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103.勝手に人の名を使うな

 夏休みが明け、9月末のテストに向けてみんなが一生懸命になっていたある日の放課後。

 実は生徒会長をやっているお兄様に、生徒会長室へ呼び出される。



 私がノックすると、数人の色めき立つ令嬢、そして混じり合って気持ち悪くなるほどの香水と化粧品の匂いで溢れている部屋の奥にお兄様がいた。

 まじか、こんな部屋で会長やってるの?お兄様……優しくしてあげよう……。



 なんとか令嬢たちを追い出して二人きりになると、一通の封書を出してきた。


「これは?」


「ドロレスが支援している平民のライエルの退学届だ」


「えっ!?」



 なんで?あれだけ学園に入りたいって言ってたのに、こんな早くやめる理由なんてないでしょ?!


「なぜですか?」


「理由を言ってくれないんだよ」


 学園に通えることが決まって嬉しそうにしていたライエルを思い出す。絶対になにか原因があるはず。


「以前、中庭で令息たちに虐めみたいなのを受けてたんです。でも私はちゃんと見ていなかったので特定はできないですが……。もしかしたらそれが原因かもしれません」


「なんだって?……そうか。それはこちらでも調べてみる」


 アイツらのせいで優秀なライエルが学校をやめるなんて許さない。


「私、ライエルと話します。あと、学園長と話したいんですけど今日はいるのかしら?」


「あぁ。あと少しで外出から帰ってくると思うよ」


「わかりました。その退学届、まだ受理しないでくださいね」


「もちろん。理由がわからないからね」


 部屋を出る。


 学園長に味方になってもらわなきゃ解決できない。腑に落ちないけどアレクサンダーにも協力してもらうしかないかな……。








 ーーーコンコン。


「誰かな」


「ジュベルラート公爵家長女、ドロレスです。学園長、お話をしたいのですがよろしいですか?」


「どうぞ」



 ちょうど一息ついていたのか、ソファーで片手に書類を持ちながら紅茶に口をつける学園長。私を反対側のソファーに座るよう促した。



「実は、とても優秀な生徒が学園を辞めてしまうかもしれないのです」


 地位と名声、名誉を大事にする学園。この切り出し方が1番だ。学園長の目つきが変わる。



「優秀……ということは、一年の平民の誰かかな?」


 話が早そうね。


「ええ。入学前試験2位のライエルです。彼は家庭教師もつけず、平民の知人に頼りながら独学であの順位を取ったとっっっっても優秀な人材です。資金難だったので私が今援助をしているのですが……そんな彼を妬んで、虐めている貴族がいるのです」


「私はイジメが嫌いだ。自分が劣っていることを認めずに人に八つ当たりしているようなもんだからな」


 ……厳しい顔でそう語る学園長。


「たしかに平民のほうが身分は低いです。でも……学園に通わなくてもいい平民がわざわざこの由緒ある学園に私の援助を受けてまで入りたい、と言っていたのですよ。その援助だって、成績の上位をキープする条件もつけました。彼が学園を無事に卒業出来たら素晴らしいと思いませんか?独学で入学した平民が成績優秀。そんな彼が望んだ学園。平民の憧れ。今後学園に入ることが名誉あることだと言われるに違いないですわ!」


「それは誇り高いことだ!貴族は必ず入るが、平民でも優秀な者がいれば憧れて競争率が高くなり、さらに優秀なものが現れるかもしれん!」


 単純な人で良かった。私はひたすら神妙な顔で話を続ける。


「虐めは絶対に許せないですわ!ですが、先生方が大きく動いてしまえば目立ちます。同じクラスである私が逐一報告をさせていただきますので、犯人がわかれば然るべき処罰をお願いいたします」


「わかった。学園の品位を下げる者はたとえ貴族だろうと学園にいらない。それなら優秀な平民のほうが歓迎だ」



 その後は楽しい会話をし、学園長室を出た。よし、これで上は大丈夫。

 この世界、比較的良い人が多いな。








「……失礼します」


「どうぞ」


 数日後。授業が終わったあと、一番小さなサロンを貸し切ってライエルを呼んだ。

 私一人だと前回のように怯えては困るため、フレデリックとジェイコブを同席させた。



 気まずそうにソファーへと座るライエル。なぜ呼び出されているかは彼が一番よくわかっているだろう。



「ライエル。なぜ退学届を出したの?」


「……」


「3人で楽しく過ごそうって言ったじゃん?何かあったの?」


 フレデリックも心配して声をかけるも、ライエルは俯いたままだ。

 うーん、どうしよう。責めすぎても駄目よね。



「誰に虐められたか、あの貴族令息たちの名前はわかる?あなたのカバンを破いた人たちよ」


 ピクッとライエルの体が動く。


「あ!あのカバンやっぱり誰かに破られたのか?破れ方がおかしかったんだよ。うまく直したけどさ」


 フレデリックも薄々気づいていたのかもしれない。もしかしたらフレデリックやウォルターもなにか言われてるんじゃないのかしら?心配になってきた……。


「黙っていたらわからないわよ?」


「……俺がいたら迷惑になるので」


 ライエルは絞り出すような声で話しだした。




「なにが?なんの迷惑なの?」


「……ドロレス様の。そう言ってるって聞きました……」


「はぁ?!」


 持っていたティーカップを雑にソーサーへと戻す。声を荒げる寸前で冷静になれた私は大人……ってこんなこと言ってる場合じゃない。

 なにそれ?私そんなこと一言も言ってないんですけど!!


「一度も発してない言葉をなんで私が言ったってことになってるの?!」


「落ち着いてドリー」


 前言撤回。……全然冷静じゃなかったわ私。



「ライエル。私が勝手にあなたに援助するって言ったのよ?それがなんで私があなたのことを迷惑だと思う理由になるわけ?」


「……学園2日目の朝、寮を出ようとすると『ドロレス様はお前のような平民と話などしたくない、近づくだけで吐きそうになる、早く辞めてほしい、って言ってたぞ?よく堂々と学園に来れるな』って……」




 はぁぁぁぁぁぁぁあ???





「ドロレス様がそんなこと言うはずないって、わかってるんですけど……貴族同士では本音で話している、ってその人が……」


「んなわけないでしょ!むしろそいつらのほうが吐き気するわ!」


「ドリー、言葉」


「……吐き気しますわ」


 またフレデリックに言われてしまった……。こんなことで嫌われたくないな、気をつけよ。


「ライエル、考えてみてよ。俺言ったよね?ドリーとは8歳のころから知り合いなんだよ?今までずっとこうやっていつも隣にいるけど何も言われてないよ」


「そ、それは俺とフレッドは付き合いの長さが違うから……」


「でもそれじゃ、その貴族が言ってることと矛盾するよ?平民がドリーと話しちゃいけないなら俺とウォルトのところにも来るはず。でも来ないんだから、何かあるはずなんだよ」


「そんなこと言われても……いつも会うたびにドロレス様が言ってるって……」


「ライエルくんじゃなくて、ドロレス様に恨みがあるのかもしれないですね」


 ずっと黙っていたジェイコブが口を開く。え?私??



「ドロレス様の評判を落とすために、間接的にやってるのかも。フレデリックくんたちは昔から知ってるから、最近知り合ったライエルくんが狙われたのかな。ドロレス様、恨みを買うような人いませんか?」


「……アレクサンダー殿下の横に立とうとしていた全ての令嬢からなら……」


「数え切れないな」


 ため息をつくフレデリック。

 もう8歳のときのアレクサンダーとダンス踊っちゃった事件からそこそこ恨み妬み嫉みを貰ってると思うんですけど……。



「あの、三人いたんですけど、全員上級生だと思います……。俺、同学年の顔と名前は全部覚えているので、それだけは確かです。いつも話すのは一人で、濃い紫の髪をしていました。他の二人は特に何も言わないし何もしてきません、ただついてきただけのような……。かばんを破いたのも紫の上の人です」


「紫……」


 私は一通り上級生の名前を覚えたけど、会う機会がないため顔や髪色まではわからない。それでもジェイコブには思い当たる人がいたようだ。


「それって、前髪を真ん中で分けてて、吊り目、ライエルくんと身長があまり変わらないんじゃないかな?」


「あ!そうです。……すごいですね」


「こう見えても次期宰相だから!」


 胸を張ってニッコリと答えるジェイコブ。そしてライエルが戸惑い始めた。次期宰相の彼と同じテーブルを囲んでいることにあたふたしてしまっている。


「ライエルくん。僕は小さい頃に虐められていたんだ。閉じ込められたり、殴られたり、大切なものを盗まれて壊されたり。それでもなんとか前を向いてここまで来れたのは、ドロレス様をはじめ、たくさんの人が支えてくれたからなんだよ」


「ジェイコブ様も……そんなことが」


「そうだよ。見て?」


 そう言うとジェイコブは、制服のズボンに収まっていたシャツを出し、まくし上げる。

 色白で余計な脂肪など一切ついていない彼の脇腹に10cmほどの傷跡があった。


「ジェイコブ様?……もしかしてそれも」


「お察しの通り。押されて怪我して、……もう消えないんだ。まだ誰も僕のことを信じてくれなかった時の怪我だから、家の者たちは遊んで怪我したと思ってるけどね」


 空笑いするジェイコブは話を続ける。


「僕がもしあのとき、誰にも相談できず、何も訴えていなかったら今ここにはいない。ずっと家に引きこもっていたかもしれない。だけど僕は一人じゃなかった。僕を信じて、僕の話を聞いてくれる人がたくさんいたんだ。君にはそんな人いない?こうやって心配して呼んでくれる人や、普段から声をかけてくれる人、いなかった?」 


 ライエルへと優しく声をかけるジェイコブ。その質問に対して、最初から答えはわかっていたかのようにゆっくりと話すライエル。


「いま……した。今日のドロレス様や、フレッドもウォルトも」


「そうだよね?でも君は、そんな人たちよりも虐めていた人の話を信じるの?」


「あ……」


 一瞬だけライエルの目が大きく見開く。なぜ自分は、虐めていた人の話を信じてしまったのかと後悔しているように、目を彷徨わせた。



「あとはわかるよね?君は何をすればいいか」


「……はい」



 ライエルは私に体を向き直す。


「ドロレス様……すいませんでした」


「ライエル。私は謝られることなどされてないわよ」


 別にライエルに対して怒ってることなど何もない。どちらかというと彼を虐めていた奴らの方をなんとかしたい。



「あなたはこの学園でやらなくてはいけないことがあるでしょ?それはなにかわかるわよね?」


「はい。……上位10位以内に入ることです」


「そうよ。あなたのやることは退学じゃない。テストを頑張ること。そして堂々と卒業して、自分の家の助けになる、そうでしょ?」


「っはい!」


 彼の瞳に意志を感じる。さっきまでの彼はもういない。もう挫けずに頑張ってほしい。私だって最大限助けるから。



「ありがとうございます……何から何まで」


「じゃあライエルくんは今日から僕と一緒に行動しよう」


「えっ?そ、そんな!ジェイコブ様となんて身分が……」


「大丈夫。ドロレス様、フレデリックくん。僕は少しライエルくんと話をするので、先に出てもらえますか?」


 ジェイコブがライエルの話を聞いてあげるそうだ。内容は違えど、彼のほうがライエルも話しやすいかもしれない。私とフレデリックは部屋を出た。




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