86.学園に入る前の最後の誕生日会
あの強制ダンスからだいぶ経過したけど、未だに婚約者決定の連絡は来ていない。
来ていないことに関しては嬉しい。だけど逆に「あなたは今後絶対に婚約者になりません」という連絡など来るはずもないので、明日来たらどうしようとか、手紙を見逃してて知らない間に決定されていたらどうしようとかで頭がいっぱいだった。
それを去年の12月から悩んでいるわけで、長くなれば長くなるほど心労になるわけですよ。
婚約者に決まってしまった場合。
ヒロインがアレクサンダールートに行くと、どの結末を迎えても確実に処刑だ。
他のルートに進むと、私はアレクサンダーの婚約者のまま王妃へと進む。無条件で王妃。
処刑or王妃。
一般人だった私に厳しくないですか?????
神様よ、知っているか?……私ただの日本人だったんだよ。なんでこんな運命背負ったの??全て神様のせい!ヒロインだったら!ウハウハだったのに!一回分早かっただけで天国と地獄じゃん!!
約5年ぶりに怒りがこみ上げてくる。あらためて考えてしまうと自分の立場に絶望する。
このまま婚約者にならずに済む方法はないのか。今、アレクサンダーの婚約者に一番近いところにいるんだろうな……。やっぱり婚約者にならなければゲームが始まらないのかな。
そうなると【召喚の儀】が失敗して、国王は延命できなくなる?私【治癒の力】持ってるならなんとかならない?あ、でもヒロインに治してもらわないと。私がいきなり使ったらそれこそ自由が効かなくなりそう。死ぬor王妃or一生監視付き行動……。嫌なのが増えたわ。
日本にいたときに読んでた漫画や小説では、こういう場合結局王子と結ばれる話多いじゃない?最初は嫌っていたのに気づけば好きになってました的な。
でもね、現実的に考えてやっぱり無理!
ちょっと勉強できるからって、20歳になる前に総理大臣やれって言われてるようなもんよ。この世界すごすぎない?実質的に国王の次の権限を持つわけ。
歴代の王妃を尊敬するわ……。
さて。来ないものは来ない!それを願うのみ!そんなことはひとまず置いておきましょう。甘いもの開発ももう今年で終わりね。来年は学園入学だから開発している時間はなさそうだし。
ミルクレープを作る予定ではいたんだけど、それはロレンツの料理店へ提案することにした。
すでに料理店でクレープを売っているので、その生地を応用してミルクレープならそんなに手間はかからないかと思ったのだ。今度行かなくちゃ。
「お嬢様、これくらいでいいっすか?」
「ええありがとう」
今回はタルトを作る。フレデリックには商会で浅くて丸い型を作ってもらい、ギャレットにはフルーツを用意してもらった。
クッキーを作るときと同じような材料なので、何度か微調整してタルトの土台を。本当はアーモンドプードル等を使って底を埋めるのがベストなんだけど、作り方なんぞもう覚えていない。なのでカスタードをそのまま敷いて、生クリームとフルーツを盛る。あぁこれだけで美味しそう……。
「にしてもギャレット、あなた本当に盛り付けの天才ね」
「俺もそう思いますよ〜好きなんスよ、こういうの」
謙遜もせず認めるギャレット。こういうところもあるけど憎めないのよねー。実際天才なんだもん。
「あなたはロレンツみたいに料理店を開きたいとかはないの?」
もしかしたら彼も同じ思いを持っているのか?と聞いてみる。
「無いッス」
「あ、……そう」
思っていたよりあっさりと否定される。
「安定した収入と安定した職、そして料理以外のことやりたくないんスよ。売上管理とか」
「でも新しいものを開発するのは嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いではないっスけど。用意されているものだけで何を作るか考えるのが好きだし、予算内で食材を買って献立を考えたり。とにかく料理さえやれればオッケー。他をやりたくないから、ロレンツさんとはまたタイプが違うんスよ」
なるほど。職人こだわり系タイプか。自分で未知のところを切り開くロレンツタイプと、その場で極みを求めるギャレットタイプ。どちらも素晴らしいもんね。
「私は来年に学園に行っちゃうから今までみたいに開発できなくなっちゃうけど、ギャレットのことはお父様も褒めているしこれからも頑張ってね」
「そうだ!お嬢様来年学園じゃないでスか〜。開発楽しかったのに。時間があるときはまた一緒にやりましょうね〜」
「もちろんよ」
もうネタ切れしかけてるけど。なんとか思いつくものをメモしておかなきゃ。
そうして迎えた13歳の誕生日。こんな豪華に出来るのも今年で最後ね。
「えっ?」
梨のタルト、ベリー系のタルト、そして様々なフルーツが盛られたタルトの3種類が料理用テーブルに並べられた。
聞いていない……聞いていないよギャレット。2種類も追加で作ってくれたの??しかもデコレーションの仕方がもう乙女心をくすぐりすぎる。私3つ目のしか提案してなかったのに……。あなたの頭の中どうなってるの?天才すぎるでしょ!
「わぁ!今回も素敵なケーキですわ。宝石のようです」
「僕、梨が好きなんです!食べるの楽しみ!」
【ドロレス】とは同じ歳ほどの令嬢や令息たち。私の中身の年齢が高いせいで、みんなを見てるとまだまだ子供だなぁ、かわいいなぁと思ってしまう。だってケーキやタルトにあんなにも目を輝かせているのよ?初めて誕生日会を開いたときのお父様の人選、流石すぎるわ。みんなとても良い人たちだもん。
楽しそうにタルトを食べ、わざわざ私のところへ味の報告をしに来てくれる。毎年そうなんだけど、立食だからなのか2、3人並んで順番に食レポをひたすら聞かされるのだ。……みんな私のことは気にしないで食べてくれていいのに。
落ち着いたのでフレデリックのところへ行く。
「勉強はどう?捗ってる?」
「結構頑張ってるよ俺!ウォルトとたまにテストで競争したりしてる」
「あらいい感じね」
「絶対に合格するから、楽しみにしててね」
「ええもちろん」
どうやらウォルターも順調らしい。来年の4月に入学式だけど、その前の2月に平民向けの入学前試験がある。ここで上位なおかつ好成績でないと学園には通えない。一位だとしても点数が低ければ通学の許可が降りないのだ。平民は大変だわ……。
「勉強もそうなんだけど、挨拶やエスコート、ダンスの練習もしなくちゃいけなくてさー。意外とやること多いよね」
「私たち貴族は小さい頃からやらされてるから当たり前だけど、フレッドやウォルトはそんな機会ないものね」
「ウォルトがピアノ結構上手くて。あいつ元々手先が器用なのは知ってたけど成長が早すぎるんだよ」
ミサンガを作り、今では数種類の編み方を生み出したウォルター。あのまま孤児院で木刀振ってるだけの状態にしなくてよかった。
「そういえば今日、アレクサンダー殿下が来ていないよね」
「そうなのよ。珍しいとは思ってるんだけど、気を使わなくてすむしいいんじゃない?クリストファー殿下はレベッカ様のところにいるから無視してても平気だし」
「……扱いが酷いな」
「だって実際そうなんだもの」
そう。今回アレクサンダーが不参加の手紙をよこしたのだ。
確かに来年からは入学になるし、私たち貴族と同じように勉強の大詰めなんだろう。入学してからの全員試験で、王子が上位を取らなくては王子としての顔が立たない。特に第一王子である彼はおそらく1位以外は許されないだろうし。つらいなぁ。私が王子だったらプレッシャーに負けそうだわ……。
なのでオリバーとジェイコブは自由にしているものの、オリバーの目線がずっとニコルを追いかけているのは丸わかりである。目線というか、顔自体がニコルを追っているからだ。体の軸すごいわ。頭以外動かない。梟なのかな?
でも話しかけない。いつもなら率先して話しかけに行っているのに。
さりげなくオリバーに聞きに行く。
「オリバー様。今日は遠巻きに見ているだけなんですね」
嫌味に聞こえてしまうかもしれないけど、事実をそのまま口にする。
「……彼女は、私があの素敵な顔について褒めていたことを今まで嫌がっていたと思うと、時間が経てば経つほど申し訳なく思ってしまい……なんと声をかけていいのかわからないのです」
あら?あれだけグイグイと押していた彼が意外とヘコんでいる。やっぱり根本的には真面目だ。これがチャラ男だったら過去のことは忘れて普通に彼女に話しかけに行っているだろう。
「別に褒めなくてもいいではないですか。普通の会話をすればいいのですよ」
「普通、とはどうすればよいのですか……?」
「んー、例えば『今日のタルトは何が美味しかったですか?』とか『今まで出たケーキの中で何が好きですか?』とか。ハイとイイエで答えられない質問をすれば、会話できますわ。あとはオリバー様がうまく話を繋げてくださいませ」
「や、やってみます!」
持っていたお皿をそっとテーブルに置くと、早歩きでニコルの方へ向かっていった。頭1つ分他の人より大きいオリバー。あれが威圧にならなければいいけど………。っていうか私一番聞きたかったことがあるのに!ニコルのことになると周りが見えなくなるんだからもう!
まだ時間はあるし、ジェイコブにも話しかけよう。
今日のジェイコブは私を避ける。目が合ったかと思うとさりげなーく距離を置く。私は何か彼にしたのだろうか。いいや何もしていない。
後ろからこっそりと声をかける。
「ジェイコブ様」
「ひっ!!……ドロレス様……」
何もそんなに驚かなくても。私はオバケじゃないんだから。
「どうして私のことを避けているのですか?」
「さ、避けてないです!避けてないんですけど……あの……」
ジェイコブはチラチラと入り口のドアを見ている。
ーーーコンコン。
「ドロレス。申し訳ないけど入るよ。皆さんはそのまま楽しんでいてくれ」
お父様が疲れた顔で私の元へ来る。
「すまない。私では力不足だった……」
そう小声で言うと、ドアの外からとてつもなく大きなバラの花束といつか見た豪華な封筒が差し込まれていた。
「必ずこの時間に渡せとの命令だ……」
これは。
心臓が嫌な音を鳴らす。鼓動が早く、封筒を開ける手が震えて。
手は封を開けようとするも私自身が反発してなかなか開けられない。
いやだ、絶対に見たくない。でも見なければいけない。葛藤が時間を遅く進める。
息を呑み、中の手紙を開いた。
それは。
予想をしていて。
そうなるだろうと思いつつ。
ならなければいいなと淡い期待をし。
絶対に見たくなかった言葉が綴られていた。
「アレクサンダー殿下の婚約者が……私に、決まった……」




