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相棒

 限定的にとは言え数多の国の祝日を取り入れた事から火星には祝日が多くあるが、出身国のそれはともかくとしても、それらそれぞれの由来を知る者は少ない。

 ただ、例外なく全ての者にとって記憶に新しい祝日。

 それが、終戦記念日だ。

 数千という馬鹿げた数を誇る、地球軍の衛星による火星監視システム。それが、天輪機構。主に九つの輪を描くように配置された環状衛星群それぞれが天使の階級の名を冠していることから天使のわっかのシステムと呼ばれる。

 常に無数の荷電粒子砲に頭上を狙われることになった火星の民の怒りが戦争を呼んだのは必然だった。

 そして、終戦はその天輪機構の一斉破壊に終わる。火星政府軍が天輪機構の制御中枢を乗っ取り、自爆させたのだ。

 その制御中枢を巡る戦いで逃げ遅れた多数の残党を残しながらも地球軍は敗走。地球との交流は断絶状態に陥った。

 その戦いは幾つもの映画で描かれる。ラストシーンは決まって満天の夜空を埋める無数の流れ星。天輪機構の衛星が流星雨となって僅かしかない火星大気で燃え尽きた為に起こったとされる現象だ。

 だから、終戦記念日には無数の花火が天輪機構の代わりに打上げられ美しく夜空、もしくは赤い空を彩る。

 地上ではそれを花に戦いが終わったことを喜ぶ。酒を飲み、歌を歌い、あるいは躍りはじめる者もいる。

 だが。

 ここに、一つの謎がある。

 火星の民の誰もが触れたがらない一つの謎が。

 どうして、地球軍が全天戦争時に切り札足る天輪機構を使わなかったのか。なぜ、一息に赤き大地を焼き払ってしまわなかったのか。

 答えは、誰も持っていない。

 一人の、元地球軍元帥を除いて。


 χ


(天輪機構との再接続を開始)

 海は、その車椅子に乗って火星の赤茶けた大地の上にいた。

 小高い丘からはガードナーのいる、海の選んだ戦場が見える。

(再接続に成功

 エンジェルス・リング オールグリーン

 アークエンジェルス・リング オールグリーン

 プリンシパリティーズ・リング オールグリーン

 パワーズ・リング オールグリーン

 ヴァーチューズ・リング オールグリーン

 ドミニオンズ・リング オールグリーン

 オファニム・リング オールグリーン

 ケルビム・リング オールグリーン

 セラフィム・リング オールグリーン)

 ……火星の民が知ったら、一体何が起きるだろうか。

 全天戦争終戦から四年の月日が流れている。あと数週間で、五年だ。

 にもかかわらず、未だに頭上には一つも欠ける事無く天使の輪が存在する事を。

 海はマスクの中で溜息。作業を続ける。

(通常手順にて再起動。リンク修復作業を開始)

 海の描いた天輪機構の制御プログラムは、確かに一見普通の衛星に見られるものだったが、実は、九つ打上げられた各リングの制御衛星にはある仕掛けが施されていた。

 海との常時即時呼応システム。つまり、天輪機構は海を本体とする一つの巨大な機魄。

 だから、地球軍は火星を一発も撃てなかった。

 それどころか、強力なステルス機能の為に衛星の状態も把握出来ていなかった。海の機魄として天輪機構が動くことさえ誰も知らなかった。

 戦争になり、さあ撃ってみようとした時に、天輪機構はその命令を拒否した。

 そうなると、もう地球軍に勝算は無かった。その理由は多くあるが、火星政府軍を悪役に仕立て上げ、戦争の大義名分とする為に人体改造兵器である強化装甲兵の導入を見送っていたことも要因の一つだった。地球軍はその場しのぎに特殊機甲服を投入したが、どうしようもなかった。地球軍は火星上に殆ど基地を持たない。

 数と質の差で、地球軍は大敗を喫した。

(起動完了。リンク確立)

 今、釧井海はその火星の大地の上にいる。彼女は、その生い立ちの問題上、呼吸にはマスクを必要とする。眼鏡の奥の瞳を細め、自分を拾った火星政府軍兵士のいる戦場を見る。

 頭上から特殊機構服が施設に侵入するのが見えた。

 もう一度溜息。

(思考を天輪機構と接続、拡張。思考の速度を通常の百二十八倍に設定。加速開始)

 徐々に凍り付いていく視界。

 彼女には彼女のやるべきことがある。

(ねえ、クシー。なんで相棒って呼ばれた時、それを否定したの?)

 彼は、彼のやるべきことをやるだろう。

(自分の意志を捨てたからだ。あいつを生かす為に生きることにして、だが、私は私を殺すべきだという思いを捨てられなかった。だから、考えることを止めた。言われたことをただこなすだけの関係、存在を、相棒とは呼ばない)

 例え、それがどんなに無謀だろうが、何だろうが、助けたいと思うから彼は応じるのだ。それが裏を抱えた企業であろうが敵軍の士官であろうが。

(でも、あの時クシーは彼を助ける為に銃を取ったよね。彼が眠っている時、彼が次の戦いで死なない状況を作る為に奔走したりもして)

(生きる為にあいつは私を拾った。だから、それは当然だ)

 そういう彼を馬鹿だと思う。

(そうかな。だって彼はクシーに整備を頼んだ。ごめん、盗み聞きしたけど……整備が出来ないから自分は不要だって彼に言ってたから多分そうなんだよね)

 あんな目茶苦茶で馬鹿な理屈を突き付け、わざわざ殺される為に挑発までした馬鹿を生かす為に、脱走までして。足りない頭で口実をこねて。

(だったら整備以外の事をしないで、彼が死んでもそれは彼の責任って割り切りかたもあるんじゃない?そうなれば、クシーもさっさと死ねたわけだし……。そうそう、この仕事の裏のこと教えないでおけばその確率もっと上がったんじゃない?)

 そうだ。

 危険な裏があると教えてやったのに仕事を引き受けて。

(多分ね。今でもクシーは死にたいって思ってるんだと思う。けど、それ以上にベネットさんに酷いことを言ったら謝りたいと思うし、私に会ったら気を許して泣いちゃうし、彼を護りたいと思って自然に行動しちゃうんだよ)

 帰ったら、海の作った飯が食いたいと平然と言うし。

 ……ああ。構わないと、彼女はそう答えたか。

(思考加速完了。機魄“べねっと”搭乗者の固定を開始。戦闘態勢に移行)

 今だって、彼女があの状況を用意しなければ彼に勝算はなかった。今こうして彼女がやるべきことをやらねば彼に今後の平穏と安全はないだろう。

 だから。

(だからさ、死にたいなんて言って周りを不安にさせてる暇があったら。自分のやりたいことやりなさい。それで間違ってないし、そんなクシーが私は大好き。皆もきっとそうだから)

(うん……)

(システムチェック完了。全武装オールグリーン)

(……解ったよタウ)

 そして、彼女の視界は前を向く。天輪機構とリンクし、一秒がほぼ二分に感じられる強力な思考加速。思うように動かない目は閉じている。その役目は機械の瞳に任せ、現れた敵を見据える。

 詳しくは知らない。政府の誰かが、襲撃を妨害した何者かを知りに来たのだ。何にしろ、ガードナーの顔を見られる訳にはいかない。

 室内戦に持ち込んだのは、そいつらが施設に侵入する為に身を潜めるのを止めざるを得なくするという理由もある。

 彼女は、四年ぶりにその制服に身を包み、マスクで口元を、軍帽で目元を隠す。小さな残党軍軍人の出来上がり。

 動かない口に代わり、

(私は私のやるべきことを、やる)

 心が、叫んだ。


 χ


 打上げられた榴弾は、落下する。

 それは直撃こそしなかったものの特殊機甲服を吹っ飛ばした。

 続けざまに機銃掃射。驚くべきことに、その半数が命中し、機甲服を削った。

 明らかに、キルスの動きが鈍い。

 ガードナーの相棒だったキルスは氷に足を取られ、高速の機動は精細さを欠き、自在に動きまわるガードナーに対して間合いを詰めることが出来ない。散発的に撃ち返してくるも、ガードナーが狙いを付けさせる間を与えない為明後日の方向に飛んでいくのみだ。

(敵は、特殊機甲服を着た強化装甲兵だ)

 海が言った。

 ガードナーには想像のついていた事だった。ガードナーの相棒であったキルスは、強化装甲兵だったのだから。

(特殊機甲と強化装甲の技術は別のルートで発展した為に、常人を超える膂力の発生と思考速度の獲得方法に若干のずれがある。だから、それを同時に装着すればより高性能が得られるのは自明)

 機甲服も装甲兵も、超乗熱甲の存在を除けば性能に大差はない。大体、それらの三割増しの運動性能と思考速度が得られると海は言った。

 それだけの性能であれば、接近戦は無敵。

 ガードナーは、勝てない。

 だが、それが弱点だとも海は言った。

(特殊機甲服と強化装甲の制御システムだ。連動して制御しなければ意味が無い)

 通常これらの兵器では、大雑把な、例えば歩くという行為は人間が決める。だが、どこにどれだけの力を入れて歩くのかは機械の補助が入る。強化された身体の扱いが難しい為だが、今回の相手はその難しく複雑な制御が二ヵ所で行われている。

(軍のデータから考えて、今回の相手は一点物かあるいは先行一次試作機だ。摩擦係数の大幅に異なる氷上での運用など考慮に入れてはいまい。単一の制御システムを持つなら汎用性を持たせる事も容易だが、別々の設計思想で造られた制御システムが連立した途端それはまず不可能だからだ)

 それが、弱点。火星の大地の上で行動する為に調整された機体は、氷上では動けない。

 だから、ガードナーは圧倒的有利な状況で攻撃を仕掛ける事が出来る。しかし。

 ガードナーが正面から撃ち込んだ榴弾を、キルスは機銃で撃墜するという強引な方法で回避した。

 圧倒的な運動性能を潰してもなお、思考速度は通常よりも速い。

 問題はもう一つ。

 後衛で真っ正面から敵と相対することが無く、戦争半ばで戦場を去ったガードナーと、前衛で乱戦を得意とし、今もなお軍属であるキルス。

 技量に絶対的な差があった。

 だから、榴弾は掠りはしても直撃はしない。自由に動けない相手に機銃は半分しか当たらない。

 そして。

『これくらいが五分ってもんだよなあ、ガードナー』

 キルスはその状況に適応しつつあった。

 倍率の違う思考速度の相手と通信する為の特殊システム。

 キルスをここに呼出す方法を考え難儀していた海に助け船を出したのはガードナー。

 そのシステムが、今はキルスの余裕をガードナーに知らせる。

『そういやあ』

 ガードナーの切迫をキルスに知らせる。

『昨日の車椅子のチビ、さっき見たぞ』

 キルスの機銃が、足を止めたガードナーに命中した。この戦闘では、ようやくキルスが一撃を入れたことになる。

 だが、それが。

『監視役の存在に気付いて、お前が見付からんようにするつもりだったんだろうな』

 反撃の狼煙だ。

 最新式の強化装甲を海がチューンした為に、ガードナーは氷上でも自在に動ける。

 だが、キルスも最初ぎこちなくはあったがそれに対応しはじめていた。動きは格段に滑らかになり、そして。

『わざわざ変装して、あの貧弱な装備でやるつもりらしい』

 甲高い音が鳴り響き、キルスの振動ナイフがガードナーを掠った。

 不味い。ガードナーは全力離脱、

『死にに行くようなもんだよなあ』

 しなかった。両腕の全銃口をホップアップ。眼前のキルスに向け。

『……やっぱ甘えよ、お前は。今でも、“守護神”だからか?』

 キルスの蹴りが入った。

 直撃だった。


 χ


 釧井海は警告無しに発砲した。

 相手は偵察用強化装甲兵。手足を吹っ飛ばしたくらいでは死なないし、むしろ殺さずに足止めする為にはそれくらい吹っ飛ばしてしまわなければならない。

 尤も、海は思考加速の最中だから警告しようにも警告出来ないのではあるが。

 無数のマニュピレーターが持つ重火器が、車椅子から直接せり出たガトリングガンが、射撃を行なう。

 昨日と同じミスは犯さない。銃口は大量にあるのだから、

(織田信長方式)

 タイミングをずらす。敵装甲兵は三機。

 初撃で海はその内の一機を中破。残りの二機に損傷軽微。一機はもう動けない。

 遅い視界で海はそれを確認。

(よし)

 軍事用強化装甲兵ガードナーの思考加速の倍率は六十。海の百二十八倍という目茶苦茶な数値は単に天輪機構に余裕があったから叩き出させてみた数値であって、海には戦闘経験は昨日の一件以外に無い。それも、咄嗟の事態だったので昨日は思考を加速する余裕など全く無かった。

(そう言えば、何故昨日はあそこまで焦ったのか)

 旧友の造った兵器が未だ使われていることへの嫌悪か。

 それ以外の何かと言えば。

(まさか、いや)

 遅い動きの反撃の先読みを、海は天輪機構の演算速度に任せて強引に行い車椅子を移動させる。車椅子の動きはスローモーションだが、尋常でない加重が身体にかかる。

(私は、あいつのことを)

 ようやく銃口が狙った場所に向く頃には、海は別の場所で次撃を放っていた。根本的に体感している世界が違い過ぎる。向こうもよもや車椅子に乗っているだけの人間が兵士以上の思考加速状態にあるとは想像すらしないだろう。

(好いている、のか)

 だが、敵も訓練を受けた軍人だった。その攻撃を回避すると偵察機とはいえ本格的に機銃を撃ち込んでくる。

 海はそれを回避。目の前の二機の行動予測は誤差数ミリ単位で成功している。このまま一息に終わらせて。

 至近に榴弾が落ちた。

(……!?)

 炸裂。それは、爆弾のようなものだ。海の身体が吹っ飛び、転がる。

 甘かった。最初に中破させた装甲兵。足を吹っ飛ばされたくらいなら、強化装甲兵はまだ行動可能。

 三機の敵の行動予測を立て直す。

 コンマ五秒後に、全ての火線が集中する。

 ひっくり返った車椅子を立て直し行動再開までが、五秒。

 コンマ五秒以内に、こちらの攻撃で武装まで含め行動不能に出来るのが全ての銃を使用して二機。

 どんなに思考が速く進もうが、それが限界だった。

 海はその二機に、ダメージを与えていない二機を選んだ。どの道、そうしてしまえば偵察活動の出来る機体はいなくなる。

(ああ)

 作戦成功だ。

(これではガードナーに秘密を打ち明けられないな私が戦争を始めさせてしまったという秘密を)

 敵が動く。倒れた車椅子が動く。

 敵の動かす射線は死線。こちらはただ行動を止めるだけ。

(甘いな。私も……。どうだろう)

 殺す為に銃口を動かせば全てが間に合っていたことが判明するがもう遅い。遅くなかったとして、行動を変える気もない。

(例えば、今私はガードナーに、秘密を打ち明けられるだろうか)

 こちらの銃の方が速い。遅い一瞬で二機を行動不能にして、最初で最後の一機が榴弾を上に放つのが目にみえる。まだ海がその存在に気付いていないと思っているらしい。多分、味方が倒されたことを知覚してすらいないだろう。

(……無理だな。死ぬ間際の今でさえ。もう死ぬという時には言えると思ったんだが。いや……多分、あの戦場の時点で撃たれていれば言えたのだが)

 榴弾が放物線の頂点に達したのが見える。軌道予測は、弾速がここまで遅いと海なら上昇の様子から空気抵抗等々求めて暗算でも出来る。ちょっと笑えた。

(最早私は、あいつに嫌われたくないらしい)

 ど真ん中に直撃だ。助かる筈も無い。

(ベネットにも、謝ってなかった。タウは、何と言うのか)

 それが空中で爆散した。

 思考加速中でなければ海は目を見開く所だった。誰かが撃ち落としたのだ。

 その主の声が、海には聞こえた気がした。実際には、思考加速の所為で聞こえた筈の音の周波数が可聴域を遥かに越えて下がり過ぎ、海にとっての超音波となっていたので認識出来た筈が無いのだが。

(ベネット!…………あんな酷いことを言ったのに、来てくれたのか)

 続く銃撃で、偵察機は完全な行動不能。

 これで戦闘が終了。その人物が海の目の前に現れる。

 海の思考加速は終了していた。正常に動く視界の中で老人が大きく頷く。

「当然でございましょう、……お嬢様」

 その言葉が海に聞こえなかったのは、緊張の解消と安堵の為だった。意識が急速に薄れていく。

(お前は、知っていたらしいがな)

 車椅子が海を開放する。崩れ落ちる小さな身体を、ベネットは優しく受け止めた。

(私は……まだ生きていて良いらしいぞ……。ガードナー)

 海は意識を失う。温かいまどろみの中で。


 χ


『全然、全然進歩しねえなガードナー。これじゃあ、昨日とおんなじじゃねえか』

 確かにその通りだった。斬撃から身を庇った左腕は既に無くバランスを崩し蹲りキルスを見上げる。

『昨日はここであのチビに助けられたよなあ。その後お前が超乗熱甲で突っ込んできて。ありゃ多分お前じゃねえだろうが……ここにはもう助けてくれるチビガキはいねえぞ?それどころか、すぐにでもお前が助けに行かなけりゃならん状況だ。どうした?急がねえとやべえぞ、“守護神”のガードナー?』

『一つ、言っておく』

 ガードナーは全ての武装を格納。変形。遠距離射撃形態。

 背中から突き出た銃口は、グレネードランチャー。腕のものよりも、戦時中ガードナーが頻繁に使用していたものだ。

『俺が、“守護神”になれたのは、お前を信用しいていたからだ。お前が敵を追い込むことを確信していたから、前以って敵に弾を撃ち込む事が出来た』

『ああ? 今更それを言ってどうするよ。もう俺とお前で組むことは無いんだぞ』

 強化装甲の爪が氷を噛む。ばきばき、と亀裂が走った。

 ガードナーはそれを見る。

『だからな、俺一人で突っ走ったってどうしようもない。さっきお前が言ったことは間違いだ。俺は、“守護神”じゃなかったんだよ。対等な相棒として、あいつを信頼していなかったのだから。だが、あいつは俺を信頼していた。この状況を用意すれば、俺が勝つと信じていた。疑う事無く』

 ガードナーはキルスを見上げた。

 笑う。

『見せてやるよ。信頼ってやつを。俺はあいつが生き残ることを信じてる。だから、あいつを助けに行く必要なんてねえ。……そんで、あいつは俺が生き残ることを信じてる。だから、俺はあの死にたがりの馬鹿が信じた通りに勝てるってコトを、確信出来るんだよ!』

 氷が、融けた。

 超乗熱甲。制限装置の解除と共に、表面装甲の加熱。

 氷が融け去った。元々、榴弾の爆発や、兵器の駆動で表面部分が融けていたのが、一気に水蒸気となった。

 氷が、融けた。それは、爆発だ。

(超乗熱甲はリミッターも解除する。だか、精々が一割増し程度だ。“重ね着”には敵わない。普通ならな)

 だから、水蒸気爆発を引き起こし不意打ちの駆動力とする。

 特殊機甲服に超乗熱甲は使えない。

 丁度、クラウチングスタートのような体勢だったガードナーは前方へと突っ込む。砲台を前にして。

 射撃。そして、切断だ。

(格闘戦には自信ありだったみたいだからな。そのまま、ぶった切ってやれ)

 振動ナイフ。キルスの前はおろか、一度たりとも使ったことはないが、ガードナーも持っている。

 至近からの榴弾攻撃は直撃。ナイフはキルスの手先を振動ナイフごと斬り飛ばし、続けざまに銃をホップアップ。そのまま銃撃で機甲服の装備をぶっ壊す。

 そのまま着氷。超乗熱甲解除したのは水蒸気爆発の直後だったが、最新型は機体冷却も良好だ。

『お前が接近戦とは、やるじゃねえかよ』

 ガードナーは元、相棒を見据える。制御中枢がいかれたのか既に膝を付ついている。特殊機甲服の内側の、強化装甲が露出して見えた。

 いつかのガードナーがそこにいた。

『だが、判断が甘いな。今のタイミング、速度ならそのまま顔面にぶち込んで終わりだった』

『中枢を破壊した以上、俺の勝ちだ。殺す必要も無い』

 ガードナーの言葉を、キルスは鼻で笑った。

『大有りだボケ。この“重ね着”は、政府軍が秘密裏に試作していた代物だぞ。見付かったら大騒動になる』

『……自爆、するのか』

『そうなるわな。……なあ、お前、さっき信頼だとか信じるだとか言いまくってたよな。あれ、言ってて小っ恥ずかしくなかったか?』

『……そう思うなら、言うな』

 は、とキルスは笑った。

『そうだよな。確かに、お前はあの最終決戦に居合わせなかったからな。そして俺はそこにいた。……確かに、負けて当然だったかもしれん』

『……?』

 最終決戦。ごく最近、ちらっとガードナーは見た記憶がある。

 一昨日だ。一昨日、海を待っている時。

 目茶苦茶な映画だと思った。あんな戦略、取れるはずが無いと実際に戦場にいたガードナーは思う。

 だが、平然とキルスは言った。

『殆ど映画のまんまだよ。単身突撃で敵軍を混乱させ、その間に前線を進める。ただし、爆弾を着けて、な』

 キルスは言った。

『行きだけの切符は、身寄りのある奴で戦果の上げられない奴が対象だった。要するに、脅しだよ。お前がやらぬのなら、ってな。だから、本当は自由をなんて叫んでない。大抵が、待つ者達の名前だったさ』

 あの手の映画は天輪機構破壊を美化し過ぎるからなあ、とキルスは言った。

『俺はこんなだから、軍は辞めなかった。だが、何を信じていいのかは解らない。……勝てなくて当然か。いや、むしろ、お前を見付けた時、これで終わると確信したのかもしれんな』

 黙るガードナーを見て、キルスは笑った。

『やっぱお前はお人好しだよ。さっさと逃げねえと俺が突然お前をひっ捕まえて無理心中って考えるかもしれねえのに』

『俺は』

 ガードナーは呟く。

『……俺は何も知らないお人好し、か?』

『ああ、その通り、その通りだガードナー。だが、深くは考えるな馬鹿。誉めてんだ。そんで、喜んでんだ。ああやっぱりこいつは今も変わらず馬鹿なんだなって』

 二十秒やる、とキルスは言った。

『チビガキのところ行ってやれよ。俺はチビのガキにはあまり良い思い出がないが……信じてくれた相手は、さっさと安心させてやるもんだ』

『キルス……』

 頷き、ガードナーは駆け出す。

 その遠くなっていく背中を見つめ、キルスは口笛を吹いた。

 機甲服の下、笑みを浮かべる。

「……ありがとよ、相棒」

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