107.2年生
ボーッと正面を見る。
すると一人、私達の方に近づいてくる人がいた。
「アレクサンダー殿下。もしよろしければ妹と踊らせていただけませんか?学園では1年しか一緒にいられなかったため、記念に踊りたいのです」
お兄様ぁぁあ!!この隔離されたところまでわざわざ誘いに来てくれるなんて……泣きそう。いや、泣く。
だけど泣かぬようにグッと気持ちをこらえる。
「そうだな。ドロレス、行ってきていい。早く戻ってくるように」
「はい」
お兄様の方に体を向けた瞬間、自分でもわかるくらい私は全開の笑顔になっていた。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう。殿下といるのは大変だろ?」
ダンスを踊りながらお兄様が口を開く。お兄様も大変だと思っていたのね……。
「ええ、そうですね。結構強引なところもあるし、何を考えているかわかりません」
「殿下は国王になるために、感情を抑えて育ってきたらしいからな。男女関係なく、親しくなりたいと思う相手にどう接していいのか、どう言葉に表現していいのかわからないんだよ。仕事は完璧だけどね」
お兄様の言ってることはなんとなくわかる。
ゲームだって、ヒロインと結ばれるまではあまり笑わないキャラだった。大きな感情を出したのだって、ヒロインが彼の心の支えになる言葉をかけてあげた前後だったはず。
だけど、結構ジェイコブたちとふざけるときがあるんだよね。ゲームっぽくない性格を見たというか……。強引な部分も未だに不思議だ。
そんな私は、お兄様の言葉を聞いてアレクサンダーのことが気になり、もっと彼のことが知りたくなる。
と思うのは小説や漫画の中だけです。
私は!
王妃になりたくないの!
中身は凡人なのよ。
というわけで、仕事が完璧なら別に私がアレクサンダーの横にいなくたっていいわけで。穏便に解消する方法を模索中です。
「あれ?お兄様は気になるご令嬢はいないんですか?」
「いない……しばらく独り身になりそうだ」
切ない言葉でお兄様とのダンスを終えた。
すると、落ち着く間もなくジェイコブにも誘われる。
「そういえば、ライエルを虐めていた紫の髪色の人って誰だったんですか?」
ふと思い出して聞いてみる。
「ああ、ドロレス様が気にすることじゃないですよ。もう学園で会うことはないですから」
「えっ?!」
ステップを外しそうになる。目線が高くなった彼はニッコリと笑い、それ以上聞くなと圧がかかる。
……なにかしたのか?
「それよりアレク様とはどうですか?仲良くなりました?」
「友達として、なら仲良いと思いますわ。友達としてなら」
友達を強調する。ジェイコブは笑顔でため息をつく。
「本当に王妃になりたくないんですね。この国の令嬢の中では珍しい存在ですよ。もう諦めましょうよ。一緒に政務しましょう?ドロレス様なら安心して仕事出来ますから」
待て待て。君は私の味方じゃなかったっけ??
「右見てください」
「え?あ……」
ジェイコブに言われた方を振り向くと、ニコルのそばにオリバーが立っていた。
「案の定ダンスは断られてますけど、それでもずっとニコル様のそばにいるんですよ。なんでだと思います?」
「?踊りたいのではなくて?」
「他の男性と踊らせたくないそうです。ニコル様も誰かに誘われたら嫌だから、オリバー様をそのまま盾にしているため何も言わないそうです」
「不思議な二人ですね……」
そりゃあね、あんな近くにでかいオリバーがいたら、他の男性がニコルに声をかけようとしても出来ないわ。最近は少なくなったけど、それでも一定数はニコルを見る令息はいた。近くに来ている彼らはオリバーを見て諦めているのがよく見える。
ニコル自身がゲームに出てくるキャラではなかったから、オリバーが一目惚れするなんて想像もできなかったけど……。
ダンスが終わり、ジェイコブにエスコートされて端に向かえば、そこには私が一番話したかった相手がいた。
ジェイコブは無言でニッコリと笑ってその場を立ち去っていく。
「ドリー、すっごい綺麗だよ。パーティードレスを着てるの、初めて見た」
フレデリックはいつもの明るい笑顔でそう声をかけてくれた。その言葉に、心から嬉しくなり自然と笑顔になる。
「ありがとうフレッド。あなたも素敵よ。とても似合ってる」
彼が少し照れる仕草を見せる。周りには私達を見る令嬢が何人もいるけど、普段から私は彼と話しているので、変な勘は働いていなさそうだ。
「さすが貴族だな」
「素敵ですねー。貴族は別世界の人間だと改めて思います」
「みんなも素敵よ。普段着ない服だから緊張するわよね」
ウォルターやライエルとも会話をする。するとフレデリックがゴホンと咳をした。
「ドリ……、いやドロレス様」
初めてあだ名ではない名前を呼ばれ、鼓動が急に早くなる。彼も決意を込めた顔で手を差し出そうと腕が動く。
私、彼と踊れるの?いいの?
嬉しい。一気に緊張して、落ち着くように小さくゆっくりと意識して呼吸をした。
「よろしければ、ダンスをーーー」
「ドロレス、遅いぞ」
フレデリックが差し出しかけた手をすぐに戻す。そして私の後ろに向かって深く頭を下げた。
「早く戻ってこいと言ったはずだ」
アレクサンダーが不機嫌を顔に出して私の方へ近づいてきた。彼は私の横に来ると、すっと腰に手を回す。
「戻るぞ」
「……はい」
ここでアレクサンダーを振り切ってフレデリックのところへ行くことができたなら……。でも、私にそんな勇気はない。こんな大勢の前で、次期国王のアレクサンダーに恥をかかせてはいけない、と。平民のフレデリックに迷惑をかけてはいけない、と。そう考えてしまい、従うことしかできなかった。
ちらっとフレデリックの方を見れば、彼は拳を握りしめて私の方を見ている。
視線がぶつかる。申し訳なくて、私が目をそらしてしまった。
踊りたかった。フレデリックだって、きっと勇気を出して誘おうとしてくれたのに。苦しい。このままだと本当に1回も踊れないのかな?
私は席に戻る。
自由な学園なのに、王子の婚約者というだけでこんなに制限がかけられるの?
その後も色々と考えすぎて、アレクサンダーが私のこともずっと見ていることなど全く気づかずに俯き、ダンスパーティーを終えた。
そして3月末から2週間ほどの短期休みがあり、私は2年生になった。
今年、いよいよ。
【治癒の力を持つ女神】が召喚される。
神様は言っていた。
私と同じ時代から連れてくる、と。
だからといって、このゲームを知ってる人が来るとは限らない。私と同じ時代から召喚され、ゲームと同じ動きをするヒロインなのかもしれない。
それが一番厄介なんだけど……。
出来ることなら、召喚された人と仲良くなって、私をアレクサンダーの婚約者から円満に外してほしい。この世界の私の大きな願いである。
「女性?!相当優秀だったってことですよね?」
「ああ。ドロレスが提案した援助に該当する者が一人いた」
アレクサンダーとお茶会をしている中、優等生の話題が出た。どうやら金銭援助の話に国王も了承してくれたようだ。
すごい。平民の女性は勉強よりも家庭のことをする人が多い。何かを習うとすれば男性が優先されるため、そんな常識の中で1位を取ったってことでしょ?どれだけ勉強したの??
「知り合いじゃないのか?」
「え?知らないですよ」
「君の名前を言ってたぞ」
え?どういうこと?
あ!まさかアンやサマンサ?!……いや、年齢がそもそも違うもんなぁ。
じゃあ孤児院の子かしら?
入学式後、早速いつものメンバーで集まる。ついに1つ年下のエミーも入学し、中庭に設けられた特設テーブルに全員が揃った。
「エミー様、おめでとうございます」
「ありがとうございます。ドキドキしていますが、皆様のお顔を見られてホッとしました!」
「どう?お願いしていた形の紙で作れるようになった?」
「ええもちろんです!ルトバーン商会に持ち込んだら快く取引していただけました!今までで一番の発注料かもしれません」
「そう。それはよかったわ」
ブラントレー子爵家の特産である紙。文字を書くのに適していないなら、それ以外で活用を広めていた。
厚めの紙と、とにかく薄い紙を製造してもらった。
厚い紙は図面を渡し組み立ててもらう。紙箱だ。
プレゼントの箱といえば、平民も貴族もみんな木箱。だけど木箱は高い。平民の殆どがそんなものは買えないのだ。
木箱に色紙を貼り付けることも定番化したけど、やっぱり貴族が主である。平民の間では、プレゼントを紙で直接包むことが不動の地位を手に入れた。
だから今度は平民でも買える箱ですよ、箱!
何度も何度も図面を書いて切って組み立ててやり直しして……。ついに完成したケーキ箱とキャラメル箱。
地獄底だからケーキ箱は軽いものしか入れられないけどね。
地獄底ってネーミング、忘れないでよかったわー!おかけで簡単に構造を思い出せた。
うふふ、これで夏以外はロレンツの料理店でテイクアウトが始められる!保冷剤みたいなものがあれば夏もいけるのに!
2種類の箱はきっとプレゼント箱として平民に広がるはず。商会長ならきっと大丈夫。
薄い紙は、緩衝材として使う。クシャクシャにしたり、細く切ったり。
以前商会長と話していたとき、「包装は定番化したけど割れやすいものを渡すときが困る」と言っていた。
だから、箱と緩衝材で少しでも不安が減ってくれたらいいな、ってことで作った。
折り紙も安定して売れてるし、もう儲かってるでしょ?
みんなでワイワイ話していると、ブルーノがやってきた。
「皆様こんにちは。少しだけベッキーをお借りしてもよろしいですか?ベッキー、話したいことがあるんだけどいいかな?」
「え、ええ。皆様失礼いたします」
頭を下げ、ブルーノに差し出された手を取り、レベッカは立ち上がる。
「お似合いですよね」
「でもクリストファー様は……」
「そこが微妙なところなのですよ」
みんなでヒソヒソと話す。わたし以外はクリストファーとレベッカの同盟を知らないから、そう思ってしまっても仕方がないのだ。
そしてここは乙女ゲーム。
嫌な予感がしてレベッカの方を見る。
「あー!レベッ……カ、様?……とその横にいるのは、リオライエ辺境伯家のブルーノ様ですか?」
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