121.言い訳
翌日、ゆっくり起きた私たちは朝食を済ませ解散する。
「とても楽しかったですわ!今度は家でもやりましょう」
「我が家もいつでも用意しますわよ」
みんな満足して馬車に乗り込んでいった。私は怒涛の質問攻めで最後の方の記憶がない。後半は真っ赤になりながら話していたそうだ。
次の日、孤児院に移る子どもたちの準備をしていた。お父様たちと共に行き、すでにいる子どもたちに説明をするのだ。今の孤児院の最年長が9歳なので、歳上のウォルターも呼んで手伝ってもらうことにしたのだけれど、フレデリックもついてきていた。
私は先日のリンのあの目線にとてもモヤモヤしている。あれは……間違いないと思う。フレデリックに気があるんじゃないのかな。
だからといって私は彼女でもなんでもないからフレデリックには何も言えない。同じ平民だから仲良くしているんだ、って私自身に言い聞かせているため、つい彼の視線をそらしてしまった。
「みんな自分の服と、担当の食料は分けた?確認するよー」
お父様たちが馬車の準備をする中、私は子どもたちを見ている。
「あるよー!」
「こっちも!」
「こっちも見て!」
「ぼくのほうも来てー」
しまった、子どもたちに火をつけてしまった。こっち来て来て合戦で全然準備が進まない……。
「ドロレス様、俺もやるから」
「手伝うよ」
ウォルターとフレデリックに助けてもらいなんとか終わらせる。
廃墟で地図の布を渡してくれた女の子が私の元を離れない。
「どうしたの?」
「おねえちゃん、もうあえないの?」
かわいすぎる!!上目遣いで悲しそうに目をウルウルさせながら私を見る女の子に、私は声をかける。
「また会えるよ。遊びに行くから」
「じゃあぎゅってして?」
あぁもう!!何なの可愛さの破壊力!!この子確実にアイドルになれるわ!!私、推すから!!
私はしゃがんで女の子を抱きしめる。キャッキャと喜ぶ女の子の後ろに列ができていた。
「僕も!」
「わたしもして!」
順番にハグをし、ほっこりとする空気の中、一番後ろにさりげなくクレイが並んでいる。うん、そうだよね。だってみんな同じだもん。親に甘えることもできずにずっと子どもたちだけでいたんだもんね?
……だけど少し悩むよね?1つしか歳変わらないのよ。私間違ってないよね?
そうは思いながらも、順番はどんどん近づいてくる。彼だってこの子達と境遇は変わらないし……。よし、ここは潔くハグするか!
クレイの順番になると、私は立ち上がって両手を開いて待つ。彼はその綺麗な顔で少し照れながらも前に進み、私の腰の後ろに腕を回してきた。私は軽く背中に手を回す。
「ストーーーーーーップ!」
クレイと私の間にフレデリックの腕が入る。両腕で引き剥がすように動かしていた。
「ドリー、もう終わり!はい終わり!準備終わったから行くよ」
笑顔のフレデリックだけど、私の目は見ない。そのままウォルターのところに戻って外に出る用意をし始めた。
怒った?まさかね……。でもあの状況でクレイだけハグしないのは可哀想だった。
私とフレデリック、ウォルターと子供二人が同じ馬車に乗り、孤児院へ出発する。馬車の中はそりゃもう大騒ぎ。
前回はそんな状況じゃなかったから静かだったけど、もう元気を取り戻した子どもたちは馬だ!川だ!家だ!とはしゃぎまくって、孤児院につく頃にはテンションがピークの状態になっていた。
「おいっ、危ないぞ!」
我先にと馬車から飛び出す子供を追いかけてウォルターも降りる。私も立ち上がろうとした瞬間、それを阻まれる。
フレデリックが私のことを後ろから抱きしめていた。覆われるように密着し、耳元には彼の顔がある。突然の出来事に鼓動が早くなってしまった。ドキドキと、すぐ後ろにいるフレデリックに聞こえてしまいそうなほど大きく鳴っている。
「フ、フレッド……何を」
「あと3秒だけ」
私は生まれて初めて、この3秒がとてつもなく長く感じた。
いつ………いつ終わるの?たった3秒なのに、どんどんと鼓動が高鳴る。彼の香りが私の鼻をくすぐる。
パッとフレデリックが離れる。私は火照る頬を両手で抑えながら彼の方を振り向いた。彼ははにかんだように笑う。
「ビ、ビックリしたじゃないの……」
「クレイのこと抱きしめてたじゃん。だから……俺も1回は許されるかな、って言い訳してもいい、かな?」
嫉妬。
フレデリックからそんな言葉を聞けるなんて……。それを素直に嬉しいと言葉に出せない苦しさが胸を締めつける。
こんなこと、駄目なのに。
だけど私の気持ちがどんどん溢れていくばかりで、現在の私の立場を打破する方法すら見つからない。
このまま私は……アレクサンダーと結婚する。
私の前にはもう線路が一本しか敷かれていない。駅はあっても線路はひたすら一本で終着地点へ向かっている。
どこにも、分かれ道はない。
その線路を……壊してしまえば、たくさんの人に迷惑がかかる。
私は分かれ道を作れるのか。
誰か、分かれ道を作ってくれないのか。
「言い訳にならないか。忘れて」
フレデリックは私の顔を見ずそう言うと、先に馬車を降りて私に手を貸す。視線は合わなかったものの、耳が赤いのはわかった。
私の心に逃げる隙間も与えないほど気持ちをぶつけられて、忘れられるわけないじゃない。
気持ちを切り替えなくちゃ。
今日は子どもたちのことをするのよ。自分のことは後回し!よし!
深く深呼吸して、孤児院の手伝いを始めた。
「みんな!今日から新しい仲間が増えるから挨拶するよー」
孤児院に住んでいる子達と、新しく入る子達が挨拶をし、院内を案内する。孤児院の子たちは基本自分たちですべて行うので、何がどこにあるかも全部わかっている。
あれはこう、これはここ、とみんなで説明し合えば自然と子どもたちは仲良くなる。全部案内が終わると、ウズウズしていた子どもたちが一気に原っぱへとかけていった。
「あれが本来の平民の子供の姿なんだよな」
横でお父様が呟いた。廃墟にいたときとは別人のように駆け回る子どもたちに私達家族も笑顔になる。
あとは少しずつ勉強してもらって、ここから出られるように助けてあげなきゃ。
「俺、たまにここに来て勉強教えるよ」
「いいの?ウォルト」
子どもたちの方を見ながら彼が口を開く。
「ドロレス様のおかげで勉強の必要性がわかったし。やっといたほうが絶対にあの子達のためになるからな」
「ふふっ。あなたの口から出た言葉とは思えないわね」
「もう否定はしねーよ」
目を伏せて微笑むウォルター。この人、王子なんだよね……。それをわかった上で彼の顔を見ると、本当に綺麗な顔をしてるんだなって思う。
帰りの準備をしていると、向こうからクレイが走ってやってくる。それに気づいたフレデリックが素早く私の横に来た。
「あの……もう帰っちゃうんですか?」
「ええ。どうしたの?」
彼は息を整え、私の目を見る。
「僕、ドロレス様のこと、とても好きになりました。大好きです。この感情は『好き』だっていうのをサフィたちに教わっていました。どうすればドロレス様の近くにいられますか?」
「えっ!?」
私より早くフレデリックが反応する。私も驚いて言葉が出ない。
そ、そりゃ公爵邸で何度も子どもたちの部屋に足を運んでいたけどさ、あの短期間で?!歳の近い女性に会う機会がなかったからじゃなくて??というか、どういう意味の『好き』なの?!人として?女として?
頼むから前者だと言って!
テンパって、何と言い返そうか迷ううちにお父様が返事をする。
「いやぁ、うちのドロレスはモテるな!そりゃだってこんなにも可愛いし聡明だし素敵なレディーだからな。だがクレイ、残念だ。うちのドロレスは次の国王の婚約者なんだよ」
「!!」
ガーーーーン!という表情で固まるクレイ。そして膝から崩れる。
「結婚……好きだけじゃ結婚できないのか……」
……どうやら後者らしい。両手を地面につけて凹む彼に私は声をかける。
「ありがとう。あなたの気持ちは受け取ったわ。でもさっき聞いたとおり、……私はもう婚約者がいるのよ。それでも良ければ友達にはなれるわ。私と友達になる代わりにここで勉強を頑張ってね。また定期的にここに来るから」
「がんばります!勉強!」
私は自分に言い聞かせるようにクレイへと話しかけた。顔を上げて返事する彼は、無表情ながらも希望に満ち溢れたような顔をしていた。
自立できるように後押ししなくては。そしていずれ、素敵な女性と出会えるといいわね。
帰りの馬車で、私が孤児院に来るときは俺も絶対に誘うようにとフレデリックにずっと念押しされた。
数日が経ち、ついにヒロイン歓迎パーティーの日。レベッカ様と私は王子の婚約者ということで、なんと先にヒロインに会うことになったのだ。
どうしよう、緊張する……。どんな子が来るんだろう。どのルートに入るんだろう。このゲームに逆ハーレムルートは存在しないから、その可能性はないと思うけど。
王宮に着くと部屋に案内され、そこにはレベッカ様もいた。
「どんな方なのでしょうね。人が召喚されるなど、不思議でしょうがないですわ」
「そうね。でも私達は王子の婚約者ですから、それにふさわしい態度でいればいいと思うわ」
緊張しながら待つと、王宮のメイドたちが呼びに来る。
「お待たせいたしました。部屋にご案内いたします。アレクサンダー殿下とクリストファー殿下より伝言です。お部屋に迎えに行く予定だったが、【治癒の力を持つ女神】たっての希望により部屋で待つことになった、だそうです」
あれ?嫌な予感するんですが。
気のせいですか?




