とんでもない知り合い 〜side.ライエル〜
ライエルのサイドストーリー。
長文になってしまいました。すみません。
「というわけで、しばらくこのカバンを使ってほしいな」
ドロレス様から呼び出されて一週間ほどたったある日。
ジェイコブ様に呼ばれて行くと、俺にカバンを渡してきた。
……それも、めちゃくちゃ高そうなやつ。俺なんかが持っていいものじゃない。それくらい俺でもわかるほどにとんでもない高級カバンだ。
「ここはね、ペンがたくさん入るようになってて、中の側面には分けられるように袋みたいなのもついてるんだ。それで」
「あ!あの!ちょっと待ってください!」
俺が唖然としている間に、その高級カバンの説明をどんどん進める彼の言葉で我に返る。
「こんな高そうなカバン使えるわけないじゃないですか!!」
「でもこれは君を守るためだから、絶対に毎日使って。あ、君の母上が縫ってくれたカバンを捨てろとか使うなとか、そういう意味じゃないからね?とりあえず年が明けるまで使って」
「ですが、こんなの余計目立つじゃないですか……」
「大丈夫だから。ほら、蓋の裏に僕の家の家紋もあるし」
余計使えないじゃん!!
「いい?約束。絶対に使ってね」
さっきまでの明るい声から、急に声のトーンが低くなった。使うのは怖いけど、使わないほうがもっと怖そうだ。
「はい、わかりました……」
それから俺は、フレッドやウォルト、そしてジェイコブ様と一緒にいることが多くなった。寮の部屋にいるとき以外はいつも誰かが俺の隣にいてくれるおかげで、あの紫の髪の人は俺に声をかけてくることもなくなった。
たまに目が合うことがあったけど、睨まれても何もしてこなかったのでしばらく安心した日々を過ごしていた。
それから2ヶ月近い日々が過ぎた12月のある日。
久しぶりに俺は一人で廊下を歩いている。ジェイコブ様が王子様に呼ばれて離れてしまった。
ドロレス様たちが話を聞いてくれるあの日まで一人でいることが多かったから、本当は平気なはずなのに……急に寂しさと不安な気持ちが押し寄せてくる。
どうしよう、もし、またあの人たちに出会ってしまったら……。
恐怖に震えながら歩いていると、その予感は的中する。
「おい、お前!公爵家の人間に取り入ったのか?!」
腕を引っ張られ、影の方へと連れて行かれる。あぁ、会いたくなかったのに会ってしまった。
「ドロレス様に見放されたら今度はマクラート公爵家の人間に味方になってもらおうってか?バカだなぁ。そのジェイコブ様だってお前のこと邪魔だって言ってたぞ〜?だからこうやってわざわざ俺たちに会わせる時間を作ってくれたんだ。ははは、哀れだな!」
俺はもう知ってる。ドロレス様もジェイコブ様もそんな人ではないってことを。
後ろの二人はいつも通り何も言わないし何もしない。目も合わせない。
学園に入ってからわかったことだけど、家の力関係できっと彼らはこの紫の髪の人と一緒にいなきゃいけないんだ。前にカバンを破って立ち去るとき、後ろからついていく彼らは俺の方を少しだけ振り返って小さく頭を下げた。
だからドロレス様たちから問い詰められたとき、二人のことは庇った。
助けてくれなかったことは悲しい。だけど彼らには彼らの家の事情があるのだろう。そんなこと、この学園に入らなかったらきっとわからなかったな……。
「おい聞いてんのか!しかもそのカバンはどうした?!それは高位貴族でしか持つことができないくらい高級なカバンだぞ!!俺だって買ってもらえないのに、お前が持つ資格なんてない」
考え事をしていたせいで力が緩んでいた。その一瞬の隙に、紫の髪の人に奪われてしまった。
これはジェイコブ様からもらった大切なカバンだ!まずい!
「返してください!」
「こんなものお前が持ってたら可哀想じゃねーか。俺が使おうかな〜?」
「やめて!」
絶対に渡したくない。これでこの人に取られたら今度は本当にみんなから見放されてしまうかもしれない。みんな俺みたいな平民の話を聞いてくれる素晴らしい人なのに、幻滅させたくない!
奪いに突進する。
ドサッ。
俺は突き飛ばされて尻もちをついた。
「っ!何しやがる!」
「いてて………それは僕の大切なものです!返してください!」
「ふーーーん。じゃあこうしようか」
紫の髪の人は、自分のポケットに入っていた小さなナイフを取り出す。
まさか……。
「ト、トーマス様!駄目ですよ」
「そ、そうですよ、やめてください」
初めて後ろの二人が言葉を発して止めに入る。それくらい高いカバンなのか……。
「うるせぇ!ほーら、よく見てろ。お前には不釣り合いなんだよ」
「やめて!!」
ザクッ。
綺麗に直線を描き、中の教科書が見えるほどにカバンが切り裂かれる。
なんて……なんてことを……。
俺のような者が持つカバンではないことくらいわかっていた。だけど、ジェイコブ様が……たくさん話を聞いてくれた彼がくれた大切なカバンなのに……。母さんからもらったカバンだって、このカバンだって、どちらも本当に大事なものだったのに。
絶望の淵に立たされ、言葉すら出ない。
「あー、綺麗に切れたぞ。どうだ?俺、上手いだろ?」
「そうだな」
「そうですね」
「え?」
どこからか声が聞こえる。この声は……。
「全部見ていたぞ、トーマス」
「こっちこっち」
声のする方に頭を上げる。
俺たちがいる壁の2階の窓から、ジェイコブ様と……学園長!……王子様もいる?!
「っ!!!なななぜ?!アレクサンダー殿下とジェイコブ様……学園長まで……」
髪の色に負けないくらい急激に顔を紫にしたトーマスという男は、俺のカバンを持つ手が震えている。
「最初から見ていた。それは優秀な平民に渡すように、私がジェイクに渡したカバンだ。それをお前はナイフで切ったな?」
「えっ、いや、ちが……」
「違うわけないですよ?僕、君がライエルくんの腕を引っ張るところから見てましたから」
「!!」
両腕を窓の縁に乗せてニコリと笑うジェイコブ様。
というよりこのカバンって王子様からだったの?!!ちょっと待ってよ!聞いてないんだけど!!
2度目の衝撃で未だに声が出ない俺を置いていくように話が進む。
「後ろの二人。君たちは帰っていいよ」
「はい……」
「失礼します」
「っおい!お前ら!お前らだって関わってるだろ!!お前らはうちの家に逆らえないだろ!逃げるな!」
帰ろうとする二人を追いかけていこうとするトーマス。だけど急に現れた大きな男の人に腕を掴まれている。
「テレンス、そのままでね」
「かしこまりました」
大男に両腕を取られたトーマスは身動きすらできない。
「さ、学園長。みんなでお話しましょう」
「そうだな。その者、捕まえた生徒を学園長室まで頼む」
「はい」
こうして俺たちは学園長室へと向かった。
「ーーーーというわけで、学園の規則にあるけど?それでいい?」
答えが見つからなくて黙り込むトーマスと、分厚い規則本を片手に笑顔のジェイコブ様。
「人の物を故意に壊すのも、皆平等を掲げるこの学園で人を何度も侮辱することも、影響のある貴族の名前を使って嘘の証言を捏造するのも規則違反で停学なんですよ?わぁ!トリプル停学だ。4つ揃えば退学なのに。惜しいですね」
細かく規則が載っている分厚い本は入学のときに配られた。この国唯一の学園は、秩序を守り、皆平等で生活することが書かれている。
俺は一通り読んだけど、普通に生活すれば規則に触れることはないのでみんな読まない。だからきっとトーマスも読んでいなかったんだろう。
だけど、実際に身分の差はやっぱりあって、いくら規則に書かれているからってそれを守る人は少ない。貴族同士でもそういうのは見受けられたし、実際に俺も平民が故に虐められても規則のことを言い出せなかった。
結局は権力が存在している。
「学園長も言いたいことあります?」
「ふむ。最近は規則もおろそかになっているからなぁ」
演技のようにわざとらしい言い方をする学園長。他にもなにかあるのだろうか。
「個人の努力を尊重して、ここ十数年は敢えて知らぬふりをしていたが……。トーマスは知っているかな?」
「……」
何を言われるのかわからない彼だけど、なにか思い当たるのか、ゆっくり顔を上げ、おそるおそる学園長へ目を合わせる。
「私がこの学園で勤務するようになって40年、当てはまる人はいなかったんだが……。テストでビリを連続2回取った者は、勉強のやり直しで1年間の停学。これで停学が4つ目だ」
「っ!そんな!!」
目を見開き愕然とするトーマス。ということは、2回すでにビリを取っているということだ。
「さて。君には選択肢がある。さっきライエルと話をした。彼は優秀な上にとても慈悲深くてな。3つも選択肢を用意してくれた」
「……くっ……」
学園長室に入る前に、トーマス以外で先に入り、話をした。そんな彼に睨まれるも、俺は怯まずに堪える。
「1つ目は当たり前だが退学だ。2つ目はそれぞれの期間の停学を終えたら学園に戻れる。ただし、その期間が終わるまでは今の学年のままだ。自動進級などしない。ちなみに期間は2年だけどな」
「2年!!?」
「当たり前だろ。4つも停学処分を受けているんだ」
王子様が横から口を挟んだ。
「くそっ……なんでこんなことに」
悪びれる様子もないトーマスに、見ているだけで俺が疲れてくる。
「最後、3つ目だ。ライエルに頭を下げて謝罪。そしてそのカバンの弁償だ」
「っふざけるな!誰が平民なんかに頭を下げるか!」
「じゃあ3つ目はナシで。素直に謝るなら、カバンの弁償はナシでいいって話したのにね」
「……はい」
ジェイコブ様からそう切り出され、俺も頷く。
「な!なら先に言え!悪かった!これでいいだろ!」
叫ぶように謝罪の言葉を口にした彼を見て、俺は呆れる。
貴族にもこんなやつがいるんだ……。人のものを壊しといて謝りもしない。促されて、楽な道を選ぶために気持ちの入らない謝罪の言葉を投げ捨てるように吐く。
「どちらにする?退学か停学か。どちらにしろ先程、君の男爵家のもとに手紙を出したから、君に決定権はないけどな。とりあえず荷物をまとめて寮で待機していなさい。護衛の者。彼を見張るように」
「はい!」
「くそ!なんで俺が!ジュベルラート家の評判を落とせば俺たちの家ごと面倒見てもらえるはずだったのに!俺のせいじゃない!」
学園直属の護衛が、叫ぶ彼を連れて部屋を出ていった。
トーマスが出ていったあと、ジェイコブ様と王子様が何かを小声で話し、王子様が部屋を出ていく。
一気に緊張が抜け、ソファーの背もたれに寄りかかる。
でもこのメンバーの身分の高さを思い出して、すぐに姿勢を正した。
「ライエル。楽にしていなさい」
学園長に言われ、少しだけ背筋を緩めた。だけどカバンのことを思い出して、姿勢を正す。
「あの、ジェイコブ様。カバンを壊してしまい本当に申し訳ありませんでした。王子様からもらったことも知らずに」
高級カバン。しかも王子様からもらったというのをさっき知ったので、思い出した途端に再び緊張が走る。
「いいのいいの。あれ、嘘だから」
「え?!」
「あれは僕が贔屓にしている店のカバンなんだ。また同じことが起こりそうだったから、お店に頼んで、縫い目ミスとかがある失敗品を安く譲ってもらったんだよ」
失敗品って……。俺の目にそんなのわからなかったんだけど!どこにそんな失敗あったんだよ?!しかも安く譲ってもらったとしてもそんな簡単に買える額じゃないでしょ!!
高位貴族の恐ろしさを目の当たりにした。
「トーマスの後ろについていた二人にもね、予め調べて声をかけていたんだ。二人の家は平民から貴族になってまだ若いから、どこかの家に助けてもらうしかなかったんだよ」
3人とも爵位は男爵で、トーマスの家だけ高位貴族と繋がりがあったらしい。後ろ盾のない二人の家はトーマスの家に頼るしかなかったらしく、ずっと抜けたいと二人だけで愚痴っていたそうだ。他の人の証言も取れていた。
貴族……っていうよりジェイコブ様に逆らったら怖そうだ……。
「ライエル。これからも頑張って勉強に励みなさい。きっとあの生徒と会うことはもうないかもしれないからな」
学園長が優しい声で俺に励ましの言葉をかけてくれた。
部屋を出るとジェイコブ様がこっそり教えてくれる。
「学園長は下位貴族だったんだけど、学園で常に1位だったんだって。だから成績の悪い高位貴族から嫌がらせを受けたりしていたらしくて。そんなバカバカしいことをさせないために学園長になるって決めたんだってさ。虐めに対する規則は今の学園長が入れたって言ってた」
「か、かっこいいですね!」
そんな過去もあったんだ。学園長かっけぇ!!俺の尊敬する人が増えた。
「じゃあ僕は行くね。あとこれプレゼント。こっちは失敗作じゃないから。今日のこの一件があるからみんな規則本を読み返すと思うし、同じようなことをしてくる人もいないと思う。あ、ここに入ってるカードは修理したいときにその店に行ってね。無料で出来るよう言ってあるから。じゃあね!」
俺が口を挟む間もなく、ジェイコブ様は新品の高級カバンを俺に渡して立ち去った。
押し付けるように渡された、俺の腕の中にある高級カバンを見る。
お、俺……、とんでもない貴族と知り合いになっちゃったな……。
このままだとおかしくなりそう。冬休みは早めに帰って平民感覚を取り戻そう……。
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