135.それ、今言うの?!
おはぎを手に取ったルトバーン商会親子は、口に運ぼうとしているときに私が中身の説明をし、三人、いやウォルターも含めて四人固まっている。
昨日のギャレットと同じく、米に甘いものをつけることに拒否反応を示していた。そんな彼らを見ながら私はおはぎを食べる。んー美味しい。
ウォルターがついに口に運び「美味しい」と発言したのを皮切りに残り三人も食べ、何事もなかったかのようにひとくちサイズのおはぎを食べる。パンも食べてもらい、たくさん作ってきた残りは商会にいた人たちに分けるようお願いした。
「これ、【お手玉】っていうんですけど見ててください」
定番のを披露すれば、後ろにいた幹部の商会員たちからもおぉーっと完成と拍手が鳴り響く。あれ?私、人気の大道芸人にでもなった気分だわ。
あとは積み上げゲームと落とさないゲームも教え、ルトバーン親子と商会員とで白熱する。
「中は小豆というものを使っていて、重くもなく軽くもなく、丁度いいんです。大人も子供も遊べますし、家の中で子供から目を離すときにこのシャカシャカとした音が鳴ってることで家の中にいるかの確認もできます」
子供の頃によく遊んだ遊び方を複数伝え、作り方も教えると商会長からの販売許可が出た。
「いやあ面白いですね。特に材料費が少ないのはこちらとしても助かります。ドロレス様は自分の利益をちゃんと規定以内におさめてくださるので本当にありがたい。中にはもっと利益をよこせとか言って販売価格を釣り上げる奴も……おっと失礼、貴族もいるんですよ。うちは主に平民向けですからこういうのは特に喜ばれるんですよ!」
緑茶で一息ついた商会長はお手玉をいくつも手にとって色んな角度から見ている。
「これは、孤児院の子たちに縫わせたんですか?不器用ながらもちゃんと縫えてますね」
ニコニコと褒めてくれるが、間違いがある。
「……縫ったのは全部私です」
「あ、申し訳ございません……」
部屋の中は、緑茶以外すべて冷えきってしまった。
「まあまあ、そんな口を尖らせないで」
「貴族にも苦手なもんがあるんだな」
フレデリックとウォルターに慰められながら私は作業場に向かった。
それほどまでに私には裁縫の才能がない。学園でもやってるし家でも練習した。他の細かいことは我ながら器用にやってるはずなのに、貴族の一番の嗜みである裁縫が下手くそって、私、何なの!フレデリックに昔あげたハンカチだって何度縫い直したことか!あれが私のピークだったわ。もっと練習しよ。
商会長には怒ってない。私を完全チートにしてくれなかった神様に怒っている。今、自分でもわかるほどムッとした顔になっているんだろう。
そんなことを思いながら誰もいない小さな作業部屋に入ると、机の上には瓶が置いてあり、その中には魔石と何かが入っていた。
「なんでこんな状態なの?何かわかったんでしょ?」
「そうなんだよ。秋頃に、石留から外してたら親父に呼ばれてさ。魔石にハンカチかけて部屋を離れてそのまま2時間くらい忘れてて。思い出して魔石を取りに来たら、ハンカチがめちゃくちゃ冷たくて。これって魔石には物を冷やす効果があるんじゃないかと思ったんだ」
そういえば洞窟に行ったときもめちゃくちゃ寒かった。あれは……そうか、魔石から放つ冷気みたいなものだったんだ。
「それで色んなパターンで実験してる。だけど結局行き詰まったから別の角度から見てみようとこの間葉物野菜を少し入れてみたんだよ。冷暗所のように日持ちするかなーって。そしたらさ、バリバリになって砕けたんだ!凄くない?」
「俺はそれの何がすごいかわからないんだが、ドロレス様はわかる?」
テンションの高いフレデリックと、わけがわからないウォルター。
その二人の間で私は1つの質問をする。
「同じ状態の魔石の瓶、ある?」
「あるよー!それがこれ。そのために今日呼んだんだから。ほうれん草の葉っぱが3枚くらい入ってるよ」
フレデリックが持ってきたその瓶には、魔石が1つと、その横にほうれん草が入っている。少し動かせば、その葉っぱは本来の柔らかさなどなく、見たまんまの形で瓶の中を動いた。
私の頭の中に1つの可能性がよぎる。
嘘だよね?そんな……こと、ある?魔石だよ?高価な魔石に?ご都合主義にもほどがあるよ???
私は動揺しながらもその僅かな期待をし、瓶の中にあるほうれん草の葉を取り出した。
ひんやりとしたそれは、指に冷たさと溶けるような感触を私の脳に伝える。少し握れば、ボロボロと崩れた。手のひらにはまだジンとした冷たさがあった。
「冷凍庫……」
「え?」
私は思いっきりフレデリックの方に振り向き、近づいて両肩にバシッと手を置いた。
「ねぇ。使える魔石は何個ある?あと密閉できて、中の熱や冷たさを逃さない箱を作れる?水が滲みるような素材は駄目。何個か作って。一番小さいのは一辺が30cmくらいね。ドアをつけて開けられるように。足りなかったら私が魔石を買い揃えーーー」
「ドリー!ストップ!」
今度はフレデリックが私の両肩にバシッと手を置く。久々の暴走をしていることに私は気付き、ハッと我に返る。
「これが有名なドロレス様の暴走か」
「ちょっ、何が有名なのよ?!」
ウォルターのボケにツッコめるほど冷静になった。そんなに私のコレ、知れ渡ってるの?やめてよ!
私は深呼吸する。
これ、本当に冷凍庫……作れるんじゃないの??嘘でしょ??魔石ってこんな利用方法あるの??魔石の有効活用方法がとんでもない方向の使い方になるけど平気??
あ、だから魔石を洞窟から運び込むときに何度も台車など色んなものを頻繁に変えていたのは、湿ったり凍ったりで、何かしらの影響があるからだったのかも。
「ドリー落ち着いて。最初からゆっくり話そう?」
気がつけばすぐ近くにフレデリックの顔があり、思わず赤面する。近い、いつも近いのよ!恥ずかしくて落ち着くどころか心臓がバクバクと鳴り始めてる。落ち着いて私!
「……あのね、魔石でもしかしたらとんでもないことができるかもしれない」
「え?!何を思いついたの?教えて!」
「その前に、顔を少し離してくれると嬉しい……」
私が後退りをしていて、その言葉の意味がわかるほど顔が近いことに気づいたフレデリックは気まずそうに距離をとった。
「な、なにが出来るの?」
恥ずかしそうにしているものの、魔石への興味はそれを上回り、早く言ってくれとソワソワしている。
「まず……商会長にも話さないといけない。大掛かりになるから完成するまでは極秘に。これが成功するなら魔石の使い方がとんでもなく意外なところに役立つことになるわ」
フレデリックとウォルターがゴクリと喉を鳴らす。
「家庭でこおーーー」
コンコンコン。
「っあ!いいところで!なんだよ!」
「ウォルト落ち着け。はい、なんですか?」
フレデリックがノックした人の対応をする。ウォルターが早く聞きたいのかウズウズして部屋の中をウロチョロする。
「フレデリックさんに会いたいという方が来ていますけど……」
「誰?」
「ユリエ様と仰ってます」
ユリエ?!なんで?どうしてフレデリックに会いに来たの??!
「仕事中なので断ってもらっていいですか?」
「そうは伝えたのですが、終わるまで待っている、と……。売り場内に豪華なドレスで護衛も数人おりまして、正直困っております」
確かに貴族もこの店には来るけど、ほとんどの客が平民なのだ。そんな中でユリエがいたら周りに迷惑である。おそらくめちゃくちゃ派手なドレスで来ているのだろう。TPOをわきまえてほしい。
「それさ、俺が行ってくるよ」
「ウォルトが?でもあなたが行ったらあなたも彼女に捕まるわよ」
「でもカウンター越しなら大丈夫だろうし、流石にそこは人としてわきまえてるだろ?」
「本当に?本当にそう思う?」
「……おそらく」
もはや誰もユリエのことを信頼していないという事実だけが、私たちの共通認識として存在していた。
「とりあえず行ってくる。帰ってもらうからまかせろ。二人とも来るなよ」
何故か自信満々に出ていくウォルターを眺める。
「ウォルトが帰ってきたらさっきの続き教えて。さすがに俺一人で聞くのはなんとなく悪いからさ」
「そうね。無事に終わればいいけど」
そして私たちは………当然ながら隠れて様子を見ることにした。
「だよね」
「当たり前よ」
売り場の近くまで行き、2階の隙間からその状況を覗く。売り場で何かあったときのためにこういう覗き穴がいくつかついているそうだ。売り場部分が吹き抜けになっているので、2階からでもよく見える。
ちょうどウォルターがユリエに声をかけていた。
「何か用ですか?」
「えっ、ウォルターも遊びに来てたの?それなら私にも言ってよ!さっきの人、仕事だって嘘ついてるんだから」
「フレデリックは仕事中なので帰ってもらえますか?」
冷静な声でユリエにそう言うも、彼女は引かない。それがユリエである。
「じゃあなんでウォルターがここにいるの?遊びに来てる以外ないでしょ?」
「ここ、俺の家だから」
ユリエが目を大きく見開いた。
「え?!だってあなた孤児院でしょ?家なんてないじゃない」
「……俺、あなたに孤児院のこと話しました?」
「……あっ、その……友人から聞いて……」
しどろもどろになりながらユリエは答える。どうやらウォルターは自らは言っていないようだ。ということはやっぱりゲームからの知識かな。
だけどさ、それをわざわざこんな大勢の前で言う必要ないでしょ。空気を読んでくれ。ウォルターのことも考えなさいよ。
「それよりなんであなた、ルトバーン商会が家なの?絶対おかしい!」
「養子になったので。ここの商会長は俺の親です。もう迷惑なのでお引取りください」
「ウォルトが……俺の親父を親って言った……嬉しくて泣きそう。あのひねくれたウォルトが」
私の隣には、大きな瞳をウルウルさせて感動しているフレデリックがいる。うん、私も感動してる。いい子に育ったなーなんて親のように見てしまっている自分がいた。
「なんで?養子になったら駄目!孤児院に戻ってよ」
売り場では私達の感動が一瞬で消えるような言葉が聞こえる。
ユリエ、いくらゲームでの攻略対象者だからといって、現実にそんな酷い言葉を言うなんてありえない。ウォルターが新しい家族を見つけて喜んでいるのに、孤児院に戻れ?言って良いことと悪いことの区別もつかないの?
さすがのウォルターも声が低くなり、怒りを込めているのがわかる。
「あなたに関係あります?俺の決めたことにあなたが口を挟む権利なんてないです」
「関係あるわよ……」
ユリエがボソッと呟いた。
「え?なんですか?」
聞き返すウォルター。
ユリエはわなわなと震えながらウォルターに鋭い視線を向ける。
「ウォルター、じゃあ今からログス山に行こう?この冬の時期にやらなきゃいけないことがあるのよ」
「俺はないので。帰ってください。後ろにいる護衛の方、他の方のご迷惑になりますのでお引取り願えますか?」
護衛たちはおそらくユリエのワガママで連れられてきているようだ。ウォルターに言われたのをきっかけに、彼女へ帰るように促した。
ログス山って確か……、サフィたちがいたところよね?やっぱりイベントがあるんだわ。
「ねぇ!あなたとどうしても行きたいの!ウォルターと行かなきゃ意味がないのよ」
未だに諦めないユリエにウォルターも苛立ちが滲み出ていた。
「何なんですか?これ以上話すことはありません」
「待ってよ、だってそこに行かなきゃ駄目なんだよ!なんにも解決しない!」
「言ってる意味はわかりませんが、解決しないといけない問題はありません」
ウォルターの言葉に悔しそうな顔をする。そっとしといてあげなよ。というか四人の攻略してるんじゃないの?ウォルターも追加なの??
「だって……だってあなたは本当は」
……ちょっと待て。まさか、ここで言うつもり?!馬鹿じゃないの?やめて!こんなところで言っちゃダメよ!ユリエ!
背筋がぞわりとする。
「ウォルターは王子様なんだから!」
補足・この国に、『水以外の何かを凍らせる』という概念はありません




