137.その意味は
冬休みが明けて学園が始まり、私は王妃教育のあとで、アレクサンダーと共に王宮内の地下牢に向かっていた。
「彼らは大人しく過ごしている。態度も悪くないし、食事にも感謝して手をつけているそうだ。これなら後々牢を出て、洞窟労働をやってもらっても問題ないだろう」
今までまともな食事をとっていなかったサフィたちは、ここで出される質素な食事でさえ喜んで食べているらしく、毎日筋トレをし、なぜか生き生きとしているらしい。それほどまでにあの廃墟のほうが過酷だったということを理解する。
階段を降りて三人の前に行くと、かつての野性味あふれる彼らからは似ても似つかないほどの綺麗なお辞儀をされる。驚いて一歩下がってしまった。
「な、何?急にどうしたのよ」
「まともな食事が食べられるのはあんたのおかけだ。牢屋なのに、以前よりも生きているのが苦しくない。……弟たちや妹たちは……元気か?」
頭を上げた彼らは、静かにそう告げたあと、子どもたちの安否を聞いてくる。他の人の心配ばかりね……。
「元気よ。みんなちゃんとしっかりした体になって笑顔でいるわ。元々いた孤児院の子どもたちと仲良く走り回って遊んでいるわよ」
「そ、そうか!良かったなぁアイツら……今まで全然楽しいことしてやれなかったから、アイツらだけでも幸せになってくれりゃあ俺はどうなってもいいや」
ヤッカルは目を潤ませ、笑顔でそう言った。
「クレイたちから手紙を預かっているの」
そう聞くと、三人が驚く。
「え?!アイツら文字がかけるのか?!」
「そうよ、教えてるから」
私はクレイから預かった手紙を順番に渡す。だけど彼らは文字が読めないため、代読する。
『みんな元気です。ごはんも服もあります。寝るときにベッドがあります。水が美味しいです。早く会いたいです』
短い文章の中に、子どもたちの想いがたくさん詰まっている。大勢の当たり前が、あの子達には特別だった。それを彼ら三人に伝えるには、充分すぎる内容だったのだ。
手紙の最後には、子どもたちが一人一人自分の名前を書いている。それを説明してあげると、感動したのか、三人とも泣きながら笑顔になっていた。誰が誰らしい字を書くとか、性格がこうだからこんな文字になるんだとか、三人でワイワイと盛り上がっている。もう完全にこの人たちは親も同然だ。
「また真面目に過ごしていれば、手紙を持ってくるわ」
「こんなん見せられて、不真面目になれるわけがねぇ」
「だな」
「アイツらに会える日が来るといいなぁ」
手紙は不審なものがないことを確認してもらい彼らに渡した。感謝されながら私は地下牢を離れる。
彼らの被害に遭ったディグス領に再び調査すると、声を上げずに彼らのような子供を作り出してしまった自責の念がある人が多く、なんとか罪を軽くしてあげてほしいという声が多数あったそうだ。
先代も税金は厳しく、その頃からあの廃墟に子供を捨てていた人もいたそうで。
悪いのはあのディグスなのに。
それに染まらず、領民はみんな心が広い。サフィたちから被害を受けたのに、そんなことを懇願するんだもん。
サフィたちも自分のことでいっぱいいっぱいだろうに、下の子ばかりに気を使って……。
心の中では罪が軽くなってほしいと願いながらも、無かったことにはできない。
だから、きちんと反省して、いずれ外の世界で会える日が来るといいなと思う。
「そういえば一応報告しておこう。ユリエ殿がボドワン男爵の養女となった」
「ええ?!」
急な話の展開に驚く。
な、なに?養女になった、ってどういう展開?!そんなのゲームにないじゃん!ボドワンってあの誕生祭のときにユリエが王妃にとか言ってきた胡散臭いオジサンだよね?!よりによって、なんであんな小さい家に?!
「身分が決まってくれたほうがこちらとしても扱いやすいんだ。また何かやらかしたら王宮内ではどうにもならん。彼女は学園在学中は寮住まいに変更になっている」
「そ、そうなんですか……」
なんということだ。知らぬ間に予想をしていない方向へと話が進んでいた。え?大丈夫?力、発動するチャンスを逃さない???
そんなこんなで冬の学園生活が始まったわけだけど、一つ気になるところがありまして。
「オリバー様をお誘いしたんですか?」
「はい」
ランチの時間。ニコルの誕生日会の話をしていると、なんと彼女がオリバーを招待したと告白してきた。
ついに!このときが来た!!
「彼は何と仰ってました?」
「今回は小規模にしようと思っておりまして。冬休み明けすぐに学園内で招待状を渡したのですが、無言で立ち去って行かれました。……お誘いしなかったほうが良かったのでしょうか?ご都合が悪ければ出席しなくてもいいですよとお伝えしようかと思うのですが、どうしても勇気がなくて」
シュンとする彼女を見て、私はレストラン内のオリバーを探す。
無言なのは嫌だからじゃない。おそらく嬉しすぎて何も言えずに恥ずかしくてその場にいられなくなったと予想する。誘われると思っていなかったんだろう。
そして、オリバーがニコルの誕生日会を欠席するはずがない!たとえアレクサンダーとの予定があったとしても絶対来るだろう。
食事が終わると私は女子メンバーと別れてオリバーを探し、アレクサンダーといるところを見つける。
「だから、その日は王宮で仕事があるだろ」
「いいえ。この日は一年で一番大切な麗しいニコル様の誕生日会の日なのです!私はどうしても行かねばなりません!どうか行かせてください!」
ほらやっぱり。
「オリバー様。ちょっと」
私は揉めている二人の間に入り、落ち着かせたあとにオリバーを呼ぶ。
「ニコル様から『来たくなければこなくていい』だそうです」
「な!?」
細くキリッとした目を大きく見張り、愕然とした表情で私のことを見返した。そして私の両肩を掴み、前後に揺さぶる。
「なぜですか?!私はこの日をとてもとても楽しみにしているのですよ?!招待状を頂いてから眠れぬ夜を過ごしニコル様のことを思い浮かべながらプレゼントは何にしようかなんと声をかけようか悩みに悩んで食べ物のほうがいいのかでもアクセサリーなら身につけてくれるかもしれないだけどそれでは重すぎるとと義母上に言われてのでもっと軽いものにしようかとですがあの美しいピンク色の髪に合うヘアアクセサリーも捨てがたく」
「と、止めて……死ぬ」
「オリバー!」
アレクサンダーが彼の腕を掴むまでずっと体を揺さぶられ、さっき食べたものが出てくるかと思ったわよ……。オリバー、息継ぎも忘れるほどにニコルへの愛が止まらない。
やっとオリバーも正気に戻る。
「はっ!!すみませんドロレス様!!」
「オリバー。ドロレスにこれ以上触れたら許さんぞ」
「申し訳ございませんでした!!!」
土下座しそうな勢いのオリバーを止めて、私はさっきのことを話す。
どうやら私の予想通り、舞い上がって無言になってしまいニコルの前で醜態を晒すまいと立ち去ったらしい。
「ニコル様は勘違いしたままですわ。早めに誤解を解きに行ったほうがーーー」
「すぐにでも!」
私の話を途中で遮り、速歩きでニコルのもとへ向かっていった。
手が焼けるわ。今後何かあるたびに誤解される行動をなんとかすることが彼の課題だわ。
「アレク様。その日ってどうしてもオリバー様ではないといけないのですか?」
「絶対、ではないのだが、彼がもう周知している仕事なのでできればオリバーだとありがたいだけだ」
「なら、オリバー様の将来のためにも見逃してあげてください。あと、これからニコル様の誕生日には仕事を入れないほうがいいですよ」
私の目をじっと見たアレクサンダーはしばらく黙ったあと、ため息をついた。
「それに関しては問題ない。ちゃんとニコル嬢の誕生日は覚えている。仕事中ずっと彼女の話しかしない彼を少しからかっただけだ。普段あまりにもニコル嬢の話を聞かされるのでな、彼女の好みや日々の出来事が嫌でも頭の中に記憶されているよ……。すでに別の護衛を用意してある」
そう言って片方の口角を上げ、ニヤリと笑った。
全部が前提で動いていたってことね。アレクサンダーもなんだかんだ言って、友達思いだな!
「フフッ」
「何がおかしい?」
思わず溢れた笑みに、アレクサンダーは不思議そうに首を傾げる。
「いえ……。アレク様もからかうようなことするんだなぁと思いまして。仲がよろしいですね」
「そうか?」
私の中で知っているアレクサンダーは真面目な男の子だったから、こんな年相応にふざけるのがとても可愛らしく見えてしまった。
そんなことを考えていると、彼が近づいていたことに気づき、顔を上げると目の前には彼の美しい顔があった。どこか淋しげに、悲しそうに私の目を見つめながら、微笑んでいる。
何も起こらなければ、私は彼の妻になるのだ。
そろそろ諦めなくてはいけないと思いつつ、まだその現実を受け入れられていない自分がいる。
貴族の妻になるのではない。
王妃になるのだから。
アレクサンダーはそっと私の髪を取り、自身のもとへと優しく引き寄せる。
「僕は……。いずれはドロレスとも、そのような関係を築きたい。国王と王妃でもあるが、それ以前に夫と妻として人生を歩んでいきたい」
彼は、はちみつ色の私の髪の先に口付けを落とす。そして頭を優しく撫でた。
彼は何を思い、そう発言したのか。
次期国王として必死にその場所を守っていた彼が、なぜ一般人と同じような『夫と妻』という表現をしたのか。
ゲームと比較することは少なくなったものの、やはり私は困惑していた。
今は頭が自分のことでいっぱいで、私が彼の本当の気持ちを知ることになるのは、もう少し先だった。
そしてそれとは別で、今まで攻略対象四人をほぼ独り占めしていたユリエは、最近ずっと苛立っているようだった。
今まで【治癒の力を持つ女神】としてアレクサンダーたちをランチに誘い優越感に浸っていた彼女。それが冬休み明けから一緒に行かなくなった。
正しく言えば、アレクサンダーたちがちゃんと断るようになったのだ。
ジェイコブ曰く「一男爵家の一人のご令嬢に毎日かまっている暇など、王子とその側近は暇じゃない」だそうだ。
ああ。それを見越してこの養女話を進めたんだな。誰だこれ提案した人は……。絶対ジェイコブでしょ。
食事をするユリエは、取り巻きたちの媚び諂う言葉にもいちいち苛立ち、一人ですぐにどこかへ行ってしまう。それを慌てて取り巻きたちは追う。
そんなにもユリエに気に入られたいのか??
もうすぐ卒業ダンスパーティーもある。
このまま面倒なことが起こらなければいいな、と心の中で呟いた。




