120.お泊り会
「お姉ちゃんあそぼうよ!」
「ぼくたち明後日にはバイバイするんでしょ?」
「もっとあそびたいー」
ディグス家の領地にいた廃墟の子供たちが、私の服にまとわりついてくる。
か、かわいい……みんなかわいすぎる。上目遣いで見てくるのやめて?今の私なら何でもあなた達に買い与えちゃうわよ?城でも島でも買うわよ?
「ドロレス様。いつの間にそんなに産んだのですか?」
「んなわけないでしょ!私は一体何歳で一人目を生んだっての」
ニコルが笑顔でボケるので、盛大にツッコんでしまった。
「申し訳ございません。散歩をしていたのですがどうしてもお嬢様と会いたいと……」
「いいのよ、子供は好きだし」
「こんにちは」
廃墟で最初に会った男の子は私の1つ下で、クレイと名乗ったその子が、謝るメイドの後ろからついてきている。彼の次が9歳の子なので一人だけ歳が離れており、廃墟では彼がサフィたちと親代わりで面倒を見ていたそうだ。
明後日にここを出て孤児院に行くので、どうしても会いたいとワーワー騒いでいたらしい。
「みんなで遊びましょうよ」
「そうですわ。子どもたちと遊ぶことなんてなかなかないですから」
「将来のために頑張ります」
うぅ……みんないい子。子どもたちもレベッカたちも、私の周りにいる人みんないい人過ぎない?なんでこんなに恵まれてるのにドロレスは悪役令嬢なの?どうやったら悪役に育つの???
「いいんですか?」
おそるおそるクレイが尋ねる。食事が取れるようになってからはちゃんとした体つきになり、実に男らしくなっていた。
「みんなもいいって言ってるから大丈夫。さ、遊びましょう」
「「「わー!」」」
みんなでトランプをしたり折り紙をしたりと、ありとあらゆる遊びをした。そしてしばらくすれば4人ともクタクタになっていた……。子どもたちの力恐るべし。
小さな子どもたちは眠くなって部屋に帰ったり、ソファーや私の膝で寝ている子もいる。
「楽しかったですが、想像以上に疲れました」
ニコルがため息のように呟いた。そりゃそうよ、私達より子供の人数が多かったんだから。慣れてない人は無理だと思う。
「ニコル様はずっとその男の子にくっつかれてましたね」
「ええ。大きくなったら私と結婚するんですって。楽しみですわ。こんなかわいい子に言われるのは全然嫌ではありませんでしたのよ」
ニコルに寄りかかって寝ている男の子はずーっと彼女のそばから離れなかった。年下もニコルの可愛さは理解できるのか……。
「みんなの笑う顔を見るのは初めてです」
クレイが私の横に座って、私の膝に寝ている女の子の頭を撫でる。サフィたちが廃墟を離れている間はクレイもきっと大変な思いをしていたはずだ。
自分だってつらいのに、下の子たちが不安にならないようにずっと前向きに接していたのだろうから。そうじゃなければ下の子たちがあんなに明るく真っ直ぐに育たないもん。
「ずっと大変だったものね。でも大丈夫。これからは食べ物もちゃんとあるし、服もあるわ。あなたも子供なんだから、少しは気を抜いて生きていいんだからね」
甘えたい年頃の子供が甘えられない。それはどんなに苦しいことか、私は前世でよく知っている。いずれ働かなくちゃいけないけど、せめて孤児院にいる間は【子ども】でいいんじゃないかな。
彼の頭をそっと撫でる。ボサボサだった髪の毛は洗って切り揃えられればとても綺麗なストレートヘアになっていた。
「あ……ああああのっ……もう大丈夫ですからっ!」
「あ、ごめんごめん」
頭を撫でられたことが恥ずかしかったのか、真っ赤になったクレイは、私の膝にいる子を持ち上げて部屋を出ていった。
「あの様子は確実にドロレス様に惚れてますわ」
「まさか、そんなわけないわよ」
「ほんと罪深い女ですわね〜うふふ」
……ニコルが目を細めて私を見た。怖い。
メイドたちに眠ってしまった子どもたちを預け、私達は夕食を取る。子どもたちと遊んだおかげで、あんなにケーキ食べたのに、普通にお腹に入った。
そして私達はベッドが4つある小さな客室に入る。ベッドにいきなりバタンと倒れると、レベッカが驚く。
「ド、ドロレス様!そんなはしたない………」
「いいのいいの。今日限りなのよ。今日は誰も無礼な振る舞いや、はしたない姿など見ていませんわ」
「うふふ、じゃあ私も遠慮なく」
意外にも次にエミーがベッドに倒れ込んだ。アワアワしているレベッカを置いてニコルも同じくベッドにゴロンとなる。
「子供と遊ぶのはとても楽しかったです。でも一人か二人で充分ですわね」
「そういえばニコル様、オリバー様のことはどうするんですか?」
ベッドの上で横座りになっているニコルが笑顔を少し薄める。
「私、どうすればいいのかわからないのですが、相談してもよろしいですか?」
おっと、これはどういう相談なのかな?流石に毎回毎回声をかけられるのがウザったらしくなってきたのだろうか?
「でもまずは、ネグリジェに着替えましょ」
薄くなった笑顔が元のニッコリに戻ったニコルはそう私たちに促した。
今日はみんなでそれぞれ用意したネグリジェを持ち寄っていた。
「私のお気に入りなのです」
「この生地、とても寝心地いいんですよ。夏はサラサラとして寝やすいんです」
みんながそれぞれの自慢をする中、レベッカが私をジッと見る。何?何かついてた?
「レベッカ様、どうしました?」
「……発達が羨ましいですわ……」
私の胸を見る彼女は自分の胸と比べてそう言い放った。
私もね、ここ最近成長が著しいことに薄々気づいてたよ。巨乳ではないけどさ、下手すりゃ前世よりデカイんじゃ……いや、前世が小さすぎたんだ、そう願いたい。そうじゃないと悲しすぎる。
ゲームのスチルを思い出す。確かにそこそこあった。自分の体なのに違和感ありまくりだよ。たまにお風呂でじっくり見ちゃうもん。
「大丈夫ですよ!女は胸だけじゃない!」
「そうですわ、お尻派とか足派とかいるんですよ。くびれ派もいますわ。大きいとかじゃなくて、いかに綺麗か、いかに殿方の好みか、のほうが重要なんですよ。胸が大きくても形が綺麗でなければ駄目なんですよ」
「どこからそんな情報仕入れてるんですかエミー様……」
徐々に女子会らしくなってきたところで、ニコルが話を切り出した。
「先程の話なのですが、……私、オリバー様に好意があるかもしれませんの」
「えっ?ホントですか!」
「まぁ!」
「詳しく!」
貴族感がなくなってきたのか、日本の女子っぽいテンションになる私たち。
「あ、あの……まだなんとも言えないのですが。以前、私が真顔で生活するようになってからも、オリバー様は普通に今までと変わらなく私に声をかけてくださるんですの。多分あの時から、少しずつ気になり始めてる気がするのです。それに、最近は嫌だといえばちゃんと引き下がってくれるところも、とても好感が持てますの」
あの時か!……そうか、あれはニコルにとってプラスだったんだ。
「それで?!オリバー様のどんなところがいいのですか?」
「オリバー様ってたしかに素敵ですわよね。見た目もとても素敵な上に真面目な方ですもの。旦那様になったら毎日愛の囁きをくれそうですわ!」
エミーの言うことはあながち間違いでもない。
「最初は嫌でしたのよ?顔のことばかり褒めてくるので。でもふと気づけば顔のことは何も言われなくなりましたし、真顔になってからも変わらない彼が声をかけてくれるたびに、こう……胸がキュンとするというか……あぁもう嫌ですわっ!」
ポッと赤くなる頬を両手で挟むニコル。やだかわいい。こんな姿オリバーに見せたら卒倒だわ。
「ニコル様、それは恋です!素敵!両思いの貴族同士で結婚なんて羨ましいです〜しかも公爵家だなんて!」
「そ、そんな結婚だなんてエミー様!まだ私の気持ちがハッキリしてないのですわよっ」
「でもオリバー様は確実にニコル様に惚れてますわよ。あとはニコル様だけですわ!」
まさかの展開にびっくりしつつも、オリバーなら絶対に大丈夫!彼のイベントは終わってるし、ニコルに惚れたのは彼だから。結婚したら溺愛っぷりが目に見える!
「とりあえず二人一緒に食事はどうですか?好きな食べ物とかないんですか?」
「私も彼もロールケーキが好きなんですの……」
まさかの平民料理店でしか食べられないスイーツかいっ!
「じゃあ最初に二人でお茶会でも開いて、さり気なく誘われるように会話を誘導してみればいいんじゃないかしら?どうせならオリバー様から誘ってもらわないと」
「夏休みが終わったら、まずはランチを一緒にするのはどうですか?」
「そうしてみますわ……」
話が盛り上がる中、1人が小さい声で叫ぶ。
「羨ましすぎますっ!」
レベッカがいつもの真顔を忘れたかのように頭を抱えてベッドに打ち付けた。
「私だって!せっかくクリストファー様と婚約したのだから喜びたかったのに……!」
そう叫んだあと涙を流し始めた彼女にみんなが駆け寄る。結構思い詰めてるなレベッカ……。今日は思う存分吐き出してもらおう。
「レベッカ様。この際言いたいこと全部言いましょう!」
「そうですわ!誰もここにはクリストファー様に告げ口する人はおりませんもの」
そしてレベッカの暴走が始まる。それはまるで、居酒屋で酒が回って彼氏の愚痴を延々と話す女友達のようだった。
「私が好きだってのを知ってて!でも結婚しないだの愛さないだの堂々と宣言しておきながら!なのに私を婚約者にするって、クリストファー様はどういう神経してるのですか!信じられませんわ。私はあの人が誰と結婚しようと味方でいるって覚悟を決めたのに。なのになぜあえて私を選ぶんですかー!虐めですか?!」
本当にド正論。
「そうですわ!あのお方、笑顔の裏で何を考えてるのかわからなさ過ぎますわよ!」
ニコルがそう同調するも、君は人のことを言えないぞ?
だけどなー、クリストファーもおそらくレベッカのことを好きなんだよ。本人はまだ気づいてないだけで。
「レベッカ様は婚約解消したいと思います?」
「……思いません。私は彼のことをお慕いしておりますので」
そこだけは確実に返事をする彼女は、やっぱり色々と覚悟はできているようだ。
「たまには引いてみるのもいいですよ?今まではレベッカ様がクリストファー様に押していたではありませんか。でもそれなら、今度は引くのです。彼との距離を置くとか、そっけない態度を取るとか」
「でもそれでは、本当に嫌われてしまいませんか?」
大丈夫だ。婚約が決まったときのレベッカの微妙な反応にすらクリストファーはずっと気にかかってるし、ブルーノのことでかなり嫉妬まみれになっている。
「今のままの関係でいいなら何もしなくてもいいわ。でも、よりお互いを理解し合いたいならチャレンジするのもいいと思うのよ」
「わ、わかりました。ドロレス様のアドバイスはいつも的確なので信じます!頑張ります!」
……的確かどうかは別として、クリストファーにまずは自覚をしてもらわないと始まらないからね。レベッカ、頑張って!
「ところでドロレス様。フレデリック様のことはいつから好きなのですか?」
「ブッ!!ゴホッゴホッ!ニ、ニコル様っ……何を……」
ベッドから降りて真ん中のテーブルに飲み物を取りに行き、口に含んだ瞬間にニコルから爆弾を投下される。
「そうなのですか?」
「知らなかったですわ」
レベッカもエミーも驚いている。
「私、そういうのに長けておりますので。うふふ、ここは口外厳禁の場所ですから?思いっきり暴露してもらおうじゃないですか。次期国王の婚約者でありながら平民に恋をする公爵令嬢。なんて素敵なお話でしょう!」
「ニコル様……勘弁してください……」
爆弾が想像以上に飛んできて次々と爆発する。私はもう隠すとかそんなこともできずにタジタジになってしまい、頭から湯気が出てきそうだ。
「私も気になります……。フレデリック様は本当に素敵な方ですわ。いつも笑顔で明るく女性にも優しい方、貴族にいたらかなりの争奪戦ですわよ」
「ルトバーン商会での折り紙教室をしてるときなんか、お客さんも商会の皆様もフレデリック様のことをお話していますわ。特に歳の近い女性はみーんな、彼と結婚したいと仰ってましたわよ」
「やっぱり……あんな男がいたらモテますよね……」
3箇所から次々と襲いかかる攻撃を受けつつもフレデリックのモテ具合に凹んだ。そりゃそうだよね、フレデリックかっこいいもん。小さい頃は可愛かったけど、最近かっこよさがプラスされて何もかもがイケメンなのよ。顔が良くて性格が良いって、どこ探してもそんな人なかなかいないから!
アレクサンダーとかも見た目イケメンだけどなんか違うの。フレデリックといると胸の高鳴りが異常なのよ。
しかもあれが素だから!私と同じように勘違いする女子、たくさんいるはずなのよ!
「うふふふふ、ドロレス様。今夜は寝かしませんわよ?まずは馴れ初めから聞きましょうか」
ニコルの言葉が高らかに部屋に響くと、そこから私は根掘り葉掘り三人に聞かれることになった……。




