113.もう隠せない
「なんだこいつ?でかっ!」
先程リーダーの男に殴られて倒れていた男が叫ぶ。三人が怯むほど、テレンスは大きい。
「チッ、逃げるぞ」
リーダーの男と倒れていた男が走り出す。
「こっちです!!」
ジェイコブの声が聞こえる。衛兵が三人、こっちに向かってきた。
「ま、待ってくれよっ」
テレンスが掴んでいた男も逃げ出した。
「全部で3人!殺さず捕縛を!」
「「「はい!」」」
テレンスの叫びに従うように、素早い動きで衛兵の三人が別れてそれぞれを追いかける。
私は気が抜けて壁に寄りかかってしまう。そのままズルズルと地面に座り込んだ。あれだけ質問攻めしてたくせに、今更恐怖が体中に震えとして現れる。我ながらおかしいと思ったし、馬鹿だなと反省した。
「ドリー!」
走ってきたフレデリックが私のそばに駆け寄る。彼は私へ伸ばした両手を一瞬止める。戸惑いながら、だけど、ゆっくり私を包み込んでくれた。
「怖かった」
「うん。でももう大丈夫だから」
無意識に私はフレデリックの背中に手を回した。彼が背中をさすってくれて、震えが少しずつ収まっていく。深く深く深呼吸を繰り返した。
すると、私に背を向けてさっきの男たちがいたほうを見ていたテレンスが、突然膝から崩れた。そのまま横に倒れる。
「テレンス?」
ジェイコブが倒れた彼を覗き込む。
彼の腹に、ナイフが刺さっていた。
「テレンス!」
もうすでに息が絶えかける彼のお腹から血が滲み出している。ジェイコブは自分の制服の上着を脱いで彼の下に無理矢理敷き、ナイフを抜こうとした。
「だめ!抜かないで!抜いたほうが危険よ!」
「でもっ、でも!テレンスが死んじゃう!」
ジェイコブだってナイフを抜いたほうがより深刻になることは知っているはず。だけどそれ以上に取り乱してしまっている。
「テレンス!まだ駄目だよ!僕が偉くなるまで護衛やるって約束したじゃないか!」
「いいえ……。あなたの護衛など……本当は資格すら……なかったんで……すから……」
「喋らないで!すぐに誰か呼んでくるからここで待ってて!」
「私を……拾ってくれて……ありがとうご、ざいま……し」
「今度は僕が助けるから!だから絶対に死なないで!」
大粒の涙をこぼしながらテレンスを抱きしめて叫ぶジェイコブ。
「俺、誰か呼んでくる!」
「待って!」
フレデリックが大通りに向かおうとする足を、私は止めた。
「ドリー?」
これは私のせい。ジェイコブのせいじゃないしテレンスのせいでもない。
私を助けるために彼はこうなった。私が勝手に店を出なければ、さっきの男たちに攫われることもなかった。
きっと掴んでいた男が逃げるときに振り回して刺したんだろう。
それなのに……衛兵にあの男たちを追うように、痛みを堪えて声を出してくれたんだ。
それなら今度は私があなたを助ける。もう、力を隠したいとかうだうだ言ってる場合じゃない。
私のせいで人が死ぬくらいなら、二人に気味悪がられようが構わない。
「フレッド、そっちから誰も来ないか見張ってて」
「え?でも」
「いいから!」
私を抱きしめてくれていたフレデリックの腕を外して、大通り側に立ってもらう。
「ジェイコブ様は反対側を見ててください」
「いやだ!テレンスが!」
「助けたいなら今だけは言う事聞いて!!」
「……うぅ……」
強い口調にたじろいだジェイコブはテレンスからゆっくりと離れ、こちらを見たまま反対の道の角に立つ。
私は彼に刺さったナイフを抜く。下に敷いたジェイコブの制服がどんどん滲んでいく。
「ゔぅ……」
「ドロレス様!何してるんですか!」
「黙ってそこにいて!」
駆け寄ろうとするジェイコブを制止し、私はテレンスの傷に手をかざす。
ーーーーー治れ!刺さる前と同じように!
ーーーブワッーーー
「な?!」
「えっ?!」
私の手からテレンスの傷口へ強い水色の光が入っていく。今までで一番強い光だった。
両側の道の角に立つ彼らから、驚きの声が聞こえる。
そして数秒後、光がおさまった。
「テレンス。聞こえる?」
「ん……。あれ?私はさっき刺された、はず……」
彼は自分の刺された部分を触る。服に血は付いているものの、めくっても傷一つない腹に疑問を抱く。
「ありがとうテレンス。あなたのおかけで私は何事もなかったわ。護衛としてとても優秀よ……本当にありがとう」
気づけば、私は涙を流していた。
私の護衛でもないのに、男たちの中に飛び込んできてくれた。彼がいなかったら、彼が私を見つけてくれていなかったら、私はどうなっていたかわからない。
「ありがとうって何度言っても足りないくらい感謝してる。後で我が家からもちゃんとお礼をするから」
「?は、はい……」
テレンスはまだ状況を飲み込めていないけど、それでも静かに話を聞いてくれた。
「テレンス!」
起き上がったテレンスに、顔中を涙で濡らしたジェイコブが抱きついた。
「ううぁーー……うっ、テレンス……よかったぁ、うぅ」
泣き続けるジェイコブに、テレンスが彼の背中をさする。
「ジェイコブ様。私は大丈夫です。もうあなたは泣く必要なんてないんですよ」
「……また一緒にいられるんだね……」
「そうです。もっと鍛え直さないと駄目ですね。ナイフが見えませんでした」
それはまるで本当の兄のように、ジェイコブに優しく微笑んでいた。
私が前世で見た画面越しのジェイコブとは別人だ。彼のこんな姿、誰が想像しただろうか。
たけど、今のジェイコブ……いや、この世界で初めて会った時から今まで、彼や他の人たちはゲームとは違って人間らしさか溢れていた。
笑って、馬鹿なことを言い合ったり、……こんなにも泣いたり。
やっぱりここは、画面越しで見ていた【ゲーム】ではない。一人一人がそれぞれ自分の人生を歩む【現実】なんだ。
「ドリー、さっきのは……」
反対の角からゆっくりと歩いてくるフレデリックは驚きが隠せない。
「それは……後で話すわ。まずはここを片付けないと」
何から始めようかと考えていると、突然ザクッと音がする。
「……お見苦しい姿を失礼しました。フレデリックくんは僕の服を血が見えないように畳んで、カバンにしまってください。テレンスはそれを脱いで、急いで馬車に戻って着替えてきてください」
涙を拭っていたジェイコブは落ち着いた声で話し始め、テレンスを刺したナイフの血を拭き取り、自分のカバンに思いっきり刺していた。
あぁ、高級カバン……。
「これは直してもらってる間に借りた代替カバンなので安心してください」
そんなにも私の顔が歪んでいたのだろうか。ジェイコブは私の心を見透かしたかのように言った。
「説明は後でしてもらいます。今は……衛兵が戻るまでに話をまとめましょう」
話を、まとめる?
でもこれ、私が【治癒の力】を使ったことは……。
「テレンス。さっき君が掴んでいた男は、ナイフが刺さったのを見てから逃げた?」
「い、いえ……私の記憶では、逃げる方向を向きながらやみくもに刺してきました」
ジェイコブは考え込む。
「では。さっき起こったことは……テレンスが男たちに突撃、手を掴んでいた男はテレンスが持っていた僕のカバンにナイフを刺した。以上です」
「えっ?私のさっきの光の事は……」
あまりにも唐突なまとめ方に驚いて混乱してしまう。
「なんだかわからないのに報告しても意味がないでしょう?それに、次期王妃の公爵令嬢を誘拐した時点でもう彼らは重罪ですよ」
「ま、待って……。彼ら、おそらく侯爵か伯爵の誰かに指示されて私を誘拐したみたいなのよ」
「え!?……なんという悪事を」
ジェイコブの顔が険しくなる。
「だから、彼らに話を聞かないと駄目よ。脅されていたかもしれないし」
最悪処刑になったとしたら、私を襲った犯人がわからなくなってしまう。そうなれば、また……同じことが起こるかもしれない。それに、聞いてる限りだと、やりたくてやってるわけでもなさそうだった。
「とにかく、ここは何事もなかったように片付けましょう。テレンスは急いで馬車へ。みんなさっきの話に合わせて」
「もちろんです!」
私たちは必死にその場を片付け、テレンスが着替えを済ませ息を切らして戻ってきたのと同時に、三人を確保した衛兵が戻ってくる。
テレンスを刺したと思っていた男だけが「あ、あれ?俺……刺してなかった、のか?」とへたり込んだ。
衛兵に内密にするようにと事情を話し、王宮へと男らを連行させる。
私たちは一旦ジュベルラート公爵家へ向かい、お父様とお母様には衛兵が説明をしてくれた。二人とも聞くなり顔を真っ青にして、お母様はその場に倒れた。お父様は抱きしめてくれて、頬の傷の手当をするためにメイドへ指示していた。
すっごい大げさな手当をされ、ジェイコブたちの待つ部屋へと入る。1cmも切られていないのに、大火傷を負ったかのように頬に大きなガーゼが貼られる。
メイドたちを下げ、テレンスも含めて四人だけになった。
「まずはジェイコブ様。先程は命令をするような口調をしてしまい、大変失礼いたしました」
私はお茶を飲む前に頭を下げた。
「いえ。僕こそ、テレンスを助けていただきありがとうございます。そんな口調のことなど、謝ることでもないですから頭を上げてください」
「そうです!本当に……本当にありがとうございました。ドロレス様のおかげで、私はまたこうして生きていられるのですから。もっと鍛えますから!」
ジェイコブとテレンスに頭を上げるよう促され、私はゆっくりと前を向く。
「まずは、先程のあの光の話を聞いてもいいですか?」
「はい……」
私は、お兄様に話したことと同じ内容を話した。




