無人駅の少女
四国のとある田舎に存在する無人駅。
毎週土曜日に、一人の少女が汽車を待つ。
あたしの名前は鬼頭美紅。
四国に存在するとある田舎町に住んでいる12歳の小学六年生。
――――――――ある週末の土曜日。
汽車で一時間ほどの、少々遠い場所にある友人の家に遊びにいく予定なんだ。
物心ついた頃からの親友である菅野梨央ちゃんと木村真紀ちゃんだ。
昔から三人でよく遊んでいた記憶がある。
その日もあたしの一番のお気に入りの無人駅で、菅野梨央と木村真紀の乗ってくる汽車を待っていた。
延々と広がる田圃と畦道――――――――
イチゴの食べ放題をやっている沢山のビニールハウス。
名前も知らないけど畦道を彩る沢山の小さな花たちがとっても綺麗なんだ。
ペンキの色が所々剥がれた年代を感じる木製のベンチに座りながら、何気なくそれらの景色を見ていると親友たちを乗せた汽車が無人駅に停車した。
こんな田舎で何を急いでいるのか、慌てて降りてくる男の人。
私も親友に会える喜びから、駆け足で汽車に乗り込んだ。
「やっほー。梨央! 真紀!」
「おはよう! 美紅。今日も私の家の裏山に登りに行くわよ?」
「言われなくても分かってるよね? 美紅も。梨央ん家に行ったら毎回恒例だもんねー♪」
「うん。半時間くらいの登山だからちょうどいいくらいの運動になるしね! 私は好きだよ。この仲良し三人組での山歩きはね♪ さっきのオジさん、かなり慌てて降りていったけど……転んで怪我したりしないかな? 心配だよ。あはは」
「あぁ。あの男の人なら毎週土曜日乗ってるわね。この無人駅で降りてるよ。何か私たちを避けるようにそそくさと降りていくけどね。梨央の顔が怖いのかな?」
「冗談言わないでよ真紀! こんなベッピンさんの女子高生霊能者なんてそうそう居ないと思うよ?」
田舎でも少し町といえる場所にある私立高校へ汽車で通学している高校三年生の梨央と真紀。
仲良し三人組だけど、私だけ小学六年生。
親友に年上も年下もないから全く気にもしていないんだけどね。
実は汽車を降りてからの山歩きには理由があって、菅野梨央の家系は先祖代々からの霊能者なんだよね。
かなり強大な力を持っていて、成仏出来ない霊魂たちを、週末が来るたびに成仏させてあげてるんだ。
自殺した人とか不慮の事故とかで急に亡くなった人たちって、意外と地縛霊となって、自分が命を落とした場所に取り憑いてたりするらしいの。
自分が死んでしまったことに気付いてない場合は殆どの場合、地縛霊となるらしい。
私には亡くなった人たちは見えないんだけど、梨央には見えてるらしいんだ。
「おじいちゃん、私たちと一緒に居心地のいい所へいこうね?」
真紀が誰もいない座席へ向いて話しかける。
いつも一緒にいるためか、真紀まで亡くなった人たちが見えるらしい。
梨央よりも強大な力を持つ霊能者である、梨央のお母さんが作ってくれた数珠をあたしたち三人はいつも手首に付けている。
御守りみたいなもんなんだって。
悪霊みたいな厄介な霊が現れたら守ってくれるのかな?
田舎ではかなり大きめの駅に汽車は着いた。
駅から歩いて半時間ほどで梨央の家に着くんだけど、そこから更に半時間裏山を登らなくちゃならないのよね。
でも心が迷ってる地縛霊たちをその場からここまで連れて来れるのはさすが先祖代々の霊能者の血を引く菅野梨央!
本当にさすがだと思う。
親友ながら心から尊敬してるんだ。
しょっちゅう皮肉やイヤミを言いたがる木村真紀も霊が見えてるから……ついでにね。
「はっくしゅん!!」
「ちょっ……びっくりするじゃないの真紀! 凄い大きなくしゃみ……いきなり真横でしないでよ?」
「ごめん……誰か噂してるのかな私のこと……可愛い顔に生んじゃった親を恨むよ全く……」
ごめんなさい真紀。
貴女の予想とは全く違う意味で……。
あたしの自由な意見を思ってただけなんだけどね……。
でも誰かに噂されたり話のネタにされたりしたら、本当にくしゃみって出るもんなんだね。あはは♪
半時間歩いてようやく山の麓にある一軒家が見えてきた。
実家のお母さんに挨拶をしてゆく。
この時点で娘の梨央の手に追えないレベルの悪霊系の幽霊ならば、お母さんも同行するんだけど……今日はそのまま三人と一人……で登山するようになった。
おじいちゃん……いい人(幽霊)なんだね。
相変わらずあたしには見えないけど。
ふぅふぅ言いながら獣道を延々と半時間くらい登り、山頂付近にある祠へたどり着く。
聖なる力が宿ると言われている数百年昔から存在するその祠は、古い造りながらも丁寧に掃除がなされていた。
梨央たち霊能者家系が大切にしてきたことがすぐに分かる。
始まった……。
よくわからない呪文のようなものを梨央が唱え始めた。
梨央と真紀に倣い、あたしも数珠を付けた両手を合わせ、心の中で地縛霊であるおじいちゃんの安らぎを祈る。
天から祠へ何かキラキラ光るものが舞い降りてきた。
毎週、毎回のように薄目を開けて見てしまう。
だって見入ってしまうほど綺麗なんだもん。
キラキラ光る小さな輝きが祠へ蓄積されてゆく。
やがてぼんやりと……段々激しく輝き出した祠から、おじいちゃんの体にその光は流れてゆく。
優しく包むおおらかな……幻想的な光は少しずつおじいちゃんの体を消してゆく。
相変わらずあたしには見えないんだけどね。
おじいちゃんの体をこの世から消しながら……一筋の光が輝きながら天へ昇ってゆく。
――――――――のが二人には見えてるらしい。
「ありがとう」
あれ?
今お礼の声が聞こえたような……?
驚いて天を見上げると、隣の真紀の例の癖が口から出る。
「美紅にも聞こえたんだ……見えないくせに」
「少しはあたしも力が付いてきてるのかな?」
真紀の皮肉には答えずに梨央へ質問しちゃった。
ちょっとイラッとしちゃったからごめんね! 真紀。
何も答えずにニコッと微笑んでくれる梨央を見ていると、心から温かい気持ちになってくる。
これも尊敬しちゃう理由なのかもね。
真紀も皮肉とイヤミさえなかったらもっと尊敬出来るのになぁ。
ま、これもこの子の個性だからヨシとするかな!
横断中の人身事故で不慮の死を遂げたおじいちゃん。
梨央の霊能力で無事に成仏してもらえたことをお母さんに報告して、真紀もあたしも帰路についた。
――――――――次の土曜日がきた。
もうかれこれ10人以上、汽車による人身事故で亡くなった方たちを成仏させてきたかな。あたしたち。
う~ん。イチゴの匂いが仄かに香ってくるぅ。あたしの大好物だからいつかお腹いっぱい食べたいなぁ。
いつものようにあたしの大好きな無人駅に親友たちの乗った汽車が着く。
「おはよう梨央! 真紀!」
「先週も今週も……毎回毎回駆け込んで来るんだね。駆け込み乗車は御遠慮ください」
「おはよう美紅」
相変わらず真紀は皮肉が多いんだね。あはは……。
いつものように、のどかな田舎の景色を見ながら汽車は走り続ける。
今日は機嫌悪いのか何か分からないけど……どこからの駅から連れてきている筈の地縛霊に話しかけないんだね真紀……。
梨央は相変わらず無口で景色を眺めている。
いつものようにあたしの乗り込む無人駅から一時間で梨央の最寄りの大きな駅に汽車は着いた。
その日はお母さんが同行することになり、霊の力の大きさ……とゆうか霊力?
悪霊?
ともかく強大な力を持つ霊を連れてきているんだな、と思った。
親友たちからお母さんから無口でもくもくと祠へ向いて登ってゆくので、あたしも緊張してきちゃった。
凄い怖い幽霊なんかが見えちゃったらどうしようかな……。
取り憑かれたりしないかな……。
梨央とお母さんは、真紀やあたしをきちんと守ってくれるのかな?
半時間ほど歩いてきちんと手入れのされた祠へ辿り着く。
お母さんと梨央が同時に何かを唱え始めた。
内容はいつもと変わらないみたいだけど、二人が同時に唱えたら無茶苦茶大きなとてつもない光が現れそうだよ。
綺麗そうだからかなり楽しみかな?
そんなこと言ったら成仏させてあげる霊から怒られちゃうかもね……。
予想通りだね。
凄く大きな光がキラキラ光って祠へ舞い降りてる。
薄目を開けたらダメなんだろうけど毎回毎回見入ってしまうんだよねこれ。
スッゴく綺麗で心が癒されるんだもん……。
――――――――あれ?
いつもと様子が違う?
あたしの体の奥が熱い……。え? なにこの感覚……?
祠からの光があたしの体へ伸びてる!?
「きゃあああああっ!?」
ん?
泣いてる?
梨央も真紀もどうしてそんなに泣いてるの??
あたしの方ばかり見て……。
今回連れてきている地縛霊さんをきちんと成仏させてあげないと……。
「今までありがとう。美紅……」
いつも皮肉やイヤミばかり言っている真紀が何を泣きながらお礼なんか言ってるの?
おかしくなった?
「小学一年生の頃から六年間……スッゴく楽しかったよ。美紅との思い出は一生忘れないからね!」
「何を二人して号泣してるの? え? 一年生からの6年間? 二人とも高校三年生なんだから12年間じゃん! 何の冗談かな?」
「美紅……あなたは本当は私たちの同級生なの」
真紀が涙を拭いながらそう言うんだけど、まだあたしには理解できていないよ?
「小学六年生の頃、卒業式の当日の朝に……無実の罪を着せられた挙げ句、リストラされて世間に恨みを持った青年に汽車が来る直前に突き落とされて……」
え?
あたしが卒業式の日に突き落とされたって…………まさか…………
「そう。あの無人駅で美紅は亡くなってるの……」
いやあっ!
身体が熱い……。
そんな…………いや……あたしが死んでたなんて!!
だからあたしの時は止まったままで二人とも高校生になったのにあたしだけあの日のまま…………。
「亡くなって地縛霊となってから、十年を迎える直前の命日までに送らないと……永遠に地縛霊となってこの世に留まることになるみたいだから、その直前の今日まで待ったんだよ梨央は……。一日でも多くあなたと無人駅で会いたかったから。私も美紅と話したいから真紀のお母さんのとこで毎週修行したんだよ。あなたを初めて見ることが出来るようになったときは涙を堪えるのに必死だったんだから!」
そう言いながら再び号泣する真紀。
「お母さんまで同行させてごめんね。美紅が私たちと一緒にいたいと強く願えば願うほど、この世への未練は強大になって……私の力だけではあなたを送れないと気付いたんだ……」
そんな。
みんなして冗談きついよ。
本当だとしてもあたしは一生成仏出来なくてもいいからあの無人駅で真紀と梨央の乗ってくる汽車を……待って…………
待ちたかった……よ……。
幽霊なのに涙なんて出るんだ。
溢れ出す涙が止まらない。
「いやだ! あたしは真紀と梨央と一緒にいたいっ!! わああんっ!! わああんっ!!」
泣き崩れながらも祠から伸びてくる優しい光は少しずつ鬼頭美紅の身体を天へ昇らせてゆく……。
真紀と梨央もしゃがみこんで美紅に抱きついた。
「またいつか絶対会えるから! その時も一緒に遊んでね! きっとだよ!!」
「もし生まれ変わったとしても私たちの三人は親友だから!! 絶対にだよ!!」
6年前の事故の起こった時刻が近付き、菅野梨央の母親が最後の力を籠めて叫ぶように唱え始めた。
「さまよえる哀れな魂を……清らかなる魂を……安らかに……成仏させたまえっ! はあああああっ!!」
『パキン……』
美紅の消えかけた手首に付けられていた数珠が木っ端微塵に砕け散る。
「あたし、段々思い出してきちゃった……少しずつ大きくなってゆく二人を見てたら少しはおかしいと思ってたんだ。でも考えないようにしてた。二人に会いたかったから……とにかく……会いたかったから……今まで本当にありがとね。絶対急がないでゆっくり会いに来てね! 80年以内に会いに来ても追い返しちゃうんだから」
「うん」
「わかったよ」
どんどん昇ってゆく光の筋は、ついに美紅の魂全てをこの世から消し去った。
号泣しながらあたしの方を見上げている二人に……そっと最後に呟いたんだ。
「さようならは言わないよ……またね」
親友を思い続ける少女の魂は、数年間の時を経て、親友によって救われることになる。
一時は寂しい別れとなるが、生まれ変わっても三人は永遠に親友となるであろう。