152.平和な誕生日会など存在しません
「ドロレス嬢。今日の要件はこれだけか?」
突然国王が言い出した言葉に、私の頭の中は『??』でいっぱいになった。
だって今日、氷庫を持ってくるってことを手紙に書いたじゃん。他に何の用があるの?
「いえ、この氷庫の献上だけですが……」
私がそう答えれば、国王は「そうか」とだけ小さく呟き、部屋に沈黙が続く。
な、なに?私何か気に障ることした??
「この手紙をもらったとき、これとそなたの婚約解消話を交渉にするかと思ってたのでな」
「……!!」
私はハッとした。
そうすればよかった!!!
こんな貴重で大革命な魔石の使い方、しかも氷やアイスを作れる氷庫なんて最高の交渉材料じゃん!!
なんてこった……。早く氷庫を使いたいがごとくそれを忘れていた。
「その顔を見るに、そうすればよかったと思っているだろう?」
「はい」
「正直でよろしい」
国王は軽くハハッと笑った。そして一瞬で真顔になりこう切り出す。
「本当に、アレクとの婚約を続ける気はないのか?」
王族全員の視線が、私へと向く。その中には、私が言おうとする答えを聞きたくないような切ない顔をするアレクサンダーがいた。
彼の気持ちは知っている。ちゃんと言葉にしてくれた。この国の令嬢なら、こんなに喜ばしいことなどないだろう。
それでもやっぱり私には応えられる気持ちがないのだ。
愛していると言ってくれたのに。
本当にごめんなさい。
「はい。気持ちは変わりません」
「そうか。父親として残念だ」
そう告げられ、私達親子は部屋を出た。
父親として、か。
お父様も、そう思っているのかな。公爵家の令嬢が王子との婚約を解消なんて言い出して……。本当は心の中で、恥だとか思ってるのかな。
そう考えていると、お父様から声をかけられる。
「何度も言っているが、ドロレスの思うままに生きなさい。うちはちゃんと地盤が固まっているんだ。王子との婚約解消程度でどうにかなるようなジュベルラートではないからな」
「お父様……ありがとうございます」
周りにほとんど人がいないことを確認したお父様は、小さな声で話してくれた。
「それに、私がなぜ王子との婚約に積極的でないかというと……王妃になったらなかなかお前に会えなくなってしまう。正式な手続きをいくつも踏まないと自分の娘に会えないところに嫁がれるのは嫌なんだ。面倒すぎるだろ。お前が子供を産んでも、会うのすら申請が必要なんだぞ?そんなの絶対にあり得ないだろ!孫との時間を楽しむ事ができないなんて生きていても意味がない!……王族の前で言うなよ、内緒だぞ?」
まだ王宮内にいるというのに、こっそりと教えてくれる。少しだけ張りつめた気持ちがほどけ、私も笑顔で返事をした。お父様はこの話題を切り上げ、お兄様の話を始める。
「それにしてもダニロの結婚を早く決めねば。あいつ学園で婚約者を決めなかったから見合い話が大量に送られてくるんだよ……」
今年18歳の年であるお兄様は未だに婚約者はいない。一応お見合いはしているらしいのだが、どうしてもお兄様の容姿狙いの令嬢が多く、王族との信頼が厚いこの公爵家でちゃんと夫人としてやっていける人が見つからないと言っていた。
そろそろ見つけないとだよね……。女性なら行き遅れとか残り物とか言われるけど、男性はまぁそこまで言われないからこうやって未だに独り身なんだろうけど。
お父様はどちらかというと私の婚約解消よりも、お兄様の結婚の方に頭を抱えていた。
「あいつな、実は学園の頃から目をつけてる令嬢がいるんだ」
「えっ?そうなのですか?」
初耳なんですけど!!
「しかしな、その令嬢がダニロのアピールを断り続けているという……。どこかの王子と同じ状況みたいなんだ」
「……」
どこかの王子と同じだな……。だから私には話してくれなかったのか??私、これに関しては何も言えぬ……。
「だがもう18だ。そろそろ決めてほしいな」
「そうですね……」
それ以上掘り下げるのはやめた。
月末になり、学園生活最後の私の誕生日会当日になった。
今年は、11月に行われる演劇の練習で夏休みを大きく潰し、かき氷やアイスの研究をしていたので、自分の誕生日会の料理のことなどすっかり忘れていた。
なのでいつも通りのメニューを用意してもらうわけだけど……。
私は目の前にいる笑顔の少女たちに、貼り付けた笑顔で接している。
「お久しぶりですわ、ドロレス様」
「お誕生日おめでとうございます」
………私の誕生日会は王族を引き寄せる何か魔法でもかけられているのだろうか???
美しき少女……いや王女、カトリーナとリューディナがソファーに座っている。
なぜいる?????
しかもまだアレクサンダーすら来てないのに。
「あの……ありがとうございます。ですがよろしいのですか?まだお二人はデビューしていないのですよ?」
毎度のことながら王族のメンバーはデビュー前に私の誕生日会にやってくる。
よく考えれば、これで全員うちに来てるじゃん!!
「お父様から、慣れておきなさいと言われてここに来ました」
「ドロレス様のところなら問題ないだろうと」
うちは練習場所かよ!!あのイケメン親父め……。氷庫渡すんじゃなかった!!いいように使われてるし!!
だが目の前の麗しい二人に罪はない。いや、ちょっとはあるけど可愛さに免じて許しましょう。
あとから来たアレクサンダーとクリストファーは二人を見て絶句した。そしてレベッカたち女子組以外、王女の顔を見るのは初めてなわけで……二人が自己紹介すると、同じように固まってしまった。
これ見るの何回目だろう……。
今回デビュー前なので、王女二人はそこまで派手な服では来ていない。飾りなどもほとんどついていないシンプルめなドレスのおかげで、より可愛さが際立つ。私達よりも質素すぎて、令嬢たちは皆、自分の着ているドレスを変えたくなっているに違いない。
ま、彼女たちも二人で楽しんでいるし放置しとこ。
それより問題はこっちである。
「レベッカ様、あの、少しお話を」
「私はもう全て話しました」
「僕はまだあるんです。ですから」
「あれ以上何を話すのですか?ドロレス様、あちらへ行きましょう」
「え、あ、はい」
それ以上何も言えなくなってしまうクリストファーを置いて、レベッカは私を連れ別のテーブルへ移動した。
「いいのですか?あんな風に断ってしまって……」
「私は、言いたいことは全て言いました。彼も、婚約解消を望んでいると言っておられましたから。あとは彼が判断します。私はこれ以上婚約者としては話すことはないのです……それでも想ってしまう自分が悔しいですわ」
唇を噛み締めながら、悲しそうに、悔しそうにするレベッカ。
そうだよね、そう簡単に心変わりなんてしないか。
「今日はたくさん食べて嫌なことは忘れましょう?」
「はい」
私達はケーキのところへと向かう。
そこには、私たち二人の沈む気持ちとは真逆の雰囲気のカップルがいた。
「私はー、あれとあれと、あっ、これも食べたいですわ」
「かしこまりました。ではあちらでご一緒しましょう。大丈夫です、私がお持ちしますから」
「ありがとうございますっ!」
「いえ。ニコル様のためならいくらでもお持ちいたします」
「オリバー様は優しいですわね!うふふ」
「その優しさはすべてニコル様のためだけです」
少しずつランチやティータイムを一緒に過ごすようになり、段々と仲を深めていったオリバーとニコルである。日本のように直接くっついているわけではないが、貴族としての節度を守ってイチャイチャしている。甘ったるい空気があの二人の周りにだけ漂っていた。
ニコルはしばらく真顔で生活していたんだけど、オリバーがあまりにも猛アタックするもんだから、ついにニコルが堪えきれなくなって彼の前で笑ってしまったのだ。それを見たオリバーが物凄く嬉しそうにしていたのを彼女から聞いていた。
そりゃあさ、自分のことを一途に想ってくれて、会うたびに褒めてくれて口説き落とそうとする高身長&騎士を目指すガッチリとした体型のイケメンよ?誰にも揺らぐことなく自分のところに来てくれるんだから、惚れる以外の選択肢なくない?
私でもあれは落ちるわ。
婚約はまだしてないみたいだけど、もう二人の心配はしなくて良さそうだ。
しかし私達のテンションではあの二人の空気に入れない。あれはあれで放置しよう。
フレデリックとは久々にゆっくり話せるかと思ったが、何年も誕生日会に参加しているからか、令息たちと仲良く話している。せっかくの貴族との繋がりを邪魔してはいけないと思い、そこには行かなかった。
しばらく会場を見ていると、ジェイコブに案内されながら王女二人がウォルターのところへ行き、会話をしている。本来であれば兄妹なのでなんの違和感もないはずだけど、表向きはウォルターは平民。他の人からすればめちゃくちゃ不思議だと思っているだろう。
私もそこへと近づく。それに気づいた王女たちは体ごとこちらに向けた。
「ドロレス様、とっても美味しいですわ!」
「私も3つ食べましたのよ!」
キャッキャと笑顔で私に話しかけてくれる王女たちの可愛さに卒倒しそう。可愛い。可愛すぎる。
私と少し話したあと、王女たちは再びウォルターとの会話を始める。
「孤児院の生活の中で困ったことや大変だったことなどはありましたか?些細なことでも構いませんので教えていただきたいのです」
「ご自身が小さかった頃や、今の子たちの意見があったら全部聞きますわ」
「え?あ、えーとそうですね……」
王女たちは真面目な顔になり、ウォルターへと次々に質問していく。最初は驚きながら答えていたウォルターだったが、真剣な顔で聞くカトリーナとメモを取るリューディナの熱意に負けたのか、結構細かい話を議論している。
「王女殿下方はウォルターくんが孤児院にいた事を知って、孤児のことについて調査しているんです。他の地域は大丈夫なのかとか、設備問題などの事業に取りかかろうとしているんですよ。自分たちが嫁ぐ前にやっておきたいって」
横でジェイコブがこっそり教えてくれた。
な、な、なんて素敵な王女たちなのーーー!!!
まだこんなに若いのに……。大人たちでさえ差別する人もいる孤児たちを助けようとしてくれるんだ。
ウォルターの存在は、この国を少しずついい方向に変えていこうとしているのかもしれない。
……もしかしたら、二人はこのためにここに来たのかも。
「それにしても、よくお二人のことそこまでご存知でしたね。王女たちとは前から顔見知りだったんですか?」
「……ええまあ」
なにか含みのある言い方をするジェイコブ。
なんだろうと思えば、それはすぐに判明する。
「私、まだまだ知らないことばかりでしたわ。もっと勉強しなければ。ジェイコブ様、またご一緒してくださいます?」
「そうですね。でもカトリーナ様はとてもお勉強されておりますよ。知らないことを知ろうとすることが素晴らしいのです。さすがですね」
「うふふっ、じゃあいつもみたいに頭をなでてくださいますか?」
「えっ?!ここで……ですか?」
タタタッとジェイコブのところにやってきて、話をするカトリーナ。狼狽える彼に、カトリーナは食い下がる。
中性的な美しい顔のジェイコブと、まだ子供だが可愛さと美しさが半々で完成された顔のカトリーナ。
その二人が並ぶのは、まさに絵画のような光景だった。
「一瞬だけです。お願いします……」
上目遣いのようにジェイコブを見上げ、根負けした彼は天を仰いだ後に諦めてため息をついた。そしてカトリーナの頭を優しく撫でる。それは一瞬のことだったが、彼女の顔はポッと顔を赤くし、とても満足そうに笑顔でリューディナの元へ帰っていった。
「そういう関係だったんですね」
私はそっと彼に近づき、それならそうと言ってくれればいいのに、とひやかした。
「少し前から彼女たちの教師みたいなことをしてるだけなんですよ。カトリーナ様はいつもあんな感じなので。年齢的にも離れすぎてますからそういうのでは……」
アワアワとしながら彼は否定しているが、カトリーナはそうではないだろう。女の子の目をしていた。するといつの間にか横にはアレクサンダーも来ていて、苦い顔をする。
「妹が、僕よりジェイクといる時間が増えたのだ。なんだろうこの複雑な気持ちは……」
「アレク様は妹を取られてジェイコブ様に嫉妬してるんですよ」
「だからー、二人とも!違いますから!」
6つ下かぁー。カトリーナ様が学園卒業するときにはジェイコブは22歳。この国では結構歳が離れているな……。そのくらい離れて結婚する人も実際はいるけどさ。
三人で会話をしていると、メイドのリリーが声をかけてきた。
「ご歓談中申し訳ありません。ボドワン男爵令嬢のユリエ様という方がいらっしゃっておりますが……」
えっ?




