109.料理教室とお姫様
今日は学園は休みの日曜。
前々から計画していたことがついに開催されることになった。
「料理教室?」
「ここの店のメニューを教えてくれるんだってよ!」
「まじか!俺あの店の料理すっげー好きなんだよ」
何日か前からロレンツの料理店で宣伝していたおかげか、思っていた以上に人が集まり、店内がぎゅうぎゅうになっている。
そりゃ、あれだけ人気のあるこの店のメニューが作れるようになるんだから、みんな来るわよね。
今回は一番簡単な豚汁と生姜焼き。
計画してから開催されるまでに何故時間がかかったかというと……。
まず、調味料があの店でしか売っていないこと。
聞き慣れない調味料。
平民は文字が読めないのでレシピを紙に書いて渡すのが難しいこと。
それをどうやって伝えればいいかを模索していた。
そこで調味料にはマークをつけ、そのマークが何個かによって何杯入れるかを表記する。
例えば醤油が★マークとして、スプーン3杯必要なら、
★★★
というように、文字を読まなくてもわかりやすくなるように描いたのだ。
料理教室には購入用の調味料をマーク付きで用意し、名前がわからなくてもマークだけで伝わるようにする。
ついでに計量スプーンも販売するっていうちゃっかり感。
今日は店を休みにして、料理教室だ。
「ロレンツ、調味料を持ってきてもらうのよね?」
「そうです。そろそろ来ると思うのですが」
会話をしていれば、ドアが開く。
「あ、ロレンツさんこんにちは!」
「お、来た。重いものをありがとうございます」
夫婦らしき男女のあとに、日本で言えば幼稚園生くらいの女の子たちが走って入ってきた。
すると、私と目が合う。女の子たちは目を見開き、母親のところへ駆け寄って叫びだした。
「ママ!お姫様!」
「ピンクの目だよ!」
「何言ってるの!こんなところにい……」
母親も言葉を止め、私と目が合った瞬間に一時停止する。
何?
「おーい、早く持ってってくれよー。兄ちゃんは店番で俺一人しかいないんだからさー」
ドアの向こう側から聞き慣れた声が聞こえる。あれ?この声……。
「ライエル?」
「あ?え?ドロレス様?」
そこには、調味料の瓶を運んで来たライエルがいた。
もしかしてこの店って、ライエル家の店なの?
「あの……ドロレス様、やっぱり」
「ママ!うちを助けてくれたお姫様だよ!!ピンクの目だよ!」
「はちみつ色の髪だよ!お姫様だよ!」
ライエルの言葉を遮るように女の子たちが叫ぶ。
そんな彼女たちをなだめ落ち着かせると、母親が私に話しかけてくる。
「あの……、うちのライエルが今ドロレス様とおっしゃっていたと思うのですが、資金援助をしてくださった方ですか?」
「ええ、そうです」
「あともう1つ……数年前、突然こちらの料理店から大量に調味料の発注が来たのですが、その数日前に……我が家の店で調味料を一通り購入されましたか?うちの母が店番をしていたのですが」
もしかして、あの店のあの人ってライエルのおばあさんだったってこと??入学前に亡くなったって聞いたけど……そっか、あのおばあさんが。
そうです、と伝えるとライエルの両親が頭を下げた。
「二度も助けていただきありがとうございました。この取引のおかげで安定した収入が入り、ライエルの援助までしていただいて……」
「いえいえ。私も今日初めてライエルの店だと気づきました」
懐中時計のこともそうだけど、私の知らないところで人助けになっているなら私自身も嬉しい。
しかし、立て続けに感謝されるのはさすがに恥ずかしいな。
「やっぱりお姫様はドロレス様だったんですね」
「さっきからお姫様お姫様って言われてるけど、どういうことなの?ライエル」
そう。なぜ私がお姫様って言われてるのかわからない。私はお姫様じゃないし、そもそもライエルとおばあさん以外に会ったのは今日が初めてだ。
「ばあちゃんがいつも俺たちに話してくれてたんですよ。『どこかの貴族のお姫様が突然お店に現れて商品を買ってくれたあと、大量注文が入った。そのおかげで私達が楽しく暮らせているんだよ。だから毎日感謝して暮らしなさい』って。実際に食事だってまともになったし。そのときにばあちゃんが『はちみつ色の髪と濃いピンクの瞳』って言ってたんです」
「毎日お姫様に感謝してご飯を食べてるよ」
妹がひょこっと現れ、私の横でそう教えてくれる。
な、なるほど。とんでもない崇められ方をしているようね……。
「入学前試験の結果発表の時、声をかけられてビックリしましたよ。ばあちゃんが言ってたまんまの人でしたから。実は、学園に入った理由はその人を探すためでもあったんです。俺と同じ歳くらいって話していたので。でもやっぱりドロレス様しか当てはまらなくて……。お礼を言いたかったんですけど、お姫様ですか?って聞くの恥ずかしくて言えませんでした」
あははと照れながら教えてくれたライエル。
だから初めて会った時にあの驚いた顔をしていたのね。
「じゃあきっと、これからもっと忙しくなるわよ?今日は頑張ってね」
「頑張ります!」
料理教室が始まる。豚汁は野菜を切って煮込むだけだし、生姜焼きも漬け込んで焼くだけ。来てもらった人に覚えてもらうことは、なんの調味料をどれだけ使うか、ってことだけだ。
ロレンツやライエルたちが、調味料とスプーンを使いながら説明している。あれ?ライエルの両親は売る側じゃなくて参加者なのか。ちゃっかり1列目を陣取っていた。
ん?私?
私はね、急遽ライエルの妹たちのお守りをやることになった。
お姫様だと騒がれたときからずっと私のスカートをつまんでくっついてくるので、むしろ動けないからそれ以外ができないっていう……。可愛いな!可愛すぎて持ち帰っちゃうぞ!
……おっと、危ない人になるところだった。
女の子たちと折り紙で遊んでいると、いい香りがしてくる。
「お腹空いてきた」
「私も!」
味噌のいい香りがしたと思えば、醤油と生姜の甘辛い匂いが店内に充満し、料理教室に来た人たちがゴクリと喉を鳴らす。
二人とともに調理場に行けば、ロレンツたちが出来上がりを告げた。
参加者は試食をし始める。
「やっぱり豚汁は最高だよ」
「生姜焼きだって、調味料混ぜて漬けるだけでしょ?あんなに簡単なら私でもできそう」
いずれハンバーグとかも教えることができたらいいな。いろんなアレンジが楽しめるからね。
「今日使った調味料は、こちらです。計量スプーンで文字無しでわかりやすく書いたレシピも発売してます」
「買います」
「私も」
次々と購入希望者が現れ、整列させると店の外にまで伸びた。
レシピ本、出そうかな。
「この調味料はこの道をまっすぐ行った左側の店で販売してますので、足りなくなったら来てください。マークを教えてもらえれば用意できます」
こうして1回目の料理教室は大好評に終わった。
そうそう。今回、座布団を作りました。
この世界さ、なんでこれがないの?って言いたくなるくらい中途半端に無いものが多いのよ。
貴族はソファーだったり、椅子自体が良いものだから忘れかけてたんだよね。平民の一般的な椅子って、木か石。こないだルトバーン商会の作業場に行った時、冷たい椅子にずっと座ってるのがツラすぎて!石だよ石!冬の石の椅子は地獄!お尻が凍るかと思ったわ!
今日の参加者の椅子に全部セットしてみたら、その座り心地にみんなびっくりしてた。今まで硬かったんだもん。質素なものではあるけど、無いよりは絶対にマシだから!
クッションを作るのとほぼほぼ変わらないし、あっという間にルトバーン商会は作って納品してくれていた。天才。
もちろん宣伝済。
しばらくしたら座布団教室もやるって言ってたけど。
座布団教室ってネーミング……ここ洋風ゲームですけども??
「これでお客様が減ったらごめんなさい」
自分から料理教室の提案をしておいて、そんな心配をする私にロレンツは否定する。
「いやいいんです。最近ランチタイムは常に店の外に列ができるようになったので、少し解消できるならこちらもありがたいんですよ」
「そう?ならよかった」
「それに、ハンバーグのアレンジレシピは好評ですよ!今までのに加えて、大根おろしも、トマトソースも美味しいですからね。ハンバーグ店にでも変えようかと思ってますよ」
たまに店に来て、ちょこちょこと研究していた成果が出ていたみたいだ。ディナータイムでも定番メニューとしてハンバーグを出しているとロレンツは言った。久々にハンバーグ食べたいな。
学園の料理もまぁ、美味し……んーまあ、あれだ……。いや、この世界では普通なの!私が違う世界から来たからそう感じるだけ!
というわけでそんな気持ちを抱えていたところ、それを見越していたかのようにロレンツはハンバーグの材料を用意していた。嘘でしょ?私の心を読んだ??
「公爵様にも事前に連絡してありますから、多分そろそろ来ると思いますよ」
やった!夕食はハンバーグ!久々にロレンツの料理が食べられる嬉しさに、つい叫びそうになった。
ライエルの家族の分もあるらしく、みんな喜んでいる。
「そういえばライエルってこの店来たことあるの?」
「実はうちの家族は来たことないんですよ。初めてです」
そうなの?じゃあハンバーグも初めて食べるってこと?!
「さっき食べた豚汁と生姜焼き、衝撃的な美味しさだったわよ……うちの調味料であんなのができるなんて信じられないわ……」
隣でライエルの母親が呟いた。
「ハンバーグ、とても美味しいから楽しみにしててね」
「はい!」
「はい!」
ライエルは笑顔で返事をした。母親も後ろで返事をする。
ライエルは母親似か。
ロレンツたちが下準備をする中、私は久々にアンとサマンサと話している。
「ドロレス様、相談があるんですけど……」
「どうしたの、アン」
神妙な面持ちで私に語りだした。
「実は、ダニエルがカイと馬が合わなくて……。というかダニエルが一方的にカイにつっかかるんですよ。仕事に支障はないんですけど、もう少し穏やかになってほしいなって」
「……」
それは……うん、アレだよね、アレ。
「ドロレス様。アンにハッキリ言ってやってください」
横からサマンサが口を挟む。もうわかってるってことなのか。
「アン。ダニエルはあなたに好意を持っているのよ。だからあなたと仲良くするカイに嫉妬してるの」
「ダニエルは、小さい頃から一緒にいたからそう思ってるだけだと思うんです。そ、それにカイとは、な、仲良くなんか……仕事のことを話しているだけですよ?」
否定をするアンだけど、顔が徐々に赤くなる。まさか。
「……カイのことが好きなの?」
「はい……」
まじかーー。ダニエルごめん!あなたの知らないところで答えが出てしまったよ。聞かなきゃよかった……。
「でもアンはカイに気持ちを言ってないし、カイの気持ちもわからない。だからこそダニエルが必死になってるんですよ。若いっていいですよね〜」
「サマンサよ、あなただってまだ若いでしょうが」
でもよく考えたら、彼女たちは今年17歳になる。この国での結婚適齢期だ。20歳を超えたらもう貰い手がいなくなる可能性がある。
前世の私、すでにもう行き遅れじゃん……。
「カイは私より1つ上だから、そろそろ相手を見つけなきゃならないと思うんだけど。将来を見据えた話なんかはしたりしないの?」
「皆無です……。料理の話しかしていないので。カイと話していると、別の話でもすぐに料理の話になってしまうんですよね」
「本当に料理好きなんだ」
「そんなところが……」
「アン、ハッキリ言え」
言葉に詰まるアンにサマンサがつっこむ。
「好きなんです……」
ダニエルよ。本当にごめん。
余計なことを聞いてしまったせいで、みんなが美味しさに歓喜する中、私は一人だけテンションの低い夕食になってしまった。
おろしハンバーグはとても美味しかった。




