140.5人目のきっかけ
ユリエ以外の全員が、声のする方へと振り向く。
「メイド長!貴様、不敬だぞ!」
声を荒らげる国王にも物怖じせず、笑うのをやめない。
あれは、誰?
確かに毒事件はあったけど、【誰が毒を入れて、どんな様子だったか】までは私のプレイしていた段階では出ていなかった。
メイド長なの?メイド長が毒を入れたってこと?!
「やっとよ……やっと復讐が出来たわ!アハハ!この時を十年以上も待っていたんだから!そのために私はメイド長になったのよ!本当はパーティーでこのザマを見せつけてやりたかったのに警備が厳しいから……。でも本当にこの毒は王族にでも効くのね」
すぐさま護衛に両側から押さえつけられ、動きを封じられる。だけど全く動揺すらない。
国王も王妃も、そのメイド長へ罵声を浴びせる。
「解毒剤を早く出しなさい!こんなことして許されると思っているの?!死刑にするわよ!」
「お前は長く王宮に仕えていただろ!なぜこんなことをした?!何の目的だ?!」
部屋中に響く声が止まらない。だけどずっとメイド長は笑っている。
「その毒は普通の毒じゃないの。解毒剤なんてないわ。もうこの世界に存在しない、唯一の闇魔力の毒よ」
「何?!」
そんなの、知らない。この国で魔力を持っている人は王族だけなんじゃないの?!
横ではユリエが、こちらの騒ぎなど気にせず必死で力の発動をするためにアレクサンダーの体に触っていた。
「最初に言っておくけど、まだ死なないから。【この国最後の闇の力がある】と言いまわっているホラ吹きとして有名な老人がいてね、訪ねたのよ。誰も信じてくれないってボヤいていたわ。だから私は信じたの。そうしたらその毒をくれたのよ。耐性がある人もこの魔力にはかなわない、ってね」
「そんなはずは……。闇魔力など、魔王を倒してから十数年で消えたはずだ。国中調べ尽くしたと記録が残されている!」
「ええそうよ。『口にすると苦しみ、動く力を失う。その後視力を失い、声が出なくなり、飲んでから48時間で死に至る。絶望を味わいながら死ぬ』って言われたの。でも本当かわからないからその老人に試したわ。ピッタリ48時間で息を引き取ったわよ。だから安心して、まだ死なない。飲ませたときは恨まれたわ〜。だからもうこの国に闇魔力を持つ人はいないの。ふふふ」
彼女は、すでに一人を殺していた……。
知らない事実が次々と出てくる。ユリエはそんなことをお構いなしにアレクサンダーの方に注力していて、もしかしたらこの流れを知っていたのかもしれない。
そして次に聞く言葉で、5人目のルートだということを確信する。
私が知らない5人目のシナリオ、そして確実にウォルターへと結びつく言葉だった。
「アレクサンダー殿下に、いつまでたっても【魔力制御】が出ないでしょう?この歳になっても発動しないあなたを見て、私は毎日笑うのを必死でこらえていたわよ!だってそれは、あなたの前にすでに一人生まれているってことだからね!私の大切な友人がその男に遊ばれて出来た子よ!」
「なんですって?!」
「馬鹿な!」
王妃と国王は、今まで見たことがない程の驚いた表情をしている。
「友人は私の兄と相思相愛で結婚が決まっていたのに、彼女はあんたとの子を妊娠して、私に泣きながら教えてくれたわ。そして兄に理由を告げずに姿を消したのよ。だけど未だに行方不明。妊娠の話をしたら兄はショックで自殺したわ。あんたの……あんたのせいで私の大切な二人にはもう会えないんだから!」
以前教会で聞いた、黒髪の美しい女性。その人がこのメイド長の友人だった、ってこと……?
「せいぜい残りの時間を楽しむのよ!その娘の力が効くかは知らないけど、発動しなければアレクサンダー殿下は死ぬわね!大切なものを奪われた復讐よ!あんたも味わえ!」
「王子に毒を飲ませた犯人だ!その女を牢へ入れろ!」
国王は命令し、護衛はメイド長を引きずるようにして部屋の外へ連れ出されそうになっている。
「あなた、別の子供がいるってどういうことですか?!」
王妃の立場としては、自分より先に、別の女性との間に子供が出来ていたという言葉が信じられないのだろう。しかもただの王子ではない。魔力を保持する国王の第一子かそうでないかの大きな差があるのだ。詰め寄るような形で陛下へと問いただす。
「待て!……今、思い出すから。だが今はアレクを治してもらうのが最優先だ!」
ドアまで引きづられたメイド長は、今の国王の言葉に声を荒げた。
「ふざけるんじゃないわよ!思い出す?忘れてるわけ?あんたの記憶にないただのメイドだったメアリーはね、あんたのせいで人生を台無しにされたのよ!私の兄との結婚をどれだけ楽しみにしていたか!よくそんなことを言えたもんだわ!」
その言葉を最後に、メイド長は部屋の外に連れて行かれた。国王は思い当たる節があるのか考え込むような顔をし、王妃は怒りを押し殺して自分の息子のもとへ行く。
アレクサンダーは苦しむことはなくなったものの、倒れ込んだままだ。ユリエの努力も虚しく、声掛けに微かに応じる程度になっていた。
「国王陛下、私とアレクサンダー様を二人だけにして!集中できないのよ!必ず力を発動させるから!」
敬語を使うことすら忘れてしまうほど焦っている彼女だが、陛下も、細かいことは後回しだとアレクサンダーを別部屋へ移動させた。誰にも見つからないよう、細心の注意を払いながら。
そして護衛を部屋の中と外に一人ずつ置き、他には誰も入ることがないようにした。国王と王妃は自室へ、私は違う部屋で待機する。
しばらく時間が経過するが、なんの音沙汰もない。
【治癒の力】って、アレクサンダーが毒を飲んだあとにすぐ発動するって言ってなかった?もうすでにあれから4時間がたっている。
なぜ?本当に彼女の力は出ないの?
力を授からなかったの?
私はここで名乗りを上げればいい?
恐怖心が襲う。
アレクサンダーのことは助けたい。だけどただの貴族令嬢が、こんな緊迫した中で「力が使えます」などと宣言することが本当にいいのだろうか?力をアレクサンダーにかける前に、虚言だと言われて捕らえられてしまっては元も子もない。それにその後にすぐユリエが発動すれば、私は場を混乱させた者として汚名を着せられる。私だけではなく、きっと家にもだ。
私は考える。一刻も早く助けたいのに、立ち上がる勇気がないのだ。
こんなときに己の保身を優先してしまうなんて。最低で臆病だ。
この部屋に来てから出されていた紅茶を一口もつけていない。それくらい、何も喉を通らなかった。
気がつけばもう夕方。これ以上は王宮内の問題だと言われ、私は家に帰るように指示された。
他言無用とのことで、私は家族にも話せず、どうすればいいのかも悩みに悩んだ。結局一睡もできずに朝を迎える。
そして、決めた。
「お嬢様、こんな時間から王宮へ行かれるのですか?」
「昨日の仕事をやり残してしまったの。今日の昼までに終わらせなければいけないからね」
嘘をついて、日が昇り始める前に私は王宮へと向かう。今日も休みで良かった。明日の学園までに、なんとかしないといけない。
門の前はいつもと同じような雰囲気で、中で大変なことが起こっているなどと誰も予想できていないようだ。
私は国王への謁見を求める。だけど、アレクサンダーの婚約者だからといってそんな軽い感じで国王に会えるわけもない。
だけど私はめげずにお願いする。
「とにかく伝えてください。『時間がもう残されていない。可能性がある』と」
おそらくこの護衛は昨日の事件を知らない。渋々私の話を国王に伝えてくれると言い残してその場を去った。お願い、早く伝わって。
部屋で待たされること二時間。
国王と王妃がやってくる。彼らも寝ていないのだろうか、目の下にわかりやすいほどのクマをつくっていた。だけど、この事件に関して部外者の立場である私に、少しだけ苛立ちを見せる。
「こんな時に何の用だ。今、ユリエ殿が力を発動するよう頑張っている。あの場所にいたからアレクの心配をする気持ちもわかるが、これは王族の問題なのだ。君は家で待っていてくれ」
そう言ってため息をついた。
私は、うるさい心臓を抑えるようにゆっくり深呼吸をする。緊張で手に汗がにじむ。
私の運命がどうなるかわからない。虚言だと言われて一生牢の中か、王族を侮辱していると言われて死刑か。だけどやっぱり、持っている力を言わなければならないと思った。
「人払いをお願いいたします。アレクサンダー殿下に大きく関わることです」
今、彼が侵されている毒のこと。その意味を察したのか、私に反論せず人払いをする。部屋には、私と国王、王妃のみだ。
何度も何度も、大きな呼吸を繰り返す。
覚悟を決めるのよ、私。
「もしかしたら私、【治癒の力】を使えるかもしれません」
ガンッ!!
音の出たほうを見れば、国王が拳で机を叩いている。その顔は怒りを込めたものだった。
「ドロレス嬢!今どういう状況がわかっているのか?!そんな冗談に付き合っている暇などないんだ!」
隣の王妃も、顔から嫌悪感を滲み出している。
「信じられない気持ちもわかります。私も試してみないと未だにわかりません。……ですがユリエ様に力が出なければ、私が使える可能性があるのです」
「ふざけるな!何度言ったらわかるんだ!この世界で魔力が残るのはもう貴族にはいない!侮辱罪として牢に入れられたいのか?!君は王妃にふさわしい人間だと思っていたのに、私は見誤ったのか?!」
「陛下、お願いします。アレクサンダー殿下に会わせてください。私もまだ使える確証はないのです。でも、やれる限りのことはやりたいんです!私は彼を助けたいのです!お願いします!駄目だったら、投獄なり処刑なりしてください。それを覚悟でここへ来ました!」
怒り狂う国王に対し、なんとか冷静に言葉を繋ごうと堪えたが、出来なかった。私も感情に任せて、令嬢らしからぬ大声で頼み込む。
信じてもらえないことなどわかった上でここに来た。だから、何としてでもアレクサンダーに会わないといけない。
私の覚悟が足りなかったせいで……。毒を飲んですぐに助ければよかった。そうしていれば、アレクサンダーもこの二人もこんなにつらい思いをしなかったのに。
だから私は決めたのだ。どんなに酷い言葉を投げかけられようとも、二人の今のつらい気持ちよりは何万倍もマシだと。だから、それに耐えて、彼に会う機会が欲しい。
「護衛を呼ぶ。ユリエ殿が力を発動してアレクが回復するまでドロレス嬢を監禁する。これ以上ふざけたことは聞きたくない」
国王は席を立ち、護衛を呼んだ。
ああ……もう駄目だ。このままじゃアレクサンダーは助けられない。私は彼を殺したことになる。後悔してもしきれない。嫌だ、アレクサンダーには生きていてほしい。こんなことになるなら、初めから言っておけばよかった!
「陛下、お待ちを」




