94.鮮明
「おめでとう!」
「乾杯!」
ロレンツの料理店にいる。
カフェタイムの時間を貸し切りにし、フレデリックとウォルターの入学祝いパーティーだ。
このあとに出来上がった3人の制服を取りに行き、ライエルの必要なものを買いに行く。なので彼も誘ったが、店の手伝いで不参加になり、パーティー後の合流になった。
私の両親といつものお茶会メンバー、フレデリックの両親、それにフレデリックと仲の良い商会の人たちを呼んだ。
「フレデリックくん、ウォルターくんもおめでとう。僕も嬉しいよ。これ、お祝い。これ、男子の間で流行ってるみたいで僕も同じの買ったよ」
「えっ?こんな高級なカバン!ありがとうございますジェイコブ様!」
「………お、俺もいいんですか?俺なんて殆ど話したこともないのに……」
ウォルターが驚きで固まってしまっている。高級カバンを持つ手が震えている。そういえば、ウォルターはお茶会に参加してないし、ジェイコブと会ったのって数回だけだわ。
「いいの。前にここに来るときに呼んでもいない王子を連れてきて迷惑かけちゃったしね。その代わり学園で友達になってね?貴族だと色々政治的なものが絡んでめんどくさいんだよ」
「友達など恐れ多いです……俺は平民だし、親もいないんで……」
「じゃあそのカバン……使ってくれないの?」
急にシュンとして口をへの字にし、下を向くジェイコブにウォルターが慌てて否定する。
「そ、そんな!そういうわけじゃ……」
「じゃあ、友達になってくれる?」
目を潤ませ、少しだけ上目遣いでウォルターを見るジェイコブに、私は寒気を感じた。これは演技だ。
「……俺でよろしければ……」
「ありがとう!じゃあ今日から僕の友達だよ」
ウォルターの答えは一つしかないとわかっていたかのようにシレっと笑顔になるジェイコブ。そしてスタスタと料理のある方へ去っていった。
「「貴族って恐ろしい……」」
私とウォルターの小さなつぶやきが同じタイミングで放たれた。
「私からもね、二人にあるのよ。はいこれ。安物だけど」
「ありがとうドリー!」
「ありがとう。これは何?ネックレス?」
渡したものを不思議そうに見る2人。
「ネックストラップよ。先端に金具が何個かついてるの。あなた達入学したら寮になるでしょ?だから鍵とかつけられるから便利だと思って」
「あ、助かる。俺よくポケットに入れてるから落とすんだよ」
「ウォルト良かったじゃん!いつも落とすって言ってたから、これなら絶対に大丈夫だ」
「……どれだけ落としてるの?」
「週1くらい?」
「「今すぐつけなさい」」
「はい……」
落としすぎでしょ!!!
「フレデリック様とウォルター様は素晴らしいですわね。聞きましたわ。私でもあんな高得点取れる自信ないですもの」
「ウォルター様は勉強を始めたのが私より後なのにあの点数を取れるなんて尊敬しますわ」
レベッカたち貴族令嬢3人に次々と褒められ、慣れていないウォルターが本気で照れている。目すら合わせられていない。
「フレデリック様はルトバーン商会の子息だとある程度知れ渡っているので予想はつきますけど、ウォルター様はお気をつけくださいませ」
ニコルが笑顔のまま急に真剣な声のトーンでウォルターに話し出す。
「な、何をでしょうか?」
「見た目に寄ってくる令嬢に、ですわ」
ふんわりと微笑むニコル。あぁ、言ってる意味がわかった。そうよね、どこの誰かもわからないのにこんな顔立ちの子が入学してきたらさっそく令嬢たちの熱視線が向かってくるわね。
「???俺の見た目?何か変ですかね?」
そして言ってる意味がわからないウォルター。
「ま、入れば実感すると思いますわ」
それ以上言わないニコルに、頭の中がハテナだらけのウォルター。彼女だからこそ、その大変さがわかるのだろう。
ん?待てよ、ってことはフレデリックももしかして令嬢の注目の的では?!大商会の息子なんて、下位貴族からしたら優良物件じゃん!!しかも……見た目もいいし……うわーうわー私、そんな状況に耐えられるのかな!??!
みんなで楽しんだパーティーが終わると、ライエルと待ち合わせをしてみんなで入学に必要なものを買いに行く。教材や筆記具、そして平民3人はみんな寮なので簡単な日用品なども揃えに行く。
日本で言うなら、もうすぐ中学2年生。その男子たちがいろんなデザインの筆記用具を見ながらワイワイしてるのを見て、ほのぼのとする私。
平和。
久々に何も考えずのんびりしてるなー。ただの日常、って感じ。
椅子に座ってぼーっとしていると、フレデリックが声をかけてきた。
「はいこれ」
「どうしたの?」
軽く紙で包まれたものを手のひらで開けば、そこにはタッセルがついたキーホルダーがあった。
「さっきのお礼。俺も同じの買ったけど……二人には内緒にしてね。さっきのネックストラップにつけるから」
「うん。ありがとう」
懐中時計だって一緒のを持っているのに……。でもこういうお揃いのものを欲しがったり、みんなに内緒で揃えようとしてくるところ、本当に胸がキュンキュンしてしまう……。あぁ。顔に出そうで困る。多分もうニヤけが出てるけど!熱い!
みんなまだゆっくり見てて。顔を冷ますから!
二人にあげたネックストラップはライエルの分も用意していた。彼に何度も何度も頭を下げられ感謝の言葉をかけられる。
見ていて気づいた。他の二人が必要なもの以外を見たり買ったりしている中、必要なもの以外を一切見ず、無駄な買い物も無かった彼。きっと家が貧しかったときからずっと贅沢なものを買わなかったんだろう。
兄弟がいると、歳が上の人は我慢を強いられる。妹二人いるって言ってたし。兄姉あるあるなのよ。ワガママや要望を言いたいけど言えない、それが当たり前になっちゃうの。
それぞれ学園での取引店での購入のため、買ったものは全て寮に送ってもらった。
最後に制服の店に行く。
「ドキドキする」
「貴族の学園の制服だろ?着させられ感がしそう」
「俺もついに学園に入れるんだ……」
前回は採寸しかしなかった3人が、今日は完成した制服を着るために試着室に入る。
私、暇だな……。誰か誘ってくればよかった。
ご厚意で用意してもらった紅茶を飲みながら3人の着替えを待つ。すごい楽しそうな会話が聞こえたあと、ライエルが先頭で出てきた。
「ドロレス様、制服ぴったりです。本当にありがとうございます」
「いいのよ。そのかわり10位以内をキープしてね」
「頑張ります!」
少し照れながらも制服を嬉しそうに見つめるライエル。入れないと諦めかけてたもんね……。あなたのその表情が見られただけで私も嬉しいわ。
試着室の方では店員が騒がしくしている。
「この二人の平民なんなの?!」
「顔!顔が良き!」
「私もこの二人と同じ年に生まれたかった!」
「足の長さ、えげつない」
女性の店員が小声で話しながら試着室を出ていった。
ま、まぁ……将来有望な顔の二人がいるもんな……。
「あの二人はかっこいいですもんね。店員さんが何度も交代して着せてましたよ、だから時間がかかってます。あははは!」
「人形状態ね……」
ライエルが面白そうに笑っている。出てくる店員さんたち、めっちゃ楽しそうな顔してたもん……。
「制服なんて一生着ないと思ってた」
「俺だって学園に入るなんて想像もしてなかったよ」
話しながら出てきたフレデリックとウォルターがニコニコしながらこっちにやってくる。
「ドリー、どう?似合ってる?まだ慣れないけど、ちょっとウキウキするよね」
「俺もまだ着させられてる感が強い……。ドロレス様に学園目指せとか言われたけど、今更ながら緊張するなぁ」
私の前に現れた二人は、前や後ろを見たり回ったりして、歳相応の男の子らしく、はしゃいでいる。
「ええ、……とても素敵よ。二人とも似合ってる」
制服に袖を通した2人。私よりも大きくなった身長と長い足は、彼らの顔立ちの良さを際立たせる。
大きな目をして明るく笑うフレデリック。あまり笑わないがキリッとした目とスッとした鼻のウォルター。
ゲームのヒロインは、わけもわからず召喚されこの世界で一生を暮らすことになる。マナーも身分も全く違うこの世界で、王子や側近たちに助けられ、必死に最低限のマナーを習得し、学園に入ることになる。
日本では存在しない、貴族という身分。そんな人たちがいるクラスへ勇気を出して入る。
たとえ【治癒の力を持つ女神】だとしても、貴族からしてみれば、王子たちにかまってもらえる女性。
鋭い視線を向けられながらも席につくと、近くの男の子が挨拶だけしてくれた。
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
教室に初めて入るあの場面。
1回だけ。
それ以降一切出てこない。
…………………。
この二人いた。
教室にいた!!!!
制服に袖を通した彼らを見た瞬間。今、鮮明にその場面が思い出される。
な、な、なんで………
なんで今まで気づかなかったのーーーーーーー!!!!!
第一章、本編終わりです。明日はウォルターのサイドストーリーです。




