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115.はみだし者と子どもたち

 翌日、あらかじめみんなと合わせておいた内容を事情聴取で話す。被害を受けた側はほとんど話は聞かれなかったため、すぐに終わった。



「本当に大丈夫か?」


「嫌になったらすぐ言うんだぞ?」


 私はアレクサンダーとお父様とともに、王宮の端の方にある地下牢獄へと向かっている。二人からはずーーっと心配の声をかけられているけど、案外平気だった。確かに逃げられたあとは恐怖のせいか座り込んでしまったけど、男たちと対峙しているときは案外普通に質問攻めしていたもんな、私。

 あ……あのときフレデリックに……思い出すと恥ずかしい!!




 厳重な牢獄に配置されている護衛にお辞儀をしながらどんどんと奥に入っていく。入口から目的の牢まで距離はそれほどないのに、10mに一人の間隔で立っているため、よほど厳重な警備をしているのだと感じさせる。




 目的の牢屋にたどり着いた。



 小さな部屋に、一人ずつ並んで入っている。私は全員が見えるところまで下がると、声をかけた。私を襲おうとしたことに対して少しだけ怒りを呼び覚ます。



「だから言ったじゃない。私、公爵家の娘だって」


「……………」


 三人ともこちらを見るが、誰も口を開かない。


「なんであんなことしたの?か弱い女の子に手を出すのはね、男として最低よ?そこんとこどうなの?」


「……悪かった」


 リーダーの男がポツリと謝った。あれ?意外と素直じゃない?


「……それより、その後ろ二人の恐ろしい顔をなんとかしてくれ。目で殺されそうだ」


 後ろ二人?私はお父様とアレクサンダーの方を見る。


「どうしたドロレス」

「何もないぞ」


 いつもの優しいお父様と、いつもの無表情のアレクサンダー。私は男たちに視線を戻す。


「どこが恐ろしい顔なのよ」


「今見ろよ!今!こいつらこえーよ!」


 下っ端一人が後ろの二人を指差すので再び振り返る。

 やっぱりさっきと同じ顔だ。


「なによ、あなた達幻覚でも見てるんじゃないの?」


「……とんでもねぇところの娘を攫っちまったもんだ……コイツらに殺されるぞ……」


 指を差した男が項垂れた。



「あの……」


 もう一人の男がおそるおそる声を出した。


「なに?」


「お、おれは……俺は本当にあの大男を刺してなかったのか?大丈夫だったんだよな?生きてるよな?」


 怯えるような声で私にそう話しかけてくる。


「ええ、傷一つないわ」


「あぁー……よかった、本当に良かったぁ……」


 その男は事実を確認してホッとしたからなのか、泣き出してしまった。



 ……人を殺さないと言っていた彼らだったが、逃げるために必死に振り回していたナイフが、まさか人に刺さるという考えに至らなかったんだろう。実際には刺さったけど治したから問題はなかった。


 もしかしたら刺したかもしれない、殺したかもしれないという不安が、逃げているときに彼の中でどんどん膨らんでいて。

 だけど拘束されて戻ってきたときにテレンスが普通に立っていたから、死んでなくてよかったという安堵でへたりこんだ、のかもしれない。



「そういう感情があるなら、今後はナイフなんて持ち歩くんじゃないわよ」


「……どうせもうここから出られないんだから関係ないだろ。お前が本当に王子の婚約者だとは思わなかった。こんなことなら依頼なんて受けるんじゃなかった。やりたくてやったわけじゃないのに」


 三人とも暗い顔をする。そんなに悪い人たちではない予感がして、私は話をすすめる。



「あなたたち、いつもああやって女の子を襲うわけ?」


「そんなことしねぇよ!俺だってさすがにそれはナシだろと思ったさ!でも」


「デュラ!」


 テレンスを刺した男はデュラと言うらしい。それをリーダーの男が言葉で制止する。


「もういいだろ?!どうせ俺らはここから出られないし、あいつは絶対に助けに来ない。それに妹たちのことは……」


「デュラ!やめろ!」


 地下牢に大きな声が響く。


「妹がいるの?」


「…………血は繋がってない。置き去りにされた子供たちだ」



「……あなたたちも、そのうちの一人ってことなのね。その妹たちは元気なの?」


「んなわけねえだろ!生きるか死ぬかのギリギリで俺らの帰りを待ってるかもしれないんだ!なぁ、俺はもう充分悪いことをした。だから処刑でもなんでもしてくれよ!でもこいつらと………、妹たちはなんにも悪くねぇんだ。頼むから助けてやってくれよ」


「兄貴!俺だって同罪だよ」


「そうだよ、俺もわかってて続けたんだから」


 牢の柵に手をかけ、叫ぶように私たちに訴えるリーダーの男。それを擁護する下っ端二人。護衛が剣を抜こうとするも、アレクサンダーが止めた。


「あなたの名前を教えて」


「……俺が1番上のサフィだ。こっちがデュラ。反対側にいるのはヤッカルだ」


 アレクサンダーたちは驚く。昨日は一言も話さなかった彼らがあまりにもスラスラと喋り、名前も口にしたからだ。


「俺たちだって守りたいものがあるんだ。それを嬢ちゃんたちが必ず守ってくれると約束してくれるなら、俺は話す」


「内容によるぞ」


「約束してくれなきゃ話せねぇ」


「犯罪者の言うことなど信用できるか」


 アレクサンダーが話を聞こうとしない。だけどあなたはそれでいい。間違っていない。

 でも……。

 私はお父様の顔を見る。目が合うと、お父様は少しだけ微笑んだ。

 私は男たちの方を向く。



「約束するわ」


「ドロレス?!こいつらはお前を攫ったんだぞ!」


「わかっています。……サフィ、それは犯罪なの?」


「……いや」


「なら問題ないです」


 信じられないといった顔で私を見るアレクサンダーとは裏腹に、お父様は何も言わない。もしかしたら、私と同じく何か感づいているのかもしれない。



「アレク様。申し訳ありませんが外に出てもらえますか?聞いたあとに約束を守らないとあなたが言ってしまっては、私と彼らの話が上手くまとまりませんので」


「駄目だ。何を言い出すかわからない。僕もここにいる」


「なら、絶対に口出ししないでくださいね?」


「………善処する」


「絶対に、しないでくださいね?」


「……わかった」




 アレクサンダーとお父様は椅子に座り、私は一歩前に出て、サフィの話を聞く。


「なにが、どうして、なぜあんなことになったのか、最初から説明してもらえる?」


「……嬢ちゃんは不思議なやつだな」


「褒め言葉としてもらいますね」


「ハッ!どうとでも捉えろよ」


 サフィは私から目をそらして話を始めた。




「山の麓に、子供が捨てられていく空き家がある。俺は幼い頃にそこに捨てられた」



 空き家に住む以前の記憶がなく、何歳にそこに来たのかわからなかったそうだ。年上の人たちも同じ境遇だったけど、死なないギリギリの食事にはありつけた。

 だけど、その食事は年上の人たちが残飯を持ってきたり、店からこっそり盗みを働いて仕入れたもので、代々歳上の人たちがその役割をし、……そして捕まって、そこに戻ってこれなくなった。

 街の人も怒りはするものの、しょうがないと目を瞑ってくれる人は多かったが、一発で街の兵士に突き出す店主もいた。


 身なりも汚いし身寄りもないから誰も雇ってくれず、働くこともできない。

 衰弱して亡くなる子供もいて、サフィたちのように生きている方が少なかった。

 彼らは上手く盗みを繰り返し、なんとか下の子たちに食料を与えていたが、盗みをやることに抵抗をずっと感じていた。


 十年ほど前のある日、身なりのいい男が来て、仕事を与える、と言い出した。特にサフィたちは元々体つきが良く、盗みをするために鍛えていたので選ばれた。


 大きな屋敷に連れて行かれると、先に金銭を渡された。お金なんて見るのは初めてだったから、仕事の内容も聞かずに承諾した。後から、はした金だと気づいたときにはもう遅かった。お金を貰えるということに執着してしまっていた。



「地図を渡されて『こことここの家から金目の物を奪ってこい』って言われた。俺らは金に夢中だったし、言われたとおりに仕事をすれば、また金を渡すと言われて、俺らはその仕事を引き受けた」


「な……なにそれ……そんなことをお願いする奴がいたの?!」


 信じられない。どこかの偉い人がそれをさせたってことでしょ?しかもわざわざその空き家まで使いを行かせて、実行犯を彼らにしたってことよね。



「初めての金で食料を買って、下の子たちに食べさせた。初めて……盗んでいない食べ物を食べてもらったときはとても嬉しくて、またその依頼を受けた」



 そうやってたまにくる依頼を受ける。行った先で金目のものを奪ってはその雇い主に渡し、報酬をもらった。

 なんとかギリギリだけど、生きていく分には切り詰めて生活できる金額ではあった。



 だけど、次第にその仕事の内容に疑問を持つ。「行け」と言われた家に行くと皆「あいつの差し金だろ!俺が税金に文句を言ったからか?!」と怒鳴られるし、「これ以上何を奪うのか?!」と泣かれる。それを黙らせ、金品を強奪するまでが仕事だったが、本当に自分たちのやってることは正しいことなのかわからなくなった。

 金に目がくらんで受けた仕事は、今まで自分たちがやっていた盗みと何も変わらないということに気づいた。


 雇い主には褒められたが、またすぐに別の家に向かって同じことをやれと言われる。おかしいとはずっと思っていた。


 さらに、仕事を始めてから捨てられる子供の数が増えた。1年に1人か2人程度だったのに、気づけば3人が当たり前。多いときは4人も来る年があった。


 領主に納めなくてはいけないお金が高すぎて、文句を言った人の家で強奪することが自分の受けた仕事なのではないか?

 自分たちの仕事で生活が苦しくなっているのではないか?

 この空き家にいる子どもたちはもしかして自分たちのせいでここに置き去りにされたのではないかと恐ろしくなった。


 だけど……どんどん増えるこの幼い子供たちは、僅かばかりの自分たちの稼ぎがないと死んでしまう。


 

 雇い主は貴族の上の人だということはわかった。

 次の依頼のときに、もう少し上乗せしてほしいと直談判した。


「だけど駄目だった。『文句を言う奴らも少なくなったからな、お前が嫌ならやらなくていい。ただし、お前なんかを雇ってくれるやつなんて俺しかいないぞ。それでもやめるのか?』と言われた。俺らはそこと繋がりを切ってしまえば、次の仕事が見つかるかわからない。それに、俺達のせいでここに来てしまっているのではないかという責任みたいなものが生まれた。だからしょうがなく続けた。それで今に至る」


 サフィは一通り話すと、大きな深呼吸をして後ろを向いた。



「金品を強奪するのは犯罪。それはわかっているわよね?」


「ああ。昨日詳しく聞いた。俺らはついこの間まで世間の常識すら知らなかったからな」


「それが理解できているなら問題ないわ。……大変だったのね。あなたたちも」


 暗い表情の三人になんと声をかけていいのかわからず、私も次の言葉が見つからない。


「妹や弟たちがまだ空き家にいるんだ。約束……その空き家にいる子たちを助けてくれ。ギリギリで生きてるんだ。そして出来れば……空き家の裏にいる子たちにも、俺の代わりに、たまに手を合わせに行ってほしい」


 


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