条件〜side.オリバー〜
オリバーのサイドストーリー(1/2)。本編83話あたりからです。
「オリバー様。自分がこの公爵家の部外者で、レイヨン公爵様に憎まれていると思うということは、具体的なことがあるのでしょう?公爵様やモレーナ様に何をされているのかを紙にまとめて私の誕生日会に持ってきてくださいませ」
ドロレス様は何を言っているんだ?あからさまに私の存在はこの公爵家の邪魔者になっているじゃないか。なのにわざわざ紙にまとめる?
思いがけない条件を出されたことに顔を歪めた。
「とにかく、書いてください。過去の件に関しては思い出せるだけで結構です。今日からは実際にそう感じたことを書くだけですから」
書かなくてもわかることなのに。だけどニコル様に会う機会が一回減ってしまうことのほうが重要でつい条件を飲み込んでしまった。
そして、ニコル様が顔を褒められるのが苦手だという情報にショックが大きすぎて3日ほど食事が喉を通らなかった。今までずっと顔のことしか褒めていなかったから、それをニコル様が嫌がってたかと思うと……なんて私は馬鹿なんだ!彼女を不快な気持ちにさせていたなんて!あのときの自分を殴り倒したい!
自分自身に嫌気が差して剣の稽古を倍増し、自主練も増やした。
「……」
ニコル様の件のショックが少し落ち着いて、ドロレス様から出された条件を満たすためにペンを持つ。
だけど。
思い出せない。思いつかない。
たしかに私はこの家で邪魔者なはずなのに。いつそのような扱いをされたのかを思い出して書こうとするも、何もない。何もされていない。
挨拶をすれば父上もモレーナ様も笑顔で挨拶してくれる。
王宮での仕事を報告すれば微笑みながら聞いてくれる。
食事中が一緒のときは二人とも話しかけてくれる。
剣の稽古で父上が教えてくれるときも、厳しいけど的確に指示し、注意し、褒めてくれる。
メイドや執事も、思い出しても何もそのような態度をとった者はいない。
「私は生まれてこなければよかった子供のはずなのに……」
そうだ、誕生日会!私の誕生日会は開いていない。……いや、あれは私がやらないと言ったんだった。だからなのか、私の誕生日はどんなに忙しくても父上は必ず朝昼晩の食事に出ていた。プレゼントも用意してくれていたのに、私は開けなかったこともある……。
モレーナ様は、まだこの男臭い公爵邸で一人でつらくないだろうかと思い、ドロレス様の誕生日会からロールケーキを持ち帰って渡そうとしたことがある。だけど私が行っては失礼かとメイドに渡してもらったところ、次の日には感謝の言葉をくれた。
妊娠がわかったとき、ほとんど部屋から出てくることがなかったけど、たまにすれ違うときはニッコリと笑ってくれた。
なぜだろう。
ずっと自分は疎まれ、憎まれ、生まれてこなければよかったと思われていたのではないのか?なのにいざ文字にしようと思えば、それらしい言動が1つも見当たらない。
「でも……父上は母上を愛していたのではないのか?なのになぜモレーナ様と再婚したんだ?」
誰もいない自室で1人呟く。静まり返る部屋で、自分の疑問が宙を舞う。
席を立ち、ベッドに座ると背中から倒れ仰向けになる。
そして1つの結論にたどり着いた。
「父上に……聞いてみるか」
ドロレス様の誕生日会では、ただただニコル様に話しかけたかった。だけど、今までの私の行為がニコル様に不快感を与えていたかと思うと、気まずく声がかけられない。ジェイコブに連れ回されるものの、目がどうしてもニコル様に向いてしまうのだ。
あぁ、心の乱れは剣の乱れになるというのに。なぜこんなにもニコル様と親しくなりたいと思うのだろう……。
ドロレス様に話しかけられ、ニコル様に話しかけるアドバイスをくれた。そうか、そういう話しかけ方もあるのかと気持ちが前のめりになり、早足でニコル様のもとへ向かう。
私の姿に気がついたのか、彼女はサッと扇子で口元を隠す。横にいるのは……ブラントレー子爵家の令嬢か。彼女は怯えながらもニコル様の前に出た。
「ニ、ニコル様に御用ですか?」
「エミー様、大丈夫ですわ」
そんなに私は怖く見えるのだろうか。身長が高いからか?爵位が高いからか?……どちらもか。
「その……。安心してくれ、ブラントレー子爵令嬢どの。……ニコル様、き、今日のタルトは何がお好みでしたか?」
「……いろんなフルーツが乗ったタルトですわ」
目線は合わせてくれないものの、私の質問に答えてくれたことに気持ちが舞い上がる。
「あ!あれは美味しいですよね!私ももう2つ目です。酸味と甘味の両方のフルーツに、カスタードという下のクリームが混ざるととても幸せな気持ちになりますよね!」
私の言葉に、ニコル様がその美しく輝く瞳を一瞬大きく見開いた。今日も素敵だ。
「……オリバー様の意見はとてもよくわかります」
なっ……!ニコル様が、私の意見に賛同してくれた!小さいうちから精神的なものは鍛え上げていたはずなのに、その言葉に嬉しくて心臓が大きく鳴りだす。
「で、ですがニコル様。実は私はロールケーキが一番好きなのです……。あの生クリームの中にフルーツが入っていて、特に、イチゴが入っているものが好きなんです」
私はいったいニコル様に何を話しているのだろう。会話をしたいのに、自分の好みばっかり話してしまっている。恥ずかしい。言い終わったあとから顔が熱くなり始めるのを感じる。
おそるおそるニコル様を見れば視線がぶつかる。彼女はずっと扇子で口元を隠しているものの、どこか目線を彷徨わせていた。
「私も……イチゴの入ったロールケーキは1番好きですの」
「え?!そうなんですか?」
信じられなくて、つい大きな声を出してしまった。ブラントレー子爵令嬢がビクッと体を跳ねさせる。も、申し訳ない……。
でも、嬉しい。ニコル様と好みが一緒だなんて!自分の好みを話したことは全然恥ずかしくなかった!おかげで彼女の好みを知ることができた。
その後好きな食べ物について彼女と会話をした。少しだけだったけど、それでも私はとても嬉しかった。
勇気を出し、思い切って尋ねる。
「あの、もしよろしければ、ニコル様の誕生日会に招待をいただけないでしょうか?」
「無理です」
……即答で断られた。
「ですが、このように他の方の誕生日会やパーティーなどでお話することは……構いませんわ」
「!!で、ではまた必ずお声をおかけいたします!」
「ご自由にどうぞ」
何ということだ。ニコル様が……私と話すことを許可してくださった。今までは会話すらすぐ終わらせようとしていたニコル様が!
嬉しい。こんなにも心が嬉しい気持ちで締め付けられるなんて、今まで知らなかった。ずっと剣と勉強しかしてこなかった私にとって、とても新鮮な感情が埋め尽くす。
これが……この気持ちが【恋】というものなのか。
自覚したのは今だけれど、きっとあの社交界パーティーで初めてニコル様の顔を見てから、ずっと【恋】だったのだろう。
ニコル様ともっと、話したい。
そんな想いが強くなった日だった。
あ、ドロレス様に報告するの忘れてた。
その後も、父上やモレーナ様の様子を見ていたが、ドロレス様からの条件になるような出来事は何もなかった。父上はずっと忙しくしていてあまり会う機会もなく、モレーナ様も生まれてきた子供の面倒を見たりで食卓に来なくなった。
食事は一人で取ることが多くなっていた。
私などいなくても父上たちは何も思わない。だから別に食卓に私などいなくてもいいと思っていた。
だけど、いざ一人の食卓で気づくことがあった。
寂しい。
今までならそんなこと絶対に思わなかった。父上がモレーナ様と結婚するまでは実際に一人で食事することも多かったし。再婚後だって何度がある。
5歳の誕生日で父からのあの言葉を聞くまでは寂しいと思っていただろうけど、それ以降では全く感じなかった。
「なぜだろう」
寂しい食事を終え、部屋に戻る。ドロレス様からの条件は全く捗らないし、知らない感情が次々と発覚する。
5歳のときに聞いたあの父上の言葉。なぜあんなことを言ったのか、今もその気持ちなのか、直接話して聞いてみたいという思いがどんどん膨らんだ。
アレクサンダー殿下の誕生祭でドロレス様に相談をする。彼女の誕生日会で伝え忘れた条件のこと、話しておかなくては。そして、父上と話そうと思っていることを相談しよう。
そう思って、ドロレス様との都合のいい日を合わせた。そしてその日を3日後に控えた日の夕方、父上から話がしたいと声をかけてきたのだ。
「私も、父上と話したかったことがあります」
「そうか。ならば私の部屋で話そう」
夕食を終えたあと、久しぶりに仕事以外で父上の部屋に入る。いつもは入ってもすぐに出てしまうため気付かなかったが、部屋をぐるりと見渡せば昔入ったときよりも少しだけ小さく感じる。私が大きくなったからなのか。
「そこに座れ」
「はい」
メイドも執事も誰もいない部屋で、私たち親子の声だけが響く。
「あの……私からいいですか?」
「おお、珍しいな。いいぞ」
聞きたいことはいくつかある。だけど感情的になりやすい自分の気持ちを鎮めるため、ゆっくりとその疑問を口に出す。
「父上は……亡くなった母上のことをまだ愛しておられるのですか?」
父上はいきなりのこの質問に目を大きく見開き、その後に照れくさそうに頭をかく。
「オリバーももう大きくなったんだな……。少しびっくりしたぞ。もちろん今でもジェシカのことを愛しているさ」
「モレーナ様より……ですか?」
「ああ」
「……え?」
今度は私が目を見開いてしまった。いくら母上が亡くなったとはいえ、現にもう新しいモレーナ様という公爵夫人がいるのに、そんなことを即答していいのだろうか?モレーナ様に失礼なのでは?
「そ、それは、モレーナ様のことは愛していないと……?」
「いいや違う。モレーナのことももちろん愛している。だが、比べろと言われるのならば、ジェシカのほうが少しだけ上回るぞ。そもそも比べる時点で間違っているが」
自分の父親ながら、何を言っているのかと不思議な目で見てしまう。存命の妻の方を下に見るなど、失礼ではないのか?
「モレーナ様はご存知なのですか?」
「ああそうだ。私がジェシカを一番に愛していることを知っている。私が結婚の申し出をしたとき、それをモレーナの方から条件として出された」
言葉が出なかった。その後、父上からモレーナ様との結婚までの話を聞いて、驚いた。
私を……父上が私のことを、モレーナ様より愛しているというのか?信じられない。だって、だってそんなこと。
声を荒げそうになる気持ちを落ち着かせ、深呼吸をしてついに直接、ずっと自分の中にトラウマのように張り付いていたあの記憶について聞いてみる。
「ですが、……私が5歳の誕生日のとき。父上が私のことをいらないと仰っていたのは、あれは……」
息を呑む。聞きたいのにずっと聞けなかった、聞いてしまったら自分の存在を否定されるのかと不安だったあの日の出来事の真相だ。
「私が今日話そうと思っていたのはそのことだ。5歳のオリバーの誕生日の夜、私はジェシカの肖像画の前にいた。……正直、これをお前に見せるのか恥ずかしくてなかなか話をできなかった。すまぬ。ジェシカへの愛が存分に入っているから、子供のオリバーには見せたくなかったのだが。ドロレス嬢に『絶対にオリバーに見せろ』と言われてな」
父上が手に2つの封筒を持っていた。
「なんのことがよくわからなかったが、彼女は、これでお前の誤解が解けるだろうと言っていた。お前ももう大きくなったしな。これをあの日、肖像画の前で読んでいたんだよ。そしてもう一通は、ジェシカからお前宛の手紙だ」
「母上……からの手紙」
驚きが隠せなかった。そんなものが存在していたなんて。
「本当は10歳のときに渡すはずだったんだが、お前が……あまりにも誕生日を嫌がるのでな、渡しそびれていたんだ」
父上は先に、母上からの手紙を渡した。手が震える。母親の記憶がないまま育った私が読んでいいものなのだろうか。
父上が書いたという、もう一通も差し出され受け取ろうとするが、父上がなぜか離さない。
「父上?」
「これはだな!はっ恥ずかしいから口に出すなよ!そして誰にも言うなよ!」
「わかりましたから……」
やっと受け取り、父上が書いた手紙から読み始めた。




