142.望んでいること
その後、1時間経ってもユリエは戻ってこなかったそうで、それどころか彼女に軽い睡眠薬を含ませたと聞いて驚く。昨日からずっと寝ていなかったらしい彼女は、あっという間に深い眠りについたそうだ。
私との話をするため、しばらく黙らせておきたかったと国王は告げた。
今から、私への尋問が始まる。
「なぜ、そなたにその力を授かったのかをすべて話せ」
「かしこまりました」
私は、初めて孤児院に行った日のことから話した。ジェイコブとの打ち合わせ通り『7年後』とだけ言われたことや、【召喚の儀】の日の夜に神託が来たことを話す。国王も王妃も驚きを隠せていない。
「神託など……。この国の誰もが神と話すことはないのだぞ?大神官ですら、数代に一度しかない。しかもその時はそなたを指定してきたのだろ?大司教も驚いたはずだ。なぜ初めて受けたときに黙っていた?」
「お祈りを捧げた一瞬『7年後』と聞こえましたが、幼い私にはそれが本当に神の声かはわかりませんでした。誰かがポツリと言ったことを、神の声と勘違いしたのだろうと思っておりました。私自身ですら、神の声が聞けると思っていなかったのです」
「では、【治癒の力】を授かった神託はどう説明する?」
「……夢の中の話でした。夢の中の話を神託だと言って、陛下へと報告しようとするほど浅はかな感情で動く人間ではないと自負しております。大司教様にもその後確認に行きましたが、神託は来ていないと仰っていました。そんな曖昧な夢の話をしたところで、陛下は信じていただけましたでしょうか。夢の中で言われただけで、使い方もわからない【治癒の力】を」
「……それはそうだが」
至極当然のことだ。おそらく、この国の誰もが同じ状況になったところで「私は神の声が聞こえた!」と声高々に言ったとして誰が信じるだろうか。ただの狂った者としてしか扱われない。
「恐怖でした。召喚されたユリエ様がいらっしゃるのに、私がそんなこと口には出来ません。国を救うために召喚された彼女を愚弄するような事になりかねませんから。なので誰にも打ち明けられず、夢の話として忘れることにしたのです。……ですがユリエ様の力が発動しないのを見て、もしかしてその力は私に移動したのではないかと」
以前、ジェイコブに言われたことがある。
『もしユリエ様が力を発動せずにドロレス様がアレク様を助けることになりそうなら、必ずこう言ってください。『力が移動した』と。そうすれば確実にドロレス様は【治癒の力を持つ女神】として認められ、その後ユリエ様が力を発動しても発動しなくてもどちらでもよくなります。なのでユリエ様に希望を残さず、100%ドロレス様に力が移ったと暗に思わせるような言い回しをしてください』
これはユリエのためにもなると言っていた。
いつまでも発動しない力に固執して一生悩み続けるのは彼女自身にとっても良くない。発動しないならしないで区切りをつけなければならない、と。
そしてそれが、万が一、ユリエではなく私が力を発動させるときだと。
「移動するなど、聞いたこともない……」
国王は頭を抑えて考え込む。
「ですがそれを言ってしまえば、そもそも【治癒の力】自体が未知のものなので、わかりかねます。なぜこうなったのかすら私自身がわからないのですから」
嘘は言っていない。
転生するだけならまだしも、私に【治癒の力】を与えるなんて想像すらしていなかったんだから。
「陛下。とにかくアレクは治ったんだからよかったじゃないの。ドロレス、さっきは本当にごめんなさい。何度もひどいことを言ってしまって」
簡単に頭を下げてはいけない国王と王妃は、正式な場ではないので誰も見ていないからか、綺麗に頭を下げる。私は慌てた。
「頭を上げてください!私も夢の話とはいえ、進言すればよかったと後悔しております」
彼らよりも深々と頭を下げる。だがすぐに頭を上げるよう言われた。
「君の言うとおり、以前であれば私はもしそれを聞いたところで、おそらく信じなかっただろう。力を見た今でも頭の中で理解していないのだから。気に病むな、アレクは君のおかげで無事なのだ。それ以上君に望むことはない」
少し前の、怒りを込めた恐ろしい顔などなかったかのように国王は微笑んだ。その顔に、少しだけ緊張の糸がほぐれる。
そして問題はユリエだ。
こうなってしまった以上、【治癒の力】を持つ可能性はほぼゼロである。その場合、彼女はこれからどうやって生きていくのだろうか。
「ユリエ様は、これからどうなるのですか?」
不安になりながら尋ねれば、特に心配は無用だ、と国王は話す。
「彼女には身分を与え、誓約書にサインを書かせている。今の彼女の立場はあくまで【力を秘めている可能性がある男爵令嬢】だ。力がなければただの男爵令嬢として過ごせる。しかし、その身分に相応しくないことをすれば貴族と同じような処罰の対象になる。例外ではない」
普通に暮らしていけば彼女は何も問題ない。それなら安心だけど、本当に普通に暮らしていけるのかは少々不安だ。あれだけ今までやらかしているのだから。まだまだ不安は拭いきれない。
「力のことは、公爵には話しているのか?」
「いえ。力を使ったのは初めてなので、それまでは私も夢の中の戯言だと思っておりましたから。ただ、夢の話だとしてマクラート公爵令息のジェイコブ様には軽く話した程度です」
これもジェイコブから言われていた。誰かに話したのかを聞かれたら場合は自分の名前を出せ、と。
でもこれ以上、話さなくても平気なようで、話は私の待遇についてだった。
「しかしあの娘の精神状態からすれば、ドロレス嬢が力を発動させたことを恨んで、何かしでかすかもしれない。そなたが治したことは伏せ、箝口令で今回の毒事件はなかったことにする。ユリエにはなんと言おうか……」
私達は考え込む。うーんと唸り声だけが響いた。
「この力は【治癒の力】です。私はいずれこの力を使い、怪我や病に苦しむ人々を助け、少しでも長く家族や友人と過ごす時間を長くしてあげたいと思っております。ですので今すぐでなくても、力の公表はしていただいて構いません」
「そうか。……では頃合いを見計らって発表しよう。ユリエには、あのあとアレクが回復したとだけ伝えておこう。公爵には口止めと共に、今回のアレクの件と力のことを話して良い。また改めて公爵と王宮へ来るように」
「かしこまりました。それでお願いします」
国王と王妃は、私が部屋を出るときにも感謝を言葉を口にし、私を見送ってくれた。
王宮のこの部屋とアレクサンダーがいた部屋の周りはもともと人通りが少ない。だから力を使ったときも最小限の人数の護衛で済んだし、門まで行けば、先程のことなど知らない門番がいつも通りの警備をしている。
私は帰宅して、まずお兄様のところへ行く。お兄様には私の力のことを話してあるため、先に事情を説明しておかないと辻褄が合わなくなり混乱すると思ったからだ。
アレクサンダーの毒事件が本当に起きたことについて驚いていたが、全てにおいて何も知らなかったことで通すよう伝え、納得してもらう。
そしてお父様に伝える。
口を開いては閉じ、それを何度も繰り返す。今まで黙っていたことや、そのせいで王族にも危険な目に遭わせてしまったのだ。怒られたらどうしようだなんて子供じみた思いが頭の中を駆け巡る。馬鹿だな、私。
だけどお父様は私が話すまで、何も言わずに待ってくれた。
その優しさに、私も意を決して昨日からの出来事を話す。そして話を終えると、お父様は驚きの連続で戸惑いを見せていた。
「ドロレスが【治癒の力】を持っているのか……。だがお前が嘘をつくわけもないし、実際に陛下も使っているところを見たんだろ?」
「はい。アレクサンダー殿下は無事に回復したので問題ないです」
少し何かを考えたあと、お父様は私の目を見て微笑んだ。
「そうか、……一人でずっと悩んでいたんだな。よく耐えた。力になってやれなくてすまなかったな」
お父様は、昔お兄様に言われたことと同じようなことを優しい声で私へ伝えてくれた。その言葉をかけてくれただけで私は一気に安心できるのだ。
この家族に転生して、本当に良かった。
あのあとユリエはかなりの時間寝ていたらしく、その後のことは聞いていない。ただ次の日から一週間、学園に顔を出さなかった。
私とお父様は次の休みに王宮に向かう。
「先週の件。流石に何もなかったということにはできなくてな、アレクサンダーが過労で倒れたということになった。変な噂になるよりは、それらしい嘘を風潮したほうがいいだろうとローザリアと宰相と決めた」
あ、マクラート公爵には報告したんだ。……そりゃそうか、宰相だもんな。だからマクラート公爵もジェイコブもここにいるんだ。
実際に力を見ていないマクラート公爵は、未だに疑っていた。
「本当に、ただの公爵令嬢が使えるのか?そんなことありえるのか?」
「ビリー。うちの娘が嘘をつくとでも言いたいのか?それは陛下も嘘をついていると言っているようなものだぞ?」
「あ、いや!そんなつもりではない!あまりに驚いてしまって……」
ふざけたようにお父様がマクラート公爵につっかかるも、それを国王が宥めた。え?国王が宥めるの??
「よろしいですか?」
ジェイコブが手を上げて、発言の許可をもらう。そして彼は大物俳優をも唸らせるような演技を始めた。
「僕も夢の話だと思っていたのですが、まさか本当に使えるなど信じられません。普通の公爵令嬢ですよ?陛下は見たかもしれないですが、僕はそれを見ていないので疑っております」
「お、おいジェイコブ……」
マクラート公爵が止めに入るが、ジェイコブは続ける。国王も最後まで話を聞こうと、口は挟まなかった。
「ですので、僕のお腹にある古傷を今ここで治してもらおうと思います」
「えっ?」
私は思わず彼のほうを向く。私には目も合わせず、国王に服を捲る許可を得て、その跡を出す。昔ギルバートのせいでついた古傷だった。
ジェイコブは私を見る。だけどその目は「その力をみんなに見せてやれ」と言わんばかりの堂々とした眼差しだ。
だから私も、彼が用意してくれたこの機会を使って力を発動させた。
「おぉ……」
私の手から水色の光が放たれ、あのハッキリと残っていた古傷が綺麗に無くなると、お父様もマクラート公爵も驚いていた。これで二人も私のことを疑わなくなった。
アレクサンダーは自身が【治癒の力】をかけられているのでそこまで驚いてはいなかったものの、一部始終を見守っていた。
【治癒の力】に対する一通りの話を終え、国王は口を開く。
「改めてアレクサンダーを助けてくれたことに感謝の言葉を贈る。王族からは悪いようにはしないので、ジュベルラート公爵は不安にならず堂々としていてくれ」
「ありがとうございます」
私とお父様は頭を下げた。
「【治癒の力】のことはユリエのこともあり、まだ大々的に公表はできない。だが公爵家へ何か恩賞を与えようと思うが、なにか欲しいものはないか?」
国王のその言葉に、私はお父様より先に口を開く。
「それは、私の望みでも構いませんか?」
「ああ。功労者はドロレス嬢だからな」
国王は笑顔を私に向けた。
だけどその笑顔はすぐに消えることとなる。
「アレクサンダー殿下との婚約解消をお願いいたします」




