126.思い出されるゲームの世界
クリストファー誕生祭。
王族よりは下に設置された特別席にユリエが座っている。一応は立場を明確にしているわけね。
レベッカがクリストファーの斜め後ろに立ち、挨拶が始まる。
しかしまたしても別のところに注目が集まった。
椅子の肘掛けに片肘をついてつまらなそうな顔をするユリエだ。
確かにこの挨拶時間は長い。それは私も理解できる。
だけどさ、さすがにアレはないでしょ?王族の式典に出席する人の態度ではないし、ヒロインとしてもどうかと思う。この場を見れば、その態度をとってはいけないことくらいわかるはず。
なんで神様はこの人を召喚したの?このゲームのプレーヤーでもっと良い人たくさんいるよね??私とユリエしかいなかったわけ?なんであの子なの??
クリストファーの後ろに座る国王や王妃たちも、睨みつけるような目で彼女を見ている。こりゃもうダメだ、完全に王族からの印象が悪くなっている。なんとか私も力になれればいいんだけど、すでに嫌われてるっぽいもんな……。
クリストファーへの挨拶の時間が終われば、今年レベッカと婚約を結んだため、挨拶回りをすることになっている。レベッカは無表情のままエスコートされ階段を降りた。アレクサンダーほど長く挨拶はしないので、すぐに終わり、ダンスを踊ろうとホールへ向かう。
そこにはユリエが待ち構えていた。
「クリストファー様、ダンスを踊ってください」
会場がザワザワとしだす。またも守られないマナーに、周りはもう呆れて何も言えない。
「悪いけど、マナーを覚えていないあなたと踊るつもりはありません」
ピシャリと断言するクリストファー。カッコいい。
ユリエは驚くも、冷静に笑顔で話す。
「私はあなたと仲良くなりたいんです。【治癒の力】をあなたのために使いたいので、一緒に踊りましょうよ」
「……僕のためではなく、国のために使ってください。レベッカ様、行きましょう?」
「えっ、でもユリエ様のことは……」
クリストファーは笑顔でユリエに言葉を返し、レベッカをエスコートしてダンスを始める。レベッカは戸惑いながらもダンスを踊る。
みんなの前で恥をかかされた……いや、自ら恥をかく行為をしたユリエは怒ったのか、無言で会場を出ていった。
なんなの?本当に何なの??
私が知ってるラノベや漫画の前世の記憶を持ったヒロインは、もう少し上手く立ち回るのに……この子ヒロインをやる気がまったくないように見える。
これからあの子、学園に入るのよね?本気?本気で入れるつもり?ゲームと一緒なら同じクラスなのよ?
やっていく自信がない!!
またしても悪い意味での爪痕を残したユリエだったが、その後彼女は戻ってこなかったので穏やかな誕生祭が終わった。
まだ彼女が召喚されてから2ヶ月も経ってないのに、なんだろうこの疲労感は……。
テストの数日前、サロンでいつもの女子とお茶を飲む。
「どうですか?オリバー様は」
エミーは楽しそうにニコルへと問いかける。
「そうですね……、緊張しているようで、あまりまともには話せていません。オリバー様から話しかけてくれるのですが、会話が続きませんわ」
「下手そうですよね」
「頭がかたいですからね」
夏休みが開けてから、ニコルは何度かオリバーとランチをするようになった。みんなも使うレストランなので私たちも遠巻きに見ているのだけれど、会話という会話はほとんどしていないようだった。
おそらく今までずっと断られていたからこそ、先月のダンスを受けてくれたときから彼の中で調子が狂っているのだろう。
「ニコル様がもっと積極的になってもいいんじゃないですか?多分そのほうがオリバー様も喜びますよ」
「そうですね、あれは多分嬉しいからこその無言ですわ。ニコル様はオリバー様だけに笑顔を向ければいいのです」
「が、頑張りますわ……」
照れながらも決意を込めたニコルの言葉に、私たちは温かな気持ちになる。
「レベッカ様はどうなんですか?」
問題はこっちだ。未だにクリストファーはブルーノと会おうともしないし、自分の溜まった嫉妬をレベッカへぶつけることもないそうだ。
「わかりませんわ。あの方、自分のことは後回しにしておりますから。私はもうこの結婚に覚悟しておりますので。もしかしたらユリエ様に気持ちが行ってしまうのかとは少し不安ではありますが……」
「「「それはないと思います」」」
エミーもニコルも、私と同じ考えだった。あの状況でクリストファーがユリエに気持ちが向くなどと誰も思わないだろう。
「にしてもユリエ様、本当にあの様子で学園に来られるのですか?あんなにもたくさんの人の前でマナーを無視した態度を取られて、クラスに馴染めるのか心配です」
ユリエより1つ年下なのに心配するエミーの優しさに感動しながらも私も不安な気持ちをこぼす。
「とりあえず王子の愛称呼びはしなくなったみたいですけど、ユリエ様の世界でのマナーとここのマナーは全然違うって聞きましたから。相当苦労はしてると思いますわよ」
私の場合、転生前のドロレスは勉強をやらなかったわりにそういう所作だけは何故か身についていたので苦労しなかった。ドロレス、あなたに感謝してるわ。
「助けてあげられるところは助けましょう」
「それを彼女が勘違いして反感くらわなければいいですけどね……」
「そうなりそうで頭が痛い……」
私は家に帰って、秘密のノートを取り出す。
…………。
私、アレクサンダールート以外全部潰してる……。
オリバーはニコルにベタ惚れだし、クリストファーもあれはいずれレベッカへの好意と自覚するだろう。
ジェイコブだけは恋愛云々が見えてこないけど、今、まともにゲーム通り進んでるのってアレクサンダールートなのよね。
ってことは処刑?
いやいやいやそれは困る。
彼が自然とユリエを好きになって、私がそれに気づいて円満に婚約解消すればいいよね?ただ、現時点でアレクサンダーもユリエのことはあまり好印象ではなさそうだ。
他の人のルートに行ってしまえば私は確実に王妃。
それなら、アレクサンダールートに入ってもらったほうが私の今後の人生にいい影響を与えるのでは?
よし……それならそうしよう。ただし悪役令嬢っぽくしてしまえば誤解が生まれてしまう。ここは真面目な公爵令嬢になろう。そしてアレクサンダーはユリエと打ち解けて真実の愛を見つけて仲良くなるはず。
ヒロインお願い!どうかアレクサンダールートに入って!私あなたのこと虐めないから!!
こうして日々は過ぎ、テストも終わり……とうとうこの日がやってきた。
ユリエが入学するのだ。
このシーンはゲームでも出てくる。馬車に乗ったヒロインが、4人の攻略対象に囲まれて門から校舎まで入る。転びそうになったヒロインをアレクサンダーがスッと腕を伸ばし、軽く抱きかかえるように支えるのだ。
これはどのルートでも同じく起こるんだけど、実際、生で見るのはちょっとだけ楽しみなのよ。
いや、めっちゃ興奮している。
学園の生徒たちも、今日ユリエが来ることを知っているため、門から校舎まで一直線でつながる道の両側に集まっていた。
「通学できるようにはなったの?だいぶ酷かったんでしょ?」
隣でフレデリックが聞いてくる。彼はパーティーに出ていないため、ダンスや諸々のの件を実際には目にしていない。
「んー、最低限のことは大丈夫になったって聞いたけど……。不安しかないわね」
「大丈夫だろ。どっちにしろ俺ら平民には関係ないし」
フレデリックの横にいるウォルターは興味なさそうだ。しかし、君はほぼ100%王子なんだよ。もしかしたらいずれ関係してくるかもしれんのだよ。
私は4人のルートが全て終わった段階で事故に遭ったので、その先の隠しルートは一切わからないのだ。だからどういう状況でウォルターの存在が知らされ、その後どうなったかも知らない。
「あ、来ましたわ」
横にいるレベッカが声を上げた。
王族のきらびやかな馬車が停まり、アレクサンダーが降りてくる。
相変わらずの甲高い声が聞こえる。そしてその彼が手を貸し、この学園の制服を着たユリエが降りてきた。クリストファー、ジェイコブ、オリバーも続けて出てくる。
すっごい……ゲームだ。
ってゆーかみんなイケメンだな。美しすぎるわ。美しさが飛び抜けてる。これぞ乙女ゲーム!!
そんなことを考えながら彼らが歩くのを見ていると、ユリエがタイミングを見計らったように転びそうになる。
「きゃっ!」
「……大丈夫か?何もない所だ、気をつけろ」
アレクサンダーが彼女の腕を引き上げる。
あれ?そんな冷たかったっけ?
抱き寄せるどころか、腕を掴んだだけだった。奴隷が強制労働させられ、疲れ果てて膝から倒れたときに「倒れてるんじゃねぇ!働け!」って怒られながら腕を引っ張り上げられているような掴み方だ。
そしてユリエも「えっ?」というような顔をしている。だってここ、どのルートでも必ずあるもんね。
それよりも。
「ふふふ、見ました?自ら、膝から崩れましたわよ」
「あんなあからさまな転び方、私ならもうちょっと工夫するわ」
令嬢たちの冷ややかな声が聞こえる。私の両隣にいる友人たちもわざと転んだことに気づいている。
……何度も私の頭の中で繰り返すこの言葉。
『先が思いやられる』
ため息をつきながら視線を戻すと、ユリエはこちらを目を見開いてジッと見ていた。私の左側……フレデリックとウォルターの方?
あ、そっか。ウォルターを見ているのか。ってことはあの子、隠しキャラを知ってるってことよね?!やっぱりウォルターなんだ!
わー……聞きたい。どういうふうに進むのか、私全くわからないんだもん。だけどこの状況で私、ユリエと仲良くなれる自信が……ない。
「俺めっちゃ見られてるんだけど、何?こえーよ……寒気がする」
ウォルターが凍えるようなポーズで呟く。
「あなたがとてもカッコいいからよ」
「俺が?あの四人が横にいて俺に目が行くわけねーだろ。俺のこと平民だってどこかで聞いて見下すために目をつけたんだきっと」
「どんだけ被害妄想してるのよ……」
何でこの人こんなに卑屈なのよ!あなたそれでも多分王族の血を引いてるのよ。そしてそろそろ自分のイケメンさに気付け。
「……俺は?」
「え?」
アレクサンダーたちの方を向いたまま、フレデリックが小さな声で私に尋ねる。
「俺も……ドリーから見てかっこいいの?」
「そ、そりゃフレッドも女の子からとても人気なんだからかっこいいよ……」
「違う、ドリーはどう思ってる?」
さっきウォルターには平気で言えた言葉が、フレデリックに対しては恥ずかしくてなかなか口にできない。
フレデリックは確かに顔もかっこいいけど、中身もとても素敵なのだ。そんなあなたが好きなのよ……。
ドキドキと鳴る胸を落ち着かせ、小さな声でフレデリックにだけ聞こえる声で返事をする。
「……かっこいいわ。見た目も中身も」
わー!言ってしまった!!みんながユリエたちの方を見て騒いでいる中、私はひとり恥ずかしくて下を向く。
「ありがと!」
フレデリックは私の顔を覗き込むように近づけると、ニカッと笑った。あぁ眩しい……。その笑顔で胸がキュンとしてしまう。私、これでしばらく生きていける。
四人が校舎の中へ入ると私達も教室へ向かった。
当然ながらというか、予想通りユリエは私たちと同じクラスに入る。
先生に紹介され、彼女は挨拶をした。
「はじめまして。私が女神のユリエです。よろしく」
出た、『私が女神』!
学園中の生徒が歓迎パーティーやクリストファー誕生祭での例のアレを知っている。先生も知っている。だからなんとなくクラスに漂う冷ややかな雰囲気を感じているが、とりあえず皆拍手はする。
そして空いている席へ向かうと、カバンをドカッと机に乗せた。日本なら何も気にしないその音が、貴族の人たちからするととても不快な音になる。
「こんにちは。ねぇ、名前を聞いてもいい?」
ユリエの声が聞こえると、私の視界に見えるジェイコブが頭を押さえていた。初っ端から敬語がなくなるユリエに呆れたのだろう。
「……ウォルター」
隣の席であるウォルターが怪訝な目でユリエを見ながら答えている。
「わぁ、ウォルターね!仲良くしよう!」
嫌な顔をするウォルターのことなど気にせず、ニコニコと彼に向けるユリエを見て、やっぱり隠しキャラがウォルターなんだと改めて私は確信した。
そしてまたこう思う。
……先が思いやられる。
明日はサイドストーリーを7時に1話、17時は通常通り本編を1話更新します。




