88.過去の言葉が自分に返ってきた
「……これは何?」
フレデリックのことが好きだと自覚し、どうしようもない感情に頭を抱えていた誕生日会の夜。
心苦しいまま自分の部屋に戻ると、そこにはたくさんの箱が積み上げられていた。
「アレクサンダー殿下より、誕生日プレゼントのドレス一式と、社交界パーティーのドレス一式と、誕生祭の婚約式に使うドレス一式です」
ど……どれだけドレス一式送ってくるのよ。そんなにいらないんですけど!
おそるおそる箱を開ければ、ドレスの他にもティアラやイヤリング、ネックレスや靴など、本当に頭から足の先までの一式が3種類も送られてきた。
「はぁ……。とりあえずしまっておいて」
「全部中身を確認しなくてよろしいのですか?」
「気に入らなくてもどうせ着ていかなくちゃいけないんだから見なくてもいいわ。よろしく」
こうやってどんどん周りを固められていくのね。やっぱり運命って変えることはできないんだ。誰かに聞いてもらいたいわけじゃないのに、溜め息が何度も出る。それにメイドたちが心配するも、無視してほしいと声をかける。でも溜め息は止まらない。
そうしてやってきた社交界パーティーの日。それは王宮に行く前からすでに始まっていた。
「お嬢様!アレクサンダー殿下がお迎えにいらっしゃっています!」
「はあ????」
思わず眉間にシワが寄るほど顔が歪んだ。メイクをしているメイドが慌てて眉間のおしろいをはたき直す。
「パーティーのエスコートをするためだと……急いで用意いたします」
「いいえ。迎えに来るなど一言も言われてないんですもの。いつも通り、急がずやってちょうだい」
「か、かしこまりました……」
急がないとアレクサンダーに何か言われるんじゃないかとヒヤヒヤしているメイドたちを尻目に、いつも通り準備を進める。
だけどさすがにこの人たちは止められなかった。
「ドリーちゃん、さすがに殿下を待たせるのはダメよ?」
「申し訳ないが大至急終わらせてほしい」
お父様とお母様に指示されたメイドたちのスピードが3倍速になった。え、みんなこんなに早く動けるの?超人メイドじゃん。
30分ほど応接室に待ちぼうけになっているアレクサンダーの元へ向かう。入った瞬間に怒られたりして。でも私のせいじゃないもん。そもそもまだ婚約者『内定』だし。
「お待たせいたしました」
「いや、待ってない……」
カーテシーをするも、アレクサンダーはそのままそこに立ったまま無言だ。
「殿下?」
「あ……その、とても似合っている」
彼は目をそらし、自分の手で口元を隠している。少しだけ目の下を赤くしていた。
「アレクサンダー殿下。わざわざお越し下さりありがとうございます。ですが、事前の連絡もなしでこのように迎えに来られては私も困りますので、今後はご遠慮ください」
「?連絡はしたぞ」
「え?そのようなものは」
「ドレスの中に手紙を入れておいたのだが」
「あ……」
見てなかった!!さっきちょっと嫌味な言い方をしてしまった自分を3回くらい平手打ちしてやりたい!私の確認不足だったぁーーー!ドレス一式の箱、1つしか開けてないんだもん……気づくわけない。
「申し訳ございません。手紙が入っていたのには気づかずにドレスの方を手に取ってしまいました。後ほどきちんと確認いたします」
苦し紛れの言い訳だけど平気かな?王族の手紙を読んでませんでした〜、なんて本人の前で言う勇気ない!面倒でちゃんと確認していなかった私が悪い。普通なら王子様の機嫌を悪くさせてしまう。大丈夫かな、さすがに怒ってるよね?チラリとアレクサンダーを見る。
「そうだな、ドレスを喜んでくれたのなら手紙に気づかないこともあるだろう」
アレクサンダーは普通ではなかった……。い、今ので平気だったの?!むしろ微笑んでるように見えるんですけどなんで?!でもこれなら機嫌も悪くなさそうだしよかったよ!焦った!
「というわけで、今後の社交界パーティーと僕の誕生祭は必ず迎えに来るから」
「……え、いやでも、さすがに誕生祭で主役が外に出るのは」
「婚約者なのだから問題ないだろう。それに誕生祭は最初から僕の横にいてもらうことになるし」
は?え?知らないんですけど!婚約者なだけで婚姻を結ばなくても壇上側なの??嘘でしょ?じゃあ終始一緒にいなくちゃいけないじゃん!
頭の中で絶望を感じながら笑顔を作る。これ精神的につらい。甘いもの食べたくなる。
「とりあえず馬車に乗ろう」
「はい」
これはアレクサンダー専用の馬車である。豪華で、造りも頑丈そうな広い馬車に、私とアレクサンダーの二人だけを乗せ馬車は王宮へと進む。
斜め向かい合わせの席に座ったものの、馬車が走り出したときにアレクサンダーが私の隣に座りなおしてきた。き、緊張する……馬車馬の足音と外の風の音が聞こえるだけのこの空間で、さすがに王子様と二人だけだと何を話していいのかわからない。まあ公爵令嬢ではあるからある程度話にはついていけるために雑学や政治的な内容の勉強はしているけど、私から話す話題もない。二人の間に沈黙が続く。
先に口を開いたのはアレクサンダーだった。
「ドロレス嬢……ドロレスと呼び捨てでもいいか?」
「……はい、どうぞ」
「では、僕のことを……アレクと呼んで欲しい」
「………………………わかりました」
だいぶ考えた末、諦めた。
私は以前言ってしまっていたのだ。
『婚約者でないのに愛称でなどそう呼べない』と。
ということは、アレクサンダーからしてみれば『婚約者になれば呼んでもらえる』のだ。
自らが口にしてしまったが故に、断れない。そして、まだ内定ですから正式な婚約者ではありませんと言い返したかったけど、どうやっても内定が取り消されることはないだろう。だから色々考えて、諦めたのだ。
「呼んで、くれないか?」
ずっと正面を向いていたアレクサンダーが、私の方を向いて目線を送ってきた。膝の上で拳を作り、私しか見ていないのに正しい姿勢を崩さない彼は不安げに私の言葉を待つ。
「アレク……様」
「!……これからも、そう呼ぶようにしてくれ」
こちらを見ていた彼は嬉しそうにまた正面を向いた。
なんでこの人はこんなにも愛称で呼ばれることにこだわるのだろう。ゲームでドロレスがアレクサンダーのことを愛称呼びなんてしていなかったはずなのに。ゲームが開始される前の出来事なんて全然わからないけど、割と細かく物事が巻き起こっていたのだろうか。わからなすぎてこの先どう進んでいいのかわからない!
私だけが気まずいような雰囲気の中、馬車が王宮に到着する。
まだ馬車の中にいるのに、外から聞こえる声が騒がしい。当然だ。王宮で開催される社交界パーティーなのに王子の馬車が入り口に止まっているのだから。
私が婚約者に内定したことはあの誕生日会にいた者しか知らない。彼らに口止めがかかっているため、今日の社交界パーティーに参加している殆どの貴族が、それを知らない。
だから、アレクサンダーが先に降りたときの歓喜の声や見惚れている令嬢たちの視線が一気にここに集まった。
そして、その後にアレクサンダーの手を借りて降りてきた私を見たときの周りの反応が……。
キャァー!!と絶望して倒れる者、驚きの顔で固まる者、私を睨みつける者、泣き出す者。それは全て令嬢たちだ。彼女たちの親も、信じられないというような表情で私を見る。そりゃそうだ。だってみんなアレクサンダーの隣を狙っていたのだから。しかもまだ学園にも入学すらしていない段階での決定に絶望している人が多いのだろう。
……交換してくれてもいいのよ?
私はここから微笑みの仮面をかぶることにした。家に帰るまで……もしかしたら死ぬまでかぶり続けるかもしれないこの仮面をとても大切に、大事に、慈しもうと思った。
アレクサンダーに片手を預け、寄り添い歩く。周りの視線が痛い。今までの社交界パーティーや誕生祭でも痛い視線はあったけど、そんなの比じゃない。突き刺さるようだ。ゲームだからか?ゲームだからみんなこんなにもアレクサンダーに執着しているのか????
求めていないのにここに立ち、周りにさらされるこの状態、アレクサンダーは何を思うのか。
「まだ正式に婚約をしていないのに、このようなことをして平気なのですか?」
「周りにドロレスを認めてもらうためだ。どちらにしろ婚約を進めるのだから変わらないだろう」
ーーーースン。
私は悟りを開いた。もう何も考えない。もう、今日は何事もなく終わらせる。何も感じないし何も余計なことは言わない。どう頑張っても覆せないことだけは理解した。
パーティーが開始すると、早速アレクサンダーからのダンスのお誘いをされる。ま、隣にいるんだから当たり前だけど。
馬車を降りてからずっと真顔の彼はダンス中、目線を合わせなかった。何を考えているのだろうか。
ダンスが終わる頃、彼は急に私と目を合わせた。
「月に一度、茶会をしようと思うのだけれど、ドロレスはどう思う?」
そういえば今までアレクサンダー主催のお茶会がなかった。これから国王になる立場的にも他の貴族との付き合いは大切だ。開催するならしたほうがいいとは私も思う。
「良い案だと思いますわ」
「いいのか?月1で王宮に来ることにはなるが」
「これからは必要になってくるでしょう」
「ドロレスがそう言ってくれるのは嬉しい。では月1、王宮で茶会を開くので、決まり次第手紙を送るから来てくれ」
「え、私も毎回参加ですか?」
「?君と二人の茶会なのだから当たり前だろ」
そういうこと!?なら『ドロレスとの』お茶会って言って!ああっもう!普通に賛成しちゃったじゃん!これで月1王宮が確定してしまった……。
ダンスを終わらせ、ダンスホールから戻ってくるも、アレクサンダーは離れない。彼の周りには相変わらず貴族が群がるが、私が移動しようとすると急に名前を呼び、会話に無理やり参加させられる。私はレベッカやニコルたちのところに行きたいのに……。
そしてついに1人の令嬢の父親が口を開いた。
「そちらの……ジュベルラート公爵令嬢をお迎えされたのですか?どのような関係なのでしょうか?」
周りにいる令嬢やその親たちがシンと静まり返る。
「彼女は私の婚約者に内定した。12月に婚約式を行う」
あ……言っちゃった。
馬車が到着して私が降りたときと同じ光景が再び目の前で起きる。
「そ!そうなのですか。おめでとうございます!」
「え、ええそうですわね!とてもおめでたい話ですわ!」
自分の娘をそこに立たせようとしていた親たちが、引きつった顔をして祝いの言葉をアレクサンダーにかける。それに対して真顔だが喜んでいるような雰囲気のアレクサンダーと、悟りを開いて微笑む私。帰りたい。
「ドロレス様、こんばんは」
「あちらでお食事しませんか?」
「こんばんは。アレクサン……アレク様、私はあちらに行ってきてもよろしいですか?」
「ああ。あまり遅くならないうちに戻ってくるように」
親かよ。
そんなことよりも!!レベッカとニコル、エミーが声をかけてくれた。あーーー神様仏様!!胃が破れそうなくらい痛かったのーー!!!助けてくれてありがとうー!!!
アレクサンダーの言葉が終わる前にもう足は彼女たちの方へと進ませ、彼とは遠く離れた別のテーブルに移動した。
「みんな、この御恩は一生忘れないわ……だからお願い、これから毎回助けてください」
「余程ですわね」
「あまり無理をなさないでくださいね?」
「見返りに何を求めようかしら?」
真剣に心配してくれるレベッカとエミーに対し、楽しそうに見返り品を考えているニコル。わかってる!私ができることなら何でもやるから!毎回この状況を作ってください!!
胃を抑えながら彼女たちと話していると、後ろから寒気を感じた。そしてその原因から声をかけられる。
「ジュベルラート公爵令嬢ドロレス様。少しお話よろしいかしら?」




