87.理解
ーーーカタン。
「あ……ごめんなさい」
音の鳴った方を振り向くと、フレデリックがフォークを落としていた。
「お誕生日に素晴らしいお知らせではないですか!」
「おめでとうございます、ドロレス様!」
いつものお茶会メンバー以外から盛大な祝いの言葉をかけられる。
そんな……。やっぱり未来は変えられないの?ゲームの【ドロレス】とは違うのに?ゲーム内ならアレクサンダーを慕っていたからわかる。だけど今は違うじゃない。なんで?なんで??
ニコルの偽婚約騒動のときと同じ。学園に入る前の子供に話が回らずとも親だけで婚約が決めてしまう流れだ。まさか私にまで……しかもただの貴族じゃない。相手は王族だ。公爵家の意見など通らなくてもおかしくない。豪華に飾られた国王からの手紙を握りしめる。クシャッと音がした。
これはもう命令だ。絶対に覆すことができない。
「ドロレス、君には出来るだけ婚姻に関しては寛大に見てあげたかったんだが……最終的には決定事項になってどうにもならなかった。……本当にすまない」
「いえ……、お父様のせいではないですわ。私も立場的にこうなるのではと懸念はしていましたが、現実になるとは思いませんでした」
「わぁ。ドロレス様おめでとうございます!さすがです。兄上の横にはドロレス様しか似合いませんから。僕の義姉上になるのが楽しみです」
最初からわかっていただろうに、仮面を被って満面の笑顔で近づいてきて話しかけてくるクリストファー。その横でレベッカが気まずそうに目線を泳がせる。クリストファー……あなたも絶対これに1枚噛んでるわよね?こんなことされたら、どうしようもできないじゃないのよ……。
「手紙にはなんと?」
普段見せない真面目な顔で問いかけるニコル。エミーも寄ってくる。
「婚約者に内定した、と。12月のアレクサンダー誕生祭で正式に婚約式を行うそうですわ」
「……そうですか」
「……まぁ」
返す言葉が見つからないのか、二人とも暗くなってしまう。
「しょうがないのですよ。私は公爵家の娘だし、殿下と歳も同じ。なおかつダンスも踊って誕生日会にも来ているんですもの。しょうがないんです」
彼女たちに向けて発した言葉は、私自身に言い聞かせるためのものだ。
しょうがない。
そうでも思わないと私はこれから生きていけない。
最初は処刑を免れたい、そういう気持ちだった。だけど今は、王妃になれる器でもないとわかっているし、アレクサンダーと共に生きる未来も見えない。
やっぱり、ゲームが始まるためには絶対に私が婚約者になるように設定されてるんだ……。
お茶会は祝賀ムード組と静か組に二分してしまったが、無事に終わった。皆が帰りの準備をする中、ジェイコブに呼ばれる。
「ドロレス様。少し大事なお話があるので、30分ほどお時間ありますか?人払いできる部屋で」
「ええ、大丈夫よ」
「フレデリックくんもお願いします」
「……はい」
なんだろう。この3人ということはまたギルバートのことだろうか。またあいつ何かやらかしたの?私ダメージ食らったばかりなのにさらにイライラ案件やらかしたの?!
部屋に到着すると、フレデリックだけ少し外で待ってもらい、私とジェイコブだけが部屋に入る。フレデリックは黙ったまま頷いていた。
「ドロレス様。まずは先程の婚約者の件ですが……、申し訳ありません。僕では止められませんでした」
ジェイコブがいきなり頭を下げる。
「ま、待ってくださいジェイコブ様!あなたは何も関係ないではありませんか!頭を上げてください!」
「……なんとかしようと思いましたが、気づいたらもう陛下とアレク様の方で決定されていました。僕は味方になると宣言したのに……。アレク様のことももちろん尊敬していますし、彼以外に国王になれる人などいないと思っています。だけど出来ればドロレス様の望みを叶えてあげたかったです」
「ジェイコブ様……。いいんですよもう。こうなる可能性は私も少なからず感じてはいました。それに去年の誕生祭でダンスを踊ってしまったので、もうあの時点でわかっていたことではありませんか。もう、しょうがないのですわ」
『しょうがない』と何度も口にしてしまう。何度も何度も、自分を納得させるために。
「僕はドロレス様の味方です。それだけは忘れないでください」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで充分ですわ」
ジェイコブ、ありがとう。あなたは私が王妃になりたくないというのをわかった上で、アレクサンダーに何を言われるかわからないのに動いてくれていた。もうそれだけで感謝よ。
「フレデリックくんを呼びますね」
ドアを開けるとフレデリックが待っていたので部屋に入ってもらう。ドアがパタンと閉まる。
「あ!そういえば僕予定があるんでした!あと……20分くらい誰も来ませんよ!ではドロレス様、フレデリックくん。また会いましょう」
「え?ジェイコブ様?」
「は?待って……!」
フレデリックが部屋に入った途端、ジェイコブが棒読みセリフの後に早足で出ていった。
パタンと再びドアが閉まる。部屋には私と、さっきまでずっと無言だったフレデリックの二人きりになってしまった。
うあー……なぜか気まずい。なぜかわからないけど、あの手紙のあとにフレデリックと二人になるのが耐えられないんだけど。ジェイコブ、わざとこうなるように仕向けたのね。
「ドリー、あのさ」
お互いに沈黙が続いたあと、私の後ろにいるフレデリックが口を開いた。
「婚約者は……本当なの?あの王子と結婚するの?それってもう……決定事項なの?命令なの?」
フレデリックがどういう表情をしているかわからない。だけど、いつもの彼ではないことがわかる。信じられない、そんなわけないよね?と、私に否定を求めるような不安な声だ。
振り向く勇気がない。何で?私、普通に答えればいいのよ?なぜ彼の方に体が動かないの?
「……ええ、そうよ。アレクサンダー殿下の婚約者に内定よ。12月にある誕生祭で正式に婚約が決まるわ。学園を卒業したら結婚するの。……王妃になるって。びっくりよね」
「……そう、なんだ」
「……」
言葉が続かない。日本では絶対にありえないこの政略結婚の強制さをひしひしと実感する。ニコルのときもこんな気持ちだったんだろうか。この世界はこれが普通なんだ。
私はすでにもうドロレスに馴染んだと思っていたけど、全然馴染んでいなかった。政略結婚にこんなにも拒否反応が出るとは思わなかった。
なんとか口を開こうとした瞬間、さっきよりも近く、すぐ後ろにフレデリックが立っていることに気づく。振り返ろうとしたけど、それより先に、彼が私の左手首と右肩をそっと掴む。後ろを振り向けない。
「フレッド……?」
彼の額は、私の後頭部に倒れ込むようにそっと当たる。
私と彼の間に出来た少しの隙間は、友達としての距離をギリギリ守っていた。
「思っていたより苦しい……」
絞り出すような声でフレデリックが呟く。そんな彼に私は何も言い返せない。
「ドリーは公爵家だから、いつかはこういう日が来るんだろうとはわかってた。だから諦めようとした。でも……急すぎて。頭が追いつかない。まだ学園にも入ってないのに……」
「フレッド……ごめんなさい」
なぜ謝る言葉が出てきたのかわからぬうちに、フレデリックが首を振ってそれを否定する。
「ドリーは悪くないじゃん。俺の問題だから……」
手首を掴むフレデリックの手が少し強張る。無意識でその手に触れようと私が腕を上げたとき、彼はゆっくりとその手を離し、私から距離をとった。
フレデリックの方へと体を向ける。彼は私の方を見て、微笑みながら目を細めた。
「俺が自分勝手にドリーに好きって言っちゃったから変に気を使わせちゃったよね?ごめん。でも学園に行くのは変わらないけど。……これからも、また今までと同じでいられる?」
「もちろん、決まってるわ!またお茶会にも誘うし、街にも行きましょう?商品開発もするんだから!ね?」
必死でいつもの笑顔を作り、明るく話す。アレクサンダーとの婚約が決まったからといって、フレデリックとの関係に壁を作るのは嫌だ。
「そうだね……ありがとう。じゃあ俺は帰るよ」
先程の微笑みのまま、彼はドアへと向かった。
「冬になったらバギーの試作品を見に行くから」
後ろ姿のフレデリックへ縋るように声をかける。そんな彼はドアを出る前に、振り向かないままこう告げた。
「婚約おめでとう」
ーーーーパタン。
ドアが閉まる。私はソファーにストンと座った。
そんなこと、きっと前からわかってた。だけど考えないようにしていた。
これから先に立ち塞がる未来のために自分の感情など後回しにしたかった。死ぬかどうかの運命を逃れるために必死だった。
だけど……、考えれば考えるほど頭の中にくっきりとその想いが明確な言葉を示す。
運命的にも、立場的にもその想いを軽く口にはできなかった。私自身の全てがその言葉を打ち消そうとするのに、それはとても強い意思を持っていた。
否定したくてもできない、無視したくても押し寄せてくる。ずっと知らないふりをしようと努力をしていたのに、今、ハッキリと理解してしまった。
これからどうすればいいの?こんな気持ちでどうやって過ごせばいいの?ゲームのように学園の卒業で終わりじゃない。自分が死ぬまで人生が続く。それなのになぜ……こんなにも明らかな想いを……抱いてしまったのだろうか。
誰もいない静かな部屋に、私だけが聞こえるほどの小さな声でつぶやいた。
「私はフレッドのことが……好きなのよ」




