134.米に甘いものを
アレクサンダーの誕生祭、もう治ったであろう足に念の為【治癒の力】をかけてみる。チョロチョロっとした細い光が一瞬だけ光り、すぐに消えた。
やっぱり怪我とか傷の大きさによって光の大きさが違うんだ。勉強になるなぁ。
誕生祭はいつものように行わ……れなかった。
アレクサンダーの横に私がいる。
その反対側にユリエがいるのだ。
前回、ユリエが力の発動条件として大勢の前、と発言した。もしかしたら誕生祭の可能性もあるということで、国王陛下からの命令でここに立たせているらしい。
だけどここに立つ理由は他の貴族たちは知らない。
つまり、側妃もしくは王妃に選考されているのではないかと変な憶測が独り歩きしてしまうのだ。勝ち誇ったような顔で私の方を横目で見ているが、私は無視する。下にいる貴族も憶測はするものの、そんなわけ無いだろうと冷静な人がほとんどだった。
プレゼントの時間が終わり、壇上からアレクサンダーが降りる。私も次に進もうとしたのだけれど、まさかのユリエが先に降りようとしている。え、始まる前に順番の予習したよね?何度も確認されてたよね??この子いつになったらルールというものを守るようになるの??
当然のようにアレクサンダーの差し出した手を取ろうとする。しかし彼は手を下ろし護衛を呼んで代わりをさせていた。私からはユリエの顔が見えていないが、近くにいる貴族のクスクスという笑いからするに、羞恥で顔が歪んでいるのだろう。
ユリエは護衛の手を借りずに数段しかない階段をドレスで必死に降りていた。
私はその後にアレクサンダーの手を借りて降りる。ユリエに睨まれながらも私は【王子の婚約者で次期王妃】の仮面を被った。
「エスコートしたほうが良かったのではないですか?」
私は小さな声でアレクサンダーに声をかける。
「ルールが守れない時点で私が手を貸すことはない」
あの順番は、王子、王妃婚約者、そして側妃婚約者という順で降りてくることが正式な流れだ。ユリエが私の前に降りるということは、彼女が王妃だということを明確な意味で示してしまう。だから手を取らなかったのは……まぁしょうがない。
貴族への挨拶回りを始める。
が。
アレクサンダーが片手を私の腰に添え、ずっと離れないんだが……。なにこれ、このままずっと挨拶するの?!
順番に挨拶をする中、自分の存在もアピールしようとアレクサンダーのほぼ横に立つユリエ。だけど……ほとんどの貴族が彼女の普段の立ち振る舞いなどを知っているため、挨拶こそするもののそれ以外はずっと私とアレクサンダーで会話をした。
彼女も会話に入りたそうにしているが、内容が政治的なことや農産物などの話題であり、彼女だけが入れない。……そんな状況で笑顔を作り続ける私の心労を何とかしてくれ。
ほんの少数だけど、先程の降りる順番でユリエが先だったことにポジティブな下位貴族がいた。
ユリエの取り巻きの家だ。
「殿下はユリエ殿を王妃にとお考えですか?とても貴重で素晴らしい力をお持ちの麗しい彼女をそばに置いておいておきたいのでは?」
ニコニコ、いや、ニヤニヤしながら話しかけられた。アレクサンダーは表情を変えぬまま静かに言い放つ。
「それはドロレスに対する侮辱か?それとも、王妃にふさわしいとドロレスを選んだ国への冒涜か?」
冷たく突き放すような声でそういえば、その男爵は自分の発言に後悔する。顔を青くして黙ってしまった男爵を置いて別のところへと挨拶に行った。
大丈夫かな、あの男爵。夫人になぐさめられてるけど……。それにしても、アレクサンダーの威圧感すごかった。これからたくさんの大人たちとぶつかり合っていかなきゃいけないんだもの、大変だ。
子供の頃から見ているけどもう、15歳なんだよね。この国ならあと2年ほどで国王になるんだから、彼の苦労を考えると心苦しいわ。
だから早く、あなたの心の支えになる人を見つけてくれ!喜んで婚約解消するから!頼むから!!
挨拶が終わり、ダンスを踊る。ダンスが終わると壇上へと戻った。流石に厳しく指導されたおかげか、ユリエからダンスを誘うこともなく、後半は何事もなく終了した。
うーん。
アレクサンダーの毒事件はここじゃなかったってことか。
ユリエが詳しく話していたけど、私はそこまでの情報量がなかった。もしかしたら、ウォルタールートで詳細が出るってこと?
そういえば、アレクサンダーってなぜ毒を飲む必要があったの??誰かに恨まれていたのかしら。
なんで私、隠しルートやる前に死んだの?せめてそこまでやってから死なせてほしかった!!何にもわからない!!
年が明け、私は厨房でボーーーッとしながら苦手な裁縫をしている。
フレデリックから冬休み前に「魔石に関して実験するから来て」とめっちゃテンション高い状態で言われた。どうやら何か経過観察をやっているらしい。だけど聞いても教えてくれない。なにか面白いことがあったのか、私に見てほしいそうだ。
私は行ってもいいのか?この間好きって言っちゃったんだけど。そんなフレデリックの家に行くとか、アリですか???いいんですか???
いや……彼は邪な気持ちはないだろう。私が勝手に盛り上がって焦っているだけだ。落ち着こう。
「お嬢様〜、砂糖入れていいっスか?」
「ええ、お願い」
ギャレットに声をかけられる。いい香り。懐かしい。ああ懐かしくて涙が出そう。
ライエルの家が新しいものを取り寄せたと秋頃に教えてくれていて、以前買ったそれを今、調理している。彼の家は日本でよく見るような食材が多く、いくつかを大量に買ってきた。
それがギャレットに今料理をお願いしている小豆だ。
あんこが……食べられるなんて予想もしていなかった。
だけどさすがに7年以上も前に料理したあんこの作り方を思い出せず、一昨日は渋切りに失敗、昨日は小豆固すぎ、そして今日に至る。徐々に思い出してきて、ようやく完成しそうだ。
本当は思い出しながら私が料理したかったのだけれど、ギャレットが俺にやらせろと言わんばかりに調理道具を貸してくれないので、私が指示をする形になった。ま、冷静に考えれば雇い主の令嬢にやらせるわけ無いか。
そして私はというと、お手玉の用意をしている。私が小さい頃に遊んだお手玉は中身が小豆だったから、小豆と聞いたときにはあんことお手玉がすぐに思い浮かんだ。なので早速数十個用意し、ルトバーン商会に販売ができないか相談しようと思っていたのだ。
3つ使って両手でクルクル回す定番のもあるけど、私はそれよりも積み上げゲームと落とさないゲームのほうが好き。
塔になるようにどんどん一直線に上へ重ねて、落としたり崩したりした人が負けの積み上げゲーム。
小さな板のようなものにどんどんお手玉を置いて、その板からこぼした人が負けの落とさないゲーム。
え?ゲームの名称?知らない。ずっとそうやって言ってたからその遊びに名前などわからない。
鍋を見に行けば、いい感じに完成していた。
私とギャレットは味見をする。
んーーーー!!!懐かしい!!ここが日本なんじゃないかと錯覚するくらい感動する。ギャレットも初めての味にびっくりしていたけど、どうやら美味しかったようだ。
「これを何に使うんスか?」
「この間取り寄せてもらった米に使うの」
「えっ…………」
何?あからさまに嫌な顔をしたんだけど。私のことを化け物を見るような目で、ギャレットはおそるおそる言葉を発する。
「お嬢様、まさか、米と一緒に……食べるとか言うんじゃ……」
「そんな感じではあるわね」
「俺、お嬢様のこと信頼してますけど、これは無いっス!!こんな甘いの、米と一緒に食べるのはヤバイっすよ!!どうしたんスか?味覚がおかしくなったんスか?!」
顔を青くして私の方を掴みかかるギャレット。あ、そういうことか。
「大丈夫、この米を潰してあんこをつければ美味しいんだから!」
「俺、試食は遠慮します……」
「駄目よ、絶対に食べてもらうから」
もち米やうるち米など米の品種なんて存在しない。あんこもちは諦めたけどおはぎなら出来るはずだ。なるべく粘り気のある白米を取り寄せてもらった。そしてその炊きあがった米を潰す。
「あーあーあー、ご令嬢が米を潰すとか見てらんないっス……」
「じゃあ手伝ってよ」
「試食は勘弁……」
この数分でゲッソリしたギャレットに手伝ってもらい、いい具合になるとそれを一口大にし、冷ましたあとにあんこをつける。
「おぉ、ついにできた」
独り言をつぶやきながら口に放り込めば、懐かしい気持ちになる。おいしい!
「……」
「小さいの作って食べてみなさい」
明らかに嫌な顔はするものの、料理人としての興味をそそられているおはぎ。ずっとギャレットが私を凝視しているのだ。
親指ほどのミニサイズのおはぎを作り、意を決したように叫んだ。
「ええい!どうとでもなれ!……あ、イケるなこれ」
今度は普通サイズを作って、さっきまでの恐怖などなかったかのようにガブリと食べていた。え?態度変わりすぎじゃない????
「疑ってすみませんっした!こりゃさっそく旦那様のも用意しなきゃ!」
「あ、それならこのお茶を入れて!」
ライエルのところには緑茶もあった。この世界に緑茶がなかったの。おはぎと言ったら緑茶でしょ!年寄りくさいとか言わないで!
そして私は決めたの。ライエルの店は絶対潰させないぞ、って。何が何でも守ってみせる。私の前世を懐かしむための唯一の手段なんだから!
ギャレットがお父様に届けに行ったあと、残ったメイドたちであんこバターパンも作って食べた。みんなでどっちが美味しいか挙手をしてもらうと、パンのほうが多かった。やっぱりご飯は貴族界隈では浸透してないもんなー。
次の日、お手玉とおはぎ、あんこバターパンをたくさん作ってルトバーン商会へと足を運んだ。




