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106.ダンスパーティー

 

「……」



 フレデリックは、私と手をつないだウォルターを見ている。

 もはや驚きすぎて口は開いたまま、言葉が出ないほどだった。

 そりゃそうだ。この国に魔法らしい魔法はなく、しいて言うならここにある魔石くらい。

 そんな中で、手を握るだけで体からオーラが出るウォルターがいたらビックリどころではない。




「なに、これ……」


 我に返ったフレデリックが言葉を絞り出す。


「まずお願い。絶対に誰にも言わないで。この国でこんな不思議なことが起こるのはおかしいのはわかるでしょ?これを他の人に知られたら、私たちは捕まって人体解剖でもされちゃうかもしれないし、不審人物として捕らえられてしまうかもしれない」


「それは困る!」


 フレデリックが食い気味に言葉を放つ。



「理由がまだわからないの。他の人の手を握ってもこうならないのに、私とウォルトが手を握るときだけこうなるのよ。だから、手以外でもオーラが出るのか確認していたの。そこにフレッドが来たってわけ」


「そっか。そういうことならいいや」


 フレデリックは安堵の深呼吸をした。


「とにかく!誰にも言わないでね!ウォルトもね」


「おう」


「わかった」





 彼らと別れ、馬車へと向かう。誰も見ていないのを確認し、【治癒の力】でこっそり指を治した。




 私は【治癒の力】を持っているから、確実に魔法が使える。大司教様も、神託を受け取る程度の力は持ってるけど、あれは魔力?力ではないわよね。

 私が魔力を持っているから、何かに反応してあのオーラが出るの?

 それとも……。



 ウォルターが魔力を持ってるの?



 大司教様を除けば、代々の国王とその第一子しか魔力を持たない。




 ……私、あの金のオーラを出す人をもう一人知ってる。今年、魔石を取りに行くときに見たわ。

 国王が同じオーラを出すところを。


 アレクサンダーは【魔力制御】が出ていない。それはゲームでも知っている。発動しないと書いてあった。



 でももしかしから。

 出ていないんじゃなくて、そもそもアレクサンダーは【魔力制御】を受け継ぐ立場じゃないのかもしれない。




 その【魔力制御】を受け継ぐ者が。


 アレクサンダーではなく……。







 ウォルターってこと?



 国王の第一子?



 嘘でしょ?そんなことあり得る?

 だって見た目も全然違うじゃない。髪の毛真っ黒だよ?!


 王妃が?そんなはずない。ウォルターが5月でアレクサンダーが12月なんだから。



 でもじゃあなぜ彼にあれだけ不思議なことが起こるの?魔石を触ることができるなんて……この世界で、こんなことあり得ない。

 あり得ないと思いながら、私が想像している可能性が大きく広がっていく矛盾。



 そうだ。教会に行こう。色々確かめたい。お父様はまだ時間がかかるということで帰りは別行動になり、私は馬車を教会へと向かわせる。





「おや、久しぶりですね」


 微笑みながら大司教様が迎えてくれた。


「お祈りと、……握手してもいいですか?」


「どうぞ」


 優しく笑う彼は手を差し出した。

 大司教様も、普通の人は不可能な神託を受けることができる。それを魔法と表現していいのかは不明だけど、凡人に無い力が備わっているんだから、きっと彼にもオーラが出るはず。




「……ありがとうございます」

「いえいえ」



 大司教様にはオーラが出なかった。


 挨拶をしてお祈りに行くも、神様と会うこともできなかった。

 帰り、大司教様にウォルターの両親について話を聞く。




「本人にも話したことはあるが、父親はわからない。母親だけが身重の体でやってきてここで出産したんですよ。ちょうど他の地から移転してここに孤児院が完成したばかりの頃だったかな。無事に出産したのですが、数日後に…………自ら命を断ってしまいましてね。ウォルターには亡くなったとだけ話しています。男の子だとわかったときに『この子の名前はウォルターです』と言っていましたので彼にそう名付けました」




 どうやら母親の容姿とそっくりらしく、大司教様は『真っ黒な髪の美しい人、絶対にどこかの貴族だろう』と言っていた。



 あまり人の親のことを掘り下げて聞くのも気が引けたため、軽く話をした程度で帰ってきた。


 部屋の中で再び考える。



 ウォルターが黒髪の女性から生まれたことがわかったため、王妃の子ではない。



 大司教様にも金のオーラは出なかった。

 ということは大司教様とウォルターは違う。




 だけど、ゲームの攻略サイトで【真の王子】という言葉がたくさん出ていた。その隠しルートの攻略対象者が【魔力制御】を持っていたとして、アレクサンダーより早く生まれたなら……ウォルターはほぼ確実に……。 


 そしてもしかしたら王妃と側妃以外で、私が攻略サイトを見たときにいくつか書いてあった、国王のお遊びで生まれた子供……庶子なのではないか?




 それが……ウォルターなの?

 そうだとしたら、信じがたいけど辻褄は合う。

 王妃から生まれてなければあり得る話だし、実際、アレクサンダーよりも早く生まれているのがその証拠だ。


 【魔力制御】を継ぐ者は国王とその第一子だけど、それは『国王と王妃から生まれた王子』ではなく『国王の血を継ぐ第一子』なら、この状況も納得がいく。



 ウォルターの母親は一体どこの誰なんだろう。

 国王が手を付けられる位置にいた?



 本当に……ウォルターが第一子なの?





 こうなると、もう一つ確認したいことがある。


 国王との握手だ。

 これが出来れば……私の予想が確信に変わる。






 でも絶対無理じゃん!確かに私はアレクサンダーの婚約者だけど、だからといって国王に触れたいとか言い出したら危険人物として捕らえられそう。

 あ、触れてオーラが出たとしても危険だって思われて捕らえられるかも……。やっぱり触れるのはやめとこ。






 うわー、もしかしたらそうなのかもしれないって気持ちを抱えて、私はウォルターと一緒にクラスメイトとしてやっていけるのかしら……。

 だけど同時に、絶対に周りに知られてはいけないのよ。

 まだ確信はないけど。攻略対象者に負けないほどの美形だもんな。ああ、攻略サイトでスチル探せばよかった!


 もしそんな存在がいたら、祀り上げられるか、排除されるか。おそらくその2つだけだろう。





 ……しばらくは、何も見ていなかったことにしよう。じゃないと私の動揺が態度に出てしまうかもしれない。そうしよう。


 自分に言い聞かせて、温かい紅茶を一口飲んだ。












 冬休みが開けて、後期テストが行われた。

 目立ちたくない、でも負けたくないという葛藤がテスト中にずっと頭の中をめぐり、一問だけ無回答にする。


 結果発表。2位だろうと思っていたら、…………あれ?1位?なぜ?

 横の点数を見れば、まさかのまたしてもアレクサンダーと一緒!

 なんでだ!!!

 ゲームの世界、怖っ!!!!

 補正か?私があまりにもアレクサンダーに興味がない故の補正なのか?!



「まぁ!またアレクサンダー様とドロレス様の点数が一緒ですわ」


「仲良しですわねぇ」



 後ろからそんな声が聞こえる。なぜだ……完璧王子でもテスト間違えるのかよ。





 テストが終わり、3月末は卒業ダンスパーティーが行われる。家族も参加し、3年生はまだ相手が決まっていない人たちが婚約の申し出をすることも多い。

 だけど社交界パーティー同様、恋愛や婚姻関係なしに踊ることもできるので、何人も誘ったり誘われたりして踊る人もいるそうだ。


 フレデリックたちも正装をして参加している。ライエルは正装の用意が出来ないと言っていたため、お兄様のお下がりを譲った。平民の三人は、明らかに緊張している顔であたりを見回している。



 ダンスのお誘いは男性から。女性から声はかけられない。


 だけど男性は踊らなくても何も言われない。ただ、令嬢が誰からも誘われないと目立つ。なんとまあ女性に厳しいパーティーだろう……。だから相手が見つからない恥ずかしさを隠すため、一番最初に父親や兄弟と踊る人が多い。


 そんな中わかってはいましたけど、私は最初にアレクサンダーと踊る。


 当然といえば当然なんだけどさ。


 アレクサンダーと踊り終わったあと、何故か一区画だけ別格なスペースに用意されている豪華な椅子へエスコートされた。



「これは?」


「ドロレスは僕の婚約者なのだから、他の人と踊る必要ないだろ」


「……」



 え?嘘でしょ???

 私昨日、フレデリックから誘われるんじゃないかってドキドキワクワクしてご飯もあまり食べられず、眠れなかったんだけど……。いや、そんなこと本来思っちゃいけないんだけどさ。



 ヘコむ。超ヘコむ。ショックで俯きながら座る。

 アレクサンダーに心配の声をかけられるも、お前のせいじゃ!!と心の中で叫びながらニッコリと無言で微笑んで会話を終わらせる。


 王子じゃなければ……。アレクサンダーじゃなければ私だってもっと文句言ってた。

 でも王子じゃ何も言えない。私だけじゃなくて家にも迷惑がかかる可能性がある。家だけじゃない、私の家の派閥全部にかかるかもしれない。

 だから我慢をする。我慢は日本でもたくさんしてたじゃない!大丈夫よ私!


 あと2時間近く私はここに座っていなきゃならない。パーティー長い。私気づいた。動いてないと落ち着かない性格なんだわ。だから幼稚園であれだけ動いても疲れた感覚がなかったのはそのせいなのか?




 会場を見渡すと、レベッカがあの辺境伯子息であるブルーノと踊っていた。

 お似合いだなぁ。クリストファーともお似合いだと思ってたけど、この二人も昔からの知り合いなせいか、とても仲良しに見える。


 いいな。私もフレデリックと踊りたかった。平民の彼と身分を関係なしに踊れるのはここしかない。

 逆に言えば、ここで踊らなければ彼とは一生踊れないのだ。


 正装、素敵……。あんな服装見たこともなかった。

 身長だってどんどん伸びてさ。気がつけば、私がヒールを履いても彼には届かないくらいの差になっていた。


 フレデリックやウォルターの周りには、下位貴族の令嬢たちがソワソワとして近づいている。みんな、彼らに誘われたいのだろう。



 お願いフレデリック。誰も誘わないで……。誰とも踊らないで。


 勝手な気持ちだってわかってる。わがままで傲慢だって言われてもいい。

 王子の婚約者の立場で、こんなこと口にだって出来ないんだもの。


 だけどそれでも、心の中でそう願う自分がいた。



 私がここを立ち上がって彼の元へ行くことが出来たならば……。


 駄目よ。ここの席に座っているのは、私だけじゃない。私の後ろにはたくさんの人たちが関わってる。

 中途半端な行動なんて出来ないのよ。自分の性格に嫌気が差す。

 どうせなら前世の性格を引き継がないくらいの、思いっきり行動できる人間になりたかった。




 考えれば考えるほど、悲しくなってきた。

 悪役令嬢に転生なんてしたくなかったのに。




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