17.呼んでいない高貴な客
ゲーム最中にわからなかったところをフレデリックと細かく説明しながらみんなと談笑していた。ルトバーン商会ではトランプの裏側にオーダーメイドで均一の模様やマークをつけることが可能だという手紙をもらったため、早速案内しているのだ。
「まぁ素敵!私の両親はバラが好きですの。バラの模様で入れて貰おうかしら」
「私はピンクが好きなので、裏側をピンクにお願いするわ」
そっか、模様だけじゃなくて単色でもいいのか!こういう第三者の意見は普段いないところで発掘できるもんね。横にいるフレデリックを見るとちょうど目線が合い、笑顔で頷いた。うん、彼も商売顔をしている。
「当商会ではより細かくオーダーメイドを受け付けます。お時間があれば本店へ。こちらから邸宅にもお伺いできますので手紙をくだされば参ります」
ここだけは緊張もなく堂々としたフレデリック。さすが次期商会長。小さな頃から勉強していただけある。
「──きゃっ!」
「見てたぞ。ルールはわかった、俺にもやらせろ」
エミーの肩を掴み、席を立たせて自分が座ろうとする。女性に対して何という失礼な態度なのか。他の令嬢からも冷ややかな目線を投げ掛けられているが、ギルバートは気付かない。
「……わかりました。どうぞお座りください」
しょうがない。参加させない方がうるさくなりそうなのでそのまま座らせる。ただでさえ冷ややかな目線を浴びるこの男は次の発言で令嬢全員を敵に回す。
「こんなもの、俺が頭の悪い女に負けるわけないだろ」
あーあー言っちゃった。一瞬にして周りの令嬢からの殺気が強くなる。女をナメないでよね。トランプに参加している他の令嬢たちが私に目を向ける。
大丈夫、あなたたちの言いたいことはわかるわ。頑張りましょうとテレパシーを送るがごとく大きく頷く。それに合わせて令嬢たちも頷く。
私たちの想いは一緒よ。
「「「こんな男に負けない」」」
「くそっ!なんで俺のところに【魔物】が残るんだよっ!」
女の一致団結は強い。それは例えズルをしなくても以心伝心のようなものだ。あっという間にギルバートは最後の一人になったのだ。
「あら、どう見てもあなたが負けですわよ。素直に認めたらどうかしら?」
トランプに参加していない令嬢から皮肉を言われる。ギルバートの後ろではジェイコブがアワアワしているも、止めたらより大変になることがわかっているのか、声をかけられないでいる。
「俺はマクラート公爵の次期当主だぞ!お前らなにか裏工作しただろ?!公爵家に楯突く気か?」
「ギルバート様は隣の人が【魔物】以外を引きそうになると、急に力が入ります。逆に【魔物】を引いてくれそうなときは急に緩くなります」
なんとも言えない、幼稚園児でも言わないような理不尽な内容で怒鳴り散らしているギルバートの隣でフレデリックが冷静に説明をしている。いや今この状態での的確な説明はやめといた方が……。
「おいお前、さっき商会がなんとかって言っていたが、お前は平民だろ?なんでこんな所にいるんだ?お前が来るような場所じゃないだろ!場違いなんだよ」
カチンときた。
あーこれもうダメだ私、中身は大人なのにもう沸点を超えてしまった。友達をバカにされるのは許せない。そもそもあんたの誕生日会じゃないし、私は呼んでない!お父様お母様、前世のお父さんお母さんごめんなさい。ぶちギレなんて今までしたことないのに。幼稚園のお迎えのママたちの方が数万倍いや数億倍楽だったわ。
「確かに私は平民───」
「フレデリック、あなたは何も話さなくていいわ」
反論をしようとしたのかそうでないのかはわからないが、話し出した声を遮って私が前に出る。
「ほう、女に庇われるとはな、さすが平民だ」
「確かに彼は平民ですわ。でもそれがどうしましたの?私の誕生日をお祝いしに来てくれたのですよ?何か問題でも?」
「平民が貴族の誕生日会にいる時点で間違ってるんだよ!場違いにもほどがある」
「えぇ、とても場違いですわ。人の誕生日会で『おめでとう』の一言もなく、令嬢の肩を掴み引っ張るように立ち上がらせ、弟を引きずり、怒鳴り散らし、挙げ句の果てにはただの遊びに裏工作ですって?馬鹿馬鹿しい。あなたのような場違いな人はこの場に必要ありませんの。あぁ、そもそも私、あなたのこと招待していないのですよ?招待もしていない場違い人間が、招待されている人間を『場違い』って呼ぶ矛盾、頭の中で理解できます?あ、理解できたらこの場にはおりませんよね」
「くっ……バカにしやがって……俺は公爵家の長男だぞ!」
「だからなんですの?あなたのお父様は宰相だからとても偉いし素晴らしいお方なのはみんな知っておりますわ。でもそれが?あなたの偉さとどう繋がるのかしら?あなたは宰相様の素晴らしい権力を我が物のように扱っているただのお子ちゃまですわ」
「お、お子ちゃ、まだと……」
「えぇそうよお子ちゃまよ。マナーも女性の扱いもなんにも出来ない。そんな方が次期当主で宰相になるの?笑わせないでくれる?それなら、この平民の方が国を素晴らしい方向に導いてくれるわ。彼はね、ルトバーン商会の次期会長よ。そう、彼こそ【次期】を付けられるほどきちんと教育がなってますもの」
「ルトバーン……」
ギルバートが一瞬肩を跳ねる。何かを言い返そうと思ったときに後ろから声が聞こえた。
「いやぁ、ジュベルラート公爵令嬢の言う通りだ。着いたときに我が愚息の大きな声が聞こえたもんだから慌てて駆け寄ったら、盛大に愚息が打ち負かされていたもんで。少しばかり見入ってしまったよ」
マクラート公爵家当主兼宰相のビリー・マクラート公爵だ。ギルバートとジェイコブによく似た髪と目。髭を整えて生やしている。顔つきは優しいが、厳しそうな雰囲気を纏う。
「公爵令嬢、私の教育がなっておらず申し訳ない。この場のことは何一つ咎めないから家のことは気にするな。こいつは連れ帰るので、あとはゆっくり誕生日会を楽しんでほしい」
「マクラート公爵様!頭を上げてください!公爵様は悪くありません!」
「父上っ…あの……これは」
「ギルバート、お前の教育は1からやり直すからな、覚悟しておけ」
マクラート公爵様の周りがとても黒く見える。怒りのオーラを放出している。
「はぁ。ギルバートが私たちに黙ってジェイコブについていったという話を聞いてな、嫌な予感しかしないと思っていたら案の定……。公爵令嬢、よろしければ隣国から取り寄せた最高級のチョコレートだ。この国にはない。ぜひ召し上がってくれ」
チョコレート!!他の国には存在していたのか!これはもしやルトバーン商会で取り寄せしてもらえるかもしれない。チョコレート自体が存在するなら、いろんなアレンジが出来るわ!こんな状況だけどごめんね、チョコレートがあることが嬉しすぎてテンション上がりそう!
「父上!……っそれは俺がずっと前から頼んで昨日やっと届いたもの……」
「これはお前から頼まれたものではあるが、私が働いたお金で買ったものだ。私が何に使おうとお前にその権限はない。それとも、お前がそのチョコレートを買えるだけの働きや手伝いをしたか?評価される行いをしたのか?ジェイコブはきちんと家の手伝いなどを行っているから小遣いを渡しているぞ?そしてその中で好きなものを買ってる。次期当主になるのなら、今の立場をわきまえろ!」
その場が静かになる。
誰もなにも発することが出来ないうちに、マクラート公爵様はギルバートを連れて部屋を出ていく。
「あっ、もう一個大事なことを忘れていた。トニー、ちょっと」
マクラート公爵様はお父様を呼ぶ。耳元で短い会話をしていたのだが、みるみるお父様の顔色が悪くなる。
「なっ……ビリーお前!そっちの方が重要だろ!」
「ごめんごめん、状況を先に説明してるから、馬車にいるぞ」
「このっ!明日仕事を山ほど押し付けてやる……」
なんか揉めてる。すごい剣幕でお父様がこちらに向かってくる。両肩をガシッと掴んで真剣な眼差しを向けてきた。
「……いいかよく聞け。今、家の外に馬車が止まっている。王宮の馬車だ。ビリー……宰相が長男の件でこちらに向かわなくてはならないときに、それならば将来の婚約者候補の一人になるだろうから誕生日会に少し顔を出したいと言って、ビリーと共についてきた者がいる」
───ドクン。
まさか、まさかだよね。まだ8歳になったばかりなのに?心臓が大きく跳ねる。鼓動がどんどん早くなり、悪い予感がして、全身に寒気を感じる。
「フェルタール王国、アレクサンダー第一王子だ」




