馬鹿野郎 〜side.クリストファー〜
クリストファーのサイドストーリー(2/2)
彼女は真っ直ぐに、簡潔にそう質問した。
僕の本心……僕は、兄上に国王になってほしい、兄上に万が一婚約解消の可能性があるなら、僕だけに婚約者がいる状況を作りたくない。
「はい。……本心です」
「そうですか。わかりました」
僕は、ハッとする。
違う。レベッカ様からそんな言葉を聞きたかったわけじゃない。
自分がそれを望んでいると言ったのに、彼女が承諾したことに驚いてしまった。頭の中が混乱している。
レベッカ様と……一緒にいたい、だけど僕に婚約者がいてはいけない。兄上が国王になって僕が支えるんだ。その兄上の婚約が解消されるなら、僕に婚約者はいないほうがいい……。だけどレベッカ様に妻になってほしい。
頭に浮かぶ言葉が矛盾だらけになり、黙ってしまう。入ってきたときのように、部屋に沈黙が続くと、レベッカ様は絞り出すように静かに話し始めた。
「クリストファー様は、なんのために生きておられるのですか?」
「……えっ」
唐突に不思議な質問をされ、答えがわからずに口を閉ざす。
僕が生きている意味……。
「貴方様がアレクサンダー殿下を国王にしたい気持ちは存じております。それは私も同じです。ですが、今の貴方様はアレクサンダー殿下に依存しています」
思いがけない言葉に絶句する。
依存。
そんなわけない。兄上に依存などしていない!
「クリストファー様の全てがアレクサンダー殿下を基準に生きているように思えます。アレクサンダー殿下を超えないように、目立たないように、自分が上にならないようにと。全てがアレクサンダー殿下がいないと自分の存在意義がないと思っておられるのではないですか?兄と比較させ、自分は劣ると見せつけることで生きる意味を見つけてませんか?」
「そ、そんなこと……」
否定しようとするも、言葉が出てこない。
だって、全部が正論だったからだ。
ずっとずっと、全部兄上より後に、成績も目立たないように、様子を見ながら生きてきた。
だけどそうしなければ、ずっと対立しなくてはいけなくなるんだ。対立するのは嫌だった。
だから頑張ってやってきたんだ。
「アレクサンダー殿下に近寄る令嬢を一掃したり、家を調べて牽制したり。私は貴方様のやっていることに反対はしません。味方ですから。ですが、一度聞いてみたかったのです。今までアレクサンダー殿下に関わる全てのことは、アレクサンダー殿下の意思ですか?それともクリストファー様の自己満足ですか?」
「自己満ぞ………。そんなことない!僕は兄上のために邪魔な者は外してきたんだ!」
違う!自己満足なわけがない!全部兄上が立派な国王になってもらうために……。
「それは『貴方様が裏で動かないと、アレクサンダー殿下は立派な国王にはなれない』という意味ですか?」
「違う!兄上は僕がいなくても立派な国王になる!なんてことを言うんだ!」
ふつふつとお腹の中が煮えるように怒りが湧いてきた。
彼女に初めて怒りを覚えたかもしれない。それくらい頭に血が上り、必死に反論した。
「よくお考えください。貴方様の成績が悪かったから殿下が優秀になったんですか?貴方様が他の令嬢を蹴落としたから殿下はドロレス様を好きになったんですか?本当に、そう思いますか?私は違うと思います。アレクサンダー殿下の努力で、意思で、そうなったんです」
彼女は僕に目線を合わさず、だけどハッキリと言葉にした。
僕はレベッカ様の言葉を頭の中で繰り返す。
……すると、怒りがどんどんと鎮まっていく。さっき沸点を超えたというのに、氷を投げ入れられたように冷えていった。
レベッカ様の言うとおりだ。
兄上が努力をしているのを近くでずっと見ていた。兄上は僕と比較するためではなく、国王になるために、ただその目標のために自分自身と戦っていた。
ドロレス様のことだってそうだ。
兄上が他の令嬢に目移りした?そんなこと、1回もない。兄上はずっとドロレス様だけを見ていた。
それこそ、他の令嬢が周りにいても何も変わらなかったじゃないか。
僕は、今まで何をしてきたんだ?
兄上のためと言って、自分が面倒なことから逃げ出していただけではないのか?
何も話さなくなった僕に、レベッカ様は口を開いた。
「クリストファー様。もう、アレクサンダー殿下のためではなく自分のために生きてください。貴方様はもう充分に働きました。決して努力が無駄になったわけではありません。ですが、アレクサンダー殿下はもう立派な次期国王です。貴方様が影で動かなくても大丈夫、もう気づいているでしょう?」
「あ……レベッカ様……」
何に対してなのかわからない。だけど視界が滲み出した。そしてそれは雫となって自分の手の甲に落ちる。レベッカ様は、僕のソファーの横に来て座ると、持っていたハンカチを渡してくれた。
「これからは堂々と正面からアレクサンダー殿下を支える御人になってください。私もそれを望んでいます」
そう言って彼女は再び立ち上がり、一言だけ言って部屋を出ていった。
「短い間でしたが、お世話になりました」
自分のことでいっぱいいっぱいだった。彼女がここに来てからずっと声が震えていたことに、今、気づいた。
「っ!レベッカ様!」
全て遅かった。廊下に出ても、彼女の影はなかった。
なんて、なんて馬鹿なことをしたんだ。
兄上のことに関しては、確かに僕の願いだ。だけど、『婚約を解消したい』に対しての本心じゃない。
僕は婚約を、レベッカ様との婚約を解消したくない。
なんでレベッカ様に関することは全て後手後手なんだよ。他のことなら全部うまくやってきたのに!
なんて言おう、いまさら言っても話を聞いてくれるのかな?今度あったらちゃんと気持ちを伝えるんだ。
ずっと言えなかったんだ。
もう彼女以外ありえない。
だけど。
それ以降レベッカ様は僕の話を聞いてくれようとしなかった。
……当然だ。僕が婚約解消したいって言い出したんだから。彼女はもうそのつもりでいるんだ。
嫌だ。絶対嫌だ!
「絶対に嫌だ」
「何が」
「えっ……あ、いや……」
そうだ、今、母上と妹とお茶を飲んでるんだった。
恥ずかしい……。こんなところで独り言みたいに呟いてしまっていた。
俯いた僕に、母上が問いかける。
「あなた、サンドバル侯爵令嬢と婚約解消しようとしてたんですって?」
「えっ?なんでそれを……」
「それより、なんでそんなことしたのよ」
「お兄様、レベッカ様はとても優しい人じゃないですか。お兄様の腹黒な部分もちゃんと見てくださるのに、なんでそんなことしたんですか?」
目の前の女性二人から責められる。なぜ諸々の情報を知っているのかそっちも気になるけど、自分の馬鹿な行動がすべての引き金だということは理解しているので何も言い返せない。
「婚約解消したいの?」
「……したくないです」
「じゃあなぜそうなったのか話しなさい」
母上が手に持つ扇子をビシッと僕のほうへ向けた。これはもう、黙っているのは無理だ。話さないと部屋から出さないぞという空気が部屋中に充満している。
女性二人からの圧に負け、レベッカ様との出会いから全部を話した。
話し終えて、黙って聞いていた母上と妹が一言。
「馬鹿なの?」
「馬鹿じゃないですか?」
「……返す言葉もございません」
わかってる。本当に馬鹿野郎だ。
「そんな男、こっちから振るわ。一体誰に似たのよ。私だったら怒鳴りつけてるわ」
「お兄様の性格が悪いのは知ってましたけど、それはレディーに対してすることではないですわ。ずっと味方でいてくれたレベッカ様に一番最悪な仕打ちです。彼女がお兄様と話をしたくないのも当然ですわ」
次々と投げかけられる言葉のナイフに、心をズタズタにされる。……自業自得だ。社交界デビューしていない妹ですら的確なことを言っている。
「それで?どうするのこれから」
「なんとかレベッカ様と話がしたいです。婚約解消したくない、と」
こんなにも、僕の心の中を独占しているレベッカ様。彼女を想うだけで自分の感情が大きく変化する。
彼女に振り向いてもらえない日はとても悲しかった。
全部僕のせいで彼女を傷つけたんだ。
「自分の気持ちはちゃんと伝えたの?令嬢のことをどう想っているのかを」
「それは……まだ」
「だから言ったでしょ。ちゃんと伝えなさいって。何もかも、終わってからじゃ遅いのよ」
過去に母上が言ったことを思い出す。
気持ちを伝えていれば、こんな事にはならなかったのに……。
「プレゼントを送るのはどうですか?ちゃんとあなたのことをお慕いしていますってわかるものを」
「……なにを渡せば」
「んーそうですねー」
「リューディナ、それ以上提案しては駄目よ。惚れた女性にプレゼントするのに、他の女性の意見など入れてはいけません。クリス。あなたが考えなさい」
「はい……」
「それと、あなたがもし本当にサンドバル侯爵令嬢と婚姻をしたいのなら、もう誰も覆せないほどのたくさん証人がいる場所で堂々と宣言することよ。それが今まであなたが彼女にしてきたことへの報いになるはずだから」
「が、頑張ります」
それからというもの、僕はレベッカ様にプレゼントをするために宝石商を王宮に呼び、彼女へのプレゼントをひたすら考えた。
宝石2、3個では全然足りない。自分の気持ちを、想いを全部込めて彼女に送るプレゼントを作成した。
ドロレス様の誕生日会で顔を合わせても、彼女は話を聞いてくれなかった。
いつも僕のそばにいてくれた彼女は、味方でいてくれた彼女は、もう僕のことなど忘れてしまったのだろうか。
僕だけが彼女に惚れているのだろうか。
胸が苦しい。だけどそれは、今まできっとレベッカ様も同じだったはずなのだ。
僕がまだ子供だった。
彼女に支えられてきた。
僕の誕生祭で、大勢の前で、彼女に僕の気持ちを伝える。
だから今は、苦しい胸をギュッと押さえ、我慢した。
必ず、告白する。
誕生祭前日。慌ただしい王宮から抜けて学園でレベッカ様を探す。
「ハァ、ハァ……。どこにいるんだよ……」
学園中を走った。広くて全然見つからない。僕はこんなにも体力がなかったのか?
明日、レベッカ様が来なかったらどうしよう。本当に僕のことを嫌いになっていたらどうしよう。婚約解消を望んでいたらどうしよう。
「……っ、今はそんなこと言ってる場合じゃない。絶対に来てもらわないと」
自分の、彼女に対する行いを全て反省した。
だからこれからは、ちゃんと気持ちを伝えるんだ。恥ずかしがらずに、勇気を出して。
少しずつ大人になるから。
こんな僕だけど、レベッカ様がいないと駄目なんだ。
もう、逃げない。
自分のために生きる。
角を曲がった視線の先に、愛しい人がいた。




