124.情報共有
8月末になり、公爵邸でお茶会を開いている。本来は誕生日会なんだけど、今この国がそれどころじゃないので、私が誕生日会を開けば、婚約者のアレクサンダーを呼ばなくてはいけなくなる。なので『お茶会』という名目にしたのだ。それなら呼ばなくても問題ない。
誕生日会にいつも来るメンバーでお茶会に呼ばなかったメンバーからは、残念だけどまた来年は呼んでね!的な返事が来た。みんないい子!
「しかし、僕は一体どうすればいいのでしょうか」
アレクサンダー、クリストファー、オリバーの三人は誘っていない。招待したジェイコブはなんとか抜け出してきたらしく、ロールケーキをひたすら食べ続けながらため息をついた。
「そんなにも大変なのですか?ユリエ様は」
「大変というか……。本人が学園に入りたいと言うので、最低限のマナーとある程度この国のことは勉強してもらっているのです。本当に最低限ですよ?ですが、アレク様やクリス様のことをまた愛称で呼んだり、態度がアレだったり、敬語が使えなかったり、態度がアレだったり。いつまでたっても勉強の方に進みません」
「………」
誰も何も言えない。要するに態度がアレなのか。みんなも黙り込む。
「ダンスやマナーの授業を入れても、僕たちがいないときはサボるし、どうしていいのかもうわかりません」
「その【女神】って人は、神様とかではないんですか?」
この中で唯一まだ顔を合わせていないフレデリックが疑問を投げかける。
「はい、普通の人間です。僕たちと同じようにどこかにある世界から来ただけのようですね」
しかし、こんなにもヒロインになりきれていない彼女をどうしたらいいのだろうか。あの態度で学園に入れるのだろうか。相当バッシングを食らうんじゃないのかな……。
「頑張ってくださいね!ジェイコブ様」
他人事のようにニコルが胸のあたりでガッツポーズを作る。ジェイコブは頭を抱える。
「ちゃんと教育ができないと、アレク様の評判にも関わってしまうんですよー!なんとかしてくださいよドロレス様!アレク様の婚約者なんですから!」
「わ、私に言われても無理ですよ!」
すがるように私を見てくる彼は疲れきっていた。
「今日はダンスの練習してるんですよね?」
「……はい。お相手を必ずアレク様かクリス様、オリバー様と僕の誰かがやらなくちゃいけなくて。ユリエ様の希望なんです」
「げっ……」
やばい、やばいよ。私、語彙力ない。やばいとしか言えない。とんでもない子が召喚されてきている。
「クリストファー様は、……ユリエ様のことを好まれていらっしゃいますか?」
レベッカがおそるおそる確認する。
「いえ、絶対にないですね。ユリエ様といるときのあの笑顔は、目の前の嫌なことを頭から消し去るときの笑顔でした」
「そ、そうですか……」
少しだけホッとするレベッカ。
ーーーコンコン。
「お嬢様。お話中失礼いたします。大至急確認してほしいとのことです」
リリーが持ってきた質素な手紙を受け取る。質素すぎて、中身を読めばそのギャップに悪寒が走った。
「ユリエ……様が、ここに来る?!」
「えっ?!」
「なんですって?」
みんなが驚く中、私はもう一度内容を確認する。
「アレクサンダー殿下がここに足を運ぼうとしたら付いてくるって言い出したそうですわ。プレゼントを渡して帰るだけらしいですが……皆様、私達はいつも通りでいましょうね」
うっわ。超面倒なことを持ってこられた……。アレクサンダーも来ようとするな。だからこうなるんじゃん。せっかく平穏なお茶会を……。
私たちは短い時間で考え、部屋に呼ばないことを決めた。玄関で迎え、玄関でサヨナラ。これでオッケーだろう。フレデリックは色々と面倒そうだから、と言って隠れて見ることにしていた。
馬車が到着するとアレクサンダーが降りてくる。そしてユリエに手を貸し、その後にクリストファーとオリバーも降りてきた。
「ドロレス、誕生日おめでとう。プレゼントを後ろの馬車から運ばせているので少し話をしよう」
「ありがとうございます。……このままでもよろしいですか」
「あぁ。すぐに帰るから」
私が目線をユリエに向ければ、彼は察してくれた。私の視界の中で、彼女は公爵邸を真顔でジッと見ていた。クリストファーはレベッカのところへ行き、話をしている。
「ここがこの人の家かぁー。やっぱこの世界ってすごい。楽しみ……」
他愛のない会話をしつつも、ユリエは独り言をぶつぶつと呟いている。彼女は誰かのルートへと入っていくのだろうか。
プレゼントが運び終わり、後ろの馬車が帰る準備を始めた。
「学園で……会おう。早くまた二人でランチもしたいし茶会もしたい。君と一緒に過ごす日々が待ち遠しい」
アレクサンダーが私の長い髪に触れた。軽く一束を持ち上げ、自分の方に引き寄せるとその先端に口づけを落とす。
わぁ。漫画でよくあるやつ。
「アレク様!ドロレスは駄目だって言ったじゃん!悪者なんだから!」
再びアレクサンダーを愛称呼びするユリエ。彼があからさまに嫌な顔をする。
私は確信する。この子とは絶対に仲良くなれない。話をする前に完全にそう決めつけられている。
かなり怒りを込めたような低い声でアレクサンダーが彼女に言った。
「ドロレスは悪者ではない。私の婚約者を呼び捨てするな。それに愛称で呼ぶなと言ってるだろ」
「でも許可をもらえるじゃん!」
「そんなもの許可などしない!」
彼の大きな声に、この場にいる全員が息を呑んだ。さすがのユリエも言葉を止める。
「金輪際、私のことを愛称で呼ぶな。次また言うようなことがあれば、二度と君の勉強にも付き合わないし、学園の許可もしない」
明らかに苛立ちを見せるアレクサンダーを小声で宥める。
「アレク様。彼女はわけもわからずこちらの都合でこの国に召喚されたのですよ。言い方が厳しすぎます」
「ドロレス以外の女性にそう呼ばれるのが不快なんだが。そうか、言い過ぎたな……」
彼はユリエに向かい直す。
「キツイ言い方をしてすまなかった。だがさっき言ったことは訂正しないので頭の中に入れておいてくれ」
「……なんでそんなにヒロインに厳しいのよ……」
ポツリと呟く彼女はあからさまに不機嫌になった。オリバーに促され馬車に乗る。
その後王子二人も馬車に乗って帰って行った。
たった数分の出来事で場の空気を凍らせるユリエに、ジェイコブが頭を抱える理由がわかった気がする。
「凄いですね。ダンスも相当印象的でしたが、近くで見るとより凄い……なんと表現していいのか」
エミーが苦笑いして言葉を探すも、出てこない。凄いしか出てこない。
「あんな感じで、ドロレス様のことを悪く言うからアレク様もクリス様も結構お怒りなんです……」
あの子、どこまで話してるんだろう。確かにゲームのドロレスは暴言暴力があったけど、少なくとも私はそんなことを疑われるほどの生活はしてきていないんだが。
「結構強めのキャラですね。しかもドリーを悪者とか言ってる時点で俺、確実に仲良くはできないな……」
隠れていたフレデリックもやってくる。彼も一部始終を見ていたらしく、若干引いていた。
その後は気を取り直してお茶会を再開し、みんなと別れたあと、お兄様とゲームの話をする約束をしていたのでジェイコブが残った。
「フレッドも……残ってもらうのですか?」
「ええ。変に中途半端な知識だけ持って、万が一問い詰められて辻褄の合わないことを言われたら困りますからね」
ジェイコブの言うことは正論だ。
だけど、私に前世があって、長く生きているようなことを話したら彼は変だと思うのではないだろうか?私と距離を置いたりするのではないだろうか……。
そんなことを考えていれば、フレデリックが横に来て微笑みながら私の顔を見る。
「心配しないでよ。俺だってドリーの味方なんだから。何を言われても絶対に信じるよ」
あぁ、クリストファーもきっと同じ気持ちだったんだろうな。レベッカという存在がどれだけ力強いのか、心の支えになるのか。その味方がいることで、重い気持ちが救われるんだ。
「そうですよ、ここにはドロレス様の味方しかいないんですから安心してくださいね」
「ありがとうございます、ジェイコブ様」
お兄様が待つ部屋に向かい、人払いをする。
「テレンスに関しては、ドロレス様の全てにおいて何もなかったことにしています。僕から質問されても知らないという前提で、誰に問い詰められても口車に乗せられても、『何も知らなかった』ということです。記憶を消した、と思ってください」
これで万が一のことがあってもテレンスの身の安全が保証されるということで、ホッと一安心する。
「それでは、私の記憶についてお話いたします」
私は紙を広げる。そこには、アレクサンダーを始めとした四人の攻略対象の名前が書かれており、矢印の先にハッピーエンドとバッドエンドとある。私が昨日必死に書き上げたルートの説明だ。
だって、乙女ゲームって言ったところで誰が理解してくれるの?してくれないでしょ。
「私の記憶に、【乙女ゲーム】というものが存在します」
簡単に乙女ゲームの説明をし、まだ100%理解していない彼らを置いて私は話を進める。説明をするたびに驚かれる。
「ヒロインと結ばれるのがこの四人の誰かなのです。この国が、その舞台なんですよ」
「ええっ?!僕もいるじゃないですか!」
青ざめるジェイコブを横目に見ながら、フレデリックとお兄様が一安心しているのが目に入る。
「俺いなくてよかった……」
「僕もあのユリエという少女と挨拶したが、全く見向きもしなかったからな。攻略対象とやらではないのだろう。だけどドロレス、さっきの言い方だと、ヒロインとやらがこの四人を操っているような感じだよ?実際そうなるのか?」
んー、漫画やラノベでは【魅了の力】とかそんなのがあるけど、今日の様子を見る感じ、そんなものは全くなさそうだ。
「【ゲーム】としてはそうなのかもしれないですが、実際の人間ですからね。おそらくそうはならないです。ただ、私の記憶と彼女の記憶はほぼほぼ一致していると思うの。そして彼女は、その【ゲーム】に沿って動こうとするはず。ちなみに私、悪役なんです」
横のフレデリックが紅茶を吹き出しそうになり、むせている。ジェイコブもお兄様も、呆気に取られた顔で私を見た。
「さっきも悪者とか言われてたよね?」
「悪役とは一体何なんですか?そのゲームの中で悪いことをするってことですか?」
頭をかしげる三人。この先の話はもっと重いし、もっと混乱させるだろう。
大きく深呼吸をする。
「結婚まで、決められたストーリーがあるんです。アレクサンダールートに入れば、私はヒロインを虐め、アレクサンダー殿下がヒロインを好きになることで私は嫉妬し暴力暴言、さらに国庫のお金に手を出すのです」




