108.探し人
あちゃー!!!一番出会っちゃいけない場面!!
クリストファーはずっと笑顔だけど、ブルーノを見た一瞬だけ、目が細くなったのを私は見逃さなかった。
「クリストファー様。ご入学おめでとうございます。こちら、私の幼馴染でリオライエ辺境伯次男のブルーノ様です」
「クリストファー殿下、きちんとお話するのは初めてになります。昨年秋に帰国いたしました、リオライエ辺境伯家のブルーノと申します」
「ああ、学園なので『殿下』はつけなくて結構です。話は聞いていますよ。とても優秀だと。お帰りなさい」
クリストファーは笑顔を崩さない。こちらからは見えないが、多分ブルーノも微笑んでいるだろう。
そしてブルーノは大きな一撃を放った。
「私は今年で卒業になりますので、ベッキーに婚約を承諾してもらおうと思いまして」
「ブルーノ様!私はお断りすると言ってるではありませんか!」
「だってベッキーだって、来年は卒業だよ?まだ相手がいないなら運命だよ?」
「ですから……私はあなたとは」
レベッカとブルーノが揉めている中、クリストファーは笑顔を絶やさない。
だけど、見ていれば私以外も気づくはず。眉毛がずっとピクピク動いている。
現段階でレベッカはクリストファーの婚約者ではない。ゲームではレベッカっぽい人がすでに婚約者としていたけど……もしかしてブルーノに流れちゃう感じ?私が引っ掻き回したせい??
というか、クリストファーは別にレベッカの事好きじゃないんでしょ?じゃあレベッカが幸せになる方でいいじゃん!ブルーノと結婚してクリストファーの側近でもやればいいんじゃないの?!
「ふーーーん。そうなんですね。レベッカ様、今からサロンでお茶しませんか?」
「あ……」
「クリストファー様、申し訳ございません。私がベッキーに先約を入れましたので、また次回にしていただけますか?」
「……そうですか。では、明日お茶しましょう。約束ですよ?」
「はい……」
確実にレベッカに好意のあるブルーノと、レベッカのこと好きでもないのになぜか対抗心が芽生えたクリストファー。
目には見えないはずなのに、二人の視線がバチバチと電気が走っているようだった。
レベッカたちが立ち去るのと交代でアレクサンダーがやってくる。クリストファーは気持ちを切り替えたのか、アレクサンダーに笑顔で話をしている。
うーーーーん。
やっぱりリアル少女漫画を見てる気分だわ。
2年生になって数日。教室に戻ろうとしていたときに大きな声が聞こえた。
「下級生がなぜここにいるの?!」
「この子平民じゃない!!この階はアレクサンダー殿下がいらっしゃるのよ!とっとと帰りなさい!」
令嬢たちの甲高い声が廊下に響く。
何を騒いでいるのかと覗いてみれば、身長の小さい、……ハムスターのように小動物チックな女の子が怯えていた。
「でも!会いたい人がいて……」
「はぁ?!アレクサンダー殿下に会いたいとでも?!あなたが会えるような人じゃないのよ!」
「ち、ちがいます!王子はどうでもいいです!」
「んまぁ!失礼な!」
すっごい揉めてるけど……。一応止めに入る。
納得のいかない令嬢たちだったけど、下手したら停学になるぞと脅せばあっさりと引き下がった。今日の授業も終わったので小さなサロンを貸し切り彼女を連れて行く。
「名前は何というのかしら?」
「はい。私はリンと申します。母が街工房で働いています」
紅茶を持ってきたメイドに部屋を出てもらい、リンと会話をする。緊張した面持ちだ。
「それで、誰かを探していたんでしょう?」
「はい……。直接その方にどうしてもお礼を言いたいことがありまして、そのために学園に入りました。でもお会いしたことがないんです。名前はわかりますが、クラスには平民が私しかいないので、なかなか他の人に声がかけられず……」
平民一人か。それは息苦しいだろうな。全額免除はいいものの、その後のことを考えてなかった。一人だと寂しいよね。フレデリックたちに頼もう。
「名前はわかるんでしょ?」
「はい!ジュベルラート公爵様のご令嬢ドロレス様です!」
「え?私?」
「え?!」
な、なんと。私だったの?!
そういえばアレクサンダーも何かを言ってたような……。
するとリンは立ち上がって思いっきり頭を下げた。
「我が家を助けていただきありがとうございます!!」
え?どうゆうこと?私、あなたと会うの初めてなんですけど……。
「えーと、ごめんなさい。私、あなたに会うのは初めてなのよ?」
「あ、申し訳ありません。順番に説明します」
リンは父親を早くに亡くし、工房で働く彫刻師見習いの母親との二人暮らしをしていた。しかし、事故で母親が足や手を骨折してしまい、仕事ができなくなる。
もともと給料がいいわけではなかったので、貯金もないのに稼ぎ頭が働けなくなり生活がギリギリだったそうだ。
リンが働きに出ても良かったけど、それだと母親の世話ができなくなるため途方に暮れていた。そこでリンが普段からやっていた彫刻品を作って、アンティーク店に出品したそうだ。
あの懐中時計を。
私はポケットから取り出す。
「これ、あなたが彫ったの?」
「ほ、本当に貴族の人が使ってる……あっはい、私が彫りました。あの時、寄付を頂いたおかげで半年も余裕を持って暮らせました。その間に母も回復して仕事に復帰できたんです」
私から寄付されたお金の残りと、母親が仕事復帰したあとから少しずつお金を貯め始めた。
勉強はもともと小さい頃からやっていて、漠然と学園に憧れがあったらしい。だけど当然のことながら、学園に通うほどのお金はない。
そんなときに、優秀な生徒は全額免除だという話を聞いたそうだ。
急遽、貯めたお金で家庭教師を雇い、最低限の礼儀作法などの勉強をする。そして堂々の1位で入学した、ということだ。
「リン……そういえば懐中時計のところにそう書いてあったわ!思い出した!そう、あなたがあの作者だったのね」
「はい。あの時ドロレス様の寄付がなかったら、私達は行き倒れてしまうところでした。最後の方はパンを買うのがやっとで、それくらいギリギリだったんです。学費免除の話を聞いて、学園に行けば直接会ってお礼が言えるかと思い、必死で勉強して入ることができました。そうでないと貴族の方になど会えませんから……先程はクラスにまで行ってしまい申し訳ありませんでした」
貴族としては高額ではない。だけど、彼女たちからしてみれば半年も暮らせた。
私がさり気なく寄付したお金で、親子二人の命が助かったんだ。寄付して本当に良かった……。
「いいのよ。こちらこそ素敵な懐中時計をありがとう。とても気に入って毎日持っているわ」
「嬉しいです……。2つとも一生懸命彫りました!」
「あ!でもその話は誰にも言わないでほしいわ。私があなたの懐中時計を買ったことも」
「わ、わかりました……。理由を聞いてもよろしいですか?」
「ええ。……気分を悪くしたらごめんなさい。私、高位貴族であり第一王子であるアレクサンダー殿下の婚約者なのよ。本来、一級品を身に着けなくてはいけないの。でもこの懐中時計はとてもお気に入りなのよ」
フレデリックとお揃いで買ったなんて知られてしまったら、王子の婚約者として私の立場も、平民である彼の立場も危険。いや、私は婚約者から外れるのはいいんだけど、フレデリックが『公爵令嬢とお揃いで買ってる』なんて知られてしまったら、立場的に彼に矛先が向いてしまう。
だから他の人には知られたくない。
知られなければいいのだ。模様が一緒ではないから、万が一、二人で同時に使ってるのを見られても他の人にバレることもない。
「とっても気に入ってるこの懐中時計が、プロの職人ではなく見習いの人が作ったものだと知られたら、取り上げられてしまうのよ。だからお願い。この件に関しては誰にも言わないでほしいわ」
「ドロレス様の言うとおりです……。将来の王妃様が私の彫ったものなど持てるはずがありません。大丈夫です!だれにも言いませんから!」
「ありがとう。おかげで私はこの時計をずっと使えるわ」
ニッコリと微笑む。リンは神様でも見るような目で私を見ている。嫌な言い回しをしてしまったけど、そうでもしないと平民のリンには納得してもらえないだろう。
「こ、こちらこそ、気に入っていただけて光栄です!とても嬉しいです!」
「平民が一人で大変だと思うけど頑張ってね。もし困ったことがあったら、ブラントレー子爵家のエミー様に声をかけるといいわ」
その後は少し彼女と談笑しながら別れた。
次の日、フレデリックたちにリンのことを頼む。
「俺もフレッドとウォルトいなかったら孤立していただろうな……」
「流石に平民一人は寂しいよな……俺だったら合格しても行かないわ」
「ウォルト、そんなに俺と一緒に学園に入りたかったのか〜?」
「ばっ……!ちげーよ!別にお前がいるから入ろうとしたわけじゃねーし!」
「照れんなよ」
「違うって言ってんだろ馬鹿!」
ギャーギャー揉める二人と宥めるライエルの後方に、新入生の令嬢たちがいる。こちらを見ながらキャアキャアと騒いでいる。
……確実にフレデリックとウォルター狙いですね。
あ、ライエルも顔立ちはいいんだけど、二人が群を抜いているから目立つのよ。
特にウォルターは……もしかしたらの疑惑もあるし。
「とにかく。寮の平民用談話室があるから、そこで定期的に話をすることにするよ」
「お願いね、フレッド、ウォルト、ライエル」
三人に任せば大丈夫だろう。安心して私は帰宅した。




