112.高級品には慣れません
来週は【召喚の儀】だ。
不思議な気持ちを抱えながらも、これから忙しくなるであろうジェイコブが行きたいとのことで、授業終わりにフレデリックと三人でロレンツの店に向かった。
「テレンスもちゃんと食べるんだよ?」
「いえ、私は護衛なので」
「命令」
「……はい」
なんかこれどこかで見た気が……。確かアレクサンダーの横にいた人だな。ニコルにベタ惚れの。
少し並んだあと店内に入る。馴染みの顔に軽く挨拶をしたら、4人でテーブルに座る。
「梨タルトがある!ベリーソースのパンケーキもある!えー、どれにしようかしら」
「ジェイコブ様、本当に何を頼んでもいいんですか?」
「いいよー、いつもの護衛のお礼で奢るから。でも動けなくなったら困るから3つまでね」
……親子か?ジェイコブが親なのか?
調理場を見れば、みんなが楽しそうに料理を作ったり運んだりしていて、この店の雰囲気の良さはそこから醸し出しているようだった。
あんなに幸せそうなんだもん。そりゃ食べ物も美味しいに決まってる。
……アンとカイはとても仲がよろしいようで。笑い合いながら果物を切ったり盛り付けたりをしている。
ダニエル。……うん。
視線をそっと自分たちのいるテーブルに戻した。
「久々のケーキはやっぱり最高でした」
満足して馬車に乗り込み、寮へ帰る前にジェイコブの用事である高級カバンの店へ向かう。
馬車が到着をするも、繁華街から離れた道を案内された。
「高級な店なので、気軽に入れないように少しだけ奥まったところにあるんですよ」
確かに、人の流れが多い大通りから2つほど曲がれば人はほとんどいない。そこには見た目が落ち着いた雰囲気の、だけど確実にハイブランドを感じさせる店がそこにあった。
私はジェイコブと同じ公爵家の人間。だけど前世の記憶のせいか、入るのに躊躇うほどの店だ。どうやら同じことを考えているフレデリックと私を置いて、ジェイコブとテレンスはスタスタと入る。テ、テレンスもかよ!!怖いものなしかよ!!
「俺、とんでもない店のカバンを使ってしまっているのかもしれない……」
高級な店のカバンということはわかっていたけど、店に来たら改めてその豪華絢爛な店内の様子に足が止まるフレデリック。わかる、わかるよフレデリック……。
ジェイコブが店員にカバンを見てもらう間、私は店内をうろつく。見本品が並んでいて、そこに書かれた値段に思わず変な声が出た。
「うっ」
ポーチのような手のひらサイズのものが………日本円で換算したら10万くらいだろう。
後ろでは、全く同じ声を出してフレデリックが見本品の前で固まる。そして手に持っている自分のカバンを胸の位置で強く握りしめていた。
私も買おうと思えば買える金額ではある。だって公爵家だから。それに立場上、どんなに可愛くても安物を身につけることは家自体の評価に関わるので買えない。
だけどこの金額のカバンを使う勇気がない……。よかった、私は普通のカバンで。
あのサイズでこの金額なら、フレデリックが握りしめているカバンは一体いくらなの???彼も店員に声をかけられ、おそるおそるカバンを渡していた。
二人とも見てもらっている間、私は暇なので店の外に出る。
店の外の方が涼しく感じるため、店構えをじっと見ていた。ガラスの奥には二人が見える。
高級品かー。一般人の私には未だに馴染みがないんだよね。
転生して貴族になったけど、未だに高級なものを身につけるときは構えちゃうし、本当に私がつけていいのか悩みながらその日を過ごしている。そういうところだけは前世の自分が強く残ってしまっていた。
「いけ!」
不意にそんな言葉が聞こえる。
気がつけば、私は両腕を二人の男に抱えられ、走りながら運ばれている。
「な!なに……っぐ!」
「黙れ」
布切れを口に挟まれ、両手は掴まれているのでそれを取ることができない。
なに?どういうこと?え?さ……さらわれてる?!
必死にもがくのも虚しくどんどん進み、店から離れ、人も通らないようなところで男たちが止まった。
三人組の男は二十代半ばだろうか。リーダーらしい男は屈強な体をしていて力も強そうだ。
両腕をそれぞれの男に掴まれながら、私は恐怖を必死に堪え、冷静を装う。
リーダーらしい男が、ナイフを片手に話しはじめる。
「悪いが、馴染みのところからキズモノにしてくれって言われてるんだよ。これ、嬢ちゃんだろ?全然一人にならないから大変だったよ」
紙に書いた似顔絵のようなものを見せられた。どこでそんなにじっくり見たんだ?と思うくらいに丁寧に私そっくりに描かれていた。
なに?なんでこんなことが起こるの?私、なにかした?!
「ん!」
私は口を塞ぐ布を指差した。これじゃ肯定も否定も出来ないから!
下っ端らしき男が乱暴に外す。痛いっての!
「……どこの高位貴族に頼まれたの?」
「……」
リーダーの男は、一瞬だけ目を細める。あながち間違いではなさそうだ。
「……なぜそう思う?」
「紙よ」
「紙?」
私は小さい頃から、ブラントレー子爵家の色紙と、家の仕事の書類で使っている紙をたくさん見ている。貴族が使う書類用の紙以外でこんなに綺麗な紙は存在していないはず。
それに平民がわざわざ高い紙を買って、上手な絵師に頼んで私の顔を描くことなど金銭的に不可能だし、そもそも狙う理由がわからない。
……正直、高位かどうかは勘だったけど、あの反応を見る限り正解のようだ。
「下っ端の貴族にしては頭の切れるお嬢さんってことか。嫌いじゃないよ」
ん?
下っ端?
もしかしてこの人、私のこと、知らない??知らないのに誘拐したの?
座る私の前にリーダーがやってきて、ナイフで私の顎を持ち上げ、そのナイフで私は立ち上がるように促された。
「しかし子供のくせに美人だな?絵で見るよりよっぽど綺麗だ」
「……ありがとう」
「余裕だな」
ナイフを離すと、リーダーは話し出す。
「見た目こんなんだが、安心しろ。俺らは人は殺さない。馴染みにしてるところの依頼をたまに受けてるだけだ。お前最近、身分の高い貴族の人から男を奪ったんだって?」
「……は?」
はぁぁぁあーーー??!
誰だそんなこと言ったのは!!!
そもそも私に男なんかいないし!
あ、一応婚約者いた。
え?ってことはアレクサンダーに想い人いたの?なら早く言ってよ!私が婚約者になる必要なかったじゃん!
とりあえず落ち着いて……落ち着いて考えるの私。今はこの状況を抜け出さなければ。
この男、さっきの会話の内容からして仕事はちゃんとこなすタイプの人間だろう。人は殺さないってポリシーあるみたいだし……ってゆーか、それならナイフなんて持ち歩くなよ!!怖いわ!いかにも殺しそうな目してるわ!!
でも……殺さないなら、上手くいけば何か聞き出せるんじゃない?
「兄貴!こいつすげー高そうな指輪してるぜ!」
「ホントだ!なにこれ、宝石が3つも入ってやがる」
「痛っ!何すんのよ!」
私の手首を掴み、上に持ち上げる。
「いいもの持ってるな」
アレクサンダーからもらった指輪を外された。まずい、取られたら絶対怒られるじゃん!ここで殺されなくても王族に殺されるじゃん!!
深呼吸をして、静かな声で口を開く。落ち着くのよ私。
「それ盗んだら、あなた達即刻死刑になるわよ」
「嘘をつくならもっと現実的なものを言え」
私の話を全然聞こうともしない。
「ねぇ、私が誰だか知らないの?」
「人の男を取った貧乏な貴族の娘だろ?」
男らは依頼主のことを口にしないものの、確実にその指示を出したのが女だということが丸わかりだ。
アホなのかな?
「その指輪、誰からもらったと思う?」
「知らねーよ」
「この国の第一王子からよ」
指輪を見ていたリーダーは私の方を振り向く。
「馬鹿かお前は。お前に王子が指輪をくれるわけ無いだろ」
アハハハと三人が笑う。
「……指輪なんて盗まなくても儲かってるんじゃないの?どうせ表には出せない依頼なんでしょ?」
「……お前に何がわかるんだ?」
さっきまでの目つきとは違い、急に鋭い視線を向けられる。
「俺たちだってこんな仕事をやりたくてやってるんじゃねーよ。俺たちは親に捨てられたはみ出し者なんだ。雇ってくれるところもないからしょうがなく馴染みにこき使われて、少ない金でギリギリの生活してんだよ」
私を抑えている二人も急に静かになり、何も話さなくなる。
「報酬は安いの?」
「高かったら、とっととこの仕事抜けてんだよ」
首元にナイフの刃先が近づく。私が少しでも前に動いたら確実に刺さる。
「その報酬の10倍払う、って言ったら、そのナイフ引っ込めてくれる?もちろん、言い値でいいわよ?」
いつも自分の儲け分から買い物をしていたので、お父様からそろそろ家のお金を使いなさいと言われていたのでちょうどいい。それで助かるなら安いもんだ。
他の二人が明らかに動揺しているにも関わらず、リーダーの男だけは嘲笑った。
「ハッ。お前がか?」
「あなたが聞いた情報は全くのデタラメ。なんの恨みがあるのか知らないけど、私は下っ端貴族じゃない。ジュベルラート公爵家の娘よ。この国の王子の婚約者。そのくらい払えるわ」
「えっ?!公爵ってあいつより上だよな?」
「黙れ!」
余計なことを口にした男がリーダーに殴られて、私の腕から離れて倒れた。
……指示した貴族は公爵家ではないってことよね?
考えていると、ナイフが私の頬にペタリと触れた。軽い痛みを感じる。男が一度離したナイフには血が付いていた。殺さないって言ったよね?!女の子の顔に傷つけるのはナシでしょ!
「チッ、余計なことを。賢い嬢ちゃんだから話を続けてたが……。頼まれたもんはやるしかねーだろ。とっとと終わらせるぞ」
リーダーの男は、頭を掻き、「しょうがないんだよ」と呟いて私の服に手をかけた。
やりすぎた!よくしゃべると思ってついいろんなことを質問してしまった。
上手くいけば……なんてあるわけがない。女一人に男三人。確実に不利だった。背中を冷や汗がつたう。
「おい。ドロレス様を離せ」
ほんの一瞬、三人が全員私の方に視線を向けていた瞬間に、この三人よりも大きいテレンスがすぐそばに来ていて、私のことを拘束していた男の腕を掴んだ。




