138.半年経っても相変わらず
ニコルの誕生日、オリバーは自分のデカい体が隠れるほどのたくさんの真っ赤なバラを花束にしてプレゼントしていた。愛が重い。あなた、まだ婚約者でもなんでもないでしょうが。
しかしニコルはまんざらでもなく、バラとともに渡されたサシェにも喜んでいたのだ。サシェに関してはどう考えてもモレーナのアドバイスなことはツッコむのをやめておくわ。
案外、この二人はすぐにくっつくのではなかろうか。
ニコルはとんでもなく可愛いし、男性に媚を売るタイプでもない。だから私たちも嫌な気分にならずに一緒にいられるのだけれど、あれほどまでに異性を意識した顔は初めて見た気がする。
最初はウザったらしいオリバーだったが、相手も自分に好意を持ってくれれば溺愛街道まっしぐらだ。
……このゲームのプレイヤーとして、楽しみである。
2年生も最終日。卒業ダンスパーティーは去年と同じパターンです。
席も用意してあり、踊ったらそこまでエスコートされてしまい、また動けない時間が始まった。去年と違うのは、もう一つペアの席が用意されているのだ。クリストファーとレベッカの分である。
「去年ドロレス様が隔離された気持ち、痛いほどよく分かりましたわ」
「私たちだけ置いてけぼりなのですよ」
ありがたいことに私の席とレベッカの席は王子たちの後ろにあり、隣にしてくれていたため、ヒソヒソと会話をしている。
「最近クリストファー様はどうですか?」
「年が明けてから、何故か目が合わなくなりました……。ランチもティータイムも、今まではまっすぐにあの大きな瞳を向けられていたのですが、最近はすぐにそらされるのです。他にお慕いする方でも出来たのでしょうか……」
それはクリストファーが気持ちを自覚したから。好きだとわかると恥ずかしくて目が合わせられないよね、うんうん、わかるよその気持ち。
だけどクリストファー、今、レベッカには逆効果だぞ!めちゃくちゃ不安になってるぞ!!
「それはないんじゃないですか?だってそのような相手、いないじゃないですか」
「ユリエ様は一緒にいることが多かったでしたから……」
「レベッカ様、ユリエ様にクリストファー様が惚れていると思います?本当に?本気で?」
「……それはなさそうですわね」
「ですよね」
私達は扇子の内側で微笑み合う。普段のクリストファーの様子を見ていればわかる。好意云々の前に、嫌だとか疲れたとか、負の感情すらユリエに抱いていない。
ユリエとランチがいつも一緒だった時なんて、その時間が無かった事のように「え?今日は僕、ランチ食べていませんよ?」と言い残してレストランを去っていったのだ。闇が深い。
「あ、オリバー様とニコル様が踊ってますわ」
「見目麗しい二人ですわね。オリバー様も、髪の毛より真っ赤になるのはそろそろ落ち着く頃だと思うんですが」
そんなことを会話していると、ブルーノがクリストファーのところへやってくる。あれ?まさかまた一触即発では……。
ブルーノはクリストファーの前で跪き、こう告げた。
「クリストファー殿下、レベッカ様とダンスを踊る許可をいただけますか?」
まじか!またここでこんなバトル見なきゃいけないの?!
「どうぞ、許可します。レベッカ様、前へ」
私とレベッカは、扇子の裏側で一瞬驚く。だけどクリストファーからの許可は出たので、すぐに彼女はブルーノの方へ行ってダンスを踊った。
あれは……クリストファーとブルーノが和解したってこと……でいいのかな?
そんなことを思っていると、別のところで問題が起きていた。アレクサンダーたちも気づいたようだ。
「嫌。誰なのあんた。私は女神よ?あんたが誘っていいわけないでしょ」
「いやいや、ユリエ様の身分は男爵家のご令嬢になったんですよね?むしろ俺のほうが身分高いんですよ?知ってます?伯爵家なんですよ?」
「だからなに?私は女神なんだからあんたより上なの」
「だから、それはその力の話であって、あなたの身分は男爵令嬢です。っていうか、力が発動していないのによく堂々と女神とか言えますね?」
「はぁ?!そろそろ発動するんだから!そしたらあんたなんて二度と学園に来られないようにしてやるわよ」
「残念ながら俺は今日で卒業ですから。二度と学園には戻ってきませんのでご安心を。せっかく記念に踊ろうと思ったのに、女神の名にふさわしくない性格ですね。では」
「なんなの?!国王に言いつけてやる!」
「ユリエ様、落ち着いて!」
隣でクラリッサが止めている。
ハァ……。何を大声でやっているのよ。
相手の令息もかなり嫌味を言っていたけど、身分が下の令嬢に敬語のままだったのは大人の対応だったわ。
「むしろ僕たちがユリエ殿の態度を父上に報告せねばならないな」
「え?ユリエ殿って誰ですか?そんな名前の人います?」
「……クリス、とぼけても無駄だからな」
「はぁ……。僕はレベッカ様のことに集中したいのに。終始見逃さないように記憶します」
こっちはこっちで国王に報告するらしい。
あの子は、節度というものを持っていないのだろうか。明らかに騒ぐ場所じゃないのに、なぜそこまで大声で場の空気を悪くするのだろう。
成人式で、市長が話しているときに大声で邪魔して騒ぐ人のように空気が読めていない。中3だよね?そういうの、その歳なら何が悪くて何が駄目なのかそろそろ気づくよね???
と思っていたら、よく知る顔の男子がユリエのもとへ行く。
「ユリエ様、ダンスを踊りませんか?」
「えっ?あっ!はい!踊ります!」
ジェイコブ!?なになに?どうしたの?ユリエのこと、気になっちゃった感じ??私の前の二人も「えっ?」と小さな声をこぼした。
この世界に召喚されてから半年以上も経つのに、ほぼ成長しないダンスを踊るユリエ。だって授業もまともに受けないし、たまに教室にいないときもある。周りにクスクスと笑われているのにも関わらず彼女の目はジェイコブの顔に釘付けだ。
んーー。ゲームではドSのキツいイメージだったし、小さい頃から見ていたから気が付かなかったけど、ジェイコブって本当に美しい顔してるわ。中性的ではあるものの、キリッとした顔立ちなのに微笑みが女性のような柔らかさを持つジェイコブ。
学園に入ってからも笑顔を絶やさなかったので、女性陣は眼福として崇めていたもんなぁ……。
にしてもなんでユリエを?
ここにいる三人が答えを見つけられないまま、そのダンスは終わった。そしてレベッカも帰ってくる。
「ブルーノ様とはお話できました?」
「はい。卒業後、本格的に他国へ仕事に行くそうです。ですが二人の未来のために、今後は手紙のやり取りはしないようにと決めましたわ。向こうにお相手ができたときに、私と手紙を送り合っていたらお相手の方に失礼ですからね。寂しいですけど」
そっか。そうだね、手紙を続けていたらブルーノだって気持ちの踏ん切りがつかなくなってしまう。ここでお互い区切りをつけるのは正解だ。
そしていつか、二人がお互いの家族を連れて仲良くお茶でも飲むような良い関係になってほしい。
少しだけほのぼのとした気持ちでいたのもつかの間、ユリエがフレデリックたちの方に行ったのが見えた。
えっ?なんでそっちに行ったの?……ちょっと待って。まさかダンスを誘うわけじゃないでしょうね?!
やめて……お願い。私だってまだ彼と踊っていないのに。
きっと彼は断ってくれるだろうと思いながら、胸の中がざわめいている。締め付けられるように痛い。こんなところで、この席で、彼がユリエと踊る姿なんて見たくない。
私は必死に願う。その方向を見ていると、一瞬フレデリックと目が合った。彼はウォルターとともにユリエに話しかけられているが、無視を続けている。そんな彼が私の目を見て少しだけ微笑んだ。
その微笑みを勘違いしたのか、ユリエはフレデリックに一点集中し始めた。隣のウォルターの顔の緊張がほどけたように見える。
だけどこれでいいのか?一応は貴族と平民だ。ダンスを誘うのは男性からがマナーだとしても、身分を出されてしまえばフレデリックのほうが不利である。
なのに、……彼はずっと耐えているのだ。
自惚れかもしれない。
だけど彼はいつも、最初に私を誘ってくれる。だから今も……そういう気持ちでいるのかな、なんて都合のいい解釈をする。
ユリエもそうだけど、もう一人いる。横にはずっとリンがいた。
ユリエのように場違いな行動はしていないものの、私が見ている限り、緊張しながらチラチラとフレデリックの方を見ている。誘われるのを今か今かと待っているようだった。
ユリエよりも普段から一緒にいて仲の良い相手だ。リンがマナーを無視してフレデリックを誘えば、彼はきっと踊るだろう。
それに、他の下位貴族の令嬢だって近くに数人集まっている。今年は後輩もいるため、去年よりも一段と増えていた。
なんでそんなにモテるのよ。こんなの、ずるい。
私の立場じゃ嫉妬すらできない。
視界に入るその状況がどんどんつらくなって、後半はほとんど下を向いていた。
結局ユリエと踊ることはなく、ほっと一安心する。そんな些細なことですら、私は嬉しい。
気持ちが通じ合っても、それ以上を求められない苦しさを痛感した日だった。




