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間違って転生したら悪役令嬢?困るんですけど!  作者: 山春ゆう
第三章 〜ゲームスタート〜
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150.あのときに食べ損ねたもの

 あれから特に話の進展もなく7月になった。


 停学を食らっていたユリエは復活し、再び生徒会に戻ってきている。その日から仕事が捗らなくなった。

 人が増えて捗らないってどういうことよ???

 停学中に勉強やお茶の入れ方を覚えるわけでもなく、雑用すらままならない。だから私達は暗黙の了解として、そこに幽霊がいると思って生活することにした。



 私ね、気づいたの。男爵令嬢1人が高位貴族のいる生徒会にいる。こういう時って漫画とかゲームには必ずヒロインを虐める人がいるじゃない?でも実際、極端に少ないわけ。階段から落ちた時の子くらいじゃない?


 ユリエにそういうのが少ないのはおそらく、みんな一周まわって呆れているからだ。関わったらめんどくさそうっていう気持ちが、もはや虐めようとすらしないのだろう。

 幸か不幸か、それがユリエの自信に繋がっている。『私は特別だから』というオーラが言葉にしなくても見るだけでわかるのだ。



「ドロレス、いつ開催する?」


「やっぱり10月終わりか11月じゃないですか?パーティーの準備で忙しい時期は避けたほうがいいかと」


「そうだよな」




 何を話してるのかというと、……そう、乙女ゲームド定番の演劇である。

 王子が生徒会長を務める年は演劇発表があり、それがまさに今年なのだ。昔から同じ演目であり、古い台本がアレクサンダーの机にある。前世で言うならロミオとジュリエットのような話で、当然ながら私とアレクサンダーが主演なんですよ。


 だけどドロレスが怪我をして、雑用をやっていたヒロインがセリフを覚えていたから代役を見事に演じきる。そんなあるあるな展開である。しかもこれ、まさにアレクサンダールートなのだ。



「11月の頭だな。それて計画を立てよう」


 私達は演劇鑑賞会の計画を立て、書類作成を進める。するとユリエが台本に手を伸ばしてきた。アレクサンダーがそれに気づき、取られないように台本を机の引き出しに隠す。



「なぜ君が見ようとする?」


「え、あ、いや……万が一のこともあるので」 


 きっとゲームの流れのことだろう。ギクッとしたような顔で言い訳を作っている。ユリエはこのために生徒会へと入りたがっていたに違いない。


「この台本の前に仕事をしろ。仕事ができないようなら今からでも生徒会を抜けてもらう」


「えっ、なんでですか?!おかしいじゃないですか」


「じゃあ聞くが、君は何の仕事をした?言ってみろ」


「えーと、言われたものを渡したり…………」


 それ以降言葉が出ずに悩むユリエ。しかしここにいる全員が心の中で思っているだろう。



『それすら出来ていないでしょ!』




「はぁ……とにかくここにいたかったら仕事をするんだ。いいな?」


「はーい」


 アレクサンダーの静かな怒りすら気づかないユリエは自分の机に戻った。そして自分の爪をいじり始める。

 再び彼女は幽霊になった。





 そして週末。ルトバーン商会へ。



「ドロレス様。ついに……ついに完璧な物が出来ましたよ!!」


 お父様とお兄様は家の仕事があるために後ほど合流する。私は応接室に通され、ドアを閉めると同時に鼻息荒い商会長が興奮しながら教えてくれた。


 そう。ついに。


 冷凍庫改め【氷庫】!!



 完全密閉しないと凍らせることができないことがわかり、製作が難航した。魔石を埋め込み、触れないように鉄網を作ったり、冷気が漏れないようにしたり、どの大きさの氷庫が魔石は何個必要かなどの実験が何度も繰り返された。私の知ってる冷凍庫のように電化製品ではないので壁の厚さもないからとても軽い。


 何という便利さ!魔石!最高!こんな貴重なものを変な使い方してごめんね魔石!



「これが魔石一個で氷が作れる最大の大きさですね」


 そう言って見せてくれたのは、一辺が30cmの箱だった。


「空気も漏れないですし、水を入れてから凍るまで約3時間でしたね。あとは魔石を二つ使った氷庫もありますが、それは一辺が80cmほどありますので別部屋にあります」


「なるほど。あ、それならこのくらいの氷が作れる入れ物を作ってもらえますか?飲み物に入れるのに適するサイズなので」


 私は指でその大きさを作る。それを待ち構えていたかのように、私にはおなじみの製氷皿のようなものを出してきた。それを受け取る。

 仕事早っ!超有能!!


「いやいやこれはフレッドが作ったんですよ。ドロレス様がきっと言ってくるだろうから先に作っておく、って」



 ニッコリと笑顔で商会長が製氷皿を渡してくれた。フレデリック……私のことをちゃんと理解してくれてる!嬉しい!嬉しくて思わず私も笑顔になりながら、手の中にある製氷皿を眺めた。

 彼の意見をちゃんと認めて作らせてくれる商会長も心が広い。

 親子共々有能!!優秀!!天才!!



 そのあと、金額の相談や外装など色んな話をする。貴族向けの販売は可能だけど、魔石は在庫がそこまで多くはない。しかも平民には手の届かない金額になってしまう。


 あ、ちなみに召喚の儀が成功しても魔石の性能はそのままだった。なのでいつも通り国民に配られた。


 魔石を持っていて個別に氷庫が欲しい人は、材料と制作費と技術費のみにして制作。

 もう売り払ってしまった人やそこまで必要性がない人には、コインロッカーのようなものを作る。一回利用につきいくら払う、というような大きく仕切りのある氷庫をルトバーン商会に置くことにした。これなら金銭的に余裕のない人でも夏だけの利用が出来るようになる。

 そしていずれ、いろんな地域に置けるように考えていこうと話し合った。


 ある程度の話がまとまったところで、私は真面目に話を切り出す。


「これ、国王陛下に献上してもいいですか?」


「えっ」


 商会長は驚いたような声を出す。なんでだろう。今まで手袋もルームソックスも、その他諸々結構王族の人たちに見せてきたのに。


「え、いつものことではないですか。それに、魔石の利用ですよ?さすがに国王陛下には伝えたほうがいいと思いますけど」


 商会長はそれでも、うーんうーんと悩む。


「わかっております。わかっておりますが……そうですよね、私もそれ行くんですよね?あー、うん。はい、わかりました」



 彼自身を納得させるかのように唸りながらも献上の話は認めてくれた。そんなに嫌なのかな。あ、王宮に行くのが嫌なのかもしれない。だけどルトバーン商会で開発できたんだから来てもらわないと困る。



 コンコンとドアをノックする音が聞こえる。


「ドリー!」


「フレッド、久しぶりね」


 パアッと明るい笑顔で部屋にやってきたフレデリックを見て私も自然と笑顔になった。

 相変わらず生徒会で忙しく、ランチのときに少し話せるくらいだったからこんなに近くで気兼ねなく話すのは久しぶりだった。


 彼は私の横に座る。だけど商会長に怒られる。


「お前はこっちだろ」


「いいじゃん、こっちに座りたいんだから。それより【氷庫】って氷を作る以外のなにか使い方はあるの?」


 頭を片手で押さえながら「全く……」と呟く商会長を置いていくように、私達は氷庫の使い方を説明する。野菜や肉、魚が冷凍できることを知って驚くルトバーン親子。必死でメモを取り、販売のときに使うんだと意気揚々としていた。


 お父様とお兄様が到着する。全員が集合したので、ルトバーン商会に到着してから仕込んでいたアレが出来た頃だろう。




 アイス!

 アイスぅうぅぅぅぅーー!!!!



 ただアイスが食べたくてコンビニ行っただけなのにこんなところに連れてこられてさ!あれから私、もう7年以上たったんだから!


 食べ損ねたアイスが!

 食べられるなんて!

 夢のようだ!!


 弟たちの世話をしているときはタッパーで大量に作った。そうすれば好きなときに好きなだけ食べられるの。大家族向け。



「これが……アイス」


 凍った食べ物を初めて見るのだろう。不思議そうな目でみんながそこにあるアイスを眺める。それを私はスプーンで混ぜて柔らかくし、みんなに渡した。

 氷を入れた飲み物も用意し、彼らにとっては未知の試食会が始まる。



 商会長がアイスを手に取り、スプーンですくう。


「さっき固めたのに、もうこんなに柔らかいのか?氷庫の冷気が外に漏れていたのだろうか?」


ブツブツと氷庫の品質について言いながらそれをゆっくりと口に入れた。




「あっ………」




 口に入れた瞬間、囁くような声でポツリと呟いたあと、恍惚の微笑みでそのまま固まる商会長。

 

「親父、それどういう表情?!」


「感想は?!」




「まずい」



「「「「え?」」」」



 私、分量を間違えた?!



「まずいよ、こんなの売り出したらとんでもなく儲かるじゃないか!!ああーーー!これは!」


 って言いながらモグモグとアイスを食べる。

 それを見ていた他の人たちも口にすれば、驚きの表情で勢いよく食べ始めた。


「うちの家も買おう!ドロレスよ、ギャレットに作り方を教えるんだぞ!」


「これ真夏に食べたら最高じゃん!」



 良かった、みんな喜んでくれて。



「最終調整をしますので、あと一ヶ月だけ待ってもらえますか?ちゃんと販売できるようしっかりとした商品にしますから」


「ええ、お願いしますね」


「頻繁に見に来てもらって構いませんからね?材料はこちらで用意しておきますから」



 商会長……氷庫を作りつつアイスを私に作らせて食べようとしてるな……。




「あ、ここにいた。商会長。……何食べてるんですか?」


 ドアのところにはウォルターがいた。書類を持って立っている。そして私達が食べているものに気づく。


「商会長。それって朝ドロレス様が仕込んでたやつですよね?俺、フレッドが別の仕事してるときは、()()()氷庫の手伝いしましたよね?なんで先に食べてるんですか?商会長に頼まれた仕事してたんですけど、なんで俺抜きなんですか?」


 あー。これはおそらく、フレデリックがいないときは素手で魔石に触れるウォルターをこき使ったな??



「あ、……すまぬ。ほ、ほらウォルターの分ももちろんあるから!」


 もの言いたげな目で商会長を睨むウォルターは若干ふてくされている。

 あの王宮での一件とは別人のようだ。


「ウォルトはまだまだ子供だなー。俺より先に生まれたなんて嘘だよきっと」


 横では笑顔でフレデリックがわざとらしく大声で言う。


「はぁ?お前に言われたかねーわ!俺がどんな思いで……ああもう!」


 やんややんやと揉め始める義兄弟。



 この席で、ウォルターが王子だということはフレデリックだけが知らない。

 商会長はほんの少しだけヒヤヒヤとしてるけど、私はこの二人が兄弟になれてとてもよかったんじゃないかと思っている。


 本来なら絶対に関わらないであろう第一王子と平民。

 それが、なんの気兼ねもなくこうやって言い合いが出来るのだから。


 私はお父様をちらっと見る。それに気づいたお父様は「仲のいい兄弟だな」と、私にだけ聞こえるように呟いた。



 


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