153.いつになったら現実と認識するのか
なんで?
どうしてユリエが私の誕生日パーティーにやってきたの??
「なぜあの娘が来た?ドロレス、招待したのか?」
「……冗談はやめてください」
私達は眉をひそめる。メイドのリリーも困惑している。
「招待はしていないのよ。だから帰っていただくように伝えてもらえる?」
「私達メイドも招待客は把握しているので呼ばれていないことは承知しておりましたが、『女神の扱いを雑にしたら後で国王に訴える』とずっと仰っておりまして。まだ旦那様がお帰りになっていないので対応に困っております」
あぁもう……よりによって今日!王女もいるっていうのに、なんでなのよ!頭をかきむしりたい!胃が痛い!もう誕生日会をお開きにしたい!
今の会話が聞こえていた令嬢や令息も、うわぁ……とあからさまに嫌な顔をする。
「……行くわ」
「ドロレス、僕も行く」
アレクサンダーも立ち会ってくれると言ってくれたが、迷惑をかけるわけにはいかないと断る。それでも彼は私の目を見て寂しそうに笑った。
「せめてこういう時くらい、王子が婚約者だということを使ってくれていいんだよ」
そう言って私の肩に手を添えると、前を見た。進むように促され、門まで行くと、そこには質素な馬車が停まっている。
「おそらくボドワン男爵家の馬車だな。男爵家からここまで半日以上かかるというのにわざわざ来たのか?」
ゲームにも、ヒロインがドロレスの誕生日会に来るイベントなど存在しない。そしてどう考えても私の誕生日を祝う気など無いと思うんだが。
御者に声をかけると、やっと来たのかよ!って顔をしながら降りてくる。だけどアレクサンダーの顔を見て一瞬で可愛らしいヒロイン顔になった。
「アレクサンダー様、やっぱりここにいたんですね。他の人たちもここにいるって聞いて来ちゃいました」
ニコニコとしながらアレクサンダーに近づいてくるが、彼の護衛が間に入り、それ以上距離を詰められないように制止した。ユリエはムッとした顔をする。
「ここはドロレスの屋敷だ。招待状の無い者は入れない。君は受け取ってないだろ」
「え、そうなんですか?招待状なんてあるんですか?」
本当に知らなかったようで、驚いている。……つまりは、召喚されて女神だ何だと自分を崇めろとしているわりに、誰からも招待されたことがないのだ。
「ええ。誕生日会は親しい者同士で集まっております。ユリエ様も開いてみてはいかがですか?」
「あっ!そういえば私の誕生日、来月じゃん!去年は慌ただしくて忘れてた!盛大に開いてもらお。アレクサンダー様、国王陛下に伝えてもらっていいですか?」
「……なにを?」
「え、【治癒の力を持つ女神】ですよ?王宮で開くじゃないですか」
あっ!!
そういえばアレクサンダールートで彼の好感度が高いと、ヒロインの誕生日会を王宮で開くんだった!王子の誕生祭ほどではないけどパーティーはパーティーだ。
だけど……今、そんなイベントが起こるわけがない。なぜそれにこの子は気づかないのか。
「ボドワン男爵の令嬢一人のために王宮で誕生日会を開くわけがないだろ。それに貴族令嬢や令息は自身で誕生日会を開くのだ。それが出来て貴族の人間として認められる。一人で誕生日会を開けぬ者は半人前だと言われ、その後の婚姻にも大きく影響されるからな」
アレクサンダーの話を聞いて、愕然とするユリエ。彼女はきっと自分で誕生日会を開くことではなく、王宮で開いてくれないことに驚いているのだろう。だが、どうしてアレクサンダーの好感度が高いと思えたのか、そっちのほうが知りたい。
私も丁重に断る。
「本日は申し訳ありませんが、招待状の無い方はお帰りください。貴族の集まりとはそういうものなのです。マナーなのです」
「ち、ちょっと待ってよ。こんな暑い中、わざわざ来てあげたのに追い返すわけ?薄情すぎない?そんなんで王妃になろうとしてるの?そりゃアレクサンダー様も嫌になるわけだ」
王妃になろうとしていません。
「僕はドロレスを愛している。嫌だと思ったことなどない」
その言葉にユリエがハッとして彼の目を見た。それは驚きと、そんなことはありえないと混乱した顔だった。
というか私もまさかこんなところで愛してる宣言されるとは思わなかった……。力を使った後から彼は何か吹っ切れたのではなかろうか……?
「アレクサンダー様、考え直してください。この先あなたはその女といると大変な目に遭うんです。私は知っているんです」
必死にアレクサンダーに訴えるも、私も彼も動じない。そして怒涛の訴えが終わり、ユリエが一息ついたところで私は一言。
「言いたいことはそれだけですか?私達は戻りますので失礼します」
屋敷に戻ろうと体の向きを変えると、そこには1番いてほしくない人たちがいた。
「ドロレス様?私に免じて入れてあげてもいいですわよ」
「そうですわ。私も許しますわ」
そして後ろに、顔で謝罪をするジェイコブがいた。
王女二人!なんでいるのよーーー!!
「あれって誰ですか?」
ユリエはアレクサンダーにそう問いかける。その言葉に彼の眉毛がぴくりと動き、顔から苛立ちが伺える。
“あれ”って……。
そりゃ王女の顔は知られてないからわからないのも当然だけど、公爵家の誕生日会に来てる時点で、身分云々関係なくせめて“あの人”とか言うべきでしょ。
「ユリエ様、言葉を慎みください。こちらの方々は王じ―――」
「ドロレス様!」
私が王女二人のことを説明しようとすると、カトリーナに言葉で遮られた。
「はじめまして。カトリーナと申します」
「リューディナと申します。以後お見知りおきを」
王族らしい完璧な挨拶をする二人。名前を聞けば、王女だと名乗らなくても皆知っている。今年二人の王女がデビューするという話を、学園長が年度初めの挨拶で言っていた。そのときに名前を公表している。
王女のデビュー年だ。皆、それを聞いてすぐに親に手紙を出したくらいなんだから。
「カトリーナとリューディナ?知らない名前だけどよろしく」
……そして予想通り。
学園長の話なんて聞いていなかったユリエは、年下の女の子を見て、呼び捨てで適当に挨拶をした。
頭が痛い……。
さっきまで和やかな雰囲気とは一転し、ユリエが来たことによって張り詰めた空気が会場に漂う。
な、なんとかせねば。
「どうぞ。お好きなものをご自由にお取りください」
「え、どれ食べてもいいの?」
「どうぞ」
それ以上はもう構うのはやめようと離れた。
するとフレデリックとウォルターがこっそり近づいてくる。聞かれることはなんとなくわかっていた。
「ねぇ、なんであの人来たの?」
「どこか隠れようぜ」
「勝手に来たのよ。王女たちが許可出したから入れるしかないでしょう」
ケーキを取ったユリエはアレクサンダーを目線で探し、見つける。しかしそこにはカトリーナが。兄妹なので仲良く話すのは何の違和感もないが、ユリエはカトリーナが王女だということを知らない。しかもカトリーナはわざとらしくアレクサンダーにベタベタとくっついていた。
ユリエはドスドスと足音が聞こえてきそうな歩き方でアレクサンダーのほうへ行く。
「アレクサンダー様。私とあちらで食べましょう?」
「今、カトリーナと話しているんだ。他の者を誘え」
「そんな子より、これからのことを私達は話さなければならないんです。もう時間がありません」
ユリエは完全にゲーム脳になっている。絶対にゲーム通りに進むと勘違いしているのだ。
あれからジェイコブがユリエと二人で三度ほど話をしたらしいが、彼女はまだストーリーに縛られている。だけど上手くいかないからヤキモキしているのだ。
そろそろ、ゲームではなく現実に生きる世界だと認識してほしいのでジェイコブにそれとなく遠回しに伝えてもらっているのだが……彼女の頭の中は【ゲームのヒロイン】そして【アレクサンダールート】からブレることはなかったそうだ。
「あっ!そうだ、ウォルターと一緒に食べませんか?もしかしたらとても話が合うかもしれないですよ?」
ユリエがウォルターの名前を出した。何?二人を引き合わせるつもり?
「げっ、俺の名前出た」
「なんでウォルトなの?」
嫌がるウォルターの横でフレデリックが疑問を浮かべる。
まずい。ウォルターが王子なことをフレデリックは知らない。
どうしようかと思っていれば、ユリエがアレクサンダーの腕を引っ張った。
「ウォルターときっと仲良くなれます。だから来てください!私の言うとおりにすればハッピーエンドになりますから」
「何を言っているんだ?腕を離せ」
「もう時間がないんですよ!あと半年くらいで卒業なんですから」
めげないユリエは両手でアレクサンダーの腕を掴んで離さない。
バチン!
「っ痛い!」
ユリエの腕を、カトリーナが扇子で叩いた。
「あなた、ボドワン男爵令嬢のユリエですわね?この国の王子に対して不敬極まりないですわよ」
カトリーナの低い声に、他の全員が息を呑む。
「何すんの?ってゆーかあんた誰なの?なんでアレクサンダー様の近くにいるの?子供は自分と同じ歳の子のところに行きなさいよ。ここはね、大人たちの場所なのよ」
「そうですわ。大人たちの社交場でもありますの。だからお子様はお帰りください。あなたのことですよ。ユリエ」
「いやいや、なんで年下から呼び捨てで呼ばれなくちゃいけないの?そんなにあんた偉いの?そんな安っぽい服着て。どうせ貧乏などこかの下っ端貴族でしょ?私はね、【治癒の力を持つ女神】なんだからね?」
「……フフッ」
言い合いをしていたカトリーナは吹き出した。気づけばリューディナも一緒にいて、クスクスと笑っている。
「な、なんなのよ?何笑ってるの?私は特別なのよ!」
「【治癒の力】の発動しないあなたが?勉強もマナーもダンスも未だに覚えられないあなたが?」
「うふふ、おかしくて笑っちゃう。何も出来ていないのに。それでよく堂々とこんなところに来れるわね。自分のこと【女神】などと仰っているみたいですが、あなたはそこから一番遠いですわよ」
ユリエにとって、一番触れられたくないところを辛辣な言葉で攻撃する王女たち。ユリエが憤慨しないわけがない。
「さっきから何なの?私のほうが歳上なのよ?!身分を考えろよ!私は女神なんだから!国王に訴えてやる!」
掴みかかろうとしたユリエを、護衛が取り押さえる。
「何するの?!悪いのはあいつら!あいつらを捕まえてよ!」
羽交い締めにされるユリエはそれでも必死にもがいて目の前の二人の少女に暴言を浴びせた。
その近くでは、呆れたアレクサンダーが声をかけた。
「ボドワン男爵令嬢。お前、本当にこの二人を知らないのか?」
「知らないわこんな名前。出てこないもん!」
「この二人は、私の妹だ」
「……えっ?」
ユリエの動きがピタリと止まる。目を大きく見開き、表情が固まったままになった。
「妹なんていたの?し、知らなかったのよ!」
「王族に対する侮辱を見逃すわけにはいかない。この者を男爵邸に返した後、しばらく家から出られぬようにしろ。判断は父上に任せる」
「ま、まってアレクサンダー様!」
助けてくれと訴えるユリエは護衛に引きずられるように馬車へと返される。アレクサンダーも王女たちもそちらを見ることもなく、ユリエの声は徐々に聞こえなくなっていった。
私の横に来たカトリーナとリューディナは小さな声でつぶやく。
「噂は聞いておりましたの。とんでもない不躾だというのに、お父様たちは召喚したことの後ろめたさなのか、厳しい処罰を下さないではないですか。だからちょっと意地悪したかったのですよ。うふふ」
「そうですわ。あの方、誕生日会に来ておいておめでとうの言葉もプレゼントも無かったではないですか。そんな無礼な者はお兄様の近くにいてほしくないのですわ」
二人はそう言うと、目を合わせて笑っていた。
……末恐ろしいわ。
アレクサンダーも頭を押さえて唸っている。
「男爵令嬢の行動は度々問題になっているが、……妹たちの言うとおりかもしれない。そろそろ本気で処罰をしなければならないな。すまない、先に帰るとしよう」
そう言ってアレクサンダーは、帰りたがらないクリストファーを無理やり連れていき、先に会場を去った。……え、王女たちは置き去りですか?
「さて。ドロレス様。お兄様たちは帰りましたのでトランプやりましょう!」
「そうですわ、皆様と一緒にやりましょう」
さっきのことなど何もなかったかのように王女たちは明るくみんなを誘う。
会場にいる王女以外のメンバーは、何とも言えない微妙な気持ちを抱え、王女とのトランプを始めたのだった。




