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間違って転生したら悪役令嬢?困るんですけど!  作者: 山春ゆう
第一章 〜出会ってしまえば事件は起こる〜
107/242

父の手紙と母からの手紙  〜side.オリバー〜

オリバーのサイドストーリー(2/2)。

こちらも超長文です………。


1通目→レイヨン公爵が書いたもの。オリバー5歳のときにジェシカ(妻)の肖像画の前でジェシカに向けて読んだ手紙。

2通目→ジェシカが書いたもの。オリバー10歳の誕生日に渡すはずだった手紙

 ーーーーーーーーーー 



『愛するジェシカ


 君が亡くなって5年。オリバーが5歳になった。私の腕に掴まって持ち上げられるのが大好きで、いつもそれをせがんでくるんだ。可愛いだろ?ついつい甘やかして教師に何度も怒られる。


 ジェシカの出産が、母体の危険の可能性があることを医者が告げたときに私は怒鳴り声で子供を諦めろと言った。


 私はジェシカに死んでほしくなかった。君がいなくなるくらいなら子供なんてどうでも良かった。子供なんていらない。子供は諦めてジェシカだけ生き残ってほしいと必死でお願いした。

 でもお前はそれを拒んだ。私は訳がわからなかった。


 医者から宣告されたあとはたくさん話したな。お互いが爆発するもんだから、医者に落ち着けと何度も言われたのを覚えてるか?


 君は「産まない選択をしたら一生後悔する、絶対に譲れない。諦めたらこの子は私たちに声を聞かせることなく死んでしまう。あなたとの間に出来た大切な命を自分の命に代えてでも守りたい」と、そう言っていた。


 その覚悟に、私が妥協せざるを得なかった。

 二人とも、必ず私が守ると約束した。


 でも叶わなかった。

 出産後、君の意識が無くなったのを聞いてすぐに部屋に入ったが、君はもう私と目を合わせてくれなかった。ずっと手を握りしめて、再び目を開いてくれることを願ったのに。


 私に話しかけてくれることも、息子を抱きしめることもなく息を引き取ったね。でもそんな君の顔が少しだけ笑っているように見えた。


 涙を必死に堪えて、部屋を出て産まれたばかりの赤ん坊を見に行った。


 開いていないと聞いていた赤ん坊の目が一瞬薄く開いたんだ。君と同じ色の瞳が見えた。

 その瞬間、膝から崩れ落ちて泣いてしまったよ。君が生きていたら絶対怒っているだろうな。泣きすぎだ!って。


 君が大切に守り、命に代えてでも産んでくれたこの子を何があっても守ると誓った。ジェシカ、君は私の最愛の妻で、最高の誇りだ。今でも愛しているよ。


 男の子が産まれたらつけようと二人で決めた『オリバー』と名付けたよ。喜んでくれているかな?


 私も少しだけだが育児に参加した。凄いだろ?信じられないだろ?この私がオリバーに食事も食べさせた。私のときだけ大暴れで大変だったけど、私に似て何でも食べるオリバーは可愛くてしょうがない。


 まだ話せぬ頃からジェシカの存在を伝えたくて、肖像画を指差して「あれがママだよ」とずっと教えていたら、私のことをママって呼ぶようになってしまった。パパと呼んでもらうのにそこから1年かかった。


 ジェシカが見たかったはずの、でも見られなかったオリバーの成長はずっと私が頭に記憶しているからな。初めて笑った日も、初めて歩いた日も、初めて話した日も、全部覚えている。私がそっちに行ったら、嫌がられるほどに抱きしめてからたくさん話してやる。


 お前の分まで、倍にしてオリバーを愛する約束をする。私が、立派な男に育てる。


 私が年老いた姿で行っても、ちゃんと見つけてくれよ?



 愛している。ジェシカ』








『愛する我が子へ。


 今日はあなたの10歳の誕生日。本当におめでとう。無事に健やかに成長しているのがとても嬉しいわ。

 ついにあなたも社交界デビューが出来る歳になったのね。


 あなたは男の子かしら?それとも女の子?

 どちらでも愛しているわ。だって私の子供だもの。


 私の夫であなたの父親のドリューはとても真面目な人だから、たまに頑固になるの。優しいけどすぐに自分の感情を大きく表現してしまうのよ。あなたはそれを見たら、落ち着いて話してあげてね。そうすればドリューも落ち着くから。


 私は彼と約束したの。

 生まれてくる我が子を絶対に守ってほしい、と。

 だからあなたは元気に育ってほしい。それが私の願い。


 優しい人になってね。

 食べ物は好き嫌いをしないで。

 勉強もちゃんとするのよ。

 なにか言われても、負けない心を持って。

 疲れたら休んで。

 あなたがもし男の子なら、女の子に暴力なんて振るわないでね。

 女の子なら、笑顔を忘れないでね。


 本当は私が直接言いたかった。だけどこの手紙を読んでるということは、私はこの世にもういない。

 あなたは、精一杯生きなさい。

 そして愛する人ができたら、絶対に大切にしなさいね。





 これはドリューには内緒よ。

 もしドリューがいつかこの先の未来で新しい女性と再婚したときは、あなたも喜んであげてね。

 私が言えることじゃないけど、ドリューが死ぬまでずっと一人なのは可哀想で見てられないの。

 彼が選ぶ人ならきっと大丈夫だから。私を選んだ人ですもの。間違いないわよ。


 もっと伝えたいことがいっぱいあるけど、それは次にあなたが学園に入学するときに。

 また手紙を受け取ってね。




 我が子よ、愛しています』







 ーーーーーーーーーー






 これは。


 私が聞いたのは……この、父の手紙のほんの一部だったのか?

 心臓がざわめいている。色々な気持ちが頭の中を埋め尽くし、冷静になるまで時間がかかった。

 たくさん、聞きたいことがある。

 もっともっと確認したいことがある。


 だけど、これが一番……ずっとずっと聞きたくて聞けなかったことを口にした。



「父上。その……私のことは」


「たしかに私が書いた手紙に『子供はいらない』とあったのは認める。だがその気持ちはジェシカと覚悟を決めた日には既に消えた。オリバー、お前が何をどう思おうと、私がオリバーをいらないと思ったことは一度もない。そしてこれからもだ。私の愛する妻が命をかけて産んでくれた、最愛の息子だ」




 気づけば私の頬に一筋の涙が伝い、そしてそれは手紙を濡らしていた。どんどんとこぼれ落ちてゆく。

 私は何を勘違いしていたのだろう。あの日から、ずっと避けていたのは自分だったのだ。


 たった……たったこの一部だけ聞いて間違った捉え方をしてしまった。そのせいで私はこの家の邪魔者で部外者で、父上からはいらない存在だと思っていた。

 自分の誕生日が母上の命日。だから誕生日も嬉しくなくなった。



 だけど。

 今、父上から直接気持ちを聞くことができた。



 私はもしかしたら、父上から愛されているという言葉が欲しかったのかもしれない。


 あのとき以降、それを望む気持ちとは裏腹に父上から距離を取り、自らが殻に篭もってしまった。幼い子供だった自分がショックを受けるくらいの出来事だったから。



 それがズルズルとここまで。長い時間で溝を作っていた。




 ここにいていいんだ。

 私は、父に愛されているんだ。

 いらない子供じゃなかったんだ。




「あ……ありがとうございます」


 溢れる涙を拭き、父上に頭を下げた。自分の誤解が解けた恥ずかしさと、父への申し訳なさに目が合わせられない。


「何がだ?というか早く私の手紙を返してくれないか……?その手紙は恥ずかしいんだ。私のジェシカへの愛が詰まっているのでな……。私こそ、ジェシカからの手紙を渡せずすまなかった」


 涙で濡れてしまった手紙を父上に返す。勢いよく私からその手紙を奪い返すと、照れながら大事そうに(ふところ)にしまった。



「ジェシカのことはもちろん愛している。だが、今現在の公爵夫人であるモレーナも同じだ。どちらかを邪険に扱うつもりはないし、どちらかの気持ちが消えることもない。そしてお前への愛も消えたことなどないからな」



 膝の上の拳を強く握りしめる。

 心の中にずっと絡まっていた無数の歪んだ気持ちが全部解けていくようだった。嬉しいという気持ちだけが大きな渦を描いて心に残った。



「ちなみに……ジェシカからの手紙はなんと書いてあるのだ?封が閉じていて流石に開けるのはやめておいたが……私にも見せてくれないか?わ、私だけ除け者にされてないだろうか?」


 急にしどろもどろになり、目を彷徨わせる父上の姿に耐えられなくなりフッと軽く吹き出してしまった。


「オ、オリバーが数年ぶりに笑った……」


「絶対に見せません。私と母上だけの秘密です。父上はそのまま除け者とでも思っていてください」


「な!たとえ愛する息子でもジェシカへの愛は私が負けない!」


「じゃあ父上は、私と母上の唯一の繋がりに入ってこようとするのですか?父上が3年近く渡し忘れていた手紙なのに?」


「ぬ!……そう言われてしまうと私は言い返せない……」


 黙ってしまった父上を見る。

 今までなら何も思わなかったし、むしろ嫌気が差していただろう。

 だけど今は違う。今まで、自分の視野が狭かったことを理解できるほどに、うろたえる父上の姿を嬉しく思ってしまう。



「それより、あの……。母上のことを知りたいです。どんな人で、どんなものが好きだったのですか?」


「おお!ジェシカのことなら何でも知っているぞ。まずは出会いからだな」


 ずっと知らなかった、知りたくても聞けなかった私の母上について。

 父上は嬉しそうに、私が引くほどに夜遅くまで語られた。















 ドロレス様が来た日の夕方、モレーナ様と約束をしていた部屋へ。


 緊張でドアにかけた手が震えている。ずっと避けていた私を彼女は嫌っているのではないのか?血の繋がらない私の話など聞いてくれるのか?

 ドロレス様は、自分の気持ちを正直に話せと言っていたが、嫌われないだろうか?



 軽くノックをすれば、「どうぞ」と優しい声が聞こえた。



「いらっしゃい、オリバー。ここに座ってちょうだい」


 小さな乗り物のようなものに息子のオルトを乗せ、部屋の中を動き回る彼女はこちらを見てニッコリと微笑んだ。母の肖像画と少しだけ似た顔がそこにある。



「……今日は、モレーナ様に私の話を聞いてもらいたくてお時間をいただきました」


「ちょっと待っててね」


 オルトを乳母に預けると、部屋を出るように伝え、二人だけの空間になった。



 覚悟を決め、深呼吸をする。そしてゆっくりと話を始めた。


「私は……、この家で邪魔者だと思っていました。私のせいで母は亡くなり、父にずっと私のことを恨んでいると……いらないんだと、自分の中で結論づけていました」


 彼女は相槌もなく、話を遮ることもなく、じっと微笑みながら聞いてくれている。


「再婚をすると決めたとき、父は母のことを捨てたのだと思い、余計に自分の居場所がわからなくなりました。新しい女性との道を選び、やっぱり私は邪魔なんだと」


 モレーナ様と話しているなんて、過去の自分なら想像もつかなかった。


「モレーナ様が妊娠をしたと聞いたときは、子供を諦めて……ほしかったのです」


「それはなぜかしら?」


 嫌味でもなく、否定的でもなく。ただ純粋にモレーナ様が私に質問をする。




「……私の母と同じ道を歩んでほしくなかったからです……。またもし亡くなってしまったら、子供を恨むのか……?また父は悲しい思いをするのか?と。誰も悲しまない選択をしてほしかった」



 無事に彼女が出産しているからいいものの、失礼なことを言っているのはわかっている。母上だって、産むなと言われて苦しんだのに。



「私はね、子供を諦める選択肢のほうが悲しいわ。それは、あなたの母であるジェシカ様ときっと同じよ」



 今までなら納得いかなかった。だけど父と母の手紙を読んで、今は少しだけモレーナ様の気持ちに理解することができる。



「ジェシカ様は確かにあなたを産んで亡くなったわ。だけど私がもし彼女と同じになったとしても、全く子供に恨みなどないし、嬉しい気持ちを持ったまま天に行ける。ジェシカ様もきっと同じ気持ちのはずよ」



 母上がもし……もしそう思ってくれているのならば、私はほんの少しずつだけど罪悪感を消して生きていけるかもしれない。

 お腹の中に命を宿すということは、男の私よりも女性のほうがきっと強い意志があるんだ。一生わかることはないと思うけど、将来伴侶ができたら、出来るだけ気持ちに寄り添ってあげたいと思った。




「モレーナ様は、……父が母のことを忘れられないのは、構わないのですか?」


 これだけはどうしても確認したかった。



「ええ。もちろん」


「それはなぜ」

 

「そもそも、ジェシカ様を愛するあの人を私が愛したのだから、ジェシカ様がいなかったら私はきっとここにいないでしょうしね」



 うふふと笑う彼女は、父上のことを本当に慕ってくれているのがわかる。



「それにね、……あなたとは血が繋がっていないから、本当の母親になれるとは思ってないの。ジェシカ様には叶わないもの。母と呼ばなくてもいい。だけど、公爵夫人としてあなたの親になれるように努力するから、もっと話をしましょう?」


 優しい微笑みで私を見る。

 ……こんなにも前を見てくれていたんだ。私だけがひとり立ち止まったままで、彼女の気持ちに気付くことができなかった。


「はい……よろしくおねがいします。あの、これは父上には内緒なのですが……」


「これは、手紙?」


 彼女には見せてあげたかった。私の母の願いを。




「……っ」


 文の最後を読み、モレーナ様は口元を手で覆い涙をこぼし、手紙を私に返す。



「やっぱり、ジェシカ様には叶わないわ……」


 涙を流しながら彼女は、「降参だわ」と笑った。






「オルトを……お、弟と会ってもいいですか?」


 今までまともに見ていなかったオルトとの面会をお願いする。


 乳母を呼び、オルトを連れてくる。乳母から彼女の腕の中に移動してきたオルトは起きずにそのまま寝ている。


「かわいいでしょ?」


「はい………」


 すやすやと眠るオルトの手に自分の指を近づけると、小さな手が握りしめてきた。




「……かわいい」


「瞳はオリバーよりも少し薄いオレンジよ。今度は起きているときに遊びに来てね。あなたも結婚したらこの愛おしさがわかるわよ?」


 結婚したら、か。私はいつ結婚をするのだろう。みんな学園卒業後には婚姻してるんだよな。私は……ニコル様と……。

 考えてからでは遅かった。顔が熱い。何事もなかったかのように振る舞うも、モレーナ様にはお見通しだった。



「ふふふ……好きな人がいるんでしょ?そういう系の相談はドリューには無理よ?今度詳しく聞かせてね?」


「……はい」



 勝負でもないのになぜか負けた気がした。だけど悔しくはなかった。


 部屋を出たとき、5歳のときからずっと詰まっていた何かがすべて取り除かれたような晴れやかな気持ちになった。



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