99.魔力制御
その後、王宮直轄の作業員は魔石を運ぶのにてんやわんや。
「絶対に割るな!」
「綱の交換お願いします!」
「台車の用意しろ!」
1回の【魔力制御】では完全に魔力は抜けない。だからといって2回かけて魔力を全部抜いたら召喚に使えなくなる。
そういう理由で作業員たちは直接触れられないのだ。1回使うだけで国王は立てなくなるくらいの力を使うため、すでに馬車に運ばれて王宮へ戻る準備をしていた。
作業員たちはなんとか直接触れない方法で、綱をかけたり板を挟んで少しずつ動かしたりして台車へと動かす。その魔石は、ここから動かんぞとばかりに自身の中で青白い輝きを放っていた。
何度も何度も綱や板を交換する。切れたりするわけでもないのに……。
「長時間魔石に触れていると使い物にならなくなるそうだ。だからそうなる前に新しいのに変えてるんだよ」
へぇ。魔石を台車に乗せるだけでもあんなに苦労するのね。帰りのための台車も数台用意している。
そりゃいびつでも高値になるわけだ。
「あの魔石を7つ集めて、地下の部屋へと持っていくんだ。そして来年は【召喚の儀】の年になる」
帰りの馬車で、アレクサンダーは魔石の説明をしてくれている。
「召喚に失敗した魔石はもう次の召喚には使えない。以前その魔石に2回目の【魔力制御】をかけたことがあったそうだが、完全に魔力は無くなるかわりに全く輝きもないただの石になってしまったそうだ。だから石留の材料の方に【魔力制御】をかけて、魔石を埋め込んでいる。そうすることによって僕たちも触ることができるし、輝きは残ったまま。そのときは詠唱するそうだ」
なるほど。家庭教師からは一般的な知識だけ教わったけど、ここまで詳細な内容は知らなかったから興味津々だ。
そして詠唱しているところも見てみたいな。ファンタジー感。
「石になるとなにか変わるんですか?」
「本当にただの石だ。そこらへんに落ちているような石だよ。何代か前の賢王が、使い物にならない石にさせるより、魔石として配ってそれを売り買いすることで経済の流通を図ったんだ。それを7年に一度、失敗した時に配るのが定着した。だから、逆に止めたら国民の反発を食らうだろ」
国王の命がかかってるとはいえ、失敗すれば平民にとってはラッキーになる。タダで給料1ヶ月分以上のお金が手に入るんだから。
配布を止める国王がいたら、平民はどう思うだろう。
いいものを自分たち王族だけで持とうとしているんじゃないか?
【召喚の儀】が成功したわけでもないのになぜ急に配らなくなったのか?何か隠しているのか?
様々な憶測や不安は、国の信頼にも関わる。だから今まで通り配るのを続けている。
「来年成功したときの魔石はどうなるんでしょうね……」
「今まで成功したことがないから、全くどうなるのかがわからないさ。念の為、魔石として配れなかった場合は金銭を用意するように父上に進言しておいた」
「あら、じゃあ安心ですわね。さすが次期国王のアレク様ですわ」
こういうところが彼のふさわしいところなのよね。ちゃんと平民にまで気が回るところ。だから素晴らしい国王になれるのよ。
「ドロレスから褒められるのは嬉しい。これからも王妃として、僕を支えてくれ」
はにかみながらそう言った彼を見る。まだ13歳の若い笑顔だけど、将来立派な国王になるのは想像ができる。
それはゲームで結末を知っているからではない。
ここでずっと一緒に過ごして、彼の王族としての立ち振る舞いや聡明さをひしひしと感じたからだ。
私はあなたの友達になりたい。あなたの信頼できるうちの一人になりたいとは思う。
でも、あなたに伴侶として生涯寄り添う覚悟も気持ちもない。このままじゃ王妃になるけど……。
来年の【召喚の儀】で呼ばれるヒロインが、ゲームのまま行動するのか。
私のように前世の記憶持ちなのか。
どちらにしても、アレクサンダールートを選べばきっと私は処刑になってしまう。
それを免れるには、やっぱりこの人の婚約者としているわけにはいかない。
確かに私は家格的に王妃へ選ばれるだろうとは思っていたけど。アレクサンダーもきっとそう思っているから、私を王妃として迎え入れたいのだろう。ゲームがそもそもそういう流れなのだから。
きっと定番の小説のストーリーなら、このまま私は彼のことをだんだん好きになる、って流れなんだろうけど……。
私はただの凡人。
死ぬのがわかっている道に、わざわざ足を踏み入れたくないの。それに……想う人もいる。
貴族として失格かもしれない。この世界に生きる者としてありえないかもしれない。破天荒者だ。
でも、できるだけ足掻こうって決めたんだ。
彼の純粋な笑顔に見て見ぬふりをし、帰路についた。
「す、すいません!」
私が注意しただけで逃げていく男子たち。
「ありがとうございます、ドロレス様」
「いえ……。にしても私そんなに怖いの?」
何が起きたかというと。
相変わらずニコルが男子たちに声をかけられていて、腕を掴まれたりするわけじゃないけど声をかけられまくっているのだ。
その現場に私がたまたま居合わせたので「あなた方、本人が嫌がっているのにしつこく声をかけるのは紳士としてどうなのかしら?」と言っただけである。
反論されるのかと思ったらなぜか逃げられた、というわけだ。
「王子の婚約者で、公爵家で、キツい顔ですものね?」
ニコルはハッキリと笑顔で私に言う。そ、そんなハッキリと言わなくても良くないですか……??
「でもこれじゃあ毎日大変じゃないかしら?」
「扇子がダメなら仮面の許可をもらいに行きますわ」
「そっちのほうが無理でしょうが」
仮面で許可取れるなら扇子が許可取れてるから!
「んー、真顔で生活するとか?」
「……面倒なことは笑顔でやり過ごせと母から教わっていたので、今までそうしてきたのですが……。それ、やってみます」
だからいつも笑顔でやり過ごそうとしていたのね。でもニコルの真顔ってある意味怖いけど。
政略結婚が多い中、爵位が高すぎず低すぎない伯爵家のニコル。ちょうどいい爵位に加え、見た目が可愛いから、それはもう嫁入りとして最高の結婚になる。だから、貴族令息たちは彼女に振り向いてもらおうと必死なのだ。
可愛いお嫁さんのほうがいいもんね。
『真顔で』
軽い気持ちで言った。
だけど次の日、それはすぐに実行に移された。
教室がザワザワとしている。
「ニコル様、どうしたのかしら……」
「あんなに可愛い顔なのに」
クラスの1番モテ顔であるニコルが、真顔で座る。ニコル=笑顔は全員が認識していることなので、真顔………しかも怠そうな顔をしていれば、そりゃあどうしたってなるわ。
理由を知らないレベッカが私のところに来て尋ねてきた。
「ーーーーというわけで、真顔にシフトチェンジしたみたいです」
「まぁ……。でもあれで男子たちの声掛けが少なくなればいいのですが」
ニコルが楽になれば嬉しいけど、あれはあれで心配になる。
「ニコル様、おはようございます」
……この状況で、何事もなく彼女へと声をかけに行くオリバー。勇気!
「……おはようございます」
そのまんまの顔で返事をする彼女に、オリバーは何もツッコまない。え、何も言わないの?!急に全く笑わなくなったのに?!クラス全員がおそらく同じ気持ちでいるはずだ。私と同じ目でオリバーを見ている。
「今日、二人でランチしませんか?」
「嫌です」
……即、断られている。
私がアレクサンダーと2人だけのランチのときは、オリバーを外す。今日はその日なので、誘っているのだ。
だけど……、もう何度目よ???毎回誘っては断られ、誘っては断られ……。オリバーは断られれば潔く諦める。でもまた次の機会には必ず声をかける、の繰り返しだ。
最後まで彼女の真顔について何も言わないまま、彼はジェイコブを誘い、レストランへと向かっていった。
その顔が2週間も続けば、声をかける令息もほとんどいなくなる。それは結局【ニコル】と仲良くなりたいわけではなく【可愛い子】と仲良くなりたいという、本当にただの男の子の願望なだけだったことが理解できた。
だけどその肝心の彼女が自分たちに笑いかけもしなくなったせいで、『それならもっと自分に好意のある令嬢を選んだほうがマシだ』と言っている令息もいた。
まだ声をかけたことのない令息たちがニコルのところに声をかけに来ることはたまにあるが、聞いていた可愛らしい顔とは違って無表情。令息たちのほうが戸惑っていた。
そうして今までのようにしつこく声をかけ続ける人もいなくなり、以前のようにニコルは私達の誰かにへばりついて歩くこともなくなった。
笑顔じゃなくなった途端にそんなあっさりと引き下がるなら、はじめから声をかけないでほしいわ!
「ほとんど来なくなりましたわね」
「ええ、とても過ごしやすいですわ。最初からこうしていればよかったと思っています」
3人での授業後のお茶会。
レベッカとニコル。2人を交互に見る。
……無表情コンビが結成されてしまった……。
簡潔に言います。
洞窟にある大きい魔石(外側超オーラ、さわれない)
↓・【魔力制御】
大きい魔石(オーラが消え、透き通って輝く、さわれない)
↓・職人が砕く
↓・石留材料に【魔力制御】(*)
↓・石留をつける
小粒魔石(透き通って輝く、さわれる)
(*)2回目の【魔力制御】を直接魔石にかけてしまうと、ただの石ころになる。




