった。蓋を外した棺の前に座り込む王子役のアレクサンダー。
たくさんの花を私に添え、私への言葉をかけている。
「もし私が王子でなければ、もし同じ国ならば、もし戦争などしていなければ、もっとあなたと幸せに暮らせたのだろうか。そなたはこの短い間、幸せだったか?私はとても幸せだった。もっと話したかった。もっと笑顔を見たかった」
アレクサンダーの悲しそうな感情が入る演技に、目を瞑っている私も、観客も思わず聞き入ってしまう。客席ではすすり泣く声もちらほらあった。
彼は私の頬に手を添える。瞑っている私の目の前に影がかかった。
「これからも、君だけだ。ずっと愛しているよ」
遠くから、キャアと小さな声がいくつか聞こえる。私と彼の顔が重なったところで暗転した。
「……っ!アレク様?!」
会場では拍手が鳴り止まない。最後のナレーションをしている。
そんな中、必死に声を抑えながら目を開け、アレクサンダーに声をかけた。
額に、しばらく生温かい感触が続いたからだ。
棺は、寝ている私の目線より高い側面になっているため、彼が棺に顔を沈めるとその縁で隠れる。客席から見ただけでは、完全にフリをしているだけだと思われているだろう。舞台袖からも遠くて見えていないはずだ。
「静かに。死体は動かない」
思わぬ口付けに、脈が急激に速く打つのを感じた。いくら気持ちがないとはいえ、ずっと一緒に婚約者としてそばいた異性にされたのだ。驚かないわけがないだろう。
ドキドキする心臓を押さえようと手を動かすと、一旦彼はその言葉を言うために離れた。だけど再び軽く触れるように同じ場所に口付けし、ゆっくりと離れる。
その彼の顔は、暗くてもわかるほどに口の端が上がっていた。
舞台から下がるとき、何事もなかったかのようにアレクサンダーは私の手をとった。
やっと落ち着いた心臓を撫でる。
「なんであんなことしたんですか?」
「口に直接しなかった僕を褒めてもらいたいくらいだ。目の前で愛する女性がいるのに、額だけで止めたんだから」
「そういう問題じゃないんですけど!」
「でももう大丈夫だ。思い残すことはない」
「何がですか」
「全てだ」
それ以上彼は何も言わなかった。舞台袖に戻れば、生徒会のメンバーや舞台制作に関わってくれた生徒たちから称賛を浴びる。レベッカなんて号泣していた。
さっきの見られてなくてよかった……。不覚にもドキッとしてしまったのは、【エターナル・プロミスのアレクサンダー】という考えがまだ頭に残っているからだろう。額とはいえ、画面越しではない、動く彼からの直接の口付けなんだから。
1日目が無事に終わり、舞台関係者で簡単な後片付けをしているとアレクサンダーが声をかけてくる。
「明日、僕はオリバーとジェイク、クリスと学園内を回るからな」
「わかりました」
その一言だけだと、言っている意味がわからなかった。だけど横でレベッカが補足してくれる。
「アレクサンダー様、気を使ってくれたのですよ。私たちと回りましょう」
「!なるほど!一緒に回りますわ!」
婚約した頃のアレクサンダーとは人が変わったように、私が友人と過ごす時間を自ら作ってくれたんだ。
嬉しいな。やっぱりアレクサンダーはいい人だ。小さい頃からずっと近くにいた彼の成長を見ることができて、心の中が温かくなるのを感じた。
2日目。私はウキウキとしている。
今日はレベッカ、ニコル、エミー、ヴィオランテと、ウォルターやフレデリック、ライエルとリンで回ることになった。
ニコルが!!女神様!!
「お望みの方を連れてきましたわ」
フレデリックを誘ったことを耳打ちでこっそり教えてくれた。
この人なんなの?女神様すぎるんだけど!可愛い笑顔でうふふと言いながら私から離れた。
レベッカはこのあとすぐ発表があるので私達は音楽ホールへ行く。フレデリックの隣にはリンが陣取っていて少しだけ胸の苦しさはあったけど、今日は1日楽しむ日なので気にしないように努めた。彼も時々話しかけてくれて、それだけで私は嬉しかったから。
舞台では、レベッカのバイオリンとクリストファーのチェロの二重奏が美しい旋律を奏でる。可愛らしい見た目のクリストファーが大きなチェロを弾いていると、男らしい一面を垣間見ることができた。
演奏が終わり、盛大な拍手の中、見つめ合って笑顔の二人。何かを話しながら舞台袖に下がる瞬間、レベッカの額に口付けするクリストファー。
舞台上でイチャつくな!
何だあの二人可愛すぎるわ!
休憩をしようということで、広場に設けられたテーブルセットでお茶を飲み、くつろぐ。
氷庫は学園内でも購入されていて、11月の肌寒いこの時期でも、初めて見る氷入りのアイスティーやアイスコーヒーを注文する人が多かった。アイスクリームも提供されている。
ルトバーン商会で販売したアイスレシピは大好評らしい。
ここに来る前、私達は剣の模擬試合を見てきた。
「あんな大勢いる場で、まさか俺がアレクサンダー様の相手になるとは思わなかったよ」
ウォルター、アレクサンダー、オリバーが出場していた。
アレクサンダーの剣って初めて見たんだけど、さすが王子、とんでもなく綺麗な腕前で驚いてしまった。それに匹敵するウォルターも異常な強さだけどね。
っていうかおそらくアレクサンダーが上手く対戦相手を組み合わせたのだろう。あの王子、ウォルターのことに関してはやりすぎるのよね……。
「オリバー様素敵でしたわ〜」
うっとり顔のニコル。全く揉め事がないこのカップル、むしろニコルがゲームのヒロインのようだ。
「ドロレス様、そろそろ準備ではないのですか?」
「あ、もうこんな時間。そろそろ行かなくちゃ」
レベッカ、ヴィオランテと舞台の控室へ向かうと、私は台本をカバンに忘れてきたことを思い出す。
「あ。台本を取ってきますので、先に行っててください」
「早めに来てくださいね」
二人と別れ、教室に向かうとそこには見たことのある顔があった。
「ドロレス様……」
この子は、ユリエが養女になったボドワン男爵家のクラリッサだわ。
「何かしら?」
「も、申し訳ありません、手伝ってほしいことがありまして……」
「私、もうすぐ舞台に行かなくてはなりませんの」
「お願いします!来てください」
明らかに挙動不審な彼女だが、一応ついていく。
人が少なくなった廊下の先にある、学園祭準備室だ。
「ここから、造花を持ってきてほしいと先生が……」
「どの先生?」
「えっと……、誰だったかは忘れてしまいましたが……」
「あなたが聞いたのに忘れたの?」
「あ、いや……」
口ごもるクラリッサ。
人がほとんど通らない校舎の奥、小さな準備室。彼女が歩くたびに鳴るジャラジャラとした音。
「ユリエに、ここに閉じ込めろとでも言われたの?」
「っ!」
まるで図星だと言わんばかりに体を跳ね上がらせるクラリッサ。
やっぱり、イベントを自ら起こそうとしているのね。
「ユリエが代役で出るために、私を隠しておきたいんでしょう?」
「なぜそれを……あっ」
自ら認めてしまうような言葉を口にし、彼女は廊下にへたり込んだ。
「わ、わたし……ユリエ様に、自分も出るけど台本が足りなくて、字がまだ慣れないから書き写してって言われて……。その時は素直に従ったのですが。でも昨日見たら、彼女は何も出てなくて……」
泣きそうな顔で話を続ける。
「それを今日問いただしたら、そんなのあんたには関係ないと言われました。寝る間も惜しんで書いたのに……。ドロレス様の代役で出るから、どこかに閉じ込めておけと鍵を渡されました……」
ポケットから、鍵の束を取り出す。
台本をクラリッサに書かせたの?そもそも台本はあの子に渡してないわよ?勝手に持ち出したってこと?しかも写すのは人にやらせておいて?
「さすがにそれはと断ったのですが、彼女の地位を考えると従わざるを得ず……申し訳ありません!」
平謝りするクラリッサ。
ああ、この子も被害者なんだ。
「いいわ。おとなしく捕まりましょう。その代わり、今すぐに真実をジェイコブ様に伝えてきて。彼にだけは嘘をつかないように。それが出来るなら、あなたのことは責めない」
「で、ですが……」
「舞台を駄目にしていいの?国王陛下もいらっしゃっているのよ?それとも、ユリエが代役を出来ると思う?そう思うなら行かなくていいわ」
「……っはい!行きます!そ、その代わり鍵を」
「私が受け取っても、外側専用の鍵だから意味がないわ。早く閉めて。その鍵はジェイコブ様に渡して。今すぐ!」
「申し訳ありませんでしたっ!」
部屋の中に入った私に謝りながらドアを閉め、カチャリと鍵をかける。足音を立てて彼女はその場をすぐに立ち去った。
今まではユリエ側に付き、私を敵対視して嘲笑っていたが、さすがにこれは駄目だと気づいたのだろう。取り巻きも、気がつけば彼女だけになっていた。
そしてユリエの一番近くにいた彼女は、ユリエに代役が務まると思っていない。それがわかっただけで全部上手くいくはず。
私は小さな窓しかない薄暗い部屋で、誰かが来るのを待った。
明日は7時と17時に1話ずつサイドストーリーを更新です




