148.誰にも言わないとは言ってない
「ここ最近、ユリエ様の信頼を得るためにずっと味方をして、作り笑顔で話を聞いて、ようやく聞き出せました。【ゲーム】のこと」
「えっ?」
ユリエ王宮突撃事件の次の日の放課後、どうしても話がしたいということで我が家で会うことにした。ちょうどお兄様もいたので3人だけの部屋で会話する。げっそりとした笑顔のジェイコブ。
きっとユリエの近くにいることが相当疲れたのだろう……。
「内容の説明の前に……なんでもう一つの力のこと話してくれなかったんですか?」
ジェイコブに問い詰められる。
うぅ……だって流石にあの時点で王子とか言えないじゃん。
「確かにウォルトの手を握ったときに光が出たことは確認してました。だけどまさか本当に王子だとして、そんな軽々と言えるわけないじゃないですか……」
「まぁそうですけど。アレク様が毒を飲むまで、その王子の存在すら誰も把握してませんでしたからね」
「しかし第一王子が別にいたとはな……。しかも攻略対象者だなんて」
お兄様も顔をしかめた。
「最初は四人らしいですよ。その後にアップデートするとか言ってました」
「え?アップデート?」
そうなの?アップデートする必要あったんだ。私四人目が終わったタイミングで事故死したから、アップデートが必要なことすら知らなかった……。
「それって、増えるのはウォルターだけですか?」
私の質問にジェイコブが一瞬ビックリしたような顔をする。あれ?言い方キツかったかな?私の知らない情報がまだありそうで、食い気味になってしまった。
「……はい、ウォルターくん1人だけです」
そうか。……ちょっとやってみたかったなウォルタールート。どんな流れなんだろう。
「ドロレス様との話を交えて、ユリエ様から聞いたことを話しますね」
こうして私とお兄様は、ユリエからの情報をジェイコブに聞いた。
それは驚くほどに細かく、私の曖昧な記憶がすべて蘇るかのように完璧だった。
すご……。どんだけやり込んでるの……?プロじゃん。
しかし、ログス山の子どもたちのこともまさか関わっていたとは。私の周りで起こることはゲームにも存在していたってことなのね。
「それでですね、ユリエ様はアレク様のルートに入るそうですよ、ふふふ」
不気味な笑いを浮かべてそう告げるジェイコブ。
そうかアレクサンダールートか。私も処刑の可能性が少なからずあるってことよね……。
「というわけで、これからアレク様ルートに関わることを自ら起こす可能性がありますのでご注意くださいね」
「わかりました……」
「ちなみにキュンキュンってなんですか?」
「え?」
何を唐突にその言葉が出てきたのか驚く。どうやらユリエが言っていたそうだ。
「えーと例えば……。好きな人や、今まで意識していなかった異性に、自分だけが特別だと思わせてくれるような行動や言葉をかけてくれたり?嬉しくてドキッとして胸がきゅっと締め付けられるような、そんな感じです。壁ドンとか」
「へぇ……。壁ドンってなんですか?」
あ、そうかそれを説明しないといけないのか。
私はお兄様に手伝ってもらい、壁際にくる。説明をしながら私は壁に寄りかかった。
「ここでお兄様が壁に手のひらをドンとつけてください。私を見ながら」
「こうか?」
ドン。
「……」
ハッ!イケメンに壁ドンされた!私、この人と中身は血が繋がってないんだった……。目を合わせられない。美しすぎて顔が見られない!!
顔が真っ赤になりそうだったのでそのまま下にずり落ちる。
危な……。お兄様にキュンキュンしそうだったわ。
私は照れた顔を隠すように両手で口元を押さえる。
「と、こんな感じでやれば、女の子はキュンキュンです。男性は好きな相手にやってあげてください。好きでもないのにやると勘違いされますからね?」
「なるほど」
お兄様は深く考え込んでいた。
「僕も覚えておきます」
ジェイコブも真面目に聞いていた。
その後、顎クイとか床ドンとか色々教えた。だって、めちゃくちゃこの二人興味を示すんだもん、教えちゃうよね。
二人と別れ、私は自分の部屋で考える。
ああ。
最初はアレクサンダールートに入ってほしいと思っていたけど……。ユリエは駄目だ。どうにかなる予感が全くしない。王妃になれるわけがない。
でもウォルターのことはいいのかな。あれだけアピールしてたのに。
私の婚約、どうなるんだろ。
ベッドに仰向けで倒れ、天井を見上げる。
解消できたとして、一応高位貴族だしなー。どこに嫁がされるんだろう。外聞悪くなるだろうし、やっぱり結婚は無理かな。それならそれでもういいや。ロレンツのところにでも就職しようかな。邪魔だとか言われたらどうしよう。やっぱり孤児院で働こうかな。
大きなため息が出る。ヒロインはヒロインで大変だけど、こっちも大変なのよ。余計な力ついちゃうしさ。
起き上がって、今日の聞いた話を秘密ノートに書き綴った。
そしてついにこの日が。
前回の婚約解消をお願いした日から一週間。何も進展のないままこの日が来る。
「まじで国王陛下に会うの?ちょっとでも言葉遣いを失敗したら殺されたりしない?監禁されない?牢屋に入れられない?本当に大丈夫?」
ちゃんとした服を用意し、一度家で着替えたあと、王宮へ向かっている馬車の中にいる。お父様も一緒だ。
王宮へ近づくにつれガクガクと震えるウォルターの背を撫でる。
「大丈夫、そういうのは咎めないようにちゃんと言ってあるから」
「そうだぞ。ちゃんと私もフォローするから安心しなさい」
「ですが、俺は母親のことを知らないし……聞かれて答えられなかったら殺されたりとかしませんか?」
「一応伝えておくが、今の国王はそこまで暴君王ではないから安心しろ」
だってあなたの父親なんだから。その父親が会わせろって言ってるのに殺すわけないでしょうが。
「俺本当に王子なのかよ……なんでだよ……なんで俺王子なんだよ……捨てたくせに呼ぶんじゃねぇよ」
そう考えてしまうのはしょうがない。国王も最近まで把握していなかったので、捨てた、とはちょっと違うけど。
全く落ち着かないウォルターを乗せたまま馬車は王宮に到着する。今回は極秘のため、裏から誰にも見えないように王宮へと入れるルートで中に進む。足取りの重いウォルターに声をかけた。
「いい?王族は今からみんなじゃがいもだと思いなさい。長いじゃがいも、いびつなじゃがいも、芽だらけのじゃがいもよ。全部じゃがいもだと思えば緊張なんてしないから」
「……例えにしてももう少しマシなものにしてくれよ」
そんな会話して進めば、ドアの前にアレクサンダーとクリストファーがいた。
「ドロレス様!」
誰よりも先にクリストファーが声をかけてきた。思わず体が固まる。
「なんでですか?!どうして兄上とーー」
「クリス!今はその話をする場ではないだろ」
「ですが!……いえ、その通りです。失礼しました」
クリストファーは私に軽くお辞儀をすると、後ろにいるウォルターをじっと見つめていた。その視線にウォルターはたじろいでしまう。大丈夫だからと彼に声をかけ、深呼吸させた。
「ジュベルラート公爵令嬢ドロレス、そしてウォルター・ルトバーン。中に入ろう」
「はい」
緊張するウォルターには私の横へと来てもらい、部屋に入る。彼もある程度のマナーを教えてきてもらったのか、入ると同時に頭を下げた。
国王からの許可で私たちは頭を上げる。通されたその部屋は王宮らしい豪華な装飾ではあるが、それでもかなり小さめの部屋が用意されていた。ウォルターへの配慮だと予想できる。
部屋には王族すべてが揃っていた。それこそ、王女たちもだ。一番うしろに控える王女二人が笑顔でこっそり私に手を振る。その姿は私達側にしか見えていないので何も返せず笑顔を作るのみ……。
ソファーへと案内され、全員が座る。
「君が……ウォルターなのだな」
ウォルターは私の顔をちらっと見る。返事をしていいのか迷ったようで、私は小さく頷く。それを見た彼は目線を国王に戻す。
「はい、そうです」
「そうか。……早速で悪いが、2つほどやってもらいたいことがある。まずはドロレス嬢、彼の手に触れてくれ」
「かしこまりました」
私はウォルターの手を取り、握る。初めて会ったときと同じ金のオーラが彼の周りに現れた。
初めて見る側妃やクリストファーは驚きに言葉が出ない。国王も自分以外の……つまり血のつながる息子だという確証を示すそのオーラに目を見張った。
「もう大丈夫だ。では次」
一人の護衛が、小さな箱を持ってくる。テーブルに置かれたその中には、石留のない魔石が山盛りに入っていた。
「これを、両手で取れる分だけ取ってみよ。その魔石はそなたに譲ろう」
「えっ?!」
ウォルターが驚いて大きな声を出す。そして他の王族たちもびっくりしたのか国王の顔を一斉に見た。
「陛下?それは流石に酷では……石留めのない魔石を……しかもあんなにたくさん」
「そうですよ、あんなに入っていたら触れただけで大怪我ですよ!」
次々と身内から責められる国王だが、静かにしろ、とみんなの言葉を制した。
……これは、重罪を犯したものにも使う手だ。目の前の魔石に目がくらみ、『持てるだけ持っていっていい』と言われた犯罪者は無我夢中でそれを触る。そして手のひらに大怪我を負わせるのだ。このやり方をアレクサンダーから聞いたことがある。怖い。地味に痛いし、怖い!一個だけでも痛かったのに、こんなにいっぱい……。
「これは【魔力制御】がある者しか出来ない。やってみてくれ」
「本当に持てた分はもらっていいんですか?」
え、そこ聞くの?
めちゃくちゃ真面目な顔をして国王に問いかけている。
「ああ、問題ないぞ」
「では失礼します」
そう言って立ち上がり、箱の元へ行く。何の抵抗もなしにザクッとその中に手を入れ、思いっきりたくさんの魔石をすくい上げた。
「なんと!」
「本物だ!」
「嘘でしょ……」
王族から次々と声が上がる。誰もがそれを信じられないというように前かがみで覗いた。
「あの……本当にもらっていいんですか?」
「え?あ、ああ!持っていけ……」
国王もいま頭の中で一瞬この言葉がよぎっただろう。
『それ今聞くの?』って。
「ゴホン。これで皆もわかっただろう。彼が【魔力制御】を持つ、王族の一員だ」
その一言で、場の空気が変わり、誰もがウォルターを王族と認めることになった。
「ウォルターよ。……母君は亡くなったと聞いている。顔は覚えているのか?」
「いえ……生まれてすぐに亡くなったことしか聞いていません」
「そうか。ならばこれを持っていくが良い。そなたの母君の姿絵だ。母型の身内はもういないが、関係者が持っていた。帰ってから見るがよい」
護衛が国王からそれを受け取り、ウォルターの元へ差し出した。彼はそれを受け取ると、巻いて紐で留められた紙をジッと見ている。
もしかしたら、あの姿絵はメイド長が持っていたのかもしれない。もうすぐ結婚するということできっと描き残したんだろう。それを十年以上も大事に持っていたんだ。よほどそのメイド長も、ウォルターの母親を大切にしていたんだろうな。
このあと国王は、王族の現状を話した。
そして。
「今、この国はアレクサンダーが第一王子として王位継承権1位となっている。だがウォルターは【魔力制御】を持つ本当の第一王子で王族だ。君が望めば王位継承権1位となる。どうしたい?」
ウォルターは少し俯き、パッと顔を上げた。




