15.我が家にスイーツ男子、現る
材料はわかっていたものの細かな分量を覚えていない非チートな私は、おおよその分量をメモしつつ、配分を調整しながら3パターンつくった。
「白身と黄身が完全に一緒になるまで卵は思いっきり混ぜて」
そこに砂糖を入れ、混ぜたあとはミルクも入れる。
「バニラはさすがにないよね」
「バニラビーンズでしたらありますよ」
おぉ!諦めていたけどあったんだね。私いつもバニラエッセンスだったから使い方はロレンツ料理長に教えてもらい、少量混ぜる。
そしてこれを漉しながら耐熱カップに入れて、鍋に水を張り、蓋をして弱火で火を通してゆく。そのあとは火を止めてしばらく待ち、出来たものを冷暗所に持っていった。その間に今のレシピの話をまとめる。
「ミルクの配分を調整する必要があるわ。あと、火を通す時間が長すぎると固くなるのよ。ごめんなさいね、分量を忘れてしまって」
「いえ。それよりどこでこんな料理を覚えたんですか?」
げ。昔私が作りました~なんて言えるわけない。忘れてた、私はドロレスだった。
「えっと、本で読んだのよ。作ってみたいと思ったのにどの本か忘れてしまって……」
「そうですか、見たことのない料理も載っているんですね」
……納得してもらえてよかった。これ以上掘り下げないでね!話題を変えよう。
「あと、試してみたい料理がいくつかありますの。それは紙に材料をまとめておくので、時間があるときに読んでほしいわ」
「かしこまりました」
冷やす時間があるために、一旦部屋に戻る。
この世界の料理が不味いわけではない。素材の味を活かした料理なので、味付けはシンプルなのだ。味付けというよりもいかに高い食材を口に入れるかが大事。サラダにオリーブオイル。肉を焼いたものに塩コショウ。そう、それだけなのよ。それをなんともなく普通に食べているこの世界の人はさすがゲームの中だとしか言えない。
貴族は主食がおかずであり、添えられてパンがある。なので【ごはんがすすむ料理】は作れない。反対に平民は米が主流である。もちろん街にはパン屋があるが、男の人の労働には米がいいのだろう。
私の知ってるレシピは、ごはんがすすむ系だから貴族の食事に向くものは少ないなー。
唸りながらレシピを紙に書いていると、かなりの時間が経っており、料理長が完成品を持って部屋にやって来た。
ついに!出来た!
プリン!!!!
冷たいスイーツが食べたかったのよ!
だってよく考えてみて?私アイスが食べたかったのに食べ損ねた上で転生したのよ?しかもこの国、冷凍庫がないからアイスなんて作れないのよ!冷たいスイーツと言えば、果物を冷やしただけ。もちろん美味しいわよ?でもね、王道スイーツだって恋しくなっちゃうじゃない!しかもこの国暑いし。嬉しくて叫びそう。
早速スプーンで一口。
「あぁ、これよ……これが食べたかったの」
「私も失礼いたします。……うま!」
ロレンツ料理長も自分のカップのプリンを一口食べると、初めての食感なのか見開いた目をさまよわせて驚いている。
「っ、失礼しました。とても美味しいです!さきほどの液体に火を通して冷やすだけでこんなにも柔らかい食感の、しかも口に入れるとすぐにつぶれてしまうような感覚……初めてです!」
「でも少し火を入れすぎたかしら。もう少し早めに取り出すといいかも。あと、こっちはもう少しミルク多めで入れればちょうど良いかも」
3パターンとも微妙な誤差はあるものの、ほぼ求めていたものでとても嬉しかった。ゼラチンあればもっとバリエーション増えるけど、この世界には無さそうよね。
「お任せくださいお嬢様!わたくしめがお嬢様のご期待に添えるよう、お茶会までに完璧なるプリンを用意して見せましょう!!」
「おねがいね、ロレンツ料理長」
大きな体からは自信が満ち溢れている。右手で胸をドンと叩き、意気揚々と部屋を出ていった。
その2日後。
ロレンツ料理長は、私の想像を超える完成度のプリンを持ってきた。
いや違う。
プリンアラモードのような状態で持ってきた。
「プリンのサイズを小さくし、シャンパングラスに取り出し、フルーツと生クリームを合わせてみました」
ステム部分を手に取り持ち上げる。縦長のものでなく、横から見ると半円の形をしている底が浅いシャンパングラス。真ん中に、昨日作ったプリンよりも小さくしたものが乗っている。その回りを生クリームと、スプーンで食べられる程に小さくカットした色とりどりのフルーツが添えられている。小さな宝石箱のようだ。
「とても素敵……あなた、私の求めた以上の素晴らしいプリンになったわ!これを是非、私の誕生日会で出します!」
「ありがとうございます。更なる完璧な状態で仕上げて参ります。……私は子供の頃から見た目も味ももっと素晴らしいと思える料理を作りたいと思っていました。親は料理なんて女のするものだ、と。そんな私を騎士にしようと街の防衛団のような所に入れたのですが、やはり料理を作ることが諦めきれず、抜け出してきたのです」
そうか、だからこんなにも鍛え上げた体格なのか。【男だから】って理由でやりたくないものをやらされ、やりたいことが出来ないのは苦しい。
「下町でも修行を積み、こちらに見習いとして入り、ありがたく旦那様に認められ、前の料理長が引退するときに今までの努力が認められ私が料理長となりました。日々食材にこだわったり味付けもいかに美味しく食べられるかの配合を考えて調理したりはしますが、そもそも新しいものを作り出す発想は私にはありませんでした」
そこにあるものをどれだけ良い状態でテーブルに出せるかがこの世界の高みであり、それを使って何かを生み出すということがない。そういう世界なのだ。
「これからも、もし思い付くものがあれば是非おっしゃってください。お嬢様の期待に応えて見せましょう!」
「ぜひ!これからも美味しいものをたくさん作り出してみましょう!」
「なーにをこそこそしているのかなー」
「だっ旦那様!」
「あ、お父様」
ロレンツ料理長が立ち上がり深々と、ええそりゃもう地面に頭が付くくらい深々と頭を下げている。
「お父様、私のワガママで新しい食べ物を作ってもらっていましたの。それが完成しましたのでお部屋に呼びましたわ」
「ほう。数日前になんかやってるなと思ってはいたが、それがそうか。私も食べてみていいかい?」
お父様は、数パターンで飾られているフルーツが乗ったシャンパングラスを一つ取り上げる。真ん中のプリンがふるふると揺れる。お父様もこんな揺れる食べ物を見たことがないのだろう。どんな味がするのか不安な様子でスプーンを手に取り、小さく切ってプリンを口に入れる。
「……!なんてことだ。世の中にはこんなにも甘くて柔らかくてとろける食べ物があったとは」
「これを私の誕生日会で出そうと思っていますの」
「もちろん出しなさい!大量に作りなさい!家にあるグラス全部使って!誕生日会で余ったら私が全部食べるから作りすぎても平気だぞ!そうだ妻にも1つ持っていくぞ」
おっとまさかのスイーツ男子がこんなに身近にいたなんて。お父様、顔がとろけはじめてる。体が浮き上がりそうな勢いでもう一つのグラスを取りお母様のもとへ早足で消えた。
「嵐のような一瞬でしたね」
「えぇ。仲良しで何よりですわ」
私とロレンツ料理長は目を合わせて苦笑いした。




