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それはわかっていたこと 〜side.フレデリック〜

フレデリックのサイドストーリー。


前半は107話、後半は133話あたりの内容です。

 

 わかってたよそんなこと。

 だって、王子の婚約者だ。将来の王妃なんだから。


 だけど本当は踊りたかった。

 学園に入る前に、『学園でダンスパーティーがある』って聞いたとき、平民と貴族でも踊れるって聞いたんだ。

 そのために踊りの練習だって頑張った。平民として暮らしていたら絶対にドリーと踊ることなんてありえない。

 

 でも。

 ダンスパーティーで誘おうと思ったら、王子と踊ったあとに離れたところに行ってしまったのだ。


 あんなところに行って王子の婚約者を誘えるほど身分が高くない。

 そうだよね。やっぱりドリーと俺は違うんだ。

 しばらくするとドリーのお兄さんがダンスを誘いに行っていた。いいな……。







「フレデリックくん。他のご令嬢がチラチラと見てますけど、ダンスを誘ってあげたらどうですか?」


 気づいたら横にジェイコブ様が立っていた。


「い、いえ……。男性は踊らなくても問題ないって聞いたので」


 嘘だ。そんなこと思ってない。本当はドリーと踊りたい。やっぱり1番最初は彼女がいい。こっちをずっと見ている他の令嬢たちには申し訳ないけど、ドリーと踊ってないのに他の人と踊れない。俺自身が何よりも嫌だ。



「そうですよねー、あんなところにいたら誘えないですよねー」


「え?い、いやあの……」


 名前は出していないけど、確実に見透かされている。きっと、俺がドリーを好きなことも気づいているんだろうな。



「学園って身分は関係ないはずですからねー、あ。僕も誘ってこよー」


 そう言うとジェイコブ様はドロレス様のところへ駆け寄り、手を差し出して有無を言わせずダンスを踊り始めた。



 公爵家だもんな……。

ドリーと踊ってもなんの問題もないよね。

 でも俺と踊ったら、ドリーは何か言われてしまうのではないか?公爵令嬢が平民と踊るなんて、彼女の評判が落ちたりしないだろうか?

 学園に入るまで微塵も思っていなかったネガティブな考えが頭をよぎる。

 胸が締め付けられるように痛かった。

 いつも隣で笑っていた彼女は、本当は遠い存在だったのだ。


 ダンスを終えたジェイコブ様がこちらに向かってくる。


 ドリーと共に。


 こっちを見て笑顔のジェイコブ様は真っ直ぐに俺の方に進んでくる。彼女も瞳を彷徨わせながら、俺と目が合った。


 誘って……いいのかな?

 ジェイコブ様がここまで連れてきてくれたってこと?

 それなら俺はもうジェイコブ様に頭が上がらないじゃん!いい人過ぎて、何をお返ししていいのかわかんないよ!


 俺の前に彼女を連れてくると、彼は無言で去っていった。


 息を呑み、声をかける。


「ドリー、すっごい綺麗だよ。パーティードレスを着てるの、初めて見た」


 今までも元気で明るくて、少しだけつり目で笑う彼女を見るのが俺は好きだ。

 いつも一緒にいて彼女のことはわかってるつもりだったけど、初めて見たドレス姿はとても綺麗で……美しかった。

 どの宝石よりも、彼女は素敵だ。


 そして気づく。

 俺はこんなにも高嶺の花を好きになってしまったんだ、と。



「ドリ……、いやドロレス様」



 この美しい装いの彼女を、普段の呼び名で呼べなかった。こんなにも高いところにいるこの人を俺は………。

 それでも、ダンスは踊りたかった。

 せめてダンスを思い出にできるなら、勇気を出そう。


 緊張した手を差し出そうと肩が上がる。






「よろしければ、ダンスをーーー」


「ドロレス、遅いぞ」


 俺はすぐに手を戻し、軽く頭を下げる。




 現実を知った。


 俺は、ドリーとダンスを踊ることはできない。



 きっと、これからも。

 二度とそのチャンスはやってこないんだ。










「ウォルト……」


「わかってたことだろ。俺らとは違うんだよ」


 ダンスパーティーの後、なんとか平然を装ってはいたものの、寮の部屋でウォルトに慰められている。


「でも踊りたかったよ。せっかくドリーと踊れると思ったのに」


 ウォルトには俺がドリーのことを好きなことを伝えている。最初彼はびっくりしていたが、すぐに理解したそうだ。誰にも言えない俺の溢れ出す気持ちを全部ウォルトに吐き出していたため、最近はウザがられていたけど……。



「まだ後2回チャンスはあるんだから」


「もう無理じゃん!横に王子がいたら、俺が誘えるわけないだろ?」


「女々しすぎんだろ」


「せめて学園ではもっと一緒にいたい……」


「王子の前ではやめろよ?俺も巻き添えにするなよ?そっと他人のフリして離れるからな?」


 グサグサとウォルトに冷たい言葉を刺されながら、煮えきらない思いを抱えていたせいかその日の夜はよく眠れなかった。











 ーーーーーーーーー









「ドリー!」


 なんだ?何が起きた?あの逃げていく男たちは?!

 それに……ドリーはなぜ震えているんだ?!


 駆け寄って、へたり込んでいた彼女に手を伸ばした。

 だけど一瞬、ほんの一瞬だけその手が止まる。


 この手を伸ばしていいのか?

 伸ばしたら、……俺の気持ちはもう抑えきれなくなるのではないか?


 だけど、そんなのはすぐに吹き飛んだ。

 目の前の震える彼女を放っておけず、ゆっくりと、強く抱きしめた。



「怖かった」


 俺の知っているドリーからは聞いたことのない、とても弱い、か細い声で呟いた。怖かったんだね。

 腕に力を込める。


「うん。でももう大丈夫だから」


 背中にドリーの手が回る。その瞬間、急激に鼓動が早まった。彼女を落ち着かせないといけないのに、緊張してくる。自分の腕の中に愛しい人がいるんだから、緊張しないわけがない。

 それでもなんとか彼女に集中し、背中をさすった。少しずつ彼女の震えがおさまっていった。




 その後、ドリーの不思議な力を再び目の当たりにした俺たちはジュベルラート公爵邸で話を聞いた。


 ジェイコブ様は驚いていたけど、俺は以前にウォルトとのを見ているから驚かなかった。


 それに、以前ルミエとの件でドリーを信じられなかったことをずっと後悔していたのもあって、それ以降、俺はドリーが何を言おうと絶対に信じることにした。


 それがたとえ嘘だとしても。


 彼女がもし本当に俺の悪口を誰かに言っていたとしても、彼女が「言ってない」と言えば、言っていない。そう思うことにしたのだ。


 ドリーがそんなことするわけないのは知ってるけどね。



 彼女を信じることは、もう俺の中では揺るがない思いになっていた。








 寮に戻ると、平民の談話室ではウォルト、ライエル、そして1年生のリンがいた。




「遅かったな」


「うん、ロレンツさんのところでのんびりしてきたよ。また新しいメニューがあってさ、美味しかったんだ」


「え!行くなら俺も誘えよ!」


 ウォルトが羨ましそうにしている。俺はさっきのドリーのことで頭がいっぱいだったけど、あの高級な店に行ったことでも疲れていた。


「そのかわり超高級な店にも長時間滞在したけど、ウォルトは耐えられるのかよ?こんな手のひらサイズで3ヶ月優雅に暮らせるような金額のカバンが売ってる店でウォルトは座って耐えられるのか?」


「……やっぱいいや」


 彼はそっと視線をそらした。


「私、まだその料理店に行ったことないです」


「そっか、リンはまだなんだね。うちの店の調味料を使ってくれてるんだけど、すっごい美味しいんだよ」


「昼食と夕食の間には甘い食べ物も出ていて、これも最高なんだ」


 また、ドリーと二人で行きたいな。クレープを食べながら歩いて、いろんな店を歩き回りたい。やっぱりドリーといるのが一番楽しい。

 


 まだ結婚とか愛とかよくわからなかった小さい頃、ドリーが俺の横にいたらいいなって思ったことをそのまま彼女の前で口にしてしまったことがあった。 

 あの時はドリーが深い意味で捉えていたことに気づいてすぐに慌てて否定したけど、今考えれば、もしかしたら心の中では将来そうなるんだろうと勝手に思い込んでいた気がする。今考えると、恥ずかしくて頭から火が出そうだ。そんなことあるわけないじゃん。そんなこと……どんなに願っても、叶うわけないのに。




「フレデリックさん?」


「……あっ!ごめん。どうしたの?」


 リンが話しかけてくる。俺はどうやら考え事をしてみんなの話を聞いてなかったらしい。



「夏休みのこの日なんだけど、フレッドは仕事入れてたっけ?」


 ウォルトに言われ日付を確認する。確か……エミー様の折り紙教室の手伝いがあった気がするな。


「んー、ちゃんと確認してみるけど、多分仕事だったはず」


「そうか。じゃあ3人で行くか?」


「そうだね」


 話がまとまりそうになったとき、リンが話を割って入る。


「っあの!……フレデリックさん来れないなら、また別の日にしませんか?」


「んー、でも俺結構仕事入れてるからあまり合う日ないと思うよ」


「大丈夫です!一緒に……行きましょう?」


 少しだけ頬を染めて俺を見てくるリンに少しだけ違和感を覚える。だけど明確な答えはわからずにすぐ話は変わり、4人で予定を決めてみんなでクレープを食べに行くことを決めた。







 寮の部屋に戻る。俺は自分の両手を眺めていた。

 ドリーに会いたいな。もう平気なのかな?できることなら隣にいたいのに。大丈夫だよって抱きしめてあげたいのに。

 彼女を初めて抱きしめるのがあんな場面だなんて。



 だけど、どんなに諦めようとしても、忘れようとしても、触れてしまえばもう駄目だった。



 好きだ。


 結ばれることがないとわかっているのに、それを望んでしまうから余計に苦しかった。

 あの笑顔をいつもそばで見ることができたらどんなに幸せだろう。





 そんな夢を思い浮かべながら、現実に戻る。




 明日は休みなのに事情聴取か。

 憂鬱だけど、ドリーが元気ないのは嫌だから、俺はいつも通りでいよう。





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