王妃と母親と女性と、後悔した自分と。 〜side.ローザリア〜
王妃、ローザリアのサイドストーリー(2/2)。
長文になってしまいました。
私は、幼馴染に手紙を書いた。
後悔はしたくない。
バルトロを見てそう思った。彼は、自分の父と母とは【親子】としての会話をほとんどしていなかったんだろう。唯一の王子として厳しく教育されていたのだ。親子の時間なんて無いに等しい。
だから、愛しているという気持ちを伝えぬまま両親二人がいなくなってしまい、心の中ではとても寂しい思いをしているはず。だけど立場上泣くにも泣けずに……。
きっとそれがあるから、私に許可を出してくれたんだと思う。後悔の無いように、と。
彼に比べれば、私なんて大したことない。
そう思えば、気持ちが少しだけ楽になり、ペンを走らせた。
『あなたのことをずっとお慕いしておりました。今までありがとうございました。私はこの国を支える国王の妻として、昔から一緒にいてくれたあなたに恥じぬよう立派に努めます』
王妃として差し障りない程度の前置きを書き、簡単ではあったが素直に書いた。その手紙を彼のもとに送ってもらう。
そして数日後、返事が届く。
彼との手紙でこんなに緊張した事があっただろうか。震える手をなんとか落ち着かせ、封を切る。
『同じ想いをずっと抱いておりました。伝えていただき、ありがとうございます。この国の繁栄を心より願っております。あなたなら、きっと可能です』
お互いに簡単な文ではあった。
それでも、想いを理解するのには充分だった。
彼に気持ちを言えぬまま、未練がましく心に秘めた想いを持ち、私は王妃になった。バルトロが言ってくれなければ、このもやもやした気持ちのままここで一生過ごすことになるだろうと思っていた。
だけどこの手紙で、ずっと引っかかっていたものが取れたようなスッキリとした気分になったのだ。彼が相手の女性と家庭を築いていくように、私もここで王妃として過ごすという決意が固まった。
バルトロとの子を懐妊し、安定期に入った頃、側妃を迎え入れるという話が出た。
婚約が決まったとき、王族の血を残すために側妃は必ず入れると聞いていたために私は特に驚くこともなかったのだが。
だけどその人物の名前を見たとき、私は目を見開く。
「エレオノール……」
彼女は確かにバルトロのことを慕っており、王妃になるのを望んでいた。
だけど今は状況が違う。
他に好きな人がいた私が、王妃の座にいる。私のことを恨み、バルトロに恋をしていた彼女が側妃になる。
あの頃仲良く呼び捨てで笑い合ったり文句を言ったりしていた彼女が下になり、私が上の身分になるなんて。
想像するだけで息の詰まるその立場に頭を抱えてしまった。
ただでさえ、彼女とは話せなくなってしまったのに……。また昔のように笑い合いたかっただけなのに、なぜ、よりによって再会の立場が王妃と側妃なのか。
こんなことになるなら、もっと早く彼女と話すべきだった!
正式にエレオノールを側妃に迎え、挨拶にやってきた。
形式的なものを済ませると、一時的に彼女と二人だけの時間ができる。
久しぶりに会話ができると思った。だから勇気を出して、声をかけようとした。だけど先にエレオノールが口を開く。
「ローザリア様。私は自分の子を王座に就かせるつもりです。正々堂々と。卑怯な手は使うつもりはありませんが、それだけは覚えていてください」
仲の良かったあの頃とは違う、冷たく突き放したような彼女の声に、私は一瞬で悲しくなる。
そんなことを話したかったわけではないのに。
それ以降は私からも話をせず、同じ王宮内にいながら、しばらくは二人きりで会うことはなかった。
アレクが生まれ、エレオノールもクリストファーを授かる。
二人とも男の子だったため、どちらを次期国王にするかを常に議論されていた。
当たり前だが、先に生まれた王妃の息子が次期国王になるわけで。
だけど、なぜこんなに揉めたか。
それはアレクサンダーに【魔力制御】の力が発動しなかったのだ。
魔石の洞窟に行ったり、石留を外した魔石を触らせようとしたが何度も失敗した。
そんな様子を見たエレオノール派が、『力がないならどちらでも構わない』と言い出し、終わりのない論争をしていた。
力さえ発動すれば我が息子が国王としての地位を守れるのに。
そこに就かせることが、彼の身を守ることにもなる。
だから自分に言い聞かせるように、アレクには何度も言った。
『魔力さえ発動すれば立派な国王になれる』と。
その、誰もが思っていた当たり前のことを考え直させる言葉を発した子供がいた。
「そもそも、魔力が無くてもアレクサンダー殿下は次期国王にふさわしいです。【魔力制御】はあくまで【召喚の儀】をするため魔石を運ぶ際に必要なだけであって、殿下が国王になれないという理由と何も関係ありません。必要なのは魔力ではなく殿下に備わった能力です」
一瞬、目を見張ってしまった。
子供の言葉に、こんなにも動揺するとは思わなかった。彼女が放ったことは、それこそまさに正論だったのだ。
私すら忘れていた。
アレクサンダーはもう、ふさわしいではないか。あれだけ反抗もせず地道に努力をし、課題をクリアし、苦手なものなどないに等しいくらい完璧になった。まだこんなにも幼いのに。こんなに頑張っていたのに。
それを親である私自身が、信じてあげていなかったのだ。
見えないところで聞いていたらしいアレクに声をかければ、泣き腫らした目で私を見た。
私は王妃になってしまったばかりに、自分の息子を【第一王子】としてしか見ていなかった。
エレオノールが自分の息子であるクリストファーを次期国王にしようと躍起になっていたため、私もついムキになってしまっていた。いちばん大事なこの子の気持ちなど全部置いてけぼりだった。
そしてエレオノールとの関係も少し変わってきていた。
私たちは確かに、いがみ合っている。だけど、トランプをするようになってからは陰でのいがみ合いではなく、正面から直接いがみ合っていた。
自分の息子を王子にするというお互いの強い目的があり、そこは譲らない。
だけど、鋭利な刃物のような言葉の攻撃は、いつしかドレスの投げ合いほどの柔らかい言い争いになっていた。まだどこか、よそよそしさを残しながら。
ある日、エレオノールを呼び出した。完全に二人きりになるのはあの冷たい挨拶をしたとき以来、十年以上ぶりだ。
「なんでしょう?ローザリア様と二人で話すことなどあるのかしら?次期国王の座をクリスに明け渡す気になりました?」
笑顔なのに、相変わらず嫌味が入るような物言いだったけど、私はそんな彼女の言葉を遮るように言った。
「クリストファーが国王になるのを望んでいないことくらい、あなたも気づいているでしょう?まさか気づかないほどあなたは頭が悪くなったのかしら?」
「っ……!」
図星だったのだろう。眉をひそめて睨むように私のことを見た。
彼女は頭がいい。その彼女が、自分の息子のわざとらしい授業の手の抜き方に気付かないわけがない。クリストファーが、日頃からアレクのことを次期国王として見ていることだってわかっているはず。
「クリストファーとアレクサンダーはお互いをとても信頼しているわ。お互いがそれぞれ自分の望む位置にいようとしているのに、それを母親である私達が邪魔をしてはいけない。いつまでも対立なんてしていてはいけないのよ」
「だけど……私の生んだ子だって王子なのよ。そこを目指さなければ、クリスの存在する意味がないじゃない……」
視線は私の目から外さないまま訴えかけた。
「そんなことないわ。王族として国王の力にもなれるし、望めば王族を抜けて大公にだってなれる。たくさんの道を彼に選ばせてあげなさい。その上で、国王になりたいというのなら堂々と私の息子と勝負しましょう?」
私だって、叶うことならアレクには自分で歩む道を決めてほしいと思う。もしかしたら、自分が王子ではなかったら良かったと思うこともあったかもしれない。
だけど彼はそれでも、国王になるべく身を粉にして努力しているのを私は見ていた。今更『国王にならなくてもいい、好きな道を選びなさい』なんて口にできるはずもない。それは今までのアレクの全てを否定することになるのだから。
私は、王妃として母として。
彼が目指しているものを応援するのみだ。
「……でも」
「私たちは王族だけど、でもそれ以前にあの子達の親なの。まずは、彼らの気持ちを大事にしない?」
それ以降、エレオノールは黙って俯いてしまった。
きっと彼女も、クリストファーの気持ちがわかっているんだ。だけど自分の立場や家のこと、すべての責任を負ってこの場所にいる。
彼女も、悩んでいるんだ。
「ねぇ、私はあなたと前の関係に戻りたいのよ。……そろそろ戻らない?」
彼女はハッと顔を上げた。
「ちゃんとあなたに言い訳したかったのに全然聞いてくれなかったじゃない。私が望んで王妃になったわけじゃないんだから。でもね、好きだったあの幼馴染にはちゃんと気持ちを伝えた。そしてもう吹っ切れたわ。今は国の王妃としてちゃんとやってるわよ」
「……それは見てればわかるわ」
「あらありがとう」
「……もう!なんでいつもいつも私のことをお見通しなのよ!信じられない。昔から冷静に判断してさ、なんで私の息子のことまでちゃんと見てるのよ!!」
彼女は皮肉めいた言葉を大声で叫び、ソファーの背もたれにドカッと寄りかかってだらしなく座る。王族として見せてはいけない姿になっていた。
それは、私と二人だけのときに見せる昔の彼女そのものだった。その口調も、学園時代の懐かしい感じがして心の中がじんわりと温かくなった。
「そこは私が狙ってた席だったのに。……お父様から聞いたわよ。なんでうちじゃなかったのかって。『王子が卒業ダンスパーティーから探している令嬢がいて、それがローザリア嬢だった。彼女以外とは婚姻しない。なんとしてでも探せと言われた』って。あなた卒業ダンスパーティーで失恋したのにバルトロ様と何かあったんでしょ?だから私はあなたに裏切られたと思ったのよ!私の気持ちを知って裏で会ってたんでしょ?」
「あぁ、あれね……。幼馴染の婚約申込みを目の前で見て、庭園で号泣してたのよ。そうしたら後ろから誰かに話しかけられたの。一分も会話してないわ。それがバルトロ様だとわかったのは結婚式の夜よ」
「はぁ?!あんな素敵で麗しいお方に声をかけられて気づきもしなかったの?!なんて女よ……。バルトロ様も不憫だわ〜。あなたのことを必死で探してたというのに」
「あの方が?私への愛情なんてないでしょ。バルトロ様のことは尊敬してるし夫として見てるけど、恋はしてないわ。だって政略結婚だもの」
「ローザリアあなた、鈍いにもほどがあるわ!夜だってあなたのところに通う回数が多いじゃない!」
「それは私の立場が王妃だからでしょ。子を為すのは正妃からのほうがいいでしょうし」
「……ハァ。バルトロ様、なんでローザリアなのよ……」
正直、会話の内容よりもエレオノールと久々に昔のような会話ができたことがとても嬉しかった。それに気づいた彼女が吹き出す。
「フッ。なんて顔してるの。どうせあなた、友達が私以外にいないんでしょ?一人でずっと悩みを抱え込んでたんでしょうね」
「そ、そんなことないわよ!……そんなこと」
……図星である。エレオノールと離れてから、友人と呼べる人はいなかった。そして学園も途中卒業したため、その後に出会う人もいなかったのだ。
「陛下はもしかして、私達のことをわかってたのかもしれないわね」
「フフッ。そうかもしれない」
お互いの顔を見て笑った。懐かしい。まだ幼い頃、イタズラを仕掛けたときのようなクスクスと笑う私たちはあの頃に戻ったようだった。
「私もあなたも、もっと早く気持ちを伝えていれば違う人生だったかもしれないわね。だってそうすれば私は王妃になっていたかもしれないんだから!私の方がバルトロ様を好きなのに」
フン、と腕を組んでそっぽを向くエレオノール。不謹慎ながら、幼馴染と上手くいったときのことを考えてしまった。
「私も気持ちを伝えていればよかったわよ。もっと勇気を出して頑張ればよかったって思うときがあるわ」
「ウフフ……こんな話、他の人に聞かれたら処刑よ。今から私と変わる?」
「別に変わってもいいわ。ただしとんでもない量の勉強させられるわよ?外交も政治も農業もとにかく全部の知識を完璧に覚えさせられるんだから。代われるものなら代わりたいわ」
この国では会議などの仕事で表に出るのはほぼ王妃であり、全部の政務を行う。側妃は、その中でも専門知識がいらない仕事を手伝う程度だ。
私がどれほど勉強したか、多分彼女は知らない。王妃になってからもずっと勉強しているのだから。
それを聞いた彼女はコロッと意見を変える。
「ん〜。……やっぱりあなたに任せるわ。私はバルトロ様といられればいいから」
「はぁ?次は工業の仕事を持っていくからちゃんと勉強しておきなさいよ」
「や、やめてよ!それいちばん苦手な部門じゃない!」
このあとしばらく私達はあーだこーだと言い合っていた。その時間が、とても楽しかった。
今、大きな問題が起きている。
1つは隠し子問題。私は陛下に恋愛的な気持ちはないが、よりによって魔力を持つ第一子が別に存在していることに憤慨した。
これはこれで大問題だけど……。
もう1つ。
「では。アレクサンダー殿下との婚約解消を所望します」
ドロレスからの言葉だった。
アレクは取り乱すように立ち上がり、納得いかないとばかりに必死に声を絞り出している。
だけど私は冷静だった。
私の場合は幼馴染に未練があった。あのときにバルトロと婚約していなかったらもしかしたら今でも独り身だったかもしれない。だから私はこの人生を受け入れている。
だけど私がかつて出来なかった国王への婚約解消の願いを、この子は堂々と宣言した。
それほどまでに断る理由があるのだろう。
二人きりで話がしたくて別の部屋に移動すれば、ドロレスは怯えるように座る。
だけど、王妃としてではなく単純に話が聞きたかった。
そして、彼女には別に想いを寄せる人がいることを聞く。
私は複雑な気持ちになる。
自分の息子が想いを寄せる令嬢なら、なんとしてでも婚約解消はしたくない。
だけど、可能性がある男女を切り捨ててまで自分の息子と無理やり結婚させることがいいことなのだろうか、と。
私と同じで、私とは違う。
あの時のように、王子の近い歳に高位貴族の令嬢が私とエレオノールだけしかいなかったわけじゃない。
王妃がどれだけ大変なのか、それを【覚悟がない】と宣言するこの子は、それほどまでにこの席の責任が重いことに気づいているのだろう。
これが他の令嬢なら『愛があればなんとかなる』と思っているのだ。エレオノールもそうだったし、私が婚約者に決まる前は王子に憧れるすべての令嬢が口癖のように言っていた。
この子には、アレクへの愛もなければ王妃になる覚悟もない。
当時の私と同じだ。
だけどそれを国王の前で宣言した時点で私とは決定的に違う。それこそ強い覚悟を持って発したのだろう。
だから自然と言葉が出てしまったのだ。
「諦めるの?」
困惑する彼女だが、それでも私は女性として、過去の後悔を踏まえて、どうしても諦めてほしくないという気持ちが勝っていた。
自分の息子が好いている相手なのにも関わらず。
アレクには申し訳ないと思う。
アレクが明るくなり、堂々と国王を目指すようになったのも、エレオノールと話せるようになったきっかけのトランプも、全部この子が関わっている。
それに、本当にアレクのことを心から嫌うのなら、わざわざ疑われるような【治癒の力】を怒鳴られながらも訴えかけ、それをアレクにかけることなどしないだろう。人としては尊敬しているというこの子の言葉に納得する。息子の命の恩人であることは間違いないのだ。
私達家族を前向きに変えてくれた目の前の少女に、王族の都合で後悔する人生を歩んでほしくなかった。
だから。
【王族】として、彼女が婚約解消できるよう冷たく突き放すことにした。
こんなに聡明な彼女を婚約解消させようとするなど、王妃として失格だわ。ハァ……。何をやっているんだ私は。
心の中で苦笑いをし、陛下たちのいる部屋のドアの前で思いっきり怒りの仮面を被った。
備考1*ローザリアさんは、尊敬している相棒と思っているだけで、陛下に恋心を抱いていません。笑
(明日公開話の後書きに、備考2を書きます)




